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■第1夜 時計塔にて舞い降りる怪盗■

石田空
【7851】【栗花落・飛頼】【大学生】
 聖学園生徒会室。
 学園の中で聖地とも墓地とも呼ばれ、生徒達からある事ない事様々な噂が漂う場所である。
 その奥にある生徒会長席。
 机の上には埃一つなく、書類も整理整頓され、全てファイルの中に片付けられていた。
 現在の生徒会長の性格と言う物がよく分かる光景である。

「何だこれは、ふざけるのも大概にしろ」
 普段は品行方正、真面目一徹、堅物眼鏡、などなどと呼ばれる青桐幹人生徒会長は、眉間に皺を寄せて唸り声を上げていた。
「会長、口が悪いですよ……」
 隣の副生徒会長席に座って書類を呼んでいる茜三波は困ったような顔をして彼を見た。
「……済まない、茜君」
「いえ」

 青桐が読んでいたのは、学園新聞であった。

『怪盗オディール予告状!! 今度のターゲットは時計塔か!?』

 ゴシック体ででかでかと書かれたトピックが、今日の学園新聞の1面記事であった。

「学園のゴシップがこんなに大々的に取り上げられるとは、学園の品性にも関わる由々しき問題だ」
「理事長には進言したんですか? 新聞部に自重するようにと……」
「学園長は「好きにさせなさい」の一言だ。理事長のお墨付きだと、新聞部は怪盗オディールの英雄気取り記事を止める気はないらしい。困ったものだ……」
「学園の外部への連絡は?」
「それはできない。学園に怪盗が出たなんて言ってみろ。マスコミや警察、探偵や魔術師、何でもかんでも土足で踏み込んでくるぞ。ただでさえ生徒が浮き足立っているのに、ますます生徒がお祭り騒ぎで授業や芸術活動に勤しむ事ができなくなる。学園内の騒動は学園内で解決するのが筋だろう」
「ますます困りましたね……」
「全くだ……」

 茜は青桐に紅茶を持ってくる。今日はストレートでも甘い味のするダージリンだ。
 茜の淹れた紅茶で喉を湿らせ、青桐は眉に皺を寄せた。

「……仕方がない。あまり典雅な方法ではないが」
「どうされるおつもりですか?」
「生徒会役員全員召集する。その上で自警団を編制し、怪盗を待ち伏せる」
「……そうですか」

 茜は心底悲しそうな顔をした。
 聖学園の生徒会役員は、クラスからの選挙制ではなく、学園の理事会から選ばれた面々である。
 品行方正、文武両道、その上で自警団を編制したら、きっと怪盗も無事では済まないだろう。
 茜は目を伏せた。いかに怪盗であり、学園の秩序を乱すと言われても、争い事は嫌いであった。

「そう悲しい顔をするな茜君。私も別に彼女を殺したりはしない。ただ速やかに理事会に引き渡すだけだ」
「……はい」

 茜の悲しそうな顔から目を逸らし、青桐は歩き出した。
 これから生徒会役員の編制作業があるのである。
第1夜 時計塔に舞い降りる怪盗

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 記憶には、忘れたら以後の人生に支障が出るものと、忘れていても全く人生設計に支障のないものとがある。
 恐らく、これは明らかに後者であり、その通り、今日まで何の支障もなかった。
 でも……。
 ざわりとする胸の中。
 何かが胸の中でベールを被っているような気がするのだ。

 午後13時。本当なら11時のはずなのだが。
 真夜中に時計塔の鐘が鳴り響き、時計盤にはあるはずもない13の数字が刻まれている。
 曇っていた空が一気に晴れ、満月が時計塔の上に見える。
 栗花落飛頼は、別にこの事に驚いている訳ではないのだ。

 時計盤に映った影を見た瞬間、心臓を掴まれたような息苦しさと、「違う」と言う安堵が、同時にもたらされた。
 怪盗のまとっているのは黒いチュチュであり、白くなかった事に安心した。
 ――あれ?
 何で白いチュチュだと駄目なんだろう?
 シルエットは、黒鳥をモチーフにしたシンプルなチュチュのライン。それが高く高く跳び、満月をバックに自警団の放つ弓矢も物ともせず去っていく姿は、さながら舞台の一幕のようだった。
 このような光景を、前にも見たような気がするのだ。
 舞台のようなありえない光景。でも、確かに目の前にある光景。
 それが一体何なのか、今の飛頼には思い出せなかった。

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 午後5時50分。
 飛頼は高等部の音楽科塔を後にした。
 大学部はもっと学科が細分化されていて、聖学園の広い敷地と言えども入らないので、別の敷地にあるのだが、飛頼はたびたびこちらの個室で個別授業に来ていたのだ。
 本当なら授業は9時くらいまでは行われるのだが、今日は「6時までには全生徒は下校しなさい」と生徒会から通達があった。故に何とか粘ってこの時間まで授業に出た次第だった。
 塔を出て見上げる空は既に夕焼けを通り越して紫色を帯び、夜に近付いていた。

「失礼します。こちらには何の用で?」

 自警団に声を掛けられた。
 随分ぴりぴりしているな。私服で歩いているだけで一苦労だ。
 飛頼はやんわりと、楽譜と一緒に持っている透明ファイルにそのまま見せられるように入れてある学生証と個別授業予約表を差し出した。

「はっ、失礼しました。大学部の方でしたか」
「うん。ご苦労様」
「失礼しました!」

 自警団はそのまま無礼を詫びるようにきっちりとした礼をした後、そのままこの場を後にした。
 飛頼は自警団の背中を見送ると、時計塔を背に歩いていった。音楽科は、ちょうど時計塔の近くに存在するのだ。
 学園新聞によると、今晩13時に怪盗が現れるらしい。
 13時って、一体何時なんだろう? それに、本当に予告状なんてあるんだ。
 そう飛頼は新聞を読みながら思った。
 よく怪盗が予告状を出した上で犯行をすると言う、劇場型犯罪が定番だと言われているが、実際の所、そんな事をする怪盗なんてまずいない。「確かにいただきました」みたいな置き手紙を置いて世間を騒がせるのが、本来の怪盗と言うものだから、舞台や映画みたいに予告状を出して盗みの成功率をわざわざ下げる者なんていないのだ。
 そもそもおかしいと言えば、理事会の反応だった。
 もともとここの理事長は代々生徒と交流を持つ者が多く、今の理事長の聖栞もまた、生徒とよくお茶会をするとはもっぱらの噂だった。その理事長を始めとした理事会が、わざわざ生徒が盗まれたら悲しむのを静観しているだけと言うのは、変な話だった。

「まさか「騒がれたくない」とか、そんな日和見じゃないと思うけど」

 飛頼はそうぽつんと言いながら、歩き始めると、曲が聴こえた。えーっと、確かこれは「眠りの森の美女」だっけ。最初の方の曲は何てタイトルだったか。
 大きなガラス窓の向こうが見えた。もう日が落ちかけているから、明るい窓の向こうがよく見える。
 窓の向こうにいるのは、レオタード姿の女子生徒が1人。
 バレエ科の人だろうか。練習しているのが見えた。
 手を広げ、脚を上げ、リズムを刻む。
 レオタード姿で優雅に踊る様は、まるでそこだけ重力がないように見える。確かにくるくる回る時に少しだけ床を滑る音が聴こえるけれど、その音を無視してもいい位、一挙一動が美しかった。
 しばらく見ていて……眠くなってきた。
 またこんな所で眠くならなくてもいいのに……。
 身体がだんだん重くなり―――。
 ――――――――意識がなくなった。

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 あれ? ここどこ?
 目が覚めたら、天井が見え、アルコールの匂いが鼻孔に入ってきた。
 気が付けば布団の中に入っていたのだ。
 ああ、そっか。倒れたんだ。変だなあ。眠くなる事はあるけど、倒れるまでひどい事なかったのに。
 寝返りをごろんと打ったら、座っていた女子生徒と目が合った。

「目が覚めましたか。大丈夫ですか?」
「……えっ?」

 座っていたのは、先程踊っていた女子生徒だ。レオタード姿ではなく、きちんと制服に着替えていた。彼女は心配そうにこちらを見ている。

「ああ、ごめん。もしかして運んでくれたの君?」
「ええ……私が自警団の方を呼んで保健室まで運んでもらいました。練習していたらいきなり先輩……でよろしいですよね? 倒れているのが見えましたから。どこか具合が悪いのですか?」
「うん。いや、最近ましになったのかなって思っていたけど。僕バレエ見ていると眠くなっちゃうんだよね。学園の催し物でバレエやってたら、途端に爆睡しちゃって。まさか君が練習しているの見ているだけで倒れる程駄目とは思わなかったんだけど」
「まあ……クラシック、駄目ですか?」
「ううん? 僕も音楽科だから、曲だけを聴いているのは普通に聴けるんだ。何でだろうね、踊っているのを見ると、どうしても、眠くなっちゃう。あ、今何時?」
「ええっと……今はもう10時を回っていますね」
「ああ、ごめん。こんな時間まで見ててくれたの?」
「いえ、持ちつ持たれつです。私も先輩が倒れてくれたから、様子を見るって名目で許可取れて時間めいっぱい練習できましたから」
「したたかだね……」
「よく言われます」

 女子生徒がにこにこ笑っている中、飛頼はむくりとベッドから起き上がった。

「そう言えば、今日怪盗出るって言ってたけど」
「そうらしいですね。自警団の方達とたくさんすれ違いました」
「君は興味ないの?」
「うーん……バレエしているのは見てみたいですけど、練習後のストレッチの方が先かなと」
「へえ……」

 立ち上がって靴を履いた。

「1人で帰れる?」
「平気です。私寮生ですから、学園出たらすぐそこですよ。怖かったら自警団の方を捕まえて一緒に帰ります」
「したたかだね……」
「はい」

 保健室を出ようとして気が付いた。

「あっ、そう言えば君、名前は?」
「守宮桜華です」
「守宮さんか。僕は栗花落飛頼。助けてくれてありがとう」
「いえ。……怪盗を見に行かれるならお気をつけて。最近自警団もぴりぴりしてて、少しでも怪しかったら問答無用で反省室に連れて行かれますから」
「怖いねえ……まあ塔の上からでも眺めているよ」
「魔法使いみたいですね」
「……そうかもね」

 そう言いながら、保健室のベッドを後にした。
 あ、保健医さんにベッド借用書書いてもらおう。持ってないときっとうるさいよね……。

/*/

 午後13時20分。
 飛頼は自警団に「保健室で寝てたんです」と、こんな時間まで残って面倒見てくれた保健医が書いてくれた借用書を見せつつ、学園を後にした。
 怪盗は、屋根から屋根を跳び、普通科塔の所で飛び降りたと思ったら、見失ってしまった。
 一体何だったんだろう。
 怪盗が何を盗んだのかは、飛頼の立っていた塔からだと見えなかった。
 明日の学園新聞で書いてるといいな。
 そう思いながら、帰り道を歩いた。

<第1夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7851/栗花落飛頼/男/19歳/大学生】
【NPC/守宮桜華/女/17歳/聖学園高等部バレエ科2年エトワール】

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■         ライター通信          ■
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栗花落飛頼様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第1夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は守宮桜華とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。
ちなみに、最初に書きました通り、忘れていても全く困らないけどある事を忘れています。何を忘れたか、何故忘れたかは後ほど出てきますので、参考までに。

第2夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。