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■クロノラビッツ - 欲望と黒の穴 -■

藤森イズノ
【8295】【七海・乃愛】【学生】
 黒の穴(クロノアナ)
 時狭間に点在している穴。
 時の歪みとも呼ばれ、踏み込んだ瞬間、奥へと引きずり込まれる。
 何の前触れもなく、突如、足元に出現するため、注意が必要である。
 穴の奥は漆黒の闇が広がるばかりで、自力での脱出は不可能。
 外側から歪みを押し広げてもらわない限り、出られない。

 また、
 時の契約者が黒の穴に落ちた場合、
 時狭間全域のバランスが崩れてしまう他、
 時の契約者そのものの精神も侵され、闇に支配されかねない。
 闇の支配とは即ち 『欲望』 の充満と発散を意味する。

 *

 困ったなぁ。真っ暗 …… 。
 何にも見えないし、何にも聞こえない。
 静かで落ち着くけど、やっぱりちょっと不安。
 このまま出られないってことはないだろうけど。
 まぁ、一人じゃないのが、せめてもの救い …… かな。

( …… あれ? )

 チラリと見やり、異変に気付く。
 一緒に黒の穴に落ちてしまった、優しくも不運な時の契約者。
 ついさっきまで普通に喋っていたのに。今は、黙り込んで膝を抱えている。
 しかも、両手が、ぼんやりと光っているような。見間違い …… じゃなさそうだ。
 どうしたんだろう。何で光ってるんだろう。その疑問を素直にぶつける為、四つん這いで近付く。
 何となく、嫌な予感はしていた。そして、嫌な予感ってのは、決まって当たるものだ。

( …… えっ? )

 いつもと雰囲気が違う。
 恐ろしい魔物のような目付き。
 ゆっくりと顔を上げる時の契約者。
 その横顔に 『恐怖』 を覚えずにはいられなかった。

 *

 ここは黒の、黒の穴。
 あらゆる欲望が蔓延る時の歪み。
 使命を担う契約者に、害をもたらす空間なり。
 クロノラビッツ - 欲望と黒の穴 -

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 黒の穴(クロノアナ)
 時狭間に点在している穴。
 時の歪みとも呼ばれ、踏み込んだ瞬間、奥へと引きずり込まれる。
 何の前触れもなく、突如、足元に出現するため、注意が必要である。
 穴の奥は漆黒の闇が広がるばかりで、自力での脱出は不可能。
 外側から歪みを押し広げてもらわない限り、出られない。

 また、
 時の契約者が黒の穴に落ちた場合、
 時狭間全域のバランスが崩れてしまう他、
 時の契約者そのものの精神も侵され、闇に支配されかねない。
 闇の支配とは即ち 『欲望』 の充満と発散を意味する。

 *

 困ったなぁ。真っ暗 …… 。
 何にも見えないし、何にも聞こえない。
 静かで落ち着くけど、やっぱりちょっと不安。
 このまま出られないってことはないだろうけど。
 まぁ、一人じゃないのが、せめてもの救い …… かな。

( …… あれれ? )

 チラリと見やり、異変に気付く。
 一緒に黒の穴に落ちてしまった、優しくも不運な時の契約者。
 ついさっきまで普通に喋っていたのに。今は、黙り込んで膝を抱えている。
 しかも、両手が、ぼんやりと光っているような。見間違い …… じゃなさそうだ。
 どうしたんだろう。何で光ってるんだろう。その疑問を素直にぶつける為、四つん這いで近付く。
 何となく、嫌な予感はしていた。そして、嫌な予感ってのは、決まって当たるものだ。

( …… えっ? )

 いつもと雰囲気が違う。
 恐ろしい魔物のような目付き。
 ゆっくりと顔を上げる時の契約者。
 その横顔に 『恐怖』 を覚えずにはいられなかった。

 *

 ここは黒の、黒の穴。
 あらゆる欲望が蔓延る時の歪み。
 使命を担う契約者に、害をもたらす空間なり。

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 ・
 ・
 ・

 とはいえ、乃愛が抱く 『恐怖』 の要因は、他にもあった。
 一緒に黒の穴に落ちた海斗の異変もそうだが、それよりも、こっちのほうが問題。
 乃愛の呼吸が、徐々に徐々に荒くなっていく。その様は、さながら野獣だ。

(おくすりの時間 …… 過ぎちゃった …… のですよ …… )

 呼吸を整えながら悔やむ乃愛。
 彼女の言う "薬" とは、自身の凶暴な "血" を抑え留める為に摂取せねばならないもの。
 乃愛の体内には、貪欲な狼が潜んでいる。いや、正確に言うなれば、乃愛自身がそれ、というべきか。
 普段は、専用の薬を摂取することで、この血を抑えている。
 薬については、専門の薬師がおり、この人物にしか処方することができない。
 その薬師と乃愛の関係については、話すと長くなるので、またの機会に。
 何はともあれ、薬を摂取し損ねた現状は、非常にまずい。
 すぐに飲めば問題はないのだが、残念ながら手元に薬がない。
 薬はバッグの中にある。そのバッグは、穴の上。一緒に落ちてはこなかった。

「海斗 …… 大丈夫、なのです?」

 自身の異変を示唆しながらも、様子がおかしい海斗を気遣う。
 その対応自体は、優しさに満ち溢れているのだけれど …… 態度と外見に相違が生まれ始めている。

「 …… お前、なに、それ」

 ギリギリ意識を保ちながら尋ねた海斗。
 海斗の身を案ずる乃愛の姿は、もはやヒトではなかった。
 少しばかり大きくなった体躯、指先には鋭い爪、少し開いた口から覗く黒い牙、その牙を伝って落ちる涎。
 どこを取っても、その姿はヒトとはかけ離れていた。手遅れだ。もう、どうしようもない。
 身体の変化と、激しく波打つばかりの鼓動を覚えた乃愛は、僅かに残る意識で警告する。
 お前こそ大丈夫なのかと、不安そうに寄って来る海斗を突っぱねて、
 いつもと全然違う低い声で 「近付くな」 を繰り返す。
 必死に自分から遠ざけようとするのは、海斗を傷つけたくないという理性の現れだ。
 人狼と化した時の凶暴性・厄介さは、誰よりも自分が知り得ている。
 誰でも良いのだ。すぐ近くにいれば。この爪と牙が届く範囲にいれば。
 男も女も関係ない。ただ、本能のままに貪るだけ。

「だめ …… こっち、来ないで …… 」

 その場に蹲り、肩を震わせながら訴える乃愛。
 だが、残る理性とは裏腹に、乃愛の身体は、完全なる人狼へと化してしまう。
 音もなく一瞬で長く伸びた髪、不思議と神々しくも思わせる金の耳と尾。赤い瞳は、鮮血の如し。
 震える肩は、恐怖の現れではない。すぐにでも飛びかかってしまいそうな自分を、必死に抑えているのだ。
 理性が残ることは珍しいが、今はそれが幸いしている。どうするべきか。乃愛は、本能と戦いながら考えていた。

 だがしかし、衝動を抑え留めているのは海斗も同じ。
 いつもと違う、冷たい氷のような彼の眼差しが、何よりの証拠。
 この変化こそ、黒の穴が危険視されている理由である。
 時狭間は、あらゆる世界・あらゆる空間と繋がっている特殊な世界。
 それと同時に、各世界を絶えず流れている "時間" も、目には見えないが、そこらじゅうを飛び交っている。
 黒の穴とは、それら、別世界を流れている時間が衝突することによって発生する巨大な歪み。
 その中に落ちてしまうことはつまり、異なる世界の時間を一度に体感することを意味する。
 ヒトならば、特に何の支障もないが、海斗は "時の契約者" だ。
 つまり、異なる世界の時間を、ダイレクトに、その身で全て受け止めてしまう。
 本人の意思でやっていることではない。使命感から、無意識で実行しているだけのこと。
 全ての世界・空間に存在し、決してなくなることなき不変なるもの、時間。
 時の契約者は、何があろうとも、それを護らねばならない。
 だが、その使命感が、海斗の身体に異常をきたす。
 異なる世界の時間を一度に受け止める行為は、自殺行為に近しいのだ。
 一度に別々の話をいっぺんに聞かされて困惑するのと同じ。つまり、処理しきれないのだ。
 結果として、どういう事態に陥ってしまうかというと ――

「逃げんな」

 その場から離れようとした乃愛の腕を掴んだ海斗。
 声色もそうだが、何よりも目付きがおかしい。瞳孔が開きっぱなしだ。
 そのまま海斗は、乃愛の腕を引き、力任せに抱き寄せる。相手が乃愛だということは、辛うじて把握しているが、
 乃愛が人狼へと姿を変えたことに関しては、既に無関心。海斗も同じ。誰でも良いのだ。傍にいれば、誰でも良い。
 黒の穴に落ちた時の契約者の身に起こる異変とは、つまり "欲望" の発散。
 男なら男の、女なら女の、それぞれの "欲求" を晴らすことしか考えなくなってしまう。
 原因は、海斗が受け止めて、その体内に取り込んだ、異なる世界 "時間" の交錯。
 黒の穴から脱出する以外、元に戻る術はない。
 だがしかし、この状態。もはや、理性の欠片もない状態。
 脱出なんて出来るはずがない。そもそも、もう、脱出しようとすら思っていないだろう。
 今の海斗は、時を護る使命を担う契約者である以前に "男" なのだから。

「っふ …… 」

 抱き寄せられた乃愛もまた、窮地。
 僅かに残る理性を維持することに、ただただ、必死にならざるをえない。
 とはいえ、この距離。互いの息が互いの耳をくすぐる。この距離は、非常にまずい。
 乃愛は、何とか逃れようと、海斗の腕の中でジタバタ暴れた。だが、逃げることは叶わない。
 何気ない抱擁に見えるが、その捕縛力は尋常じゃない。
 うまいこと身体の自由を奪われてしまって、もがけばもがくほど、逆効果。
 でも、だからといって、このまま受け入れるわけにもいかない。
 受け入れたら最期。跡形もなく、食べてしまう。骨も残らないくらい、徹底的に美味しく …… 。

「!!!」

 何とか逃れようとしていた乃愛。
 だが、フッと、奮闘する気力を失ってしまった。
 原因は海斗。海斗がとった、とある行動によって、乃愛の意識が一瞬飛ぶ。
 耳を噛んだ。軽く、弄ぶかのように噛んだ。痛くはない。だが、それこそが大問題。
 反射的にビクッと身体が揺れると同時に、必死に保っていた理性の糸がプツンと切れてしまった。
 次の瞬間、乃愛は、口元に妖しい笑みを浮かべた。そして、綺麗な声で囁いて ――

「ごめんね」
「あ? っ …… 」

 お返しといわんばかりに、海斗の首に食らいつく乃愛。
 鋭い牙が、肌を埋む。伴う痛みに海斗は眉を寄せたが、拒むことはなかった。
 寧ろ、嬉しそうに笑んでいた。どうぞ、好きなだけ。そう言うかのように。
 その反応が、功を奏したか。一度は失った理性が、ほんの僅か、乃愛に戻る。
 いつもなら、理性なんて戻らない。食らいついたが最期、食べ尽くすまで離さない。
 理性が戻らない一番の理由は、獲物の悲鳴。やめてくれと泣き叫ぶ、獲物の表情。
 それらに、全て掻き消されてしまうから、理性が戻る余地なんてないのだ。
 体験したことのない反応だったからこそ、乃愛は、少し混乱したのだろう。
 どうぞ食べて下さい、だなんて。そんなの、今まで一度もなかったから。

 ・
 ・
 ・

「おいおい。大丈夫か?」
「う〜〜〜。アタマ痛ぇ …… 」
「乃愛ちゃんも、平気?」
「 …… ありがとうなのです」

 差し伸べられた手を取り、ゆっくりと立ち上がった乃愛。
 その姿は、いつもどおり。もはや、人狼ではなくなっている。
 助けられた。散歩に行くと言ったきり、なかなか戻ってこない海斗を心配して、藤二が探してくれていたのだ。
 まさか、とは思ったが。案の定、黒の穴に落ちていた。見つけた時、藤二はヤレヤレと苦笑を浮かべた。
 だが、乃愛もそこにいるだなんて思っていなかったから、姿を確認した瞬間、焦った。
 一人で落ちるならまだしも、誰か他の …… 事もあろうに、ヒトと一緒に落ちてしまうだなんて。
 黒の穴に落ちた契約者が、どんな変化を遂げるか知り得ていた藤二は、すぐさま二人を引き上げた。
 意識も感情もないまま、男女がひとつになるだなんて、そんなに虚しいことはない。と、そう思ったから。

 幸い、事前にそれを防ぐことができた。
 あと少しでも遅れていたら、どうなっていたことか。
 藤二は、そう思っている。何事もなく、二人とも無事で済んで良かったと思っている。
 だが、実際は …… ギリギリアウトだった。
 藤二が考えているような内容でこそなかったものの、既に事は済んでいたのだ。
 海斗の首元に残っている牙の痕が、その何よりの証拠。
 乃愛は、食べた。いや、飲んだ。食らいついた首元から、海斗の血を頂戴した。
 僅かに理性が戻ったことが幸いし、飲み干すことはなく、ちょっとだけ拝借する程度で済んだが。
 だが、ちょっとと言っても、人狼のそれと、一般的なそれとは、かなりの差が生じる。
 乃愛自身も、少しで済んで良かったと思っているが、実際は少しなんてもんじゃない。
 その証拠に、ほら。

「あー。何かダルい。 …… っと、とととととと」

 ドタッ ――

「っはは。何やってんだ。ほら」
「あ、あー …… どーも」

 藤二に手を借り、起き上がる海斗。
 何もないところで転ぶだなんて変だなぁと不思議そうな顔をしているが、その理由は明らか。
 要するに、彼は、貧血状態に陥っているのだ。フラフラするのも当然である。
 立ち上がった海斗は、転んだ理由を尋ねるかのように乃愛を見やった。
 黒の穴に落ちたことは覚えている。落下する乃愛を助けようと、腕を伸ばした。
 でも、引き上げることが出来なくて、そのまま自分も穴の中へ落ちてしまった。
 カッコ悪いけど、覚えている。確かに、そこまでは覚えている。
 だが、そこから先が思い出せない。
 何となく、自分らしくない行動をとったような感覚は、おぼろげにあるものの、はっきりとは思い出せない。
 俺、何かした? と聞きたいのは山々だが、海斗は聞けずにいる。何だか恥ずかしい思いをしそうな気がするのだろう。
 まぁ、自分が何をしたのかっていうところも気にはなるが、それよりも気になることがある。
 さっきからずっと、首が痛い。首の左側。うなじに近い辺り。
 痺れるような …… 鈍い痛みが、そこで継続している。
 もしかすると、この眩暈とこの痛みは、繋がっているのではないか。
 確証はないが、海斗は、そう思った。カンというやつだ。

「アンは、何も知らないのです」

 ふいっと顔を背け、一人先にスタスタと歩いて行ってしまう乃愛。
 乃愛の、その発言に藤二は首を傾げた。そりゃあ、そうだ。何のことやら、さっぱりだ。
 だが、海斗には、その発言の意味が通じる。頭の中で抱いていた疑問に対する回答そのものだったから。
 だが、その疑問は、あくまでも頭の中だけで抱いたもの。口にはしていない。
 もしかして、という予測でしかなかったから、口には出来なかった。
 それなりに、ぴしゃりと。
 乃愛の発言は、あたかも心を読んだ上で答えたかのようではないか。

「ちょ、待て、乃愛! お前、何か隠してるだろ!」

 フラつきながら追いかける海斗。
 乃愛は、逃げるようにスタスタと先を急ぐ。
 その遣り取りに首を傾げながら、二人の後を追う藤二は、煙草に火をつけて苦笑した。
 もしかして、遅かったのかな。既に、事は済んでいたのかな。そうだとしたら …… どうしたもんかな。
 藤二が思う内容と事実に相違はあれど、事後であることは違いない。つまり、正解。
 まぁ、こればかりは、第三者が割って入るべきではないだろう。
 二人の問題だ。 …… と言うとまた誤解を招きそうだが。

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 CAST:

 8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 藤二 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.01.08 稀柳カイリ

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