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■真夜中の仮面舞踏会 終章 《王の魂》・前編■

工藤彼方
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】
ある夜のことである。
都内にある、とある小さなオルゴール博物館が火が出た。
その時間帯は、当然、博物館は閉館しており、セキュリティも作動していたはずだった。防犯カメラのデータにも、不審者の姿は映らなかった。
火の手の勢いは強く、小さくも5階建ての建物は全焼。
100年から200年前に作られた、アンティークのシリンダーオルゴールやディスクオルゴールたちが悉く失われたのだった。
だが、その事件のあと、博物館の人たちは首を傾げたのである。
建物の焼け跡からは、黒くなった陳列台やドアが発見されるばかりで、炭になったはずのオルゴールたちの残骸はただの一片も発見されなかった。
木が燃えて灰になったというのはわかる。
だが、金属製のシリンダーやディスクまでもが姿を消しているのは何故だ?
まるで建物から忽然と姿を消したように。

そして消えたのは、オルゴールばかりではなかったのである。
博物館には、オルゴールを体内に仕掛けられた人形たちが陳列されていたのだ。

手紙を書く道化師。

物憂げな表情でアコーディオンを弾く男。

花籠を抱えて薔薇を売る花売りの少女。

そう、彼らもまた――。


 真夜中の仮面舞踏会 終章 《王の魂》前編



【1】

最初に異変に気付いたのは潤だった。
(なんだ……?)
厚い扉の向こうが何かざわついている。
広間を満たす弦楽の音から聴覚を無理矢理に引きはがし、壁向こうの物音へと耳を澄ます。物々しく入り乱れる靴音と、はっきりと何を言っているのかはわからない人々の声。その叫びの所々に「火事だ」という言葉が聞き取れた。情報としては充分だった。
潤の視界の隅にはまだ王子とクリュティエの幸福そうに踊る姿が映っていたが、いまやそれどころではない。
「王子、失礼」
並み居る紳士と淑女たちが、口元に手を当て、驚きを隠せない表情で瞠目している中を、王子へと大股に歩み寄る。
クリュティエの手を取ったまま、王子もまた目を見開いた。
「何事だ」
とは、王子。ただし、小声だ。
何を無礼なと咎めるでもなく、まずは潤の言葉を待つ王子の姿には、物腰優しげな雰囲気とは少しばかり質を異にしたある種の威厳が窺えた。
潤は、周囲からの視線が刺さる中、王子に耳打ちした。
「王子、この城で火事が起きたようだ」
潤の口調は、先ほどまでの王子に敬意を表するものから普段のものへと戻っていたが、王子は非礼を咎めることはなかった。潤の振る舞いについて何か納得しているところがあるのか。気分を害した風もない。
「なに、たしかか」
「皆、まだ気付いていないが、廊下で騒ぎが起きている」
王子は、潤の言葉に一瞬目を瞠ったが、それは一瞬のことだった。
そして怪訝そうに自分たちを見守る人垣へと視線を向けたのもごく一瞬だった。
視線の動揺で広間の客たちにこの非常時を気取られても不味い。そう考えたのは潤も同じだった。
しかし、だからと言って躊躇している時間もおそらく、無い。
「火元はどこだ。まず父と母を……どこにいらっしゃるかわからないが、それから客人たちを避難させて……いや、それとも火の勢いがまだ弱いならば、既に向かっている者もいるのだろうが、早急に火を消させねば……」
頭の中ではめまぐるしく思案しているらしいの王子へと、潤は、いいや、と首を振った。
「王子。恐らく……この火はただの火事じゃない」
「なに」
「……王子、貴方には言いにくいことだが、王が関係していると思う。心当たりは、無いのだろうか」
間近の顔へと口早に告げると、王子の顔色が変わった。
「私は何も……父が、まさかそのようなことまで……」
王子の言葉には引っかかるものを感じた。まさかそのようなこと「まで」、と言う何かは感じているらしい。だが、クリュティエとは違い、王子は事情を知らなさそうだ。
知らないままに火に飲まれる火炎地獄で輪廻を繰り返してきたのだろう。そう潤は理解した。
「説明している時間は、今はない。王子、向こうで火を消しに回っている全兵を早急に集めて欲しい。そしてこの広間の客たちと、城内の人々の避難救出に当たらせてほしい。消火に兵を割いたところで十中八九無駄死にさせるだけだ」
なぜ消火活動中の兵まで撤退させなければならないのか、とでも言いたげな顔をした王子が、潤の最後の言葉に押し黙った。
そして、押し殺したような低い声が呻いた。
「……無論、客人たちの避難は最優先させたい。だが、この城が灰になっていくのを黙って見ておれと言うのか。私に」
眉間に深い皺を刻み、苦しげに潤の目を睨む。
潤は心の中でひっそりと重い溜息をついた。
(……王子、貴方はすでに過去の幻だ。同じく幻であるこの城を、貴方が命を賭して守ろうとしたところで何の意味がある?)
すんでのところで言いかけたその言葉を潤は飲み込んだ。わかっていた。王子はまだ生きているつもりなのだ。自分が過去に死んだ人間で、いかな妖術を使っているのかはわからないが、いずれにしろ自分が王の掌の上で踊らされている哀れな魂だということに気付いていない。だから、自身の血統と誇りの象徴なのだろうこの城を、見捨てられないと言うのか。だが、とうてい幻とは思えないような人としての心を感じる王子の様子に、潤は面食らい始めてもいた。
だが、あまりに現実味を感じさせる王子であるがゆえに、潤から見た事実を今の王子に告げたとしても、その意味を理解することは無さそうに思える。目の前で起きている出来事を現実だと思っている王子であるだけに。となれば、面倒な問答を避けるには、せいぜい事実を仄めかす程度に言い換えるしかない。
「……王子、もう一度言う。この火事は普通の火事ではない。謂わば、呪いによって引き起こされたと言ってもいい。王が絡んでいる、な。だから俺は王を探す。貴方はどうするつもりなのだろう」
王子は黙り込んだ。
「呪いだと……? 何の話だ。……私は、残る。兵を全て割くことは出来ない。我が一族を王族たらしめている宝も、諸侯との契約の証もある。いずれも無くすことは許されない」
「駄目よ!!」
潤の胸の下辺りから叫びが起きた。
見下ろすと、王子のガウンの袖を握りしめたクリュティエがいた。
「駄目!! ここに残っちゃ駄目です……!」
「なぜだ。私を護る側近たちはいる。クリュティエ、君は何を心配することもない」
王子は自分を案じるクリュティエの髪を、愛しげに指に絡ませ優しい眼差しで言い聞かせるように言ったが、クリュティエはかぶりを振るばかりだった。
(言えるわけもない、か……)
いくら幻の王子だとは言え、こうして言葉を交わすことができる。心もある。未来があると信じている王子だ。いっそ本当に幻なのかどうかさえ疑わしいほどだ。そんな王子に、クリュティエは、この後あの時のようにいつものようにあなたは焼け死ぬことになるのだ、などという真実を言うことはできないのだろう。言ったところで、この王子がそれをどう受け止めるのかわからない。わからないというより、想像もつかない。一笑に付すのか、理解出来ないと言ってくるのか、それとも理解してしまうのか。あるいは発狂してしまうのか。幻のようでありながら幻とも言い切れない王子のその後を考えるのは、底なし沼を覗くようだった。
(いや、待てよ。やってみてもいいのか?)
たとえ発狂したとしても、王子が知ってしまった内容を潤ならば封じれないことはない。ためしにやってみる価値はあるのかもしれない、と思ったが、今は時間は無かった。
クリュティエは王子に髪を撫でられながら苦しげに唇を噛んでいた。
何事かを言い澱んでから、王子の袖を力一杯に引っ張った。
「……行きましょう? 一緒に」
精一杯に目を見開き、想いよ伝われとばかりに王子の目を見つめる彼女に、王子もとうとう根負けした。
「一緒に行く、というより、火事の現状を把握しに行く。君たちと共に、だ。それでいいだろう? そして、兵を退かせろ、か。わけのわからぬことを言うが……。しかたあるまい。犬死にさせるよりは、と考えることにする。ただし、先ほども言ったように何がどうであれ、守らなければならない人と物がある。それを守りきれることが前提だ」
王子のその言葉を聞いて、一瞬ぱっと顔を輝かせたクリュティエだったが、はっとしたように潤を見返った。
「潤様、お願いします」
王子の望みを聞き入れてくれ、王子を守ってくれ、と目が必死に訴えている。
潤は静かに頷き返した。
皇子を一人で歩かせては危険だ。クリュティエの叫びを聞いた。隙を狙って、あの意志ある炎が王子を亡き者にしようとするのは、想像するにたやすい。
「わかった。王家の秘宝と契約の証だったか? 俺が協力する。どこから回ろう」
「まずは母上のご寝所だ。母は侍女を下がらせて休んでおられることが多い。危険だ。それから、……父上の部屋に。父上はご自身で身を守りになられるだろうが。もしもがあってはならぬ。王家の宝も玉璽の指輪も契約の証も全てそこにある」
「父上」という言葉の前に、一瞬の間があった。
潤は扉へと歩き出しながら、ちらと王子の横顔を見た。なんともいえない懊悩の影が頬に落ちていた。
「わかった。女王の救出が先というなら、俺も共に行こう。それから、王の部屋に。……王子、俺はさっき、王が関係してこの火事は起きていると言った。貴方は否定したが……本当は心当たりがあるんじゃないのか」
王子は忙しなく目を瞬かせてから、潤を見た。
「父は偉大な王だ。――火を消しにあたっている兵をすべて退かせろ! 戻ってきた兵には、広間の客人たちを連れて外に避難させるように言え! そして城内の皆に外に出るように伝えるのだ!!」
切り捨てるような短い返事だった。後半は指示を窺いに来た側近への言葉だった。



【2】

廊下に出ると、意外に火の手の回りは速かったらしく、辺りには黒煙が満ちていた。
兵士が入り乱れて出入りしたためか、つい先刻までは磨き抜かれて光っていた床のあちこちが、泥や煤で無残に汚れている。
煙を吸ったらしく王子が咳き込んだ。その背を撫でようとクリュティエが手を伸ばしたが、届かない。
王子はハンカチを口に当て、片腕にクリュティエを抱き上げると潤に並んで走り出した。
「女王の部屋はどこにある?」
「この先を曲がって、階段を上がる。三階の突き当たりに母の部屋がある。ちなみに父の部屋も反対側の突き当たりにある」
「三階か。この煙が上がっていないといいが……」
そう呟いた潤の前に、正面から駆けて来た四人ばかりの兵士たちが立ちはだかった。
「王子! どちらへ!? この先に行かれてはなりません!」
「どうした!」
「火の勢いが強く、この先はもう駄目です! じきにこちらにも回って参ります。早く中庭にお出になってください」
王子は血相を変えた。
「母上は! 母上はどちらにいらっしゃるのだ! まさかまだ部屋においでになるなどと言わぬだろうな……」
「それが……」
四人のうちのひとりが口籠もった。
「我々が参りました時には、すでに三階の廊下が火の海で一歩たりとも近付くことも出来ず……!! 今どちらにいらっしゃるのか、私どもには……」
口から唾を飛ばす勢いで、王子は兵士に掴みかかった。
「馬鹿者が! なぜ部屋を見なかった! 水をかぶってでも部屋の中を確かめてこそが……!!」
潤はやんわりと王子の肩を掴んだ。
「ならば、俺が確かめる。王子、貴方も共に来てその目で確かめればいい」
「……なに」
「女王の部屋に行こう。オフィーリアッ!!」
潤が声を張り上げると同時に、潤の足元に落ちていた影が大きく拡がった。それは見る間に尾の長い鳥の形に凝り固まり、ぶわ、と浮き上がった。潤の後ろに姿を現した影色の怪鳥は、まるで塗られたタールを溶かし落とすように一枚一枚の羽からぬめった影を落とし、高く一声鳴いて極彩色の翼を広げた。
腰を抜かしたのは兵士たちだった。
「な、なんだこれは……!?」
文字通り床にぺたんと尻をついてオフィーリアと呼ばれた怪鳥と、潤とを見比べている。王子の方は腰を抜かしこそしなかったが、その目を信じられないものでもみるように大きく瞠って、兵士たちに同じく潤とオフィーリアを交互に見つめている。
「王子、このオフィーリアの背に乗ってくれ。三階まで火を消しながら行くなど時間の無駄だ。そうそう消えもしないだろうしな」
王子はまだ硬く顔を強ばらせていたが、潤の言ったことは理解したようで、言われるがままにオフィーリアの首根を掴んだ。クリュティエを自分の前に座らせて、片腕で胴を抱く。その様子を見届けてから、潤は王子の後ろに乗った。
オフィーリアが翼を開く。床の上に転がった兵士たちが目を瞑らねばならないほどの風を起こして羽ばたき、舞い上がり、滑るように廊下を翔けだした。
「俺一人が行く分にはどうとでもなる。が、貴方やクリュティエを連れて行くのにはこれがちょうどいい」
驚きに声も出ない風な王子に言った頃には、オフィーリアは階段を翔け上がり始めていた。
階段に敷かれた絨毯は燃え上がっていたが、オフィーリアはその上を飛び、難なく上階へと向かう。
二階に上がると火勢は強くなった。赤く、黒く、翻りながらあちらこちらで幾重もの布のように燃え上がっている炎を、オフィーリアは一直線に切り裂いて飛んでいく。
不思議なことに、熱気は王子たちを襲わなかった。オフィーリアの背の上は、まるでガラスの覆いか何かに守られているようで、風を感じることも炎の熱さを感じることもなかった。優美な首を擡げてオフィーリアが鳴くたびに、炎の壁が割れて道を開ける。
「……なんと……これはいったい神業か……」
王子が低く呻いた。
あいにく自分は神ではない、と潤は思ったが、そこは黙って通した。
階段の上の狭い空間を螺旋を描くようにオフィーリアは飛び、女王の部屋がある三階へと出た。はずだった。
一寸先の廊下が見えない。本当に三階にいるのかどうかもわからないほどに、炎の壁は厚かった。燃え盛る溶鉱炉の中に突っ込まれたか思うほどに。二階の様子とは雲泥の差の有り様だった。
「あぁ……っ」
オフィーリアの背の上でなかったら一瞬で灰になっていたかもしれない王子が頭を抱えて苦しげに呻いた。
「母上……母上……」
これはもう助かる助からないの問題ではない。骨が残っているかどうかもわからない。
潤は眉を顰めて、オフィーリアをさらに駆った。
長い廊下の突き当たり、扉があるはずの場所。人間の肉眼では見えないところだったが、潤には見えた。
腕を高く掲げる。潤の腕の先にぼうと暗紫色の電光が光り出す。肘から先を一旦引きつけてから、振り払った。プラズマのような閃光が、オフィーリアよりも速く、炎の中を駆けて扉のある場所にぶち当たった。バン、と言う音が上がり、二枚の扉は吹き飛んで部屋の入り口が開いた。
ゴウ、という唸りと共に、渦巻いた炎が廊下に噴き出した。
その中に、潤は見てしまった。
脚を。
黒く縮んで見る影もなくなってしまった膝から下の部分を。
リーディングが出来る潤に見間違いはない。それはたしかに女王のものだった。
女王の脚こそ見なかったが、絶望的な状況に背を丸めて男泣きに唸っている王子の背を、潤は一度だけ撫でた。見なくてもいい。悲惨な死に様をわざわざ知る必要はない。
ただ一言、王子に告げた。
「……王の部屋に向かう」



【3】

オフィーリアの背に顔を伏せたまま黙って泣く王子の背を見守りながら、潤はオフィーリアを王の部屋へと向かわせた。
(王と女王が不仲だったのか、それともただの慣習なのか、どちらだ?)
クリュティエが王子のくせっ気の強い黒髪をそっと撫でている。
「母上」と繰り返し呟いて泣く王子の背を見下ろしながら、潤は静かに言った。
「……王のことは悲しまないのか」
三階に上がった時点で女王の安否が絶望的だと思ったのならば、王の生存も絶望的だったわけだ。それを知っていながら、王子は父の名を一言にすら出さなかった。
潤の静かな問いに、王子が不意に黙り込んだ。
しばらくの沈黙ののち、王子はオフィーリアの首に顔を押し当てたままだったが、押し殺した声が言った。
「あの人は……こうなって当然だった」
妙に穏やかな口ぶりだった。
「当然だった、とは?」
潤が聞きたいのはそこだった。ようやく王子が、王のことを語り出したのだ。そっと先を促す。王子は、小さな嗚咽を飲み込んでから言葉を続けた。
「あの人は、母を省みることも、私を省みることもなかった。私たちが病に伏せっていようとも眉一つ動かさないほど冷酷で、そのくせ横暴だった。自分の意に染まないことは何一つ許さなかった。私も母もずっと、父に操られた繰り人形だった。私にだって意志はある……!」
「……なるほど」
相づちを打った潤の声が聞こえているのかいないのか、王子は徐々に声を荒げはじめた。
「母はずっと外に出ることを許されなかった。皆の前に出るときも、どのように振る舞うか、どのように挨拶するか、そのたった一言、たった一つの仕草まで、その前の晩には父に教え込まれて……よく泣いていた。そうして泣いている母をあの人は何度もぶったのだ。私にしてもそうだ。学ぶもの、読むもの、友人、本当にごく細かな一日の過ごし方に至るまで、すべて父が選んだ。父が許さないことは何も出来なかった。父親としての愛情だと? 違う、私に与えるものごとを父が選んだのは、私の将来を期待してのことじゃない。私を愛してのことではない。私という人間を徹底的に管理したかっただけだ。母もそうだった。気に入らなければ殴った。父の気違いじみた管理の下で、私たちは窒息死しそうだった……!!」
「……それで、王の目を盗んでは、ああして身をやつして外に出ていたのか」
「……そうだ。私は人形ではない」
クリュティエが王子の隣で目を伏せた。
「父は、焼け死んだとしても自業自得だ。……どうせ、母を殺そうとしていたのに決まっている。だが、母も道連れにしていっただなんて、母があまりに可哀想だ。もっと、もっと苦しんでから、死んでいけば、よかったのに……」
押し潰したような王子の声音には、いまやはっきりと憎悪の響きがあった。
「つまり、王は為政者としての冷徹さで家族に対してもストイックに接していたというわけではなかったということか。貴方に帝王学を学ばせるためでもなく?」
「そんなことがあるものか! あの人は自分の周りの物事を全て把握していなければ気が済まなかっただけだ。支配していなければ気が済まなかっただけだ。……そんな子供じみて歪んだ感情に、家族に対する愛があるわけがない。あの人に、葛藤などというものがあったはずもない!!」
食いしばった歯の隙間から唸るように吐き出す王子の言葉を聞いて、潤は目を閉じた。
知らず、重い溜息が出た。
「……王子、顔を上げるといい。王の部屋だ。……俺から一つだけ言っておきたいことがある。王子、貴方は本当は死ぬはずだった。この火事に飲まれて、だ。ああ、俺の言っていることがわからないかもしれないが、本当は貴方は死ぬはずだったのだ。だが、今、生きている。これがどういうことかわかるだろうか」
潤は、先ほどと同じように黒い電光を燃え上がる扉へと走らせた。
王の部屋の扉は、左右に開いた。今度は音もなく。
女王の部屋とは打って変わって、火の気の一つも無い闇が部屋の中に横たわっていた。
目を懲らせばわかっただろう。
部屋の奥に、一人の男が座っている姿があるのを。
一脚の装飾も豊かな猫足の椅子に腰を下ろしている、王冠を乗せた年老いた男。
だが、様子は妙だった。
だらりと両脇に手を落とし、まるで眠っているかのように項垂れている。
その男を見て、王子が悲鳴のような叫びを上げた。
「なぜ……なぜ、父上! 貴方が生きているんだ!!」
無念さと恨みの篭もった絶叫だった。
首を折るように項垂れていた王の冠がゆっくりと持ち上がりはじめる。
潤がいつか見た、玉座の王そのままの姿だった。
ただし、あの時の顔がなかった姿ではなく、今目の前にいる王は、青白い頬をして、皺深い目を闇の中から光らせていたのだったが。
潤は、呼吸も速く浅く喘いでいる王子の肩を宥めるように撫でた。
「王子、貴方は今生きている。……抱えて来た思いを、全部吐き出せばいい」
王子の隣では、クリュティエが王を凝視しながら、口元を両手で塞ぎ目を大きく瞠ったまま、ただただ肩を震わせていた。





<了>


<登場人物>―――――――――――――――


7038 夜神・潤 200歳 男性 禁忌の存在

(敬称略)

NPC5310 クリュティエ ???歳 女性 オルゴール人形
NPC5317 イカルス ???歳 男性 オルゴール人形
NPC5318 ペレアス ???歳 男性 オルゴール人形
NPC1381 黒瀬・アルフュス・眞人 32歳 男性 代行者
(他NPC)……王子

―――――――――――――<ライターより>

本シナリオにご参加くださいましてありがとうございました。
次回、最終回でございます。
本当に長い間お付き合いくださいました。工藤としましてはもう言葉もありません。
次回のプレイングについては、シナリオページに掲載させていただきます。
ありがとうございました。