■【SS】終焉の序曲■
朝臣あむ |
【2895】【神木・九郎】【高校生兼何でも屋】 |
薄暗い部屋の中で、悠然と腰を下ろす人物がいる。
目の前に膝を着いて首を垂れるのは、牛のような被り物をした――冥王補佐官だ。
補佐官は怯えたように目の前の人物に頭を下げている。
時折、何かに反応するように部屋の四隅に供えられた蝋燭の炎が揺らめき、その度に補佐官は頭を床に落とした。
「――……例の物を此処へ」
闇の中に響く、威圧の籠った声。
その声に補佐官の顔が上がる。雰囲気で驚いていることが伝わるが、腰を下ろす人物の態度は変わらない。
「お、お言葉ですが、アレを持ってくれば不知火殿が……」
窓も何もない部屋に風が吹く。
四隅の蝋燭が消え、暗闇に支配された部屋の中で布を引き摺る音だけがする。
そして補佐官の首に冷たい何かが触れた。
「!」
「死ぬ訳ではない。人に戻るだけ――そうであろう?」
ゴクリと唾を呑む音がする。
「か、畏まりました」
乾いた喉に張り付くような震えた声を発する補佐官。その声を聞いて、彼の首に触れた冷たいものが離れた。
そして明かりが戻る。ゆらゆらと揺らめく蝋燭の灯りを受けながら、補佐官は自らの首に手を添えた。
「……今更人に。あれだけの事をさせておいて、人になどなって何になるというのだ」
補佐官は苦々しく呟くと、自分以外誰も居なくなった部屋を後にした。
***
金色の光を放つランプを手に、不知火はビルの屋上で夜の街を見下ろしていた。
腹部に受けた傷は焼け跡を残した状態で癒えている。
そこに軽く手を添えると、憂鬱そうな笑みが彼の口から零れ落ちた。
「魂を狩る目的以外ってのが、拙かったか……」
そう言いながら腰にランプを戻す。そうして振り返った彼の目に飛び込んだのは、八つの顔を持つ巨大な蜘蛛だ。
真っ赤な瞳で不知火のことを見据え、口から白い糸を出したりしまったりしている。
「八つ蜘蛛。狙いはコイツだな」
チラリとランプに視線を落とす。それから普段持ち歩く棒を召喚して鎌を出現させた。
風が鎌を斬る音が響き、次の瞬間彼の身が八つ蜘蛛に向かう。
――キンッ。
鉄にでもぶつけたかのような衝撃が襲い、慌てて間合いを計った。
僅かに見開かれた目が鎌に向かう。
「……鎌が……――ッ!!」
別のことに気を取られていた不知火の視界に白いものが飛び込んできた。
それが彼の身体を弾いて宙に投げ出す。反動でランプが離れてしまった。
「しまったッ!」
慌てて手を伸ばすが、届かない。
宙を掻き、地上に落下する際。彼はランプが糸に巻き取られる姿と、八つ蜘蛛が街に下りる姿の両方を目撃していた。
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【SS】終焉の序曲 / 神木・九郎
夜の街に突如現れた異形の生物。
巨大な体に八つの頭、八本の足が器用に蠢き地面を這う。頭こそ異様に多いものの、明らかに蜘蛛の姿をしたそれは、複数の口から糸を出したり仕舞ったりしている。
ギョロリと剥いた目が鋭く獲物を探すように周囲を見回していた。
その異様な姿に、街を歩いていた少数の人物たちが悲鳴を上げたり逃げ惑ったり辺りは騒然としている。しかしまだ警察などは到着していない。
その姿を僅かに離れた場所で見つめる人物がいた。
「放っといたら、どっかから退治の仕事が舞いこまねえかなあ」
不謹慎なことを呟きながら腕を組むのは、神木・九郎だ。たまたま仕事帰りに通った道で、妙な物を発見してしまった。
九郎は目を眇めると、やれやれと言った様子で息を吐く。そうして視線を巡らし、ある物を見止めた。
「あれは……」
黒光りする刀を手に斬り込んでゆくのは葛城・深墨だ。彼は凄まじ勢いで刃を振る下ろすと、その身を瞬時に後退させた。
手を僅かに振っている様子、そして八つ蜘蛛が何の怪我も負っていない様子から相手が相当硬い外殻を持っていると分かる。
周囲を見回せば、未だに逃げ惑う人の姿も見える。だがその誰もが化け物に近付こうとはしない。
「まあ、当然か……俺もそろそろ」
いくらなんでもこのまま見物というのは性に合わない。九郎は自らの拳を握り締めて飛び出そうとした。
しかし目前で八つ蜘蛛に変化が訪れる。
深墨に向かって伸びた複数の糸と、八つ蜘蛛の動きが止まったのだ。目を凝らせばすぐにその正体がわかった。
「慎もか。これなら放っておいても大丈夫かもな」
腐れ縁も良いところだ。
九郎は深墨から離れた位置に現れた青年――月代・慎を見ると1つ息を吐いた。が、その目が不意に八つの頭の内の一つに向かう。
完全に動きを止めたはずの八つ蜘蛛が動いている。慎と深墨はそのことに気付いていない。
「ったく!」
そう口にすると九郎は大きく地面を蹴った。
瞬時に移動して放たれた糸が目指す慎の腕を掴む。そしてそれを引き寄せると、ものすごい勢いで糸が地面を抉った。
「チッ、結局タダ働きか」
九郎は慎を庇ったまま苦々しげに舌打ちを零した。その目は八つ蜘蛛を見据えている。
「見てたが、硬い体にあの複数の頭。糸も厄介そうだ。策無しで突っ込むには部が悪い」
九郎は慎の手を離すと、やれやれと肩を竦めた。
だがこうしている間にも、八つ蜘蛛の糸が2人に迫ってくる。しかし、それを軽やかに切り捨てた人物がいた。
「よお、お疲れさん」
九郎の声に苦笑したのは深墨だ。
「これで巻き込まれ組がそろった訳か」
「……嫌なネーミングだね」
深墨の言葉に慎が呟く。
それを聞いて苦笑すると、九郎は八つ蜘蛛を見た。
カサカサと動く八本の脚。それに連動する八つの頭が苛立たしげに糸を出したり仕舞ったりしている。まるで三人の出方を伺うような間だ。
「相手さんが待ってるぜ。どうする?」
九郎はそう言って深墨と慎を見た。
その声に深墨が黒絵を鞘に納めて前に出る。
「手っ取り早いのは、囮で引きつけて倒すって方法だな」
「となると、囮役は俺とあんたか」
普段の役割を考えると妥当だ。
しかし深墨は首を横に振った。
「いや、俺一人で行く。俺の術で引きつけてる間に、九郎は奴の死角を探して攻撃に備えてくれ」
「おい、1人であの野郎を引き受けるってのか」
驚く九郎に深墨は頷く。
「俺の術なら攻撃は受けないし、それこそ妥当だ」
確かに深墨が所持する術――シャドーウォーカーは自分の幻影を作り出す術だ。自ら攻撃を出せない代わりに、攻撃を受けないという特性がある。
「……わかった。じゃあ俺は死角を探して突っ込むか。その間に慎が奴に止めを刺す準備をする」
割り振ればこんな感じだろう。しかし慎はその言葉に手を顎に添えて呟いた。
「そう簡単に言うけど、弱点でも分からないと止めの用意が――」
「火だ」
突如聞こえた声に、三人の視線が飛ぶ。
そこに居たのは、満身創痍の不知火だ。
「あれは八つ蜘蛛。冥王の気味悪いペットだ」
不知火はその場に崩れ様に座り込むと、長々と息を吐いた。もう一歩も歩けない。そんな雰囲気を漂わせる相手に対して、3人が同時に眉を潜める。
「何のつもりだ」
声を発したのは九郎だ。
警戒を滲ませながら、頭を項垂れている不知火に視線を注ぐ。それに彼の目がチラリと上がった。
「どうせいるだろうと思ってわざわざ来てやったんだぜ。さっさと倒してこいよ」
ヒラリと振られた手に、皆が顔を見合わせる。
「――だそうだが」
不知火は気になるが、ここは八つ蜘蛛を倒すことが先決だろう。九郎は慎に視線を向けた。
それを受けた慎が、コクリと頷きを返す。
「弱点さえ分かれば問題ないよ」
「なら、これ使って」
そう言って深墨が放ったのはライターだ。
見事に弧線を描いて手の中に落ちたライターを見て慎が頷く。それを見止めて深墨は視線を八つ蜘蛛に向けた。
「じゃあ、お先に。上手くやってくれよ」
そう口にすると、深墨は地面を蹴って八つ蜘蛛に間合いを詰めた。そして次の瞬間、シャドーウォーカーを発動させる。
その間、九郎も役割の為に飛び出していた。
「死角を探せって、八つの頭がある時点で無茶な気もするけどな」
苦笑して呟き、周囲を探る。
周りにあるのは街路樹やビル、特にこれと言って役立ちそうなものはない。と、そんな彼の脳裏にある策が過った。
「なるほど、それならいけるか」
ポンっと手を打ったかと思うと、彼は足に気を溜めて一気に飛翔した。
近くのビルに飛び乗って、八つ蜘蛛の頭上を捉える。見下ろす先には、深墨と八つ蜘蛛の姿があり、そこには九郎の目指す死角もある。
「ここなら、死角以上に効果がある」
トンッと地面を蹴った九郎の体が、深墨に攻撃を仕掛ける八つ蜘蛛の背に落ちる。そしてその足が無事八つ蜘蛛の背に辿り着くと、彼はニヤリと笑って拳を握り締めた。
「ここが特等席だ!」
八つ蜘蛛の視線が深墨から九郎へと向かう。しかしそれこそ好都合だった。
もし攻撃を仕掛けてくれば一気に飛びあがって自縛を狙える。もし攻撃を仕掛けてこなくても、こっちから攻撃を仕掛ける隙がある。
「さて、どう出るか」
伺うように目を細めるその下では、深墨が八つ蜘蛛の放つ糸を相手に刃を振っている。九郎の元への攻撃が無いことから、多少は自縛の可能性を八つ蜘蛛が考えているということだろう。
「取り敢えず、一発――」
九郎の拳がギシッと鳴った。
それに合わせて、ガクッと八つ蜘蛛の動きが止まる。そして頭がもがく様にギシギシ動いたかと思うと、糸が四方に放たれた。
「これは……慎か」
九郎は八つ蜘蛛の背の上で呟くと、拳に力を込めた。
「深墨さん、行くぞ!」
深墨に声をかけながら、限界まで気を集中させる。視界の端では深墨が斬り込むための準備に入っているのが見えた。
「了解した」
深墨の声には若干飄々とした声音が含まれていたかもしれない。けれど九郎はそんなことなど気にせずに、自らの拳を大きく振り上げた。
「硬い鎧もこの技の前にゃ無意味だ――喰らえ、散耶此花!」
凄まじ勢いで九郎の拳が八つ蜘蛛の背に突き刺さる。
――グアアアアアア!!!!
八つ蜘蛛の口から悲痛な叫び声が響いた。その直後、硬い八つ蜘蛛の体に罅が入る。
「もう1つオマケだ!」
もがく八つ蜘蛛の糸を避け、深墨が黒絵を手に斬りかかる。
――ギャアアアアア!!!!
脆くなった外郭に鋭い刃が突き刺さる。そこから大量の茶色い液体が噴き出してきた。
「これは……」
「油?」
呟いて九郎と深墨がその場を退く。
そこに炎を纏った糸が飛んできた。
鋭く先端を尖らせた糸が、液体を噴き出す傷口に突き刺さる。その次の瞬間、八つ蜘蛛の出す液体に炎が燃え移った。
それは火の粉のように舞いながら八つ蜘蛛の体を包んでゆく。
その姿を見ながら、九郎はふとある映画の台詞を思い出した。
「地獄で会おうぜ……――なんてな」
呟いて思わず苦笑してしまった。
***
「さて、そろそろ話して貰うぜ」
九郎が自らの拳をパキリと鳴らす。
八つ蜘蛛の退治後、早々に現場を後にした3人は、不知火を連れて人気のない廃ビルにその姿を潜めていた。
「とりあえず、さっきのあの化け物っておじさんが作ったものじゃないの?」
「いや、確か冥王のペットとか言ってなかったか」
慎の言葉を拾うように深墨が呟く。
その声に、3人に囲まれるようにして床にべったりと座っていた不知火の目が上がった。
「言ったねぇ……冥王の悪趣味ペットコレクション」
呟くように口にして不知火が立ち上がる。その姿を3人が取り囲んだ。
九郎が言うように、そろそろ話を聞かせてもらいたい。そんな思いが皆にあるのだろう。
その姿を見て不知火は大仰に息を吐く。そして観念したように口を開いた。
「俺様、冥王を怒らせちゃったのよん」
そう言って億劫そうに顔をあげると、不思議そうな表情をしている慎と目が合う。それを見てから不知火は言葉を続けた。
「俺様が持ってたランプ、知ってるな」
「ああ、あの金色の光を発する奴だろ」
不知火の声に深墨が言葉を紡ぐ。それに頷くと、不知火は僅かに目を細めた。
「あれね、冥王の魂が入ってたんだ」
表情を変えずに放たれる言葉に、3人が顔を見合わせる。そして皆を代表して慎が問いを向けた。
「冥王って冥界とかの偉い人でしょ。その冥王の魂を、何でおじさんが持ってるの」
「うん? そりゃ、俺の兄貴だもん」
至極当然と言った様子で言い放つ言葉に、皆が目を瞬く。
「いや、兄貴だからって理由になってないだろ」
「ん〜……冥王ってのは、元々は俺様がなる筈だったのよ。なのに兄貴が身代わりになっちまってな。いろいろと思うところがあって魂を握ってたわけだ。ついでに言うなら、兄貴の魂を俺様が握ってるせいで、兄貴は生命維持のために怨霊を使って回収された魂が必要だった、ってか?」
「……つまり、テメェが諸悪の根源じゃねえか」
元を正せばそうなるだろう。
しかし不知火は首を縦に振らない。それどころか横に振ると、真剣な表情で3人を見比べた。
「冥王に魂が戻れば俺様どころの話じゃないぜ。今までは生命維持に必要な分だけの魂を集めてたが、これからは違う」
「どういう――」
「冥王は魂がなければ抜け殻。でも魂が戻れば本来の凶悪さが顔を出す。自分の生命を維持するためでなく、快楽のために怨霊を放って魂を喰らうんだな」
そう口にすると、不知火は3人の間を縫って歩きだした。そこに声が掛る。
「おい、何処に行く気だ!」
呼びとめられる声に足が止まる。
そして振り返った彼は、苦笑して肩を竦めた。
「俺様、もう普通の人間と同じなのよ。だからと言って傍観一方って訳にもいかないからねぇ。ちょっとお仕事に行ってくるだけよん」
そう言って不知火は、若干ふらつく足取りでビルを出て行った。
後に残された互いに顔を見合わせると、何とも言えない表情で口を閉ざしたのだった。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 2895 / 神木・九郎 / 男 / 17歳 / 高校生兼何でも屋 】
【 8241 / 葛城・深墨 / 男 / 21歳 / 大学生 】
【 6408 / 月代・慎 / 男 / 11歳 / 退魔師・タレント 】
登場NPC
【 不知火・雪弥 / 男 / 29歳 / ソウルハンター 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、朝臣あむです。
SSシナリオ・終焉の序曲にご参加いただきありがとうございました。
最初のシナリオから全部のお話にご参加いただいている九郎PCは、
今回のお話でいくつかピンとくる部分があるかもしれないですね。
また今回の戦闘では久々に奥義を叫んでいただきました。
技の名前を口に出させるのが意外と好きだったりするのですが、
次回以降で不要であれば仰ってください。もちろん、そうさせていただきますので♪
では読んで少しでも楽しんで頂ければ、うれしい限りです。
また機会がありましたら、冒険のお手伝いをさせていただければと思います。
ご参加、本当にありがとうございました。
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