■【ソーン芸術祭2009】君のための絵画■
紺藤 碧
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】
 エルザードで芸術祭なるものが行われると聞き、一人の絵描きがえっちらこっちらエルザードまでやってきた。
 その絵描きは大層な田舎者で、エルザードに出てきたはいいものの、まったくもって言葉が通じなくて困っていた。
 そこで、話しかけられたエルザードの人々は、白山羊亭へと連れて行くのだが現状はまったくもって変わらず。
 周りの人たちも困っていることを肌で感じ取った絵描きは、そのまま白山羊亭を去り、途方にくれながらも天使の広場へとやってくる。
 幸いにも街の中は至る所に芸術品が飾られ、例え他人と言葉が通じなくても楽しめる。
 が、やはりお腹もへれば、今日の宿も確保しなければならない。
 失敗成功はさておいて、絵描きは本日覚えたばかりの、人を引きとめるためらしい言葉を口にして、手近な人の裾をつかんだ。
「オチャシマセンカ」
 正直、それナンパ文句だよね? 誰に教わったの? と、聞きたくなってしまうが、絵描きはその言葉の意味はまったくもって分かっていない。しかも発音もちょっとおかしい。
 引き留めることには成功したものの、あからさまに困惑している様子を見て小首を傾げる絵描き。
 どうしたものかと空を仰いだ。
【ソーン芸術祭2009】君のための絵画









 エルザードで芸術祭なるものが行われると聞き、一人の絵描きがえっちらこっちらエルザードまでやってきた。
 その絵描きは大層な田舎者で、エルザードに出てきたはいいものの、まったくもって言葉が通じなくて困っていた。
 そこで、話しかけられたエルザードの人々は、白山羊亭へと連れて行くのだが現状はまったくもって変わらず。
 周りの人たちも困っていることを肌で感じ取った絵描きは、そのまま白山羊亭を去り、途方にくれながらも天使の広場へとやってくる。
 幸いにも街の中は至る所に芸術品が飾られ、例え他人と言葉が通じなくても楽しめる。
 が、やはりお腹もへれば、今日の宿も確保しなければならない。
 失敗成功はさておいて、絵描きは本日覚えたばかりの、人を引きとめるためらしい言葉を口にして、手近な人の裾をつかんだ。
「オチャシマセンカ」
 正直、それナンパ文句だよね? 誰に教わったの? と、聞きたくなってしまうが、絵描きはその言葉の意味はまったくもって分かっていない。しかも発音もちょっとおかしい。
 引き留めることには成功したものの、あからさまに困惑している様子を見て小首を傾げる絵描き。
 どうしたものかと空を仰いだ。













 掴まれたままの袖と絵描きの顔を交互に見やり、キング=オセロットは「ふむ」と納得するように小さく息を吐くと、ふっと笑った。
「……言葉通りのお誘いでは、なさそうだ」
 それは「オチャシマセンカ」と言った絵描き本人の表情にどこか切羽詰ったものを感じたから。
 普通本当にナンパだったらそこで言葉が止まるはずもなく、やっている方も――ふられていなければ――楽しいはずだ。だが、目の前の絵描きにはそれがない。
 言葉の通りにそのままお茶しにいってもいいのだが、絵描きが求めているのはそんなことではないだろう。しかしこうして引き止められているということは、何か望むものがあるわけで「オチャシマセンカ」としか言わない絵描きからはそれが分からない。
 絵描きの姿を見て止まってしまったオセロットに、絵描きは心配そうに瞳を震わせる。
「ふむ……」
 オセロットは他人事のように考えていた思考を目の前に戻し、絵描きをじっと見つめる。
「見たところというか言葉を聞いたところ旅行者のようだが、旅行者が他所で求めるものと言えば……食事処、宿」
 もし自分が言葉の通じないところに旅行に行って望むものといえば食事や宿だ。ならばこの旅行者も必ずそういったものが必要ではあるだろう。
 それが本当の目的かどうかは分からないが。
「とりあえず、手近なものを一つ一つ指差してみるとするか」
 そうすれば絵描きの顔色や表情から欲しているものを読み取れるかもしれない。
 立ち去るでも嫌がるでもないオセロットに、絵描きはおろおろと様子を伺っている。
「おっとすまなかった」
 そんな旅行者に、オセロットは安心させるようにふっと笑いかける。
「手を貸そう」
 オセロットの微笑みが馬鹿にしているものでも、愛想笑いでもないと感じた絵描きは、花が咲くように派手やかな笑顔を浮かべる。
「……だが、掴んだ袖が私のもので良かった」
 何せ絵描きの容姿は人並み以上に整っている。変な人に声をかけ何かあったとしても、誘ったのは絵描きの方、言い訳はできない。
 とりあえずは、ここから近い場所から順を追って進めばいいか。
「一番近いのは――…」
 宿か。
 オセロットは絵描きの手を引いて歩き出した。絵描きも最初は目をぱちくりとさせたものの、素直にオセロットの後についてくる。
 どうやら自分を助けてくれる人だと認識してもらえたようだ。
 オセロットは自分が知っている手近な宿へ赴き、絵描きに指差す。
 が、外見だけでは判別がつかないのか、絵描きはオセロットの顔色を伺うように見上げ、首をかしげた。
「ふむ……」
 オセロットはそれに気づき、宿の店員に訳を話すと、その一室に絵描きを招きいれた。
「!!」
 ここがどういった場所なのか気がついた絵描きは嬉しそうに振り返り、満面の笑顔でウンウン頷いた。
「そうか、良かった」
 絵描きは懐にごそごそと手を入れると、その手のひらに幾つか硬貨のようなものを乗せてオセロットに差し出す。
「あなたの国のお金…ということか」
 宿は見つかったとして、お金を持っていても換金できなければ宿代が払えず泊まることはできない。
 オセロットは絵描きの手から硬貨を一枚手に取ると、宿の店員に一応尋ねる。が、案の定支払いに使うことは出来なかった。
 ぐ〜〜…。
 くぐもった小さな音が耳に届く。
「…………」
 苦笑いで頭をかく絵描き。
「食事にしようか…」
 言葉が通じないではまともな食事もしていなかったに違いない。彼女もお金を持ってはいるが、エルザードでは使えないため、オセロットの完全なる奢りとなる。
 まぁ1回の食事程度で切迫するような生活は送ってはいない。
 オセロットは宿の店員にお礼を言うと、食事が出来るところへ絵描きを連れて歩き出した。
 言葉が通じないため、ついお互い無言になる。
「日常会話程度は、分かった方がいいだろうな」
 オセロットはそう呟くと、道すがら絵描きに最低限知っておいた方がいい単語を、教え始める。
 お互い自分の国の言葉しかしらないため、例にする時はジェスチャー等々が必要だったが、何とか伝わってはいるようだった。













 宿も済み、食事も済み、それ以外となると芸術祭が目当てということになる。実際オセロットに連れられてイロイロなところへ行ったせいか、彼女自身も自信がついたのか、周りを見て回る余裕が出来たようで、あっちへふらふらこっちへふらふらと、街中に飾られている芸術に引き寄せられるかのように歩き回っている。
 まるで小動物が忙しなく動いている様を見ているかのような感覚だ。
 ふと、絵描きの足がピタリと止まった。
 オセロットもその変化が気にかかり、絵描きの元まで歩み寄ると、その目が吸い寄せられている絵画へと視線を向けた。
 とても素朴で、そして、きれいなタッチで描かれた街の風景。エルザードの街中に良く似てはいるが、別の街を描いた絵画のようだ。
 オセロットはその絵に描かれた銘を見てみるが、記憶の隅にさえも無い。
 もしかしたら、中堅どころの画家が書いた絵なのかもしれないが、芸術には詳しくないため、何とも言えない。
「この絵が、好きなのかな?」
 その問いかけに、絵描きは首を傾げるだけ。オセロットはふっと笑う。分かってはいたが、つい、問わずにはいられなかった。
 一通りの絵画等々の芸術を見て回り、次はどうしようかと考える。芸術といえば、絵画だけにとどまらず、彫刻だってある。ただ、彼女の興味は殆どが絵画に向けられており、立体造形は流し見る程度。
「……芸術関連……ふむ」
 絵画にばかり興味があるならば、画材店に連れて行ってあげるといいだろうか。
 オセロットは一通り思考を廻らせ絵描きに振り返ると、絵描きはどこかそわそわさせて、天使の広場から見える店構えを確認するように視線を泳がせていた。
「何かを探しているのかな?」
 絵描きはオセロットにジェスチャーで何やら、一生懸命告げる。
「なるほど」
 その動きから推測できる場所と、オセロットが絵描きを案内しようとしていた場所は見事に合致していた。
 画材店に足を踏み入れた絵描きは、まるで水を得た魚のようにイキイキと店内を駆け回る。
 あの独自国家の硬貨でモノが買えるのかどうか些か不安ではあったが、どうやら芸術を好きな人や扱う人はフィーリングで繋がっているらしい。
 絵描きはホクホク顔でオセロットの元まで戻ってくると、今度はオセロットの手を引いて歩き出した。
「これでは先ほどまでとまったく逆だな」
 ついつい笑みをこぼしながら、なすがままに着いていく。
 絵描きは戻ってきた天使の広場でオセロットに座るようジェスチャーで告げると、そこから少し離れた場所で、背負っていた荷物を広げ始める。
 絵の具、パレット、そして筆。
 広げられた荷物を見て、どうやら自分をモデルに1枚書いてくれるのだということを理解した。
 芸術祭という名目上、ここ天使の広場でも、沢山の画家や彫刻家が店を広げるかのように作品を作っている。
 その中に溶け込みながら描いているはずなのだが、何故だかだんだんギャラリーが増えてきたことに、オセロットは驚きに一瞬目を丸くする。だが、当の絵描きはそれを全く気にする素振りさえない。
 絵を描き始める前は、まるで小動物のようだったのに、今、絵描きが見える真剣な眼差しは、周りを魅了していた。




















 数日後。
 芸術祭はまだ続いている。だが、オセロットの隣にあの絵描きはもういない。
 彼女は目的を果たし、国に帰ったのだ。
 オセロットの目の前には、あの絵描きが足を止めた絵画がある。
 そして、その手には、絵描きがオセロットのために書いた絵画が一枚。
 そのタッチは全く同一のものだった。
 あの時絵描きは、心揺さぶる絵画に出会ったのではない、自分が描いた絵が飾られていたことに、驚いていたのだ。
 芸術のことは分からない。
 ただ、良いか悪いかは素人でも分かる。
 この絵は良い絵だ。
 いつか誰もが知る絵となり、銘となる。
 オセロットは、そんな予感を抱き、絵画から背を向け歩き出した。



























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【ソーン芸術祭2009】にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 性別の表記がありませんでしたので、女性となりました。プレイング自体が性別を気にするようなものではなかったので、一部彼女と明記した部分はございますが、彼として読んでいただいても全く問題ありません。
 それではまた、オセロット様に出会えることを祈って……


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