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■クロノラビッツ - Stand by -■

藤森イズノ
【8300】【七海・露希】【旅人・学生】
「誰?」

 尋ねながら、浩太は、指を鳴らした。
 パチンという音と共に、ぼんやりと淡い橙色の明かりが灯る。
 突然部屋が明るくなったことに驚いたのか、侵入者は動揺を隠せない様子。
 申し訳なさそうに振り返る侵入者に、浩太は、クスクス笑った。

「あぁ、あなたでしたか」

 何してるんですか、こんなところで。
 ここは、僕達 …… 時の契約者のみ、立ち入りが許可されているフロアですよ。
 棚に並んでいるのは、全て時兎に関する文献。どれも貴重な資料です。
 まさか、これらを盗みにきた、だなんてことはないですよね?
 …… あ、すみません。そんな顔しないで。冗談です。
 わかってますよ。あなたは、そんなことしない。
 つまり、あなたがここにいるのは、偶然。
 仕方ないですよね。ここ、広いですし。

「紅茶でもいかがです?」

 他に、お尋ねしたいことも、いくつかありますし。
 少しだけで構いませんので、僕と時間を共有して頂けませんか。
 え? 契約者じゃないのに、ここにいていいのかって?
 あぁ …… 大丈夫ですよ。お気になさらず。
 もう、許可は下りてますから。
 クロノラビッツ - Stand by -

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「誰?」

 尋ねながら、浩太は、指を鳴らした。
 パチンという音と共に、ぼんやりと淡い橙色の明かりが灯る。
 突然部屋が明るくなったことに驚いたのか、侵入者は動揺を隠せない様子。
 申し訳なさそうに振り返る侵入者に、浩太は、クスクス笑った。

「あぁ、あなたでしたか」

 何してるんですか、こんなところで。
 ここは、僕達 …… 時の契約者のみ、立ち入りが許可されているフロアですよ。
 棚に並んでいるのは、全て時兎に関する文献。どれも貴重な資料です。
 まさか、これらを盗みにきた、だなんてことはないですよね?
 …… あ、すみません。そんな顔しないで。冗談です。
 わかってますよ。あなたは、そんなことしない。
 つまり、あなたがここにいるのは、偶然。
 仕方ないですよね。ここ、広いですし。

「紅茶でもいかがです?」

 他に、お尋ねしたいことも、いくつかありますし。
 少しだけで構いませんので、僕と時間を共有して頂けませんか。
 え? 契約者じゃないのに、ここにいていいのかって?
 あぁ …… 大丈夫ですよ。お気になさらず。
 もう、許可は下りてますから。

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 浩太に会うまで、いや、正確には見つかるまでというべきか。
 それまで、露希は、チョコバーを頬張りながら読書に耽っていた。
 その場にあった書物ではなく、持参した本。タイトルは、不思議の国のアリス。
 どうやら最近、彼は童話に興味津々のようだ。姉の趣味が影響しているのかもしれない。
 とはいえ、辺りは真っ暗。本なんて読める状況ではなかった。それでも読むのが露希スタイル。
 何て書いてあるのか、闇の中で目をこらすという必死な自分がまた、何だか滑稽で面白かったらしい。
 ここがどこなのか・どういう場所なのかは、浩太が聞かせてくれるまで、まったくわからなかった。
 この独特な静けさと香りから、時狭間のどこかであろうことは何となく把握していたけれど。

 許可が下りている、という発言に首を傾げながらも、露希は浩太の誘いに乗った。
 時狭間に出入りできるようになって今日で三日目。海斗や梨乃とは、何かと接触することが多いけれど、
 浩太とは、まだゆっくり話をしたことがない。出来うる限り、みんなと平等に仲良くありたいと思っている露希にとって、
 浩太の誘いは、まさにうってつけ。退屈しのぎに、フラフラと適当なところを歩いていただけに、断る理由もなし。

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「美味しそうだね〜」
「ふふ。お砂糖は使います?」
「あ、うん。みっつくらい入れて欲しいなぁ」
「へぇ。甘党なんですね」

 微笑みながら、角砂糖を三つカップへ落とし入れて混ぜる浩太。
 振舞うのは、ホットのアールグレイ。浩太が一番好きな紅茶でもある。
 二人揃っておっとりした性格であるがゆえ、何ともまったりなお茶会が始まった。
 いやまぁ …… 二人揃って裏の顔も持ち合わせているという事実もありきだが。

「露希さんも、学生さんですよね?」
「うん。面白い学校に通ってるよ〜。っていうか、その呼び方やめない〜?」
「えっ? あぁ、えぇと …… じゃあ、何てお呼びすれば良いでしょう」
「ん〜とねぇ、何でもいいよ。かしこまった感じじゃなければ」
「ふふ。じゃあ、露希くん …… はどうでしょう」
「うん、いいよ〜」

 出来れば、その敬語も止めて欲しいんだけどなぁと思いつつも、露希は口にせずやり過ごした。
 おそらく、浩太の性格からして、すぐに敬語からタメ口にすることは難しいだろう。
 それならば、徐々に仲良く、くだけた口調になってくれれば良いやと露希は結論付けた。
 おっとりしているようで、人の性格、その真まで見抜いて対応する。
 露希は、意外としっかり者なのだ。空気が読める、とも言う。

「学校、楽しいですか?」
「うん、楽しいよ。学校にいれば、退屈しないしね」
「露希くんも、学生寮で生活してるんですか?」
「うん。姉ちゃんと同じ部屋だよ」
「あぁ、そうなんですか」

 露希が通っている学校は、姉と同じ。
 授業内容もさることながら、校風も変わっている。
 生徒同士が、異様なまでに仲良しなのだ。下手すると家族と同様、もしかすると、それ以上の絆があるかもしれない。
 そんな状況だからか、露希はいつも楽しそうに笑っている。落ち込むのは、テストの点数が悪かった時くらいだ。
 それも、一瞬だけ。また次のテストで頑張れば良いやと開き直り、落ち込んだことすら忘れる。
 良くも悪くも前向きな性格。それこそ、露希が誰もに好かれる一番の要因と言える。

「好きな人とか、やっぱりいるんですか?」

 その流れのまま、次の質問に移った。
 どうやら、浩太は、恋愛も学生生活の一部だと捉えている節があるようだ。
 まぁ、的外れではないかと思われる。絶対ということでもないが。

「ん〜? 好きな人 …… 恋人?」
「そうですね。あ、内緒って返答でも構いませんよ。ふふ」
「恋人っていうのはいないなぁ。好きな人は〜 …… いるにはいるけど」
「へぇ、そうなんですか。想いを伝えようとは思わないんですか?」
「ん〜 …… 好きは好きでも、叶わない "好き" だからねぇ」

 露希のその発言を聞いた浩太は、複雑な事情を読み取り、
 友達の彼女に想いを寄せていたりするんじゃないかと勝手に想像した。
 それはまったくの見当違いなのだが、深く詮索してこないのは、露希にとってありがたいこと。
 まさか、双子の姉に想いを寄せているだなんて、言えない。別に言っても良いんだけど、何となく恥ずかしい。
 話したことで、あれこれ聞かれてしまうのも嫌だ。根掘り葉掘り聞かれようものなら、平静を保てる自信がない。
 せっかくのお茶会。このまま、ゆったりとした時間の共有で終わりたい。
 好きな人のことでムッとして "裏" を露わにしてしまうのは、色んな意味で勿体ないから。

「ところで、その鞄。どこかに出掛けていた帰りですか?」

 紅茶を口に運びながら、チラリと露希の膝上に置かれた大きなバッグを見やって言った浩太。
 露希は、コクコクと紅茶を飲み干し、ニッコリ笑って返す。

「うん。適当に旅をね。趣味っていうか、クセなんだ〜」
 
 放課後はもちろんのこと、授業をサボって朝から放浪することも多い。
 姉と同様に、露希もまた、別の世界へ自由に行き来できるという便利な能力を持っているが、
 旅をするときは、その能力を使わない。気分のままに歩くことで、景色を楽しむ余裕ができるのだそうだ。
 無論、目的地を定めることもない。何となく、今日はあっちに行ってみようとか、こっちに行ってみようとか、
 その時の感覚だけで進むべき道を決める。結果として、計らずとも、今日は、この場所に辿り着いたということだ。
 また、露希は、辿り着いた場所には、必ず意味があるとも思っている。
 何となくにせよ、辿り着いたその場所は、今の自分にとって有益な場所だと、そう思っているのだ。
 明確な根拠はない。だが、行く先々で得た過去の体験は、その根拠に通ずるものがあるかもしれない。
 今日だってそうだ。こうして、浩太とゆっくり話ができている。
 いつか、ちゃんとお話したいなぁと思っていた矢先のことだ。
 やっぱり意味があるのだと、露希は実感していたりもする。

 楽しそうに話す露希を見て、浩太は羨ましくも思った。
 時の契約者である浩太は、使命を果たすことを最優先せねばならない。
 時狭間を経由して、あらゆる世界・空間を行き来できるものの、いつでも自由に出入りできるというわけでもない。
 遊びに行くのとは訳が違うからこそ、気ままに放浪できる露希を羨ましく思うのだろう。
 浩太は、空になった露希のカップに紅茶を注ぎながら次の質問を口にした。

「兄弟・姉妹は、お姉さんだけですか?」
「うん。まぁ、学校のみんなも家族みたいなもんだけどね」
「お姉さんとは、普段どんな会話を? 姉弟喧嘩とかもします?」
「ん〜。まぁ、普通の会話かなぁ。特別な話はしないよ。そもそも、向こうは気付いてないしね」
「あ。そういえば …… お姉さんは、兄弟・姉妹がいるのかわからないって言ってましたね」
「でしょ? ま、いいんだけど。意地でも思い出させてみせるから」

 そう。実は、姉弟だと知っている …… いや、覚えているのは露希だけ。
 双子の姉は、そのの事実を、そっくりそのまま忘れ去ってしまっているのだ。
 どうして記憶が欠落したのか、その辺りを話すとなると長くなる上に、余計なことまで思い出させてしまうので控えよう。
 三日前、露希が時狭間に来た初日、その顔を見た浩太は、すぐに、あの少女と繋がりがあると気付いた。
 なかなかタイミングが合わず、初日から今日まで、挨拶程度の会話しかできなかったけれど、
 露希本人の口から、彼女が姉だという事実は聞かされていた。
 あまりにも嬉しそうに話すから、嫌でも記憶に残る。
 でも、姉からは …… 弟の話なんて、一切聞かされていない。
 露希の姉とも、浩太はこうしてお茶を共にしている。偶然にも、同じ場所、ここで。
 姉にも同じ質問をしたが、やはり弟の話なんて一切していなかった。
 だからこそ、何やら妙だなと浩太は思っていたのだが、
 思い出させてみせると、そう露希が言ったことで、おおよその事情を把握することができた。
 詳しくはわからないけれど、この姉弟の間に、何らかの事件が起こったのは確かだ。
 片方は覚えているのに、もう片方は何も覚えていないだなんて悲しすぎる。
 思い出させてみせると言った露希の口調が、いつもより少し荒かったのも頷ける。

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 浩太が誘い、露希が応じた誘いなだけに、
 浩太から露希に対する質問が多いお茶会ではあったが、
 何でもかんでも詮索するようなヤボな真似を浩太はしないから、気まずい雰囲気になることはなかった。
 むしろ逆に、さり気なく気遣ってくれるもんだから、リラックスして話せたかもしれない。
 うっかり、話しちゃいけないこと・秘密のことまで話してしまいそうになるくらい。
 例えば? 例えば …… 包帯の下にある "勲章" の話、とか?

「コーくんは、好きな人いないの〜?」
「ふふ。さぁ、どうなんでしょうね」
「何それ。ずるいよ〜! ちゃんと答えてよ〜」

 すっかり打ち解けた二人。
 お互いに似たところがあると感じ取ったこともあり、
 二人の距離は、ほんの一時間程度のお茶会で一気に近くなった。
 露希と同じように、いずれゆっくりと話がしたいと思っていた浩太にとって、
 気ままな放浪の末、露希がこの場所に辿り着いたという偶然は、喜ばしいものだっただろう。

 最後に、このお茶会で二人が最も興味を引かれた事柄について纏めてみよう。
 先ずは、露希。露希が最も興味を引かれたのは、浩太の性格、その裏。
 丁寧な口調で話し、終始柔らかな笑顔を絶やさずにいた浩太だが、露希は気付いていた。
 多分、自分と同じようなタイプ。ニコニコしているけれど、それは猫を被っているだけで本性じゃない。
 本性は、もっと底抜けに良い人でした〜!!! って展開もアリだとは思うが、こういうタイプは、
 決まって、隠している本性と普段のギャップが激しい傾向にある。何より露希自身がそういうタイプだ。
 もっと仲良くなったら、そういうところも包み隠さず見せてくれるようになるかな?
 そうしたら、僕も猫なんて被らないで、ありのまま話せたりするかな?
 お互いに全部さらけ出して話せたら、もっと楽しいかもしれない。
 露希は、ずっとそんなことを考えていた。
 一方、浩太。浩太が最も興味を引かれたのは、露希の過去。
 必然と、双子の姉が記憶を失っているという事にも興味を引かれることになる。
 過去に何があったのか。時折、ふっと見せる何とも物憂げで切ない表情は何を意味するのか。
 浩太は、ずっとそんなことを考えていた。
 また、浩太が露希をお茶に誘った理由も、それに通じている。
 お茶の誘い文句として "聞きたいことがある" と、浩太は確かにそう言った。
 その "聞きたいこと" というのが、まさに、露希の過去だったのだ。
 でも、結果として聞いてはいない。聞けば、ある程度の事柄は答えてくれただろうに。
 当初の目的を果たすことなく、興味を引くだけに留めたのは、何故なのだろうか。

 まぁ、何にせよ、互いに意味のあるお茶会だったことは確かと言えよう。

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 CAST:

 8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生?
 NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.01.11 稀柳カイリ

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