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■クロノラビッツ - 仮契約 -■

藤森イズノ
【7348】【石神・アリス】【学生(裏社会の商人)】
「ちょっと、いいですか?」

 散歩中、声を掛けられた。
 この丁寧な口調と柔らかな声には、聞き覚えがある。
 振り返るとそこには、やっぱり浩太。 …… だけじゃなく、海斗と藤二もいた。
 あれれ …… ? 何だかちょっと珍しい組み合わせだなぁ …… 。
 なんて思いながら、ペコリと頭を下げて用件を聞いてみる。
 まぁ、わざわざ、彼等から接触してきたということは、
 それなりの用件なのだろうとは思ったけれど。

「え …… ?」

 さすがに、目を丸くしてしまう。
 彼等の用件。それが、あまりにも突飛なものだったから。
 戦えと言うのだ。これから、時狭間のとある場所へ案内するから、
 そこで、海斗と戦ってくれないかと言うのだ。
 何で? どうして? 何の為に?
 当然の疑問。もちろん、それらをすぐにぶつけた。
 でも、彼等は答えてくれない。その疑問を解消してくれない。

「いーから、とっととやろーぜ」

 ダルそうに欠伸しながら言った海斗。
 やるだなんて、一言も言ってない。っていうか面倒なら、やらなきゃいいのに。
 …… うん? 面倒くさそう …… ってことは、もしかして、海斗も、巻き添え食らった?
 さほど長い付き合いってわけでもないけれど、好きな物事にしか興味を示さない、
 海斗のそういう性格は、もう嫌になるくらい把握している。間違いない。
 ということは、この用件は、つまり …… 。

「ごめんね、急に」
「じゃあ、移動しましょうか」

 ニコリと微笑んで言った藤二と、懐から黒い鍵を取り出しながら言った浩太。
 つまり、この用件は、この二人 …… 浩太と藤二の用件ということか。
 いや、っていうか、ちょっと。だから、やるだなんて一言も …… 。
 クロノラビッツ - 仮契約 -

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「ちょっと、いいですか?」

 散歩中、声を掛けられた。
 優しく、柔らかで …… 落ち着いた声。聞き覚えのない声だ。
 でも何故か懐かしくもあるような …… アリスは、そんな疑問を抱きながら振り返った。
 振り返った先にいたのは、やはり見知らぬ人物。しかも二人。だが、そこには、海斗の姿もあった。
 ペコリと頭を下げ、アリスは用件を聞く。男が三人 …… ナンパにしては、気合入り過ぎ。
 わざわざ、彼等から接触してきたということは、それなりの用件なのだろう。

「え …… ?」

 さすがに、目を丸くしてしまう。
 彼等の用件。それが、あまりにも突飛なものだったから。
 戦えと言うのだ。これから、とある場所へ案内するから、そこで、海斗と戦ってくれと言うのだ。
 何で? どうして? 何の為に? 当然の疑問。勿論、アリスは、それらをすぐにぶつけた。
 でも、彼等は答えてくれない。その疑問を解消してくれない。

「いーから、とっととやろーぜ」

 ダルそうに欠伸しながら言った海斗。
 やるだなんて、一言も言ってない。っていうか面倒なら、やらなきゃいいのに。
 …… うん? 面倒くさそう …… ってことは、もしかして、海斗も、巻き添え食らった?
 好きな物事にしか興味を示さない、海斗のそういう性格は、把握している。
 一度しか会ったことはないけれど、自信を持って言える。間違いない。
 ということは、この用件は …… 。

「ごめんね、急に」
「じゃあ、移動しましょうか」

 ニコリと微笑んで言った眼鏡の男と、丁寧な口調で言った童顔の少年。
 つまり、この用件は、海斗じゃなく、この二人の用件ということ …… か?

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 ・
 ・
 ・

 何だって、こんなことになってしまったのか。
 海斗の攻撃を巧く避けつつ、今更ながらとアリスは思った。
 まぁ、特に予定もないし、暇潰しになるから、そのへんは良いのだけれど。

「ほぇー。意外と素早いのな」

 感心しながら言う海斗。
 上から目線の物言いは、ハッキリ言って不快のそれである。
 てっきり、あの銃を使って攻撃してくるのかと思っていたのだが、海斗の武器は剣。
 何でも、あの銃は、時兎を攻撃することにしか使えないのだそうだ。もっと有効的なものかと思いきや、
 意外と融通の利かない武器なんだなぁ …… なんて、銃の用途を知ったアリスは、ちょっと残念に思っていた。
 とはいえ、剣での攻撃も中々のものだ。基礎からしっかり学んだというわけではなさそうだが、
 持ち前の身軽さをうまく利用した、スピード感のある攻撃を繰り返している。

「どしたー? 守ってばかりじゃ、どーにもなんねーぞー?」

 楽しそうに笑いながら忠告する海斗。
 攻めてこいと挑発するものの、攻撃を休めることはない。
 だが、そんな海斗の挑発にも、アリスは無反応を貫きとおしていた。
 アリスの意識は、目の前の海斗ではなく、少し離れた場所にいる二人へ向いている。
 眼鏡の男は藤二、童顔の男は浩太という名前で、海斗の仲間らしいが …… 彼等は何をやってるのか。
 それじゃあ、始めて下さいと言ったきり、彼等は離れた場所から見物を続けている。
 浩太は、大きなヘッドホンを着け、何か …… 書類のようなものを作成しており、
 藤二は、その隣で煙草をふかしながら、浩太が作成した書類に目を通している。
 ただ、ボンヤリと見物しているわけでもなさそうだが、何をしているのかは、さっぱりわからない。
 まぁ、この疑似バトルを終えたら、事情を説明してくれるということで引き受けたわけだから、
 バトルが終われば、嫌でもどういうことなのかは、わかるとは思うけれど、
 試されているような、この雰囲気は、どうも気分的に ……

「かかってこねーなら、トドメさすよ?」
「 ………… 」
「いくよ? いくよ? いっちゃうよ?」
「 ………… 」

 うるさい …… 。
 バトルが始まる前もそうだが、始まってからも、ずっと喋っているじゃないか。
 どうして、こうもやかましいのだろう。黙るって、そんな難しいことじゃないと思うんだけど。
 試されているような雰囲気が不快であることに加え、一人でピースカ騒ぐ海斗の声。
 それらが重なりに重なり、アリスの怒り(不快感)は、頂点に達した。

「とりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 大声で叫びながら、渾身の一撃。
 迫力全開で剣を振り下ろす、その攻撃は、まさにトドメというに相応しいものだったけれど。

「 ―― ぁぁぁぁぁ …… って、あ? あ? あぁぁぁぁぁぁ?」

 トドメの一撃は、不発に終わった。
 振り下ろそうにも、腕が動かないのだ。
 ふと見やれば、石化した両手両足。またやられた。海斗は、自分の不甲斐なさにガックリと肩を落とした。
 初めて会った時と同じじゃないか。あの日も、こうして石化させられた。それはもう惨めだった。
 石化させる能力を持ってるみたいだから、気をつけなきゃって …… 思ってたのに。
 夢中になるがあまり、警戒を怠った。本当、どうしようもない。
 情けないやら惨めやらカッコ悪いやら …… 海斗は、何も言えずにいた。
 渾身の一撃であろうことが、はっきりとわかる姿勢で固まっているゆえに、恥辱も倍増。
 何か …… こういうの、よくあるよね。少年漫画の表紙とかで、よく見かけるポーズだよね。

「はいはいはいはい。わかったよー。俺の負けですよー。はいはいはいはい」

 肩を竦めて投げやりに言う海斗。だが、今回は、石化だけに留まらない。
 アリスは、バトルが始まる前に手を打っていた。魔眼を使った催眠を、海斗にかけていた。
 一度かけてしまえば、あとは容易い。ほんの僅かなキッカケを与えてやれば、瞬時に夢の中だ。
 見動きできない海斗に歩み寄り、ニッコリ笑って見上げるアリス。海斗は渋い顔をしながら顔を背けた。
 目を逸らした。その瞬間、アリスはパチンと指を鳴らす。それを "キッカケ" に発動する催眠効果。
 いとも容易く、それはもうあっさりと、海斗は深い夢の中へと落ちていく。
 これにて、疑似バトルは終了。やれやれ、ようやく静かになった。
 …… と思いきや、海斗の騒々しさは、睡眠中も続く。
 いびきだ。いびきがうるさい。熟睡している証拠だが、それにしても、うるさすぎる。

「 …… 寝相も悪そうですね」

 苦笑しながら、アリスは、更に追い打ちをかけた。
 ぐっすり眠っている海斗は、それに抗うことなんて出来やしない。
 ちょっとばかし、やり過ぎ感は否めないものの、こうする他にないということで、
 アリスは、海斗の全身を石化させた。臭いものに蓋、ならず …… うるさいものに石、みたいな。
 いや、それにしても眠ったまま石化とは …… 。
 痛みも苦しみもなく死ねるなんて、何て素晴らしい最期だろうか。
 って、いや …… 死んではいないのだけれど。

 ・
 ・
 ・

「っははは。こりゃあ、すごい」

 石化した海斗の頭をペシペシと叩いて笑う藤二。
 浩太は、お疲れ様でしたと言いながら、アリスに書類を手渡した。
 手渡された書類には、何やら珍妙な文字が並んでいる。うん …… まったくもって読めない。
 辛うじて、全ての書類の下部に赤いペンで書かれた数字だけは読めるが、何を示した数値なのか、さっぱり。

「何です? これ」

 読めずとも、とりあえず書類に目を通しながら言うアリス。
 浩太は、ヘッドホンを外しながら、申し訳なさそうに笑い、事情の説明を始めた。
 いきなり戦ってくれだなんて、失礼極まりない。どうして戦わねばならないのか、まず説明するべきだった。
 だが、それにも事情があって …… 結果的に、強行に及んでしまった点を、浩太は最初に詫びた。
 今回の件。海斗との疑似バトル、その理由について。まず、書類に記載されている情報。
 特殊な文字で書かれているため、ヒトには読解できないが、
 そこに記されているのは、アリスの能力を客観的に分析した事柄。
 そして、書類の下部に書かれている数字は、その分析したアリスの能力に、とある成分を乗算して出した数値。
 この "とある成分" とは、浩太や海斗が生活している特殊な空間 "時狭間" に充満しているもの。
 クロノミストと呼ばれている成分で、その名のとおり、時の霧である。
 あらゆる世界・空間で絶えず流れている時間。
 異なる世界の "時間" が混ざり、霧と化したものがクロノミストだ。
 アリスが生活している、この世界には、クロノミストなんてものは存在していない。
 ならば、どうやって、その成分の乗算を行ったのかという話になるが、その答えは至ってシンプルだ。
 浩太と藤二は、アリスと海斗が疑似バトルを始める前に、時狭間から持参したクロノミストを散布していたのだ。
 いや、正確に言うなれば、アリスを連れてきた、この場所に、前もって散布しておいたと言うべきか。
 つまり、調査の下準備が整ったところへ、アリスを連れてきたと。そういうことになる。

 気になる "調査" とやらの結果についてだが、
 わかりやすく簡素に纏めるなら、ただ一言 "申し分ない" とだけ。
 そう称える理由については、書類に記述されている例の数値の高さを見れば一目瞭然。
 この数値は、抵抗力を表すもの。何に対する抵抗かというと …… 時間。時間そのものに対する抵抗。
 先に述べたとおり、クロノミストは、あらゆる世界の時間が溶け混ざって構成されている霧だ。
 つまり、この霧の中にいる間は、一度に無数の時間を体感している状態になる。
 あらゆる世界に、同時に存在している状態ということだ。
 世界が違えば、流れる時間の早さも、その重さも価値も異なる。
 そんな状態で "ヒト" が平静を保てるだなんてことは、まずない。
 海斗たちは、時狭間で暮らす時の契約者だ。時の神と契約を交わした彼等は、
 ヒトにはない臓器を所有している。リデルと呼ばれる臓器がそれだ。
 位置的には、ヒトでいうなれば心臓があるあたりに、心臓の代わりに存在している臓器。
 だが、リデルという臓器は、心臓の役割よりも "時間に対する抵抗力" を司っている意味が大きい。
 つまり、リデルを所有している海斗たち(時の契約者)は、クロノミストの中にどれだけいようとも、
 身体に異変が起きたり不調を訴えたりすることがないのだ。逆に、ヒトは、精神に異常をきたしてしまう。
 書類に書かれた数値は、ヒトとしてありえないほどに高い。
 要するに、アリスは "ヒト" でありながら、
 リデルを所有している海斗たちすら凌がんばかりの抵抗力を有しているのだ。

 数値を出した浩太本人も、その高さには驚いた。
 だが、今回の調査を直接、浩太たちに頼んだ時の神(マスター)は、高い数値が出るであろうことを予感していた。
 海斗と梨乃が、血相を変えて報告してきたのは、一週間ほど前のこと。
 人間には見えないはずなのに、あいつには俺達が見えてた。っていうか話しかけてきた!
 興奮気味に不満と疑問をぶつけていた海斗だが、どこか楽しそうにも見えた。
 その報告を聞いて、マスターは、ふと思い立つ。
 石神アリスという少女は "候補" になりうる人物なのではないかと。

「契約を締結しても構わないということであれば、その …… 一番最後の書類を破って下さい」

 書類を指し示しながら言った浩太。
 あぁ、そういえば。確かに、最後の書類だけ紙の色が違う。
 何が書かれているのか、やっぱり文字は読めないけれど、中央に妙な模様が描かれている。
 その模様は、他の書類には描かれていない。よくわからないけれど、契約書のようなものだろうか。

「 ………… 」

 最後の書類を見つめ、しばし考えるアリス。
 契約の締結。それこそが、マスターの真の目的。
 候補とはすなわち、時の契約者になるための条件が、ある程度揃っている人物のこと。
 ヒトでありながら、時の契約者として使命を全うするだなんて、前例のないことだ。
 マスターに指示されたから従ってはいるものの、浩太たちも、正直なところ不安を覚えている。
 正式な契約というわけではなく、あくまでも契約は仮。
 アリスの場合、時の契約者になるための条件が、いくつか欠けているところがあるため、
 アリス自身が自らの意思で時狭間という場所へ行くことはできない。
 だが、契約を締結すれば、ヒトの記憶を貪る厄介な生物 "時兎" を退治することは可能になる。
 これもまた、条件の欠落による規制になるが、海斗たちが所有している、
 時兎を退治する為の専用武器である銃を、アリスは所有することができない。
 だが、契約を締結することにより、自らの持つ能力で時兎を退治することが可能になる。
 ヒトには決して触れることのできないはずの存在である時兎に、触れることができるようになるのだ。
 聞かされた説明を思い返しながら、しばらく考え、アリスは決断した。

「わかりました。引き受けましょう」

 淡々と言いながら、最後の書類をビリッと破ったアリス。
 破かれた書類は、淡い光を放ちながら消えていった。その瞬間、契約の締結が成立する。
 実際、引き受ける義理なんてない。正直なところ、面倒だなとも思う。
 私は無関係。あなた達の仕事なら、あなた達だけで頑張ればいい。そう思う。
 でも、断るには惜しい。確かに面倒だし、色々と規制もあって動きにくいかもしれないけれど、
 行動範囲は、間違いなく広がる。それなりに楽しめそうだ、という理由でアリスは契約締結を引き受けた。

 すぐに返答するのは難しいと思うので、また後日、日を改めて伺います。
 そう言おうとした矢先に、アリスが書類を破ったものだから、浩太はちょっとびっくり。
 逆に藤二は、アリスの肩を抱いて嬉しそうに笑っている。
 何にせよ、可愛い子と接触できるなら、大歓迎。藤二は、そういう男だ。

「では、そういうことで。わたくしは失礼します」

 ペコッと頭を下げ、その場を立ち去ろうとしたアリス。
 契約を締結したからといって、普段の生活が変わるわけでもない。
 時兎の退治をしなければならない時は、海斗やら浩太やら、関係者が迎えに来る。
 いつでも出掛けられる準備をしておくこと。アリスがしなければならないことは、そのくらいだ。

「あ、ちょっと待った。アリスちゃん」

 立ち去ろうとしたアリスを藤二が引き止める。
 慣れ慣れしい人、という印象が確立したゆえ、既にアリスは、藤二に苦手意識を持っている。
 ちょっと不満そうに、気だるそうに振り返って 「何でしょうか」 と尋ねたアリス。
 すると藤二は、苦笑しながら親指を立て、その親指で後ろを示した。
 あ、忘れてた。海斗 …… 石化させたままだった。
 すっかり忘れていたという事実。アリスは苦笑しながら向き直る。

「すみません。忘れてました」
「っはは。何なら、このまま連れて帰ってもいいけど」
「遠慮します。御世辞にも、彼を "美しいもの" と認識することはできませんので」

 だろうねぇ。
 藤二と浩太は、揃ってウンウンと頷いた。

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 CAST:

 7348 / 石神・アリス / 15歳 / 学生(裏社会の商人)
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 藤二 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.01.22 稀柳カイリ

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