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■クロノラビッツ - クロノ・ハッカー -■

藤森イズノ
【8295】【七海・乃愛】【学生】
 いやいやいやいやいや、ちょっと待ってよ。
 何これ、どうなってんの? どういうこと?

「カージュは北、リオネは南。チェルシーは俺と待機」
「りょーかいっ」
「了解です」
「焦っちゃだめよ、カージュ」
「わかってるって」

 何、それ。要するに挟みうちですか。
 まぁね、狭い路地っていう地の利を活かすには的確だと思うけど。
 って、そんなこと言ってる場合じゃないって。どうすりゃいいの、これ。

「 …… うっ」

 間もなくして、見動きがとれない状況へと追いやられてしまった。
 前から一人、後ろから一人。完全に挟まれた。上 …… も駄目だ。既に、他の二人が張っている。
 買い物を終えて帰る途中、その最中の出来事。近道しようと入り込んだ路地裏で大ピンチ。
 本当に、突如って表現がぴったりな感じで、いきなり、男女四人に追いかけられた。
 そりゃあ、逃げるでしょ。そんな状況で逃げないとか、無理でしょ。
 でも結局 …… このとおり、追いつめられてしまったわけで。

(う〜ん …… どうしたもんかな、これ)
 クロノラビッツ - クロノ・ハッカー -

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 いやいやいやいやいや、ちょっと待ってよ。
 何これ、どうなってんの? どういうこと?

「カージュは北、リオネは南。チェルシーは俺と待機」
「りょーかいっ」
「了解です」
「焦っちゃだめよ、カージュ」
「わかってるって」

 何、それ。要するに挟みうちですか。
 まぁね、狭い路地っていう地の利を活かすには的確だと思うけど。
 って、そんなこと言ってる場合じゃないって。どうすりゃいいの、これ。

「 …… うっ」

 間もなくして、見動きがとれない状況へと追いやられてしまった。
 前から一人、後ろから一人。完全に挟まれた。上 …… も駄目だ。既に、他の二人が張っている。
 買い物を終えて帰る途中、その最中の出来事。近道しようと入り込んだ路地裏で大ピンチ。
 本当に、突如って表現がぴったりな感じで、いきなり、男女四人に追いかけられた。
 そりゃあ、逃げるでしょ。そんな状況で逃げないとか、無理でしょ。
 でも結局 …… このとおり、追いつめられてしまったわけで。

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 ・
 ・
 ・

「アンたちは、面倒ごとに巻き込まれちゃったようなのです」
「うん〜。ロン達、なんか悪いことしたかな? してないような〜 …… したような〜 …… 」
「 …… 心当たりがあるのですか。露希 …… ?」
「にゃははっ。うそうそ! 冗談だよ〜」

 追い込まれてなお、余裕を見せる乃愛と露希。
 だがまぁ、二人が妙に落ち着いているのも当然かと思われる。
 だって、この状況だもの。次にすべきことが、こんなにも明確な状況、中々ないと思う。

「遅刻確定なのですよ」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ロンたち、被害者だもん」

 ハァと溜息を吐き落としながら、可愛らしいデザインのトンファーを構える乃愛。
 露希は、その隣でケラケラ笑いながら、自慢の大きな鋏を構えた。
 敵と認識できる人物は四人。彼等の目的は定かではないが、戦る気であることは十分に把握できる。
 鞭を振りながら前方から歩み寄って来る女と、何ともイキイキした表情を浮かべながら後方から駆け寄って来る、帽子の男。
 若いのか、そうじゃないのか。顔を見る限りでは、その判別ができない。年齢不詳とは、このことを言うのだろう。
 更に、前後から迫る男女の他にも、もう二人いる。薄暗い路地を形成している小さな雑居ビルの上から、
 乃愛と露希を観察するように見下ろしている眼鏡の男と栗色の髪の女が、それだ。
 この二人もまた、外見だけでは年齢を把握できない。

「先輩への言い訳、俺が考えてやろうか?」

 笑いながらそう言って、間髪入れずに蹴りを放ってくる帽子の男。
 乃愛は、サッとその攻撃を避けると、不愉快そうに眉を寄せて返した。

「結構なのです」

 先輩のことを知っている?
 いや、寧ろ、自分と先輩の関係までも把握しているような言い回しではないか。
 どういうことだ、この人は、いったいどこまで知っているのか。乃愛が眉を寄せる理由は、そこにあった。
 一方、露希は、前方から鞭を振って攻撃してくる女の相手を買って出る。

「じゃ、おねーさんの相手は、僕ね」
「 …… お手柔らかに」
「こちらこそ〜」

 わけもわからず始まってしまった成り行きバトル。
 女は鞭を武器として器用に扱うが、男は武器の類を一切持たず、体術による攻撃ばかりを繰り返す。
 強いか、弱いか。現段階では、まだわからない。わからないからこそ、乃愛と露希は嬉しそうに微笑んでいる。
 戦闘において、最も有意義な時間。それは、相手の力量を探っている間だと、二人は、そう考える。
 どんな攻撃をしてくるか、クセはあるのか。応戦しながら、それらを探る過程は、実に楽しい。
 乃愛も露希も、先程から笑みが絶えない。まぁ、本人達は気付いていないと思うが。

 ・
 ・
 ・

「へぇ。見かけによらず、すばしっこいんだな」

 次から次へと技を放つ男だが、そのどれもが避けられてしまう。
 だが、男もまた、楽しそうに笑っていた。まるで、称賛できることを喜ぶかのように。
 乃愛は、そんな男の攻撃を軽やかに避けながら、合間にトンファーによる応戦を続けている。
 何となく、わかってきた。この男の力量、戦闘スタイル。
 何にも考えず、ただ自由奔放に攻撃しているように思えるが、実はそうじゃない。
 技と技の合間に生じる隙が、ほとんどない。流れるような攻撃。それは、戦い慣れしている証。
 …… でも、気のせいだろうか。この感じ …… 前にもどこかで …… 。

 バチッ ――

「あははっ。やっぱ無理だったか〜。すっごい硬いね、その鞭。素材は何かなぁ」

 乃愛が妙な感覚を覚えている一方で、露希は、鞭使いの女が扱う、その武器に興味を示していた。
 優雅にしなる鞭も、裏を返せば、その長さが仇となる。だから、露希は、大きな鋏で、飛んでくる鞭を挟んだ。
 そのままバチンと、切ってしまえば良い。バラバラに切り裂いてしまえば、女の武器は使い物にならなくなる。
 そう考えた。だが、鞭を切断することは出来なかった。力に任せてもみたが、逆に弾かれてしまったのだ。
 この鋏で切れないものがあるなんて。露希が、女の扱う鞭に興味を示すのは当然の成り行きと言える。
 まぁ、そんな鞭の性能もさることながら、女の身体能力も、かなりのものだ。
 素早い動きに相まって、鞭本来の攻撃力も増している。
 乃愛が相手をしている男同様、この女も、かなり戦い慣れしている印象を受ける。
 …… でも、気のせいだろうか。この感じ …… 何だか妙な違和感が …… 。

 不可解な感覚こそあるものの、戦いそのものは有意義な内容である。
 乃愛も露希も、本能的に "戦闘を愉しむ" 血が、その身体を巡っているからか、二人とも、時間の経過と共に瞳孔が開き気味だ。
 だがまぁ、楽しいからといって、のんびりと遊んでばかりもいられないのが実状。
 現在時刻は、午前七時五十分。
 八時半までに学校に到着し、着席していなければ遅刻扱いになってしまう。
 一週間のトイレ掃除と、三日間の朝食当番。遅刻によるそのペナルティが心身に及ぼすダメージは、ことのほか大きい。
 加えて、乃愛と露希の場合、先輩に、こってり絞られるというおまけペナルティまで付随してくる。
 そんなわけで、のんびり遊んでいる暇はないのだ。時間さえあれば、ゆっくり楽しみたいところなんだけれど。残念。
 ここから学校までは、徒歩でおよそ十五分。走れば、十分もかからずに到着できるだろう。
 プラス、戦いを早急に終わらせ、急襲の理由を問い詰める時間も考慮すると …… やはり、残り時間は少ない。
 時間に対する、その危機感を同時に把握した乃愛と露希は、すぐさま "シメ" に取りかかった。

 路地裏に響く、ふたつの音。
 ひとつは、乃愛が指を弾き鳴らす音。もうひとつは、露希が指笛を吹き鳴らす音。
 帽子の男と、鞭を操る女は、すぐさま身構えた。何をする気か、はっきりとはわからないけれど、
 背筋を伝った嫌な感覚さえあれば、これから起こるであろう事象の厄介さくらいは、容易に予測できる。
 だが、身構えたところでどうにもならない。
 帽子の男と、鞭を操る女が備えたとき既に、乃愛と露希の "シメ" と言える技は、発動していたのだ。
 ハッと気付いたときには、もう、それは目の前まで迫っていた。

「ちょ …… 」
「 ……!」

 目の前に迫るもの。
 それは、白い閃光と黒い氷柱。
 地面から湧くように、ザクザクと突き出す黒い氷柱と、それをフォローするかのように弾ける白い閃光。

 ガシャァァァァッ ――

 防ぐ術なんて、ありはしない。
 帽子の男と、鞭を操る女は、閃光の中、黒い氷柱の餌食となった。
 氷柱が砕け散ると同時に、路地裏に静けさが戻る。
 太陽の光を取り込みながらパラパラと降り注ぐ氷の破片。
 そんな幻想的な光景を生み出した当人である乃愛と露希は ――

(あれ …… ?)
(んん …… ?)

 揃って首を傾げていた。
 二人がキョトンとしている理由は、今まさに自分が放った技に "覚え" がないという点にある。
 急がなきゃと焦るあまり、無我夢中で放った技。指を弾く行為も、指笛を鳴らす行為も、無意識の内だった。
 何だろう、今の。自分達がやったことであるにも関わらず、乃愛と露希は、その実感を持てずにいる。
 まぁ …… 何にせよ、標的を鎮めることが出来たので結果オーライなのだが。

 ガシャァッ ――

「おいこら! トライ! 何だよ今の! あんな能力があるなんて聞いてねぇぞ!」

 氷柱を蹴り砕き、中から脱出して見上げ、文句を言う帽子の男。
 …… よくもまぁ、無事でいられたものだ。てっきり串刺しになったかと。
 いや、待てよ。何だか、妙だぞ。串刺しはおろか、掠り傷ひとつ負っていないとは、どういうことだ?
 それに、鞭を操る女も無傷だ。顔色ひとつ変えず、帽子の男が蹴り砕いた箇所から襟を正しながら出てくる。
 おかしい。無傷で済むだなんて、ありえない。何をした? あの一瞬で、どんな対処をしたというのだ。
 放った技に覚えはなくとも、放った技の威力くらいは把握できて当然。乃愛と露希は、更に首を傾げた。
 そんな二人を余所に、帽子の男の訴えを聞いた眼鏡の男は、肩を竦める。

「だろうな。言い忘れていた」
「おいおい、何、開き直っちゃってんの」

 事実として "知らなかった" のではなく "言い忘れた" だけ。
 先程、乃愛と露希が無意識に放った奇妙な技も、眼鏡の男は把握していたらしい。
 いったい、どういうことなのか。益々わからなくなったが …… どうやら、その疑問を解消する余地はないようだ。
 何やら、眼鏡の男が不可解な動きを見せている。立ち上がり、両手を合わせて、何かを呟いているのだ。
 更に、眼鏡の男が何かを始めると同時に、隣で様子を窺っていた栗色の髪の女も動きを見せる。

「撤収よ。カージュ、リオネ」

 栗色の髪の女は、そう言ってスッと立ち上がり、いそいそと眼鏡の男から離れた。
 逃げるように移動した女の動きもそうだが、それよりも "撤収" という言葉が引っかかる。
 まさか、その言葉どおり、逃げるつもりか。目的も何も明かさぬまま逃げるつもりか。
 こちとら、遅刻するか否か、ギリギリの状況であるにも関わらず応戦したっていうのに。
 そんなの許してたまるか。絶対に逃がさない。全員とっ捕まえて、洗いざらい吐かせてやる。
 乃愛と露希は、バチリと目が合うと同時に頷き、互いに歩み寄って手を繋いだ。
 手を繋いだからといって、何かが変わるわけでもないのだろうけれど、
 この二人は、いざという時、いつもこうして手を繋ぐ。
 もしかすると、幼い頃の記憶が影響しているのかもしれない。

「いきますよ、露希」
「うん」

 二人の目付きが変わった。
 普段の可愛らしい雰囲気はどこへやら、今の二人は "冷静沈着" そのものだ。
 その身に宿す血と本能が研ぎ澄まされた二人。この状態から "敗北" への展開運びはありえない。
 あっという間に事を済ませ、目的を果たす。およそ五秒後には、全て片付いていることだろう。
 だがそれは、あくまでも "いつもなら" の話。今回ばかりは、そう易々と事を収拾することは叶わなかった。
 なぜならば、眼鏡の男が、それを阻んだから。

「「!?」」

 同時に目を丸くする乃愛と露希。
 二人は、突如としてフッと辺りが暗くなったことに疑問を覚え、空を見上げた。
 そこで、目に飛び込んできた奇妙な光景こそが、二人を驚かせている理由である。

「大人気ない、とは思うが。悪いな」

 苦笑しながら言う眼鏡の男を、黒い風が包んでいる。
 その勢いは、どんどん増していくばかり。
 風に煽られて飛んでいってしまわぬよう、ハットをキュッと押さえる乃愛と、そんな乃愛の服の裾を掴む露希。
 恐怖だとか、危機感だとか。普段は縁のないその感覚が、乃愛と露希を支配していた。
 だが、ただ黙って突っ立っているだけだなんて、プライドが許さない。
 乃愛と露希は、すぐさま身構えて、眼鏡の男がこれから放つであろう大技に備えた。
 眼下の健気な抵抗。確かな危機感を覚えているであろうに、それでも立ち向かってくるか。
 眼鏡の男は、そんな乃愛と露希の姿に、肩を竦めた。
 子供だからといって、手加減はしない。
 見くびれば見くびった分、その報いが自分に返ってくる。
 いいか、絶対にあなどるな。例え何があろうとも、全力で対応しろ。
 眼鏡の男は "ボス" の言葉を思い返した。その瞬間、僅かに残っていた "罪悪感" も消える。

「全てはボスの意のままに」

 眼下の乃愛と露希に向けて、両腕を伸ばした眼鏡の男。
 男の身体を包んでいた風が一つに取りまとめられ、その腕を伝い、両手から放たれる。
 それは、さながら、砲撃のような攻撃だった。狭い路地裏にぶち込まれる、黒い風の砲撃。
 逃げ場なんて、ありはしない。

 ゴォォォォォォォッ ――――

 ・
 ・
 ・

 それは、一瞬の出来事。
 眼鏡の男が放った風の砲弾は、その役目を終えると、何事もなかったかのように消えていった。
 後に残ったのは、風に飲まれ崩れ、原型を留めないいくつかの建物と、その瓦礫だけ。
 風の砲弾をモロに喰らい、押し潰された乃愛と露希は、瓦礫と瓦礫の隙間にいた。
 露希よりも先に、鼻先で風の砲弾、その威力を察知した乃愛は、即座に露希を自分の背に隠す体勢をとった。
 咄嗟の判断。乃愛が庇ってくれたことで、露希が受けるはずだったダメージは大幅に軽減された。
 だが、無事で済んだのは露希だけ、という言い方もできる。
 風の砲弾を全身で受け止めた乃愛は、その場に座りこんだまま動かない。
 息はしている。生きている。だが、負ったダメージは相当なものだ。
 喰らったのは、風の刃。全身を切り裂かれるようなその痛みには、さすがの乃愛も眉を寄せる。

「お姉ちゃん …… 」
「露希。無事、ですか」

 気にするなと言わんばかりにニコリと微笑んで身を案じる。
 そんな乃愛の態度に、露希は下唇を噛みしめた。
 とそこへ、連中がゾロゾロと集まってくる。

「やりすぎじゃねぇ?」
「息はある」
「いや、そういう問題じゃなくてさ」
「なめてかかるな、と言われたでしょう? 忘れたの、カージュ?」

 栗色の髪の女に指摘され、ハイハイと肩と竦める帽子の男。
 連中は、瓦礫と瓦礫の間に座る乃愛と露希を囲むようにして、ズラリと立ち並んだ。
 負傷した腕を押さえながら、連中を睨みつける乃愛。

「あなた達の目的は何ですか」

 乃愛が発した、その質問に眼鏡の男が応じようとしたときだ。
 それまで押し黙っていた露希が、スッと立ち上がり、連中に詰め寄る。
 我慢してた。抑えてた。でも、もうそれも限界。
 自分の非力さを責めるのは当然。でも、そもそもの元凶は、こいつらにある。
 どこからともなく現れて襲いかかってきて、人を試すような真似をして。
 挙句の果てに、乃愛を傷付けた。大丈夫、大したことないからと乃愛は笑うけれど、そういう問題じゃない。
 自分が傍にいながら、乃愛にこんな怪我を負わせてしまった事実が、露希を苦しめている。
 抑えきれなくなった怒り。露希は、その感情を鋭い眼光と共に露わにしてみせた。

「お前らなんて …… 死んじゃえ」

 ポツリと呟き、口元に妖しい笑みを浮かべた露希。
 次の瞬間、露希の渾身の蹴りが、眼鏡の男の、みぞおちにヒットする。
 光すら凌駕しかねん高速の攻撃。怒りという感情に任せて、その攻撃を繰り出す露希は、半ば意識が虚ろだ。
 それは、覚醒という名の本質。大昔に絶えた、崇高なる種族、その生き残りであることを証明する本能。
 だが、そんな露希の渾身の攻撃にも、眼鏡の男は毅然とした反応をみせていた。
 確実にヒットしたはずなのに。立っていることすらままならないはずなのに。
 眼鏡の男は、蹴られた部位をさすり、納得するように頷くばかり。
 そんな男の反応にカッとなった露希は、次々と蹴りを放つ。
 だが、効かない。どういうわけか、露希の攻撃は、その全てが無効化されてしまう。
 手応えがないわけではないのに、どうしてダメージを負わない?
 理解に苦しむ露希は、我を忘れて攻め続けたのだが …… 。

「物騒な子供だ」

 しばらくして、眼鏡の男は、そう言って苦笑し、露希を捕らえた。
 足を掴まれた露希は、その状況を逆に利用してやろうと、身体をよじって反撃を試みたが、それも届かない。

 ガシャァッ ――

「っ …… 」

 そのまま投げ飛ばされ、露希は瓦礫に背を打ちつけてしまう。
 嘲笑うかのような対応に、露希の怒りは更に増していく。
 もはや、自分ではどうすることもできない。それほどまでに、露希の感情は暴走していた。
 誰彼構わず、本能のままに暴れる。その血を抑えることができる人物がいるとすれば ――

「露希」

 乃愛しかいない。
 普段からは想像もできないような恐ろしい形相で息を荒げる露希を、乃愛は優しく抱きしめた。
 大丈夫、大丈夫だから。私なら平気。見た目ほどダメージは負っていない。大丈夫だから。
 だから、落ち着いて。いいえ、落ち着きなさい。
 釈然としないけれど、事実として現状を教えてあげる。
 勝てない。今の私達では、この連中に勝つことはできない。
 本気で戦っていたわけではないけれど、それは、向こうも同じ。
 いいえ、寧ろ、向こうのほうが上回る。隠している実力は、向こうが上回っているの。
 悔しいのは私も一緒。でも、ムキになってかかったところで、どうにもならない。
 だから、落ち着いて。落ち着いて、聞きましょう。この連中の目的を、言い分を。

 優しく、それでいて諭すかのように耳元で囁いた乃愛。
 最愛なる存在の声と抱擁によって、ようやく露希は落ち着きを取り戻す。
 観念、とは少し異なるが、乃愛と露希が大人しくなったことに変わりはない。
 眼鏡の男は、襟を正しながら肩を竦め、淡々と、今回の急襲目的を語り始めた。

「俺達の目的は、お前達そのものではなく、その銃だ」

 連中の目的。それは、乃愛と露希が所有している銃だった。
 契約の締結時に藤二から貰った、魂銃タスラムのレプリカである。
 やはり、妙だ。どうして、この銃のことを知っているのか。時狭間の関係者なのか?
 いや、ありえない。時狭間で暮らしているのは、契約者五人と、契約主であるマスターだけ。
 仮契約を締結した乃愛と露希も、一応、関係者ということにはなるが、それは、あくまでも例外だ。
 それ以外の誰かが出入りしている話なんて聞いたことがないし、ありえないことだとも思う。
 いったい、どういうことだ。どうして、この銃のことを知っている?
 抱くその疑問を、乃愛は素直に述べた。
 だが、連中は、その疑問に対する明確な答えを返してはくれない。
 ただ、腕を伸ばして 「よこせ」 という意思表示をみせるだけ。
 わかりました、はいどうぞ、なんて。そう易々と渡してたまるか。
 この銃は、契約者であることを証明する大切なもの。仮契約とはいえ、使命を担う責任は正式な契約者と同じ。
 生きる世界があり、帰る場所があり、学校に通ったり友達と遊んだりする "ヒトとしての生活" はあれど、
 契約者として担う使命に対しての考え方は、決して軽くない。契約は、信頼の証だ。
 それを裏切るような真似、できるものか。
 乃愛と露希は、その意思を示すかのように、キッと連中を睨みつけた。

 よこせと言われて、おとなしく渡すような二人じゃない。
 それを知っていた連中は、やっぱりねと言わんばかりに揃って肩を揺らし笑う。
 だが、引き下がるわけにはいかない。連中は、乃愛と露希が所有しているレプリカ銃を、
 どんな手段を用いても手に入れ、持ち帰らねばならない。それもまた、一種の使命といえるだろう。

「ならば、仕方ないな」
「あ〜あ。おとなしく渡せば良かったのに」

 眼鏡をクイッと上げて言う男と、ククッと笑う帽子の男。
 交渉が成立しないのなら、力づくで奪うまで。短絡的だが、わかりやすくもある。
 乃愛と露希は、連中を睨みつけたまま、再び武器を構えた。立っているのもままならないであろうに。
 二人の健気な抵抗に、連中は笑う。馬鹿にしているわけではない。称えているのだ。
 ヒトでありながら、ここまで契約者としての責任感を持っているなんて、大したものだと。
 そんな連中の態度に、乃愛と露希の苛立ちは募る。いっそのこと、こっちから仕掛けてやる。
 例え敵わなくとも、ちょっと翻弄するくらいなら容易い。ぶつけてやるよ、今持ち合わせている力の全てを。
 そう決し、乃愛と露希は、身構えた。先程までの雰囲気から一変。
 形勢逆転もありうるのではとすら思わせる雰囲気。
 だが、連中は、それにすら動じなかった。

 バシュッ ――

「えっ」
「!?」

 両手両足を拘束された。
 乃愛と露希の動きを封じたのは、リング状の風だ。
 ふと見やれば、眼鏡の男の指先で、風が踊っている。
 しまった。やられた。まさか既に先手を打たれていたとは。
 何とか振り解けないものかと動いてはみるものの、がっちりと拘束する風のリングが解ける見込みはない。
 武器を持ち、身構えた、何とも威勢の良い状態。その状態で固定されたことに対する苛立ちは、屈辱そのものである。

「くっ、そぅ …… 何なのさ、これっ」
「 …… (自力ではどうにもならないみたいね)」

 悔しそうに叫ぶ露希と、冷静に状況を把握する乃愛。
 どう足掻いても、風の錠が外れることはない。外れるとすれば、眼鏡の男が解錠したときのみだ。
 抵抗しようにも身体の自由を奪われた状態であることから、乃愛と露希に、成す術はない。
 眼鏡の男は、指先で踊っていた風にフッと息を吹きかけて消すと、
 片手を上着のポケットに差し込んだ状態で、乃愛と露希に歩み寄った。
 探すまでもない。目的とするレプリカ銃は、二人の腰元に収められている。
 鞄の中に隠すわけでもなく、こうして誰にでも見える位置に収めていることもまた、
 契約者として、すぐさま行動に移せるようにという責任感の表れであると言えるだろう。
 眼鏡の男は、躊躇う様子もなく、乃愛と露希、それぞれの腰元からレプリカ銃を奪った。
 返せ! という露希の叫びにも聞く耳持たず。鞭使いの女が用意していた黒い箱に、
 奪ったレプリカ銃を放り込んで、眼鏡の男は、満足気にフゥと息を吐く。

「目的は果たした。戻るぞ」
「ボスへの報告も済んでるわ」

 クルリと反転し、何事もなかったかのようにスタスタと歩いて行く眼鏡の男。
 栗色の髪の女もまた、綺麗な歩き方で、眼鏡の男の後を追っていく。
 ちょっと待て。逃げるな。聞きたいことは山ほどある。
 そっちの目的は確かに果たされたかもしれないけれど、こっちは、ちんぷんかんぷんだ。
 ちゃんと説明しろ。どういうことなのか、どこまで知っているのか、何のためにレプリカ銃を奪うのか。
 乃愛と露希は、風の錠に拘束され見動きできない状態のまま、去り行く連中の背中に不満をぶつけた。
 だが、連中は、一度も振り返ることなく、そのまま去ってしまう。まるっきり興味をなくしたかのように。

「じゃ、ごちそうさん」
「 …… お疲れ様でした」

 帽子の男と鞭使いの女が言い残して言った捨て台詞が頭の中でリフレイン。
 路地裏に残された乃愛と露希は、やり場のない怒りに、揃って肩を震わせた。

 ・
 ・
 ・

 連中がその場を去り、五分ほどが経過したとき。
 ようやく、乃愛と露希を拘束していた風の錠が解けた。
 見動きできない状態にされ、連中に好き勝手されたことに対する何ともいえぬ屈辱感。
 だが、過ぎたことにいつまでもネチネチと拘るなんて、それこそ恥。
 自分達が、いかに無力で情けないか、それをあちこちで言いふらすのと同等たる行為だ。
 冷静な判断を下した乃愛と露希は、ゆっくりと立ち上がり、服についた埃をパンパンと払う。
 二人の瞳は元通り。いつもの可愛らしい二人に戻っている。

「銃 …… 盗られちゃったのですよ」
「うん …… 。困ったね。どうしよう」

 ポツリと呟く乃愛と、
 乃愛が負った傷を治療しながら呟き返す露希。
 時の契約者。その仮契約の証として貰った、魂銃タスラムのレプリカ。
 本物じゃないにしろ、性能は本物と同等だから、なくさないように気をつけてねと言われていた。
 なくしちゃったのかー盗られちゃったのかーじゃあ、仕方ないねーで済む問題でないことは確かだ。
 急に襲われたとか、事情を説明する必要はある。でも、事実として盗まれたことに変わりはないわけで。
 そもそも、あの四人は、いったい何者なのかって話でもあるが。 …… さてはて、どうしたものか。
 ボンヤリと立ちつくしてそんなことを考えていた乃愛と露希。
 だが、遠くから聞こえるチャイムの音で、二人はハッと我に返る。
 時刻は午前八時三十分。
 紛れもなく、それは始業を告げるチャイムだった。

「 …… 走るですよ、露希」
「う、うんっ」

 何はともあれ、先ずは学校に行かねば。
 遅刻が確定したからといって、開き直るような真似はできない。
 なぜならば、遅れれば遅れるほど、ペナルティの質と重さが増していくからだ。
 急げ、急げ、学校へ。今は、何よりもまず、学校に到着することを最優先に考えろ。
 レプリカ銃の盗難とか、正体不明な四人の男女に急襲されたとか、そんなのは、後回し。
 そんなの、後からいくらでも考えることができるんだから。

 手を繋ぎ、学校へと急ぐ乃愛と露希。
 焦るがゆえに二人が気付く余地はないが、乃愛の指先から血が垂れている。
 急いで治療したことに加え、そのすぐ後で全力疾走していることにより、傷口が開いてしまったのだろう。
 道に点々と落ちゆく乃愛の血。その血痕を辿るかのように後をつける、紫色の猫がいた。

 ・
 ・
 ・

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 CAST:

 8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
 8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生
 NPC / カージュ / ??歳 / ?????
 NPC / リオネ / ??歳 / ?????
 NPC / チェルシー / ??歳 / ?????
 NPC / トライ / ??歳 / ?????

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 ※盗難により、該当アイテムが減少しています。
 2010.02.02 稀柳カイリ

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