■【りあ】 辰巳梓ルート （前）■
朝臣あむ |
|
【8273】【王林・慧魅璃】【学生】 |
燃え盛る炎、一匹の狼が全身を血に濡らし佇んでいた。
震える脚、唸る声。金色に輝く瞳が見据えるのは、黒く淀んだ影だ。その傍に倒れる人影は、狼にとって見覚えのある人。
――グルルルル……。
低く唸り目を金色に輝く目に鋭さを宿らす。
狼の後ろにも、血まみれに倒れる人物がいる。吐き出される息が、今にもその動きを止めようとしているかのように細い。それを耳で感じるからこそ、狼は焦りを覚えていた。
「此れが、獣に与えられし宿命」
淡々と放たれる声に狼が地を蹴った。
炎の中で風を斬り、全身の毛を靡かせながら襲いかかる。その狙いは確かで動きも通常の獣よりも早い。
だが――。
「遅い」
腕を一振りすることで狼の身体を弾くと、影は地面に転がった狼に手を伸ばした。
「悪しき闇の因果は断つべき」
そう言って手に光が集中する。それは膨大な気を終結した光だ。
攻撃的なその光を目にした狼の目が眇められる。未だ唸る声は止まず、抵抗するように身体をよじる。
「無駄な足掻きよ」
声と共に光が放たれる――そこに来て、光が飛散した。
狼だけを見据えていた影の顎が下がり、足元に転がる人物に顔が落ちる。
「――生きていたのか」
足を掴む血に濡れた手。既に力も入らないのか、ただ服を掴むだけの手に影が呆れたように息を吐いた。
「……あの子は、関係、ない……」
か細く出された声に、影が低く笑った。
「貴様と、あの獣の血を受け継いだが因果。それを断つは我らの使命」
影は足を振り上げると、己の服を掴む手を払った。そしてその手を踏みつける。
「うあああああ！！」
絞り出された叫び声に、倒れていた狼が起きあがった。
グルグルと喉を鳴らす姿は変わらない。しかしそれを庇うように大きな腕が抱きよせた。
頬を寄せ、慈しむように毛を撫でるのは、血には濡れているものの美しくはかなげな印象を受ける女性だ。
彼女はそっと獣の耳に囁いた。
「お逃げなさい……父様と、母様が……貴方を、護ります」
どこにそのような力が残されていたのか、女性は立ち上がるとその身を白銀の狼に変化させた。
その姿に影が気を集め始める。
「子を想う親の心は見事。しかし、所詮は獣の心よ！」
放たれた気が、変じた身体を包み込む。その瞬間、狼の身体が宙に浮いた。
そして意識が飛ぶ。
その直前、母の声を聞いた気がした。
――人として、幸せに……。
これが人と獣の間に生まれた者の記憶。
狼が次に目を覚ましたのは、見覚えのない世界でだった。
そこで彼は母の言葉通り、人間として育つことになる。そして数年後、彼は喫茶店のオーナーと名乗る人物と出会う。これが、彼の運命を大きく変える出来事となったのだった。
|
Route2・これが僕の兄弟だよ / 王林・慧魅璃
賑わう商店街の中を、黒塗りの車が駆け抜けてゆく。人通りも多いことから、僅かにスピードを落として走る車の中から外を眺めるのは、お嬢様学校の制服に身を包む、王林・慧魅璃だ。
本日受けるべき授業を終え、これから帰路につくところである。
流れてゆく景色はいつもとなんら変わらない。しかし今日はある程度進んだところで慧魅璃の目にあるものが飛び込んできた。
「爺、止めてください」
慧魅璃の声に車が急ブレーキを踏む。
そして自らの手で扉を開けると、慧魅璃は車が過ぎ去った方を振り返った。
「あの方は……」
前方に見える燕尾服に身を包んだ青年。
抱えている荷物は雑貨か何かだろうか。メモを時折みていることから買い物であることは間違いない。
「辰巳、梓さん……でしたね」
記憶を頼りに名前を呟いてみる。
「お嬢さま、どうなさいました」
伺うように向けられる視線に、慧魅璃の目が爺に向かった。
「確か、この後の予定は――」
「お花のお稽古が控えております」
爺はゆるりと頭を下げて告げた。
それを聞いて慧魅璃の視線が落ちる。何かを考えるように間をおき、瞳をあげるころには考えがきちんと纏まったようだ。
「爺は、先に戻っていてくださいな」
「は？」
驚いて顔を上げた爺の横を、慧魅璃はスタスタと抜けてゆく。それに慌てた爺が追いかけて来ると、彼女は足を止めて振り返った。
「お散歩をしてから帰るだけですよ」
「お稽古事はどうなさるのです！」
「きちんと戻ります。大丈夫ですよ」
にこりと笑って言うと、慧魅璃は再び歩き出した。
彼女の目的は１つ。
先へと歩いて行った梓を追いかけることだ。
少しだけ足早になって追いかけることほんの僅か。爺とのやり取りの間に見失いかけた背が見えてきた。
「ふう……男の方の足は速いです」
僅かに息が切れているが仕方がない。
何度か深呼吸をして呼吸を整えると駆け寄ろうとした。しかし、その直前で慧魅璃の首が傾げられる。
「あら、何かおかしいです」
目をパチクリさせて今度は反対に首を傾げる。
慧魅璃の記憶が正しければ、梓が歩いて行く方向は彼が働く喫茶店とは逆方向だ。
このまま行くとどんどん喫茶店が遠くなるはず。
「お仕事中、ですよね？」
燕尾服を着ていることからも間違いないだろう。
「どちらに行かれるのでしょう」
気になるととことん気になってしまうものだ。
普段ならこんな事はしないのだが、好奇心が勝ってしまった。慧魅璃はこっそり足を潜めると、ゆっくり、ゆっくり梓の後を追った。
悪いことをしているはずなのに、何処となくわくわくする。そして梓が前方の角を曲ったところで、彼女の足が止まった。
「……あらあら」
梓はきちんと角を曲ったのに対して、慧魅璃の足はその前で止まっている。
その原因は、彼女の目の前に飛び出してきた金色の影が原因だ。
グルグルと喉を鳴らしながら慧魅璃を見据える金色の瞳。風になびく金色の鬣は、黄金のライオンを思わせる生き物がいる。
「綺麗な猫ですね」
ほんわか笑って首を傾げた。
……この場に突っ込んでくれる人間がいないことが実に嘆かわしいが、仕方がない。
そうこうしている間にも、獣の目が殺気立ってゆく。そして慧魅璃が考え込んでいる間に、獣の足が地面を蹴った。
一気に襲いかかってくる獣に、慧魅璃の目が見開かれる。
「危ない！」
大きく口を開けた獣の体が揺らいだ。
ドサリと重い音がして、慧魅璃の前にキラキラと輝く影が落ちる。それを見上げた瞬間、彼女の目が瞬かれた。
「……辰巳さん」
獣を殴った手を擦りながら向ける穏やかな視線は間違いない。彼は少しだけ困った風に笑うと、僅かに首を傾げて見せた。
「知った声がしたと思って来てみたら……何でこんな所に居るんだろうね」
クスリと笑って慧魅璃の頭を撫でる。
まさか後を着けていたとは言えないので黙ってしまったが、梓は追及してこなかった。
彼は慧魅璃の頭を余分にひと撫ですると、体制を整える獣に視線を投げた。
「作られた獣……獣鬼だね。なんだってこんな場所に」
呟きながら、梓は前に出て彼女を背に庇った。
そして自らの手に視線を落として息を吐く。
まるで何かを逡巡するように手に視線を落とし、その目がチラリと慧魅璃を捕らえた。
「獣鬼の力に対抗するには、力しかない。仕方がないね……――はあああ！！！」
梓は目を前方に戻すと、気を溜め始めた。
渾身の力を振り絞って力を溜める姿に、慧魅璃の目が瞬かれる。だがそれは直ぐに驚くように見開かれた。
「……辰巳さんの、手が」
メキメキと音を立てる梓の腕。
線が細くそれでも大きく包み込むように優しかった梓の手が、徐々に毛深く人ではないものに変わっていく。
そして完全に彼の両手が人ではないものに変わると、梓はフッと小さく息を吐いた。
見ないでもわかるのだろう。慧魅璃が驚いているらしいことに、思わず笑みが零れてしまう。
「まあ、普通は驚くよね」
そう言って梓の足が地面を離れた。
人とは思えないほど高く飛躍したその身が、重力を借りて真っ直ぐに獣鬼へと落ちてゆく。しかし獣鬼もそのまま待つわけではなかった。
梓の動きに気付いた獣の目がギョロリと舞い落ちる彼の姿を捉える。そして向きを変えると大きな口を開けて飛び上がって来た。
「力で勝負ってわけだね。良いよ、受けてあげる」
口角を上げて囁いた梓の手がきつく拳を握り締める。そしてそれが大口を開ける獣鬼の口腔めがけて落とされた。
――グウウウウウ！！！
ガッチリと閉じた口。その中に納まるのは梓の腕だ。
「っ……これで、終わりじゃない」
牙が食い込む腕をそのままに、更に奥へと腕を突っ込む。
――……ガァッ！
目を剥いた獣の口が開かれた。
そこに更なる追い打ちをかけようと拳を振るうが、それが何か温かいものによって遮られた。
「いけません」
間近で聞こえた声に振り返る。
そこに居たのは、血にまみれた梓の腕を優しく包むように光を注ぐ慧魅璃だ。
彼女は温かな光で梓の傷を癒すと、彼の前に出た。
「やっぱり、慣れないのです」
「え？」
極々小さな声だが、梓にはしっかりと聞こえていた。
首を傾げる彼に対して、慧魅璃はふと視線を落とす。
梓の前に出た慧魅璃。この構図は初めて会った時――彼女の不思議な力を見た時に酷似している。
「えみりさん以外の血を見るのは……」
ぎゅっと目を瞑って腕を掲げた。
彼女の手首に嵌められた黒宝石がキラリと光る。その次の瞬間、彼女の前にライフル銃が現れた。
これには梓も目を見開いて固まってしまう。
しかし慧魅璃はそんなことなどお構いなしに銃を手にすると、安全装置を解除して銃口を獣鬼に向けた。
「おイタをする子はお仕置きです」
そう口にするのと同時に放たれた弾丸。それが獣鬼の米神にヒットする。
――グアアアアア！！！！
雄叫びを上げてよろめく獣鬼に、慧魅璃が振り返る。真紅の瞳はやはり以前見たものと同じだ。
「止めをお願いします」
梓は顎を引くようにして頷くと、再び獣鬼との間合いを詰めた。そしてもがくその身に渾身の力を振り絞って拳を叩きこむ。
――グオオオオォォ！！！
獣の身体に食い込んだ拳から光が溢れる。
そしてその直後、獣鬼の体が黒い瘴気に変化して消滅した。
後に残ったのは、ほんの僅かな毛と梓が零した血だけだ。
「……」
梓は傷の癒えた自らの手を見てから獣化を解くと、視線をその場に佇む慧魅璃に向けた。
穏やかな表情で梓を見る彼女の瞳は、普段の金色のものに戻っている。
「この子はいったい……」
呟きながらふと視線を落とす。
「いや、僕が詮索するべき事ではないか」
そう口にして梓は慧魅璃に近付いた。
「怪我はないかな？」
問いながら首を傾げると、慧魅璃は笑顔で頷いて見せた。
「えみりさんは大丈夫ですよ。それよりも辰巳さんは、他にお怪我はしていませんか？」
可愛らしく首を傾げる様子に、思わず笑ってしまう。
「本当に君は天使のようだ」
「えみりさんは、えみりさんですよ」
そうだね。そう言葉を返して梓の目が彼女から離れる。そして少し考える様に間を取ってから、手が差し出された。
「少し疲れたんじゃないかな。良ければ、お茶を御馳走するよ」
見上げれば梓の穏やかな顔がある。
慧魅璃はその顔を見てから再び手に視線を落とすと、梓の手を取って笑ったのだった。
＊＊＊
ガヤガヤと騒がしい室内に、慧魅璃は落ち着かない様子で紅茶のカップを手にしていた。
「なあなあ、梓兄ちゃん！ この姉ちゃん誰だよ！」
「もしかして、お兄ちゃんの恋人さん？」
少し離れた位置で子供たちに囲まれて質問攻めにされているのは梓だ。
彼は今、慧魅璃を連れて小さな教会に来ている。獣鬼を倒し終えた後、彼が言ったお茶を御馳走するとは、ここへ招待すると言う事だったらしい。
「そちらのお嬢さんは僕の恩人だよ。失礼の無い様にね」
そう言って微笑んだ梓に、子供たちが「おお！」と歓声を上げて慧魅璃を見た。
「すっげえ！ 梓兄ちゃんを助けたのか！？」
「強いんだねえ！」
目をキラキラと輝かせて慧魅璃に駆け寄る子供たちに、紅茶を口にしていた彼女の目が瞬かれる。
「こらこら、そんな風に群がったら、お姉さんが困っちゃうだろ」
そう言って質問の標的を梓から慧魅璃に変えようとした子供たちを遮る。そして彼女の前に立つと、梓は身を屈めて子供たちの顔を覗きこんだ。
「お姉さんを困らせたら、ケーキが無くなっちゃうかもしれないぞ。さあ、良い子はお外で遊んでおいで」
にっこり笑って諭す梓に、子供たちがピタリと止まった。そして顔を見合わせて頷く。
「し、しかたねえな。質問は次の機会にとっておくよ！」
「そうねえ、その方がいいかも」
うんうんと話し合って、子供たちは元気良く外に出て行った。それを見送って、梓が新たな紅茶を慧魅璃のカップに注ぐ。
「騒がしくてごめんね」
「あの、ここは……」
「僕の実家、かな。あの子たちは僕の兄弟なんだ」
穏やかに微笑む梓の表情を見れば、この場と子供たちを大事にしているのだと分かる。
慧魅璃はそんな彼の表情を眺めながら、温かな湯気が上る紅茶を一口飲んで微笑んだ。
「素敵なお家ですね」
そう言って笑った慧魅璃に、梓は子供たちの為に持ってきたケーキの１つを彼女に差し出して微笑んだのだった。
ＥＮＤ
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 8273 / 王林・慧魅璃 / 女 / 17歳 / お嬢様学校に通う学生。因みに、図書委員で合唱部（次期部長と囁かれてるとか） 】
登場ＮＰＣ
【 辰巳・梓 / 男 / 17歳 / 「りあ☆こい」従業員＆高校生 】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、朝臣あむです。
このたびは辰巳梓ルート２への参加ありがとうございました。
引き続きご指名頂いた、梓とのお話をお届けします。
戦闘が半分以上のシナリオでしたが楽しんで頂けましたでしょうか？
もしよろしければ、次回以降発注いただける際には梓をどう呼ぶのか、
また慧魅璃ＰＣの恋愛フラグの表記があると大変助かります。
まあ、よろしければなので無くても問題はないですが、
あればその分よりリアルに慧魅璃ＰＣを動かすことが出来ると思います。
という訳で、また機会がありましたら、大事なＰＣ様を預けて頂ければと思います。
このたびは本当にありがとうございました。
|
|
