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■クロノラビッツ - 再会 -■

藤森イズノ
【8300】【七海・露希】【旅人・学生】
 時兎は "人間" に寄生する。
 だが、生きている人間にだけ寄生するという意味ではない。
 既にこの世を去った亡者でも、人間として生きた記憶があれば、時兎は寄生する。
 肉体のない人間に、どうやって寄生するのかって?
 忘れるなかれ、ここは時狭間。
 あらゆる世界・空間にリンクしている場所。
 つまり、死者が住まう世界。そういう場所も存在すると。
 そういうことだ。

 *

「大丈夫?」
「無理すんなよ」

 不安そうに顔を覗き込む千華と海斗。
 二人に迷惑はかけられない。仮とはいえ、自分も契約を締結した時の契約者なのだから。
 時兎に寄生されたヒトを救う、その使命を、自分も担っているのだから。
 そう言い聞かせてはみるものの …… やっぱり、動揺は拭えない。
 偶然とはいえ、さすがに、これは …… キツい。
 まさか、再会できるだなんて、思いもしなかった。

 こんな場所で、こんな形で再会なんて。
 あんまりじゃないか。
 クロノラビッツ - 再会 -

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 時兎は "人間" に寄生する。
 だが、生きている人間にだけ寄生するという意味ではない。
 既にこの世を去った亡者でも、人間として生きた記憶があれば、時兎は寄生する。
 肉体のない人間に、どうやって寄生するのかって?
 忘れるなかれ、ここは時狭間。
 あらゆる世界・空間にリンクしている場所。
 つまり、死者が住まう世界。そういう場所も存在すると。
 そういうことだ。

 *

「大丈夫?」
「無理すんなよ」

 不安そうに顔を覗き込む千華と海斗。
 二人に迷惑はかけられない。仮とはいえ、自分も契約を締結した時の契約者なのだから。
 時兎に寄生されたヒトを救う、その使命を、自分も担っているのだから。
 そう言い聞かせてはみるものの …… やっぱり、動揺は拭えない。
 偶然とはいえ、さすがに、これは …… キツい。
 まさか、再会できるだなんて、思いもしなかった。

 こんな場所で、こんな形で再会なんて。
 あんまりじゃないか。

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 ・
 ・
 ・

 まずい。駄目だ。
 落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け。
 そう何度も言い聞かせてはみるものの、心は、いうことをきいてくれない。
 チリチリと焼けるような痛みを伴いつつ、波紋のように真紅へと染まっていく瞳。
 自ら、その変色の過程を確認することは出来ずとも、湧き立つ怒りさえあれば、十分だった。

 パンッ ――

 気付いた時には、もう、銃を抜いていた。引き金を引いていた。
 怒りの成せる業か、銃口から放たれた無数の獣爪は、その全てが時兎に突き刺さった。
 獣爪が突き刺さった箇所から細い煙が昇り、やがて、時兎は、音もなく姿を消す。
 残り香のように、スッと昇っていく最後の煙。その一本を見送ると同時に、
 露希は、ふぃっと顔を背け、そのまま、来た道を引き返し始めた。

 口を挟む間もない。あっという間の出来事。
 だが、露希の異変を把握するには、申し分ない一瞬だった。
 まるっきり、別人。いつもの無邪気で可愛らしい露希は、そこにいなかった。
 他人を見下すかのような、冷めた眼差し。ついてくるなと言わんばかりに立ち去る、その背中。
 そして、引き金を引く寸前に解け、ハラリと地面に落ちた赤いリボン。

「お、おい、露希!」
「待って、露希くん」

 海斗は慌てて、千華は、拾い上げたリボンを握り締めた状態で、露希を追いかけた。

 ・
 ・
 ・

 ロクでもない研究員。
 つい先程、不服ながらも露希が救った亡者は、とある国で名の知れた研究員だった。
 学者としても著名な人物で、まさに頭脳明晰。年齢の割に容姿が若く、女性関連のトラブルも多かった。
 頭脳だけで言えば、そりゃあ凄い人物だったし、生きた国が違えば、もっと正当に崇められていたかもしれない。
 だが、どんなに外面が良くとも、中身は極悪非道。悪魔に魂を売った男として、恐れられていた人物。
 露希は、隠すかのように、真紅に染まった目を伏せ、沈黙を織り交ぜながら話した。
 あの亡者と自分が "研究員と実験体" という関係であったことを物語る、その記憶の断片を。

 気が遠くなるくらい、昔の話。
 出来うることなら、すぐにでも忘れたい。けれど、忘れることなんて出来やしない。そんな思い出。
 その昔、露希は、とある国の王が莫大な金を投じて建設した "研究所" にいた。
 日々の食事にすら苦悩する国民から、搾り取れるだけ搾り取った税金で建てた研究所。
 国民の為になるとか、国の明るい未来を担うとか、偉そうなことを言ってはいたが、
 そこで行われる "研究" は、そのどれもが、国王の私利私欲に満ちていた。

 中でも、頭のイカれた国王が率先して金を投じたのが、
 人間の頭脳に魔物の腕力や能力を融合させた "生物兵器" の量産だった。
 とはいえ、異なる生物の融合は、そう容易く成功しない。実験は、何度も失敗した。
 失敗が続けば続くほど、国民の数が減る。つまり、国王は、自国の民である国民を、おぞましい実験に使っていた。
 当時の国状は、見るに堪えない、まさに "惨劇" だったといえよう。
 毎日、毎日、城から響く狂気の悲鳴。いつ自分が城に連れて行かれるかわからない、
 そんな状況の中、国民は、ひたすら怯えて暮らしていた。絶望と悲観から、自ら命を絶った者も多い。
 露希は …… この "融合" に成功し、生物兵器として国に登録された優秀な実験体の一人だったのだ。
 また、露希の双子の姉も同じく実験体として扱われ、彼女も融合には成功したのだが、
 その過程で脳を弄られてしまい、記憶という記憶が滅茶苦茶になってしまった。
 同じように実験体として扱われた者は、数えるのもおぞましいほど存在している。
 露希と、その姉は、不便や不満を拭えずにはいるものの、こうして今も生きている。
 だが、その昔、一緒に怯えた仲間ともいえる人達が、今どこで何をしているのかは、わからない。
 もしもどこかで生きているとしても、胸を張って幸せですと言える暮らしは出来ていまい。
 何せ、人間でもなく魔物でもない、中途半端で哀しい生き物に成り果ててしまったのだから。
 融合が成功しても、決して幸せにはなれない。寧ろ、更なる絶望が待っているだけ。
 残虐非道な国王と、その国王に魂を売った愚かな研究者。
 彼等が続けた研究は、悪も罪も超越していた。

 噂では、その腐りきった国は、
 国王らが生み出した大量の生物兵器の反乱・暴走により滅亡したと聞いたが、本当なのかはわからない。
 実際、その国に行って確かめてみたわけでもないし。そもそも、確かめに行く気なんて微塵も起きない。
 居たくないから、リスクを負ってでも逃げ出したのに。そんな場所に、戻ってたまるか。

「生物兵器なんて …… 馬鹿げてるよね」

 膝を抱え、小さな声で呟いた露希。
 海斗と千華は、掛ける言葉を見つけることに必死で、ただ、その姿を見つめることしかできずにいた。
 その沈黙に、後悔や葛藤、怒りを増長させられてしまい、露希は、抑えきれなくなった感情を剥き出しにする。
 無言で、スッと立ち上がる露希。海斗と千華は、揃って見上げた。次の瞬間。

「 …… 僕達は、玩具じゃないんだ!」

 ガシャァンッ ――

 怒りに任せて蹴り飛ばした瓦礫が、粉々に砕けて、そこらじゅうに散らばる。
 瓦礫のすぐ傍にいた海斗は、咄嗟に避けて肩を竦めた。一方、千華は、すぐさま露希の腕を引き、ギュッと抱きしめた。

「生物兵器 …… ? ふざけんなよ」
「露希くん」
「自分が誰かもわからないまま死んでいった子が、何人いると思ってんだ!」
「露希くん! 落ち着いて。大丈夫。大丈夫だから」

 腕の中で暴れる露希を、千華は必死に押さえた。
 大丈夫、大丈夫と繰り返していたが、それは無意識の内に発された言葉であって、
 何が大丈夫なのかと尋ねられても、千華は、答える術を持ち合わせていない。
 ただ、それしか、かける言葉が見つからなかったのかもしれない。
 いつも明るく無邪気な露希が、声を荒げて泣いている。
 過去の重さを知るには、十分だ。
 ただ、それだけで、十分だ。

 ・
 ・
 ・

「食うか?」
「 …… うん。ありがと」

 ポケットから飴を取り出し、差し出した海斗。
 露希は、少し照れくさそうに笑いながら、それを受け取った。
 甘いキャンディ。大好きなココア味だったこともあってか、露希にいつもの笑顔が戻る。
 海斗と千華は、露希が話した思い出を、それ以上深く詮索したり突いたりすることはしなかった。
 使命を果たし、時狭間へと戻る最中。思い出すだけで、吐き気すらもよおすほどの辛い過去。
 そんな記憶を、感情任せとはいえ話してくれたことは、不謹慎ながら嬉しいことでもあったから。

「ねぇ、ふたりとも …… ひとつ、お願いがあるんだけど」
「ん? 何だ?」
「なぁに?」
「さっき話したこと、お姉ちゃんには …… 言わないで」

 解けないように、きつくキュッと腕に赤いリボンを巻き直しながら言った露希。
 血縁関係にあり、いつも一緒にいた双子の姉も、あの惨劇の中にいた。
 でも、決して共有したいとは思わない。共有すべきではない思い出だと露希は思っている。
 正直なところ、何かのキッカケで、姉が、不意に過去の全てを思い出すのではないかと怯えていたりもする。
 そうすれば、自分が実の弟であることも、きっと思い出してくれるだろうけれど、
 余計なことまで一緒に思い出させてしまうのは、嫌だ。そんなの、嬉しくも何ともない。
 ワガママで贅沢かもしれないけれど、出来うる限り、楽しいことだけ思い出させてあげたい。
 そうなるように、そうできるようにと祈りながら、日々を過ごしているのも事実。
 露希の想い、姉に対する愛情。海斗と千華は、もちろんそれを理解している。
 だからこそ、わかった、絶対に言わないよ、と、二人は露希に告げた。

「ありがと …… 」

 小さな声で言った露希の瞳が、また潤む。

「お前、意外と泣き虫?」
「こら、海斗!」

 しっしっしっと笑いながら言う海斗を叱りつける千華。
 露希は、泣いてないよ! と強がってゴシゴシと目を擦った。
 気を紛らわせようと意地悪なことばかり言う海斗を、笑いながらポカポカ叩く露希だが、
 無意識のうちに、何度も何度も後ろを振り返っていた。遠のいていく、亡者の国。
 こんな所で、こんな形で再会するだなんて、思いもしなかった人。
 忌まわしい過去の象徴ともいえる、元凶の一人。
 あの時はごめんだなんて、例え謝られたとしても、絶対に許しはしない。今も恨んでいることに変わりはない。
 でも …… 見た瞬間、すぐに、あぁ、あの人だと思い出せたということは、それだけ記憶に残っているということ。
 大嫌いだけど、大嫌いだけど、それでも、一緒にいたことに変わりはない人。
 だから、ほんの少しだけ。ほんの少しだけ、祈ってあげてもいい。

 憎き亡者に、冥福を。

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 CAST:

 8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生?
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 千華 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.01.21 稀柳カイリ

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