■【ソーン芸術祭2009】君のための絵画■
紺藤 碧
【3557】【アルメリア・マリティア】【冒険者】
 エルザードで芸術祭なるものが行われると聞き、一人の絵描きがえっちらこっちらエルザードまでやってきた。
 その絵描きは大層な田舎者で、エルザードに出てきたはいいものの、まったくもって言葉が通じなくて困っていた。
 そこで、話しかけられたエルザードの人々は、白山羊亭へと連れて行くのだが現状はまったくもって変わらず。
 周りの人たちも困っていることを肌で感じ取った絵描きは、そのまま白山羊亭を去り、途方にくれながらも天使の広場へとやってくる。
 幸いにも街の中は至る所に芸術品が飾られ、例え他人と言葉が通じなくても楽しめる。
 が、やはりお腹もへれば、今日の宿も確保しなければならない。
 失敗成功はさておいて、絵描きは本日覚えたばかりの、人を引きとめるためらしい言葉を口にして、手近な人の裾をつかんだ。
「オチャシマセンカ」
 正直、それナンパ文句だよね? 誰に教わったの? と、聞きたくなってしまうが、絵描きはその言葉の意味はまったくもって分かっていない。しかも発音もちょっとおかしい。
 引き留めることには成功したものの、あからさまに困惑している様子を見て小首を傾げる絵描き。
 どうしたものかと空を仰いだ。
【ソーン芸術祭2009】君のための絵画








 エルザードで芸術祭なるものが行われると聞き、一人の絵描きがえっちらこっちらエルザードまでやってきた。
 その絵描きは大層な田舎者で、エルザードに出てきたはいいものの、まったくもって言葉が通じなくて困っていた。
 そこで、話しかけられたエルザードの人々は、白山羊亭へと連れて行くのだが現状はまったくもって変わらず。
 周りの人たちも困っていることを肌で感じ取った絵描きは、そのまま白山羊亭を去り、途方にくれながらも天使の広場へとやってくる。
 幸いにも街の中は至る所に芸術品が飾られ、例え他人と言葉が通じなくても楽しめる。
 が、やはりお腹もへれば、今日の宿も確保しなければならない。
 失敗成功はさておいて、絵描きは本日覚えたばかりの、人を引きとめるためらしい言葉を口にして、手近な人の裾をつかんだ。
「オチャシマセンカ」
 正直、それナンパ文句だよね? 誰に教わったの? と、聞きたくなってしまうが、絵描きはその言葉の意味はまったくもって分かっていない。しかも発音もちょっとおかしい。
 引き留めることには成功したものの、あからさまに困惑している様子を見て小首を傾げる絵描き。
 どうしたものかと空を仰いだ。











 普通の人ならば、こんな頓珍漢な誘いをいきなりしてくる人に対していぶかしむものだが、アルメリア・マリティアは違った。
「…え? お茶…?」
 最初は他の人々同様ためらったようなそぶりを見せたが、一拍おいて、顔を満面笑顔に破顔させると、周りの人がその声に驚いたことなどさっぱり気にせず叫んだ。
「…キャー! しますします! お茶しますー!!」
 それは、格好はさておき、絵描きの顔がかなりの美形だったからである。
 絵描きは今までと違うアルメリアの態度に、目をぱちくりさせつつも、自分が発したこちらの国の言葉が間違いではなかったことに、ほっと胸をなでおろす。
 生まれて初めて…かどうかは正直分からないが、こんな美形にナンパされることなど、たぶんこの先ないと思う。アルメリアはハイテンションで、彼の手をぎゅっと握ると、
「ええーと、あの、どこかお勧めのお店とかあるんですか!? あ、私お気に入りのカフェがあるんですけど!」
 そこでもいいですか? と、問いかけはしたものの、行く気満々のアルメリアは絵描きの腕に手を回す。
 絵描きは逆に言葉が返ってきたことが嬉しく、アルメリアの言葉に笑顔でウンウン頷く。
「分かりました! さあ、行きましょう!」
 歩き出したアルメリアの速度に合わせて彼はただなすがままに着いていく。
「エルファリア王女も面白い企画を立てますよね。私、こんな一度に沢山の芸術品を見たのは初めてです!」
 楽しそうに話すアルメリアが嬉しくて、絵描きは笑顔でウンウン頷く。
「あ、見たいものとかありますか? お茶した後に一緒に行きましょうね!」
 さっきから自分の言葉に絵描きの反応は全て一緒なのだが、アルメリアは舞い上がってしまってそれに気がつけなかった。
「つきましたよ。可愛いお店ですよね!」
 こじんまりとしているが、おしゃれと素朴を足して2で割ったような概観の店構えは好感が持てた。
 アルメリアは開いている席に座り、絵描きもその向かい側に腰を下ろす。
 実際彼はアルメリアが座ったから、座る場所なのだろうと理解して椅子に座ったが、ここがどういった場所なのかはいまいち理解していない。
 メニューを手に何を飲みますか? と、尋ねてくるアルメリアの言葉に、初めてうなづくではなく首をかしげた。
「えっと、私はいつもここではオリジナルブレンド頼むんですけど、それでいいですか?」
 絵描きに見えるようにメニューを差し出して、お勧めというふきだしがついたイラスト付の飲み物を指差す。
 こうして見せると、彼は嬉しそうに微笑んでウンウン頷いた。
 アルメリアは顔見知りの店員さんにオリジナルブレンドを2つ頼み、絵描きの青年に改めて向き直った。
(こうしてみると、本当にカッコイイ!)
 嗚呼、こんな人に声をかけてもらえる日が来るなんて!
 アルメリアは見えないテーブルの下でガッツポーズを取る。ここはお互いの見識を深め、もっとお近づきにならなくては。
「どこから来たんです?」
 格好からしてエルザードの住人でないことは明らかだ。
「re nora cis!」
 と、ちょっと理解できない言葉を発して頭を下げる彼。
「え…えーと」
 アルメリアは目をぱちくりさせて彼を見つめ、動揺をかみ殺し小首をかしげて苦笑交えて問いかける。
「私の言ってること、分かります?」
 少々困ったそぶりのアルメリアに気がついたのか、彼ははっとしたように、ペコペコ頭を下げて、
「オチャシマセンカ?」
 と、伺うように問いかけてきた。
「…………」
 思わず言葉を失うアルメリア。
 ギャグ漫画やドラマなどでよくある一旦停止のモノローグで、彼に背を向け椅子の背に両手をかけて、うなだれる。
「ううーまさか言葉が通じないなんてぇ〜!」
 せっかくこれから先の恋人生活を妄そ…夢見始めてたのに!
 が、そこは前向きアルメリア。美形の前ではそんなこと些細なことでしかない。
「…ま、いっか♪」
 と、すぐさま気持ちを切り替えて彼に向き直り。言葉が通じないなら、言葉を教えればいいのだ。
 ―――都合のいいのも含めて。
 しばらくしてテーブルに運ばれてきたオリジナルブレンドに舌鼓を打ち、食べ物というものは国境をも越えるという言葉の通りに、彼はいたくブレンドに感動したのか、せわしなく口を動かしていた。が、やっぱりアルメリアにはそんな事を言っているのだろうという雰囲気を感じただけで、言葉の意味はさっぱり分からなかった。













 エルザードのお金さえもやっぱり持っていなかった(彼が差し出したお金らしきものは換金できなかった)彼に代わり、お茶の御代も二人分アルメリアが払い、街中へと繰り出す。
 彼はまるで子供のように目をきらきら輝かせて、街中に飾られた芸術に開いた口がふさがらない様子。
(もしかして、芸術祭りに興味あるのかな?)
 アルメリアはしばし考え、商店の壁に飾られた絵を指差し、次に自分の目を指差して、
「アート、みる」
「ミル?」
 彼は小首をかしげ、真似するように絵と自分の目を交互に指差して、もう一度「ミル?」とアルメリアに問う。
「そう、えっと…うん、そう見る!」
 何度か同じ動作を繰り返すうち、言葉の意味に気がついたらしい彼は、嬉しそうに微笑んでウンウン頷いた。
 そして、忙しなくあっちの絵こっちの絵とミルミル言いながらちょこまかと動き出す。
 アルメリアはその姿をしばらく見つめ、納得したとポンっと手を叩いた。
「分かりました! 私に任せてください」
 彼の腕に自分の腕を絡ませ、別の絵画に向かって歩き出す。少々戸惑いつつも
「名前…知りたいけど、言葉が通じないんじゃねぇ〜…」
 名前何ですか? と、聞いたところで彼は首を傾げるだけだというのはもう理解した。
「あっ!」
 言葉の意味は分からずとも、その言葉を言わせることは可能だということにアルメリアは気がついた。
 たとえ意味が乗っかっていなくても、こんな美形から言われただけで幸せになれそう。
 アルメリアは自分を指差し、ゆっくりと告げる。
「アルメリアスキ」
 一瞬彼はきょとんとしたが、小首をかしげつつ同じ言葉を繰り返す。
「アルメリアスキ??」
 正確には「アルメリア、好き」と言って欲しいが、贅沢は言ってられまい。
「そう! そうです〜!!」
 両手を合わせて感激に瞳をキラキラさせるアルメリア。
 彼はその言葉をどう理解したのかは分からないが、見境なくその言葉を撒き散らし、盛大にアルメリアを恥ずかしく困らせたりもした。















 こうしてどれだけの時間が経っただろうか、最初の出会った時のように、絵描きはアルメリアの服を引っ張り何かを訴えた。
「どうかしたんですか?」
 小首をかしげたアルメリアに、彼はしばらく考えると、自分の指先を見つめ、親指を人差し指をあわせ、空中に何かを描くかのように動かす。
「もしかして、描くものが…欲しいのかな?」
 彼は肯定も否定もしないため、アルメリアはそう判断つけると、またも彼の腕を引っ張り歩き出した。
 そして、1つの店の前で止まり、彼の背を押して中に入れる。
 絵描きの顔は一瞬にしてほころび、軽快な足取りで店の中へと消えていく。
 その様子にほっと息をつくアルメリア。
 芸術家は芸術家同士合い通じるものがあったのか、彼はいくつかの画材を抱え、アルメリアの元へと戻ってきた。そして、今度は彼がアルメリアの手を引いて歩き出す。
 天使の広場に戻ってくると、彼は辺りを少し見回し、アルメリアをその前に座らせる。
「もしかして、1枚描いてくれるとか!? って言ってみても、分からないですよね〜」
 あはは。とアルメリアは苦笑いを浮かべ、彼が何をし始めるかじっと待つ。
 彼は先ほどの画材店で買ってきた色鉛筆を取り出し、真新しいカンパスに迷いのない手つきで何かを描き始めた。



















 数日後。
 アルメリアは一枚の絵画を手に、あのカフェで一息ついていた。
 その絵を描いたのはあの日の絵描き。
 その手に残された色鉛筆で描かれた素朴な絵画は、アルメリアが美味しそうにブレンドを飲む姿が描かれていた。


























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3557】
アルメリア・マリティア(17歳・女性)
冒険者


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【ソーン芸術祭2009】にご参加ありがとうございます。初めましてライターの紺藤 碧です。
 なんだかんだと書いていたら物凄い文字数と、予定からの脱線をしまくってしまい、無理やり戻した感がひしひしとあります。そうです、題名に偽りアリになるところでしたが、楽しかったです。
 それではまた、アルメリア様に出会えることを祈って……


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