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■クロノラビッツ - 仮契約 -■

藤森イズノ
【6408】【月代・慎】【退魔師・タレント】
「ちょっと、いいですか?」

 散歩中、声を掛けられた。
 この丁寧な口調と柔らかな声には、聞き覚えがある。
 振り返るとそこには、やっぱり浩太。 …… だけじゃなく、海斗と藤二もいた。
 あれれ …… ? 何だかちょっと珍しい組み合わせだなぁ …… 。
 なんて思いながら、ペコリと頭を下げて用件を聞いてみる。
 まぁ、わざわざ、彼等から接触してきたということは、
 それなりの用件なのだろうとは思ったけれど。

「え …… ?」

 さすがに、目を丸くしてしまう。
 彼等の用件。それが、あまりにも突飛なものだったから。
 戦えと言うのだ。これから、時狭間のとある場所へ案内するから、
 そこで、海斗と戦ってくれないかと言うのだ。
 何で? どうして? 何の為に?
 当然の疑問。もちろん、それらをすぐにぶつけた。
 でも、彼等は答えてくれない。その疑問を解消してくれない。

「いーから、とっととやろーぜ」

 ダルそうに欠伸しながら言った海斗。
 やるだなんて、一言も言ってない。っていうか面倒なら、やらなきゃいいのに。
 …… うん? 面倒くさそう …… ってことは、もしかして、海斗も、巻き添え食らった?
 さほど長い付き合いってわけでもないけれど、好きな物事にしか興味を示さない、
 海斗のそういう性格は、もう嫌になるくらい把握している。間違いない。
 ということは、この用件は、つまり …… 。

「ごめんね、急に」
「じゃあ、移動しましょうか」

 ニコリと微笑んで言った藤二と、懐から黒い鍵を取り出しながら言った浩太。
 つまり、この用件は、この二人 …… 浩太と藤二の用件ということか。
 いや、っていうか、ちょっと。だから、やるだなんて一言も …… 。
 クロノラビッツ - 仮契約 -

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「ちょっと、いいですか?」

 散歩中、声を掛けられた。
 この丁寧な口調と柔らかな声には、聞き覚えがある。
 振り返るとそこには、やっぱり浩太。 …… だけじゃなく、海斗と藤二もいた。
 あれれ …… ? 何だかちょっと珍しい組み合わせだなぁ …… 。
 なんて思いながら、ペコリと頭を下げて用件を聞いてみる。
 まぁ、わざわざ、彼等から接触してきたということは、
 それなりの用件なのだろうとは思ったけれど。

「え …… ?」

 さすがに、目を丸くしてしまう。
 彼等の用件。それが、あまりにも突飛なものだったから。
 戦えと言うのだ。これから、時狭間のとある場所へ案内するから、
 そこで、海斗と戦ってくれないかと言うのだ。
 何で? どうして? 何の為に?
 当然の疑問。もちろん、それらをすぐにぶつけた。
 でも、彼等は答えてくれない。その疑問を解消してくれない。

「いーから、とっととやろーぜ」

 ダルそうに欠伸しながら言った海斗。
 やるだなんて、一言も言ってない。っていうか面倒なら、やらなきゃいいのに。
 …… うん? 面倒くさそう …… ってことは、もしかして、海斗も、巻き添え食らった?
 さほど長い付き合いってわけでもないけれど、好きな物事にしか興味を示さない、
 海斗のそういう性格は、もう嫌になるくらい把握している。間違いない。
 ということは、この用件は、つまり …… 。

「ごめんね、急に」
「じゃあ、移動しましょうか」

 ニコリと微笑んで言った藤二と、懐から黒い鍵を取り出しながら言った浩太。
 つまり、この用件は、この二人 …… 浩太と藤二の用件ということか。
 いや、っていうか、ちょっと。だから、やるだなんて一言も …… 。

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 ・
 ・
 ・

 クスクス笑いながら身構える慎。
 向かいに立つ海斗は、既に準備万端な様子で剣の切っ先に炎を灯して遊んでいる。
 腰元には、あの不思議な銃。便利そうなのに、使わないんだ? と慎は疑問を覚えたのだが、
 時の契約者が所有している魂銃での攻撃は、時兎を消滅させること以外に用途はないのだと、
 ここ、時狭間に来た初日に聞かされたことを、あぁ、そういえばと思い出し、一人納得して頷いた。
 とはいえ、海斗の武器が剣というのは少し意外だ。
 あの性格なら、武器なんてなしに、その身ひとつで向かっていきそうだが。
 まぁ、剣の扱いについて、さほど詳しいわけでもないが、かなり手慣れているように見える。
 訳もわからず急に "戦え" だなんて、突拍子もないこと言うもんだと呆れるところはあるが、
 浩太と藤二の性格からして、無意味な要求ではないことは明らか。
 海斗が一人で挑んでくるなら、また、話は別なのだけれども。
 何はともあれ、とにかくやってみるしかない。
 理由諸々は、済んでから聞けば良いだけ。
 というか、済めば話してくれるに違いないだろうし。

「よし …… っと。それじゃあ …… いつでもどうぞ」
「海斗、暴走するなよ」
「わーかってるよ!」

 何やら、大きなヘッドホンのような機械を装着した状態で、少し離れた場所から、浩太が手を振る。
 藤二の "ムキになるな" という忠告に、海斗が、早速ムキになって返す。全ての準備は、整った。
 それにしても、わかりやすい性格。すぐにカッとなって、冷静さに欠ける。
 ある意味、戦いやすいタイプというか、扱いやすいタイプかもしれない。
 と思うところはあるが、何も突撃だけが能じゃなし。
 キーキーとムキになって藤二に文句を言っていた海斗だが、身構え直すと同時に雰囲気が変わる。
 それまでの子供っぽさはどこへやら。チャッと剣と構える海斗の瞳は、穏やかな夜の海を思わせた。
 目が合った瞬間、慎は悟る。
 あぁ、そうか。こういう面も持ち合わせているからこそ、この人は強いのだと。

(でも、やるからには勝ちたいってのが、ホンネ。ふふふ)

 相手の力量を知ることは出来ても、勝てるかどうかは別の話。
 実際に手合わせてみないことには、何とも言えないし、わからない。
 戦えと頼まれただけであって、勝てとは頼まれていないけれど、やるからには勝ちたい。
 相手が強いとわかっているのなら、なおさらのこと。
 こういうところが、まだまだ子供っぽいのかなぁ。
 なんて考えながら、慎は先手を取った。

「!!」

 踏み込むと同時に、指先から糸を出現させ、早々に動きを封じようと試みる。
 糸を使った攻撃は、あらゆる "負" の存在を、あるべき場所へと還す退魔術の一種だ。 
 慎が操る糸は、まるで意思を持つ生き物のように動き、海斗に襲い掛かる。
 だが、唐突な先手にも海斗は動じることなく、冷静な対応を見せた。
 飛んでくる無数の糸を、軽い身のこなしで避けながら、スパスパと斬り裂いていく。
 炎の剣だ。斬られた箇所から糸は発火し、細く黒い煙を上げて消えゆく。

「へー。そんなこともできんだ。すげーな」

 不敵な笑みを浮かべつつ、一歩大きく踏み込んで剣を振るう海斗。
 慎もまた、その反撃にすぐさま反応し、ヒョイと避けた。
 だが、炎の剣による攻撃は、思いのほか厄介。
 避けたものの、前髪が少しだけ …… ジッと焦げた。
 危ない危ない。自慢の黒髪を台無しにされるところだった。
 さほど長い剣ではないのだが、炎が灯っていることで長剣の役割も成しているようだ。
 剣に灯る炎は、紛れもなく海斗の能力。その身に宿す能力というからには、自由自在。
 つまり、海斗の意思で、更に炎を付加増強することも可能なはずだ。
 様子を見ているのは、お互い様か …… 慎は、距離を保ちながら口元に笑みを浮かべた。

「海斗こそ。剣、上手なんだね」
「まーね。かっこいーだろ」
「うん。ねぇ、今度、僕にも教えてよ。剣の使い方」
「ヤダよ。めんどくせーもん。見て覚えればいーじゃん、今」
「え〜。そんなこと言わないでよ。ケチだなぁ」
「うるせー」

 …… 何というか、珍妙な光景だ。
 他愛ない雑談をしながら戦っている二人。
 お互いに様子を見合っているのは確かだし、両者とも油断はない。
 だが、どうも緊張感に欠ける。まぁ、目的は果たせているから問題はないのだけれど。
 二人が戦う様子を観察しながら、浩太は手元の書類に何かを書き込んでいく。
 そして、藤二は、その書類を受け取っては確認し、うんうんと頷いた。

「あぁ、確かに。こりゃ、凄いな」
「ですよね。予想以上です」
「いくつだっけ? 歳」
「十一ですね」
「っははは。 …… おっかね〜な、おい」

 書類への書き込みと、その確認。
 浩太と藤二は、驚きを隠せない様子で作業を続けた。
 浩太が着けているヘッドホンのような機械からは、絶えず超音波のような音が漏れている。
 だが、その脳髄に響く耳障りな音にも、浩太は顔色ひとつ変えず作業を続ける。
 うるさいだなんて言っていられないのだ。この音もまた、重要な情報の一部なのだから。

 訳もわからず戦わされて、五分ほどが経過した。
 慎は、海斗の攻撃を避けては反撃を繰り返している。
 時折、チラッと浩太達の方を見やってはみるものの、彼等の意図は掴めぬままだ。
 正直なところ、海斗と戦うのは面白い。予想外の攻撃を仕掛けてくるもんだから、つい、夢中になってしまう。
 でも、このまま攻撃と反撃を繰り返すだけでは、あまりにも単調だ。
 様子を見合うのは、これくらいにして、そろそろ本気で戦ろうか。
 目的は定かじゃないけれど、きっと、浩太たちもそれを望んでいるだろうし。
 まぁ、この単調な遣り取りに、慎自身が飽きてきていたこともあるのだが。

「むっ?」

 慎の様子が変わったことに気付いた海斗が、動きを止める。
 そうか、もう様子の探り合いは終わりか。じゃあ、こっちも本気で戦ろう。
 それまでと異なる、重苦しい雰囲気に、海斗はニッと笑った。剣に灯る炎の勢いもグンと上がる。
 海斗の持つ剣に、一際鮮やかな炎が灯ると同時に、慎は指を踊らせた。
 すると、そこらじゅうから一斉に、音もなく糸が飛び出す。
 その光景は、さながら雨だ。下方から突き昇る雨。

「っちょ、これは …… って、ん?」

 避けようとしたものの、数が多すぎる。
 だが、糸は、下から上へと突き昇るだけで、襲いかかってくるわけでもなかった。
 触れても、特に何の異常もない。ただ、少し動きにくくなったような気はする。
 あぁ、そうか。この大量の糸で動きを封じるつもりか。
 動けば動くほど、糸が絡まって自由に動けなくなるとか、そんな感じか。
 確かに、これだけの量があれば、動きを封じることは容易いだろう。
 武器が剣なだけに、攻撃を仕掛けるには相手に接近せねばならない。
 つまり、ここから慎の傍まで移動する間、必然と糸を身体で絡め取ることになってしまう。
 満足に動けなくなったところで、トドメを刺すと。そういうことか。

「ふっふっふ。甘いな」

 ニヤリと笑い、何やら妙な構えを見せる海斗。
 確かに、糸を自在に操る能力は厄介だ。動きを封じられては元も子もない。
 だが、斬ってしまえばどうだ。今すぐ、この場を動かぬまま纏めて焼き斬ってしまえば、何の脅威もない。
 動きを封じようとする、その発想は見事なものだ。自分の能力の効果的な使い方を知っている証拠とも言える。
 でも、残念。相手が悪かったか。炎は、全てを焼き尽くす力を備えている。
 つまり、こうして、勢い良くブンッと薙ぎ払ってしまえば ――

「 ………… あれ?」

 どうしたことか。
 海斗は、躊躇うことなく薙ぎ払った。
 だが、何も起きない。糸は変わらず下から上へと昇り続けている。
 海斗は、周囲の糸が一瞬で焼け焦げる光景をイメージしながら薙ぎ払った。
 大量の糸が焼け落ち消える様は、さぞかし爽快だろうな、なんて思いながら。
 だが、何も起きない。確かに薙ぎ払ったのに、糸は平然と昇り続けている。

「なるほど、そーいうことか」

 おかしいなと首を傾げたのは一瞬だけ。海斗は、すぐに気付いた。
 糸が赤く発光している。その鮮やかな赤は、剣に灯る炎と同じ色。つまり、吸収されたのだ。
 動きじゃなく、炎そのものを封じてきやがった。予想を大きく超える、慎の的確な応戦に、
 相手は子供だからと、どこかでナメていた自分を、海斗は戒めた。
 こうなると、海斗は強い。
 おそらく、全力をぶつけることができる解放感のようなものが大きく関与しているのだろう。
 マスターとの契約には "契約者同士で争うことを禁ずる" というものがある。
 つまり、時の契約者同士は、喧嘩することができないのだ。
 例え、どんなに腹が立っても争うことはできないのだ。
 知ってのとおり、時の契約者は、本来、ヒトと接する事ができない。
 要するに、海斗を始め、時の契約者は全員 "喧嘩" というものを体験したことがないのだ。
 まぁ、今回のこれ(慎と海斗の手合わせ)は喧嘩に該当するものではないのだけれど、
 自分以外の誰かと、こうして能力をぶつけ合うだなんてこと一度もなかったから、
 海斗が興奮するのも当然だ。全力をぶつけることができるというのなら、なおさらのこと。

 カラン ――

 持っていた剣を投げ捨て、海斗は、パンと両手を合わせた。
 合わせた両の手、その隙間から紅蓮の炎が先走るように漏れる。
 ピリピリと張り詰める、その場の雰囲気に、慎はクスッと笑った。

(すごい迫力)

 実際どの程度なのかは把握しかねるが、凄まじい威力の攻撃を放ってくるであろうことは明らか。
 さすがに、今から短時間で、その威力を吸収できるほどの対応を糸に施すことはできない。
 まだまだ本気じゃないんだろうなとは思っていたけれど、まさか、ここまで底知れぬとは想定外だった。
 慎もまた、どこかで海斗のことをナメていたのだ。無論、慎も自身を戒めた。
 だがしかし、慎は、そこから更に威力のある攻撃を、とは考えない。
 海斗が放ってくるであろう高威力の攻撃に応戦する術は、いくらでもある。
 でも、今回はおあずけ。マジで喧嘩をしているわけでもないし、
 何より、自分一人でどこまでできるか試してみたかったというのもあり。
 だからといって、これから放たれる攻撃を真っ向から受ける気も、更々ない。
 じゃあ、どうするのかって? 答えは簡単。寧ろ、もう既に "それ" は発動している。

「いっくぞー …… 」 

 フーッと息を吐きながら口元に笑みを浮かべる海斗。
 精神を研ぎ澄ませて精錬した紅蓮の炎。その火の玉を海斗は投げ放とうとした。
 だが、その渾身の一発も、あっけなく不発に終わってしまう。

 ズシャッ ――

「 …… うへ。何だこれ」

 海斗は、その場に膝をついてしまった。
 せっかく精錬した炎も、渦を巻きながら消えていってしまう。
 脱力。その場に立っていることもままならないほどの、怠慢感。
 力という力、全てを奪われてしまった海斗に、成す術はなし。
 脱力の原因は、陣だ。海斗を囲うようにして張り巡らされた陣。
 糸は、ただ下から上に昇っていたわけではなく、この陣を描いていたのだ。
 上空から見れば、それはもう巨大で美しい陣が確認できる。
 糸の滑らかな動きも、その美しさの要因のひとつと言えるだろう。
 ナメてかかったことを悔やみ、海斗が渾身の炎を精製し始めたとき既に、慎は先手を打っていたのだ。
 対応できていなければ、あの炎を真っ向から受ける羽目になっただろう。
 そう考えると、恐ろしい。 …… なんて、勝者の余裕をかましてみたりして。

 ・
 ・
 ・

「ムキになるなって言っただろうが」
「あ、痛っ。だーから! 悪かったって!」
「あのまま、ぶっ飛ばしてたら、今頃どうなったと思う?」
「しつこいな! だから、悪かったって、謝ってんだろーが!」
「あ〜あ〜。まったく誠意を感じないねぇ」

 藤二に怒られっぱなしの海斗。
 戦い始める前に忠告したのにも拘らず、我を忘れて暴走しかけたことを責められている。
 それについては海斗も自覚しており、素直に自分の非を認めてはいる。
 海斗はこの戦いの意味を知っていたので、始めから暴走する気なんてなかった。
 でも、あまりにもうまいこと応戦されるもんだから、ついムキになってしまった。
 それだけ、慎は凄い奴だってこと。それがわかっただけでも良いじゃないかと海斗は言うが、
 そういう問題じゃないんだと、藤二は、海斗の頭をポコスカ小突く。

 そんな海斗と藤二の遣り取りを笑いながら見ている慎。
 そこへ、浩太が神妙な面持ちで寄って来る。
 お疲れ様でしたという言葉に、慎は振り返って微笑み返した。

「あ、ううん。楽しかったよ〜。こんな感じで良かったの?」
「はい。十分です。わざわざ、こんなことさせてしまって申し訳ないです」
「いいよ〜別に。でもさ、これって何のため? 何か目的があるんだよね? ね?」

 ようやく、目的が明らかになる。浩太たちの意図を明らかにすることができる。
 慎は、その期待から、キラキラと目を輝かせながら尋ねた。
 人懐こい笑顔に誘われるようにニコリと微笑み返し、
 浩太は、ヘッドホンのような機械を外して告げた。
 採取情報を記述した書類を添えながら。

「マスターに頼まれたんです」
「マスター …… あぁ、あの、いつも猫を連れてるおじいさんだね?」
「そうです。慎くんの能力がどれほどのものか調べてきてくれ、と」
「ふぅん? それで、それで?」
「つまり、こういうことです」

 時狭間は、時の神と時の契約者が暮らす特殊な空間。
 目には見えずとも、ここは、あらゆる世界の時間が巡っている場所。
 異なる世界の時間が交錯しているこの空間で "ヒト" が平常を保つのは難しい。
 短時間ならまだしも、長時間いようものなら、心を蝕まれて意識が朦朧とするはず。
 そもそも、ヒトの身体では、異なる時間が交錯する度に生じる衝撃に堪え切れないのだ。
 マスターは、これを考慮した上で特例を定め、ヒトである慎に時狭間への出入りを許可した。
 慎がヒトである以上、時狭間への出入りを繰り返せば、遅かれ早かれ、必ず身体のどこかに異変が現れる。
 だが、慎は、何度この空間に踏み入っても、またどれだけ滞在しようとも、平常を保ち続けた。
 身体に異常が現れる様子は、微塵もない。また、異常を隠しているようにも思えない。
 マスターが、浩太たちに調査を頼んだのは、そこに、とある可能性を見出したからである。
 そして、調査の結果、条件を満たすようならば ――

「仮契約を締結したいと。マスターは、そう言ってました」

 ニッコリ微笑んで言った浩太。
 手渡された書類に目を通していた慎はキョトンと首を傾げた。
 すると、叱り終えた藤二と叱られ終えた海斗も寄ってきて補足を加える。

「わかりにくいとは思うけど、この数値」

 書類に記述されている数値を指で示した藤二。
 何だかよくわからないが、数字がズラッと並んでいる。
 これは、慎の能力に、この空間に充満している "クロノミスト" という成分を乗算したものらしい。
 ある条件とは、この数値が規定値を超えることを意味しており、
 慎の数値は、その規定値を大幅に超えているのだそうだ。

「えっと〜? つまり、どういうことなのかなぁ?」

 理屈はわかるが、仮契約の意味がわからない。
 首を傾げ続ける慎に、海斗は欠伸混じりで言った。

「よーするに、俺らみたく、時兎を退治する使命を担ってくれってことだろー」
「ふぅん。 …… って、えぇ〜? 僕がぁ〜?」
「でも、その数値はおかしい。お前、ほんとに、ヒトか?」
「えっ? あはははっ、何それ」

 戦いの目的を知っていた海斗も、実際に慎の数値を見て驚きを隠せない様子だ。
 とはいえ、数値がどうこう言われても、慎には、それがどれほどのものなのかわからない。
 ただ、時の契約者(仮?)として、時兎の退治をして欲しいのだと、そう求められていることはわかった。
 でも、ひとつ。大きな問題というか疑問がある。慎は、その疑問を口にした。

「でも、時兎って触れないんでしょ? その銃だって、僕は持ってないし」

 すると、浩太が、束ねた書類を鞄にしまいながら「問題ないです」と返した。
 仮契約を締結すれば、マスターが、相応の能力を与えてくれるそうだ。
 魂銃を所有することはできないが、別の方法で時兎の退治が可能になる。
 その方法とは、時兎のすぐ近く(一メートル以内)で "指を鳴らす" こと。
 ただし、指を鳴らしてから時兎を弱らせないと、消滅させることはできない。
 弱らせる手段は、慎が持ち合わせている能力を駆使すれば良いとのこと。
 本来、時兎は魂銃での攻撃しか受け付けないのだが、
 指を鳴らすという行為により、それ以外の攻撃も届くようになるのだそうだ。
 ただ、どんなに強力な攻撃でも威力は半減してしまうため、時間は掛かってしまうようだが。
 つまり、仮契約を締結すれば、海斗たちのように、魂銃を用いて一発で消滅させることはできないものの、
 ヒトでありながら、時兎を消滅させることができる権限と能力を得ることができるということになる。

 あくまでも、これはマスターの要望だ。
 慎が、そんなのやりたくないと言えば、それまで。
 浩太は、慎の顔を覗き込んで尋ねた。どうしますか? と。

「やってみるよ。っていうか、やりたい!」

 大して悩む様子もなく、慎は答えた。
 ちょっと考えさせて的な返答を想定していた浩太たちは、不意をつかれて言葉を失ってしまう。
 海斗に至っては 「やるのかよ」 と、反射的に小さな声で突っ込みを入れてしまった始末。
 悩む必要なんてないのだ。断る理由もないに等しい。
 魂銃がないぶん、手間取ってしまうかもしれないけれど、
 それはそれで、自分なりの方法で時兎を退治することができるということにもなるし、
 何より、楽しそうだ。って言うと、不謹慎かもしれないけれど。
 せっかく、この空間に出入りできるようになったのだから、遊びにくるだけじゃ物足りない。
 それに、退治って響き、何だかカッコいい。正義のヒーローみたいで。
 慎が、マスターの要望を受け入れたのは、そんな動機からだ。

「 …… じ、じゃあ、マスターに報告しに行きましょうか」
「うん。行く行く♪」

 何とも楽しそうに、満面の笑みを浮かべる慎。
 随分とまぁ、あっさりと決めたように思えるけれど。
 大丈夫だろうか。ヒトが、この使命を担うだなんて前例のないこと。
 だが、事実として、あの数値が残っている。ヒトとは思えない、見事な数値。
 あれほどの数値を常に維持できるのだとしたら …… ひょっとすると、
 時狭間だけじゃなく "時の殿" にすら出入りできるようになるかも。
 そうなってくると、また危険やら不安がグンと増すことになる。
 …… まぁ、自分達が守ってやればいいだけの話か。
 浩太たち三人は、揃いも揃って似たようなことを考えていた。

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 CAST:

 6408 / 月代・慎 / 11歳 / 退魔師・タレント
 NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 藤二 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.01.19 稀柳カイリ

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