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■クロノラビッツ - クロノ・ショック -■

藤森イズノ
【8300】【七海・露希】【旅人・学生】
「神様に祈る時間を」
「十秒、やるよ」

 険しい表情で言った梨乃の海斗。
 いつもの優しい二人は、そこにいない。
 突如、時狭間に響き渡った、不気味な鐘の音。
 いつも聞こえてくる美しい音色とは異なるその音が、二人に変化を及ぼした。
 その確証はないけれど、明らかに、二人は不気味な鐘の音が響いた後、おかしくなった。
 さっきまで、楽しくお喋りしていたのに。くだらない話をしながら、笑っていたのに。
 どうして、こんなことになっちゃうの。どうしても、戦らなきゃならないの?
 ねぇ、どうしたの。二人とも。そんな怖い顔しないでよ。
 ねぇ、聞こえてる? 声、ちゃんと、届いてる?

 何度も何度も、そうやって声をかける。
 海斗と梨乃は応じてくれない。何も答えてくれない。
 どうすればいいのか。何が起きたのか。状況を飲み込めずにいるのは確か。
 でも …… あぁ …… 悲しきかな、本能よ。いつの間にか、武器を構えていた。
 仲間の攻撃だとて、すぐさま身構えてしまう。今ばかりは、その本能が憎い。
 避けられぬ戦いであることを、心よりも身体が先に理解するなんて。
 クロノラビッツ - クロノ・ショック -

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「神様に祈る時間を」
「十秒、やるよ」

 険しい表情で言った梨乃の海斗。
 いつもの優しい二人は、そこにいない。
 突如、時狭間に響き渡った、不気味な鐘の音。
 いつも聞こえてくる美しい音色とは異なるその音が、二人に変化を及ぼした。
 その確証はないけれど、明らかに、二人は不気味な鐘の音が響いた後、おかしくなった。
 さっきまで、楽しくお喋りしていたのに。くだらない話をしながら、笑っていたのに。
 どうして、こんなことになっちゃうの。どうしても、戦らなきゃならないの?
 ねぇ、どうしたの。二人とも。そんな怖い顔しないでよ。
 ねぇ、聞こえてる? 声、ちゃんと、届いてる?

 何度も何度も、そうやって声をかける。
 海斗と梨乃は応じてくれない。何も答えてくれない。
 どうすればいいのか。何が起きたのか。状況を飲み込めずにいるのは確か。
 でも …… あぁ …… 悲しきかな、本能よ。いつの間にか、武器を構えていた。
 仲間の攻撃だとて、すぐさま身構えてしまう。今ばかりは、その本能が憎い。
 避けられぬ戦いであることを、心よりも身体が先に理解するなんて。

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 ・
 ・
 ・

 犯人は、ミラーリア。
 身構えると同時に、露希と乃愛は、そう確信した。
 ミラーリアとは、彼等が元々暮らしていた世界にあった特殊な言葉。
 鏡合わせの人、そっくりな人といった意味合いを持つ言葉だ。
 海斗と梨乃に酷似した人物といえば …… そうだ、クロノハッカー。奴等しかいない。
 いつだってそうだ。彼等は、目的を明らかにしないまま悪行に及ぶ。
 何のためにこんなことをするのか。さっぱりわからない。
 だがまぁ、今回に限って言えば "仲間同士の潰し合い" を意図していると考えるのが妥当か。

「歪んだ神獣が祈ったところで、神の加護は受けられないよ」
「神はいれど、歪んだ神獣には、施しなど与えません」

 自嘲するかのように呟き笑って言った露希と、冷たい眼差しを向けながら淡々と言った乃愛。
 ここは時狭間。れっきとした神が存在する空間ぞ。その空間で愚行に及ぶとは、不届き者め。
 それとも何か? 神すら凌駕する力を備えているのだと、愚かな誇示か。
 笑止千万、恥を知れ。

「愚行に利用されし、憐れな人達」
「罪なき二人に救済を」

 互いに顔を見合わせ、親指同士を合わせた露希と乃愛。
 二人は、牙を剥く仲間に躊躇なき攻撃をしかけていった。
 普段の攻撃、手法は既に割れている。今さら、それらが通用するとは考えにくい。
 というわけで、二人は、いつもと違う武器・手法を用いて応戦する。
 どこからかフッと出現する黒い傘。ごく最近 "先輩" に作ってもらったその傘は、露希にぴったりの武器だ。
 この武器の利点は、普通の傘と何ら変わらぬ外見をしているというところにある。
 普通の傘と同じように、雨風をしのぐ、そういう、ごく普通の、傘本来の使い方ができることから、
 敵は、その傘がが持つ攻撃力に気付かないことが多い。わかりやすく言うなれば、仕込み刀。
 傘の柄の部分を引き抜けば、スラリと長い直刃の刀に変貌を遂げる。
 だが、今回は、仕込み刀としての用途では使わない。閉じたまま使う。
 閉じたまま、その先端で空中に印を描き、そこから発動される光の刃で攻める。
 海斗と梨乃が、それぞれ魔法を使うということを把握しているからこその攻め方。
 要は、遠距離攻撃には遠距離攻撃で対応したほうが良いということ。
 乃愛もまた、それを把握しているからこその手段で攻める。
 特殊な生地で作られた紅い手袋。これもまた "先輩" に作ってもらったもの。
 乃愛が、その身に宿している能力を知り得ているからこそ製作できた代物だ。
 この手袋をはめた状態でパチンと指を弾けば、乃愛が意図した場所に黒い氷塊が現れる。
 また、指を弾く強さによって、氷塊はその姿を変える。
 小さく鳴らせば氷のつぶてを。激しく鳴らせば鋭利な氷の槍を。
 乃愛の魔力が底をつかない限り、この手袋による氷の魔法は、いくつも何度も連発が可能だ。
 相手は、海斗と梨乃。だが、仲間とて容赦はしない。
 何らかの理由で操作されていると考えるのが妥当。
 だからこそ、手加減しない。仲間には手を出せない、なんて甘い考えを露希と乃愛は持ち合わせない。
 それこそ、そうやって躊躇してしまえば、連中の思うつぼだ。
 確実に落とす必要がある。こんなの通用しないと、連中に伝える必要があるのだ。
 二度と、こんなバカな真似を奴等が仕掛けてこないように。

「僕達ってさ …… やっぱり、獣なんだよね」
「露希。それは、今言うべきことではありませんよ」

 頭ではわかっている。牙を剥いているのが仲間であることくらい。
 でも、止められない。いや、確かに、躊躇するべきではないとは思うんだけど、
 躊躇うな、と、すぐにそれを理解できてしまう、この思考回路が、ちょっと複雑。
 いつかまた、こんなことになったら。いつか、海斗や梨乃と本当に対立するようなことになったら。
 その時も、自分たちは、彼等を潰しにかかるのだろう。躊躇わずに、命を摘もうとするだろう。
 個の尊重。自我の駆け引き。意思を貫くためならば、仲間も、絆も、何もかも捨てて ――

「露希」
「うん」

 乃愛の目配せに応じ、コクリと頷いた露希。
 余計なことを考えるなという警告も含むその目配せに、露希は笑った。
 どことなく寂しそうな、儚げな、今にも消え入りそうな、弱々しいその笑顔。
 でも、乃愛だって、同じ気持ち。ときどき、自分で自分が怖くなる。
 感情よりも理論で動く。機械のような、そんな自分を怖いと思う。
 だが、今さら。どうしようもないんだ。そういう血筋なんだから。そういう種族なんだから。
 躊躇ったり怯えたり、こういうときばかりは、年相応の弱さが恋しくなる。
 いつでも冷静に、かつ冷徹に、物事を客観的に把握・判断できる、この賢さを、心のどこかで疎ましく思ってる。

 ・
 ・
 ・

 幾重も重なり、蓄積された痛み。
 乃愛と露希の躊躇なき攻撃によって無数の傷と痛みを与えられた海斗と梨乃。
 二人の動きが、僅かに鈍り始めた。その瞬間、乃愛と露希は、救済という名のトドメをさす。
 乃愛は海斗の、露希は梨乃の後ろに回り、ほぼ同時に二人の意識を奪う。
 トン、とひとつ。後ろから首に手刀を落としただけ。
 何気なくも、光や音のそれを凌駕する速さに、海斗と梨乃は、何をされたかすらわからないまま気を失った。
 倒れる海斗と梨乃を、すぐさま前に回って抱きとめる二人。

「包帯が取れるのは、いつのことやら …… ですね」
「ふふ。そだね …… 」

 苦笑しながら、海斗と梨乃に与えた傷と痛みを自分達へと移す。
 最初に言った。助けるために応戦するのだと。
 だから、痛ませるだけ痛ませて終わりだなんて、そんな無責任な終わらせ方はしない。
 海斗と梨乃は、いわば、被害者。こんな事態を引き起こした、愚かな連中に対する宣戦布告の為、意を持って痛ませた。
 負わせた傷が多ければ多いほど、二人の身体に移る痛みも増していく。
 乃愛と露希は、全ての痛みを自分の身体へ移した後、全身を電気のように巡る痛みに眉をひそめた。

『偽善者』

 お前たちは、正義でも聖者でも何でもない。
 助けてあげるんだとか言っても、心の中では楽しんでる。
 本能のままに戦える、そういう状況を楽しんでる。獣だって自覚はあるんだろ?
 だったらもう、いっそ、認めちまえよ。僕は、私は、血も涙もない魔獣なんです、って。
 人の命を奪うときほど、幸せを覚える瞬間はありません、って。認めちまえよ。そうすれば、楽になるぜ?
 怖いんだろ? 大切な仲間の命すら、その手で奪ってしまうんじゃないかって、不安なんだろ?
 そりゃあ、そうだよな。過去にも、そうやって、仲間の命を奪ったんだから。
 自分達が生き長らえるため、仲間の命の踏み台にしたんだから。
 忘れたなんて言わないよな? 忘れられるはずがないよな?
 はっきり言ってやるよ。お前たちは、弱い。
 どんなに良い武器を手に入れても、どんなに高威な技を会得しても、使いこなせない。
 使いこなせてるって自負してんなら、そりゃあ、とんだ勘違いだ。
 強くなんてなれないよ。お前達は、いつまでも弱いまま。
 だからこそ、もったいないと思ってるんだ。
 本来の強さを、くだらない偽善で覆い隠してしまってる。
 誰かを傷付けるための力じゃない。誰かを守るための力なんだって、そう思い込んでる。
 違うだろ? 本当は、うずうずしてんだろ? 誰かを殺りたくて、どこまで殺れるか試したくて。
 当然さ。何もおかしなことじゃない。だって、お前達は獣なんだから。人の心を持たない魔獣なんだから。
 優しさとか愛情とか、そんなの幻想だよ。お前達が、勝手にそう思い込んでるだけ。
 普通のヒトでありたい、普通のヒトとして生きたい、ヒトとして生まれたかった。
 根底にある、その叶えようのない願望を具現化してるだけ。成長なんて、しないよ。
 お前達は、この先、どんな経験をしようとも、成長できない。
 変わらないから。お前達の身体に流れる魔獣の血は、絶対に消えないから。
 そんな顔するなよ。睨むなよ。俺達は、お前らの為を思ってやってんだぜ?
 楽にしてやりたい。そう思ってるだけなのさ。優しいだろ? なぁ?
 優しいってのが、どういうもんか、知ったかぶってるお前らなら、わかるだろ?
 まぁ、優しさを押しうる気はない。感謝しろよとも言わない。
 その睨みからして、感謝なんて微塵もしてくれてないとも思うしな。
 でもまぁ、ちょっとはわかっただろ? 自分達の本能。冷酷に徹することができてしまう利口な頭。
 わかったからこそ、睨んでるんだよな? そんなこと、これっぽっちも考えてないって、否定してんだよな?
 ま、いいよ。今すぐに理解しろとは言わない。ただ、すぐさま楽になれる手段があるってことだけ、覚えておけよ。
 魔獣が時の契約者を務めるなんて、おかしな話。そのうち、お前達もその違和感に気付くだろう。
 とりあえず、お疲れさん。労いを込めて、唱を贈ろう。臆病な偽善者に、優しい唱を贈ろう。

 カラーン コローン …… ――

 時狭間に響く鐘の音。
 普段の美しい音色によく似ているものの、その余韻には吐き気をもよおす不快さが漂う。
 どこからか聞こえてきた声。聞き覚えのある声。乃愛と露希は、無意識の内に北の方角に睨みをきかせていた。
 互いが互いの腕に抱く仲間。海斗と梨乃の手を、同時にギュッと握りしめながら。
 否定と怒り、そして僅かな躊躇いに肩を震わせて。

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 ・
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 CAST:

 8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
 8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 Thank you for playing.
 オーダーありがとうございました。
 2010.02.23 稀柳カイリ

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