■クロノラビッツ - さようなら -■
藤森イズノ |
【7888】【桂・千早】【何でも屋】 |
喉元に、バチリと走る電気。
痛いと感じる間もなく、声は奪われた。
いきなり何をするんだ、元に戻せ、今すぐに。
叫んでみるけれど、声に、音にならない。からぶるばかりの怒り。
最近、クロノハッカーが特に妙な動きを見せているから気をつけるようにって言われてた。
警戒を怠ったつもりはない。ただ、相手の奇襲スキルが常軌を逸していただけ。なんて、言い訳にしかならないけど。
自宅の扉に手をかけた、その瞬間、待ってましたといわんばかりに、闇に引きずり込まれた。
おそらく、この匂いと雰囲気からして、ここは時狭間のどこかだ。
奇襲犯は、もちろん、クロノハッカー。ただし、単独。
だが、相手はニコル。クロノハッカーの中でも一番厄介とされている人物。
状況は最悪。どうやったのかはわからないが、引きずり込まれた瞬間から動けない。
かろうじて動くのは、指先くらいだ。加えて、いましがた、声すらも奪われた。
動けないし、助けを呼ぶこともできない。最悪って以外に、例えようのない状況。
「じゃ、そろそろ、死にます?」
背筋を、嫌な汗が伝った。
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クロノラビッツ - さようなら -
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喉元に、バチリと走る電気。
痛いと感じる間もなく、声は奪われた。
いきなり何をするんだ、元に戻せ、今すぐに。
叫んでみるけれど、声に、音にならない。からぶるばかりの怒り。
最近、クロノハッカーが特に妙な動きを見せているから気をつけるようにって言われてた。
警戒を怠ったつもりはない。ただ、相手の奇襲スキルが常軌を逸していただけ。なんて、言い訳にしかならないけど。
自宅の扉に手をかけた、その瞬間、待ってましたといわんばかりに、闇に引きずり込まれた。
おそらく、この匂いと雰囲気からして、ここは時狭間のどこかだ。
奇襲犯は、もちろん、クロノハッカー。ただし、単独。
だが、相手はニコル。クロノハッカーの中でも一番厄介とされている人物。
状況は最悪。どうやったのかはわからないが、引きずり込まれた瞬間から動けない。
かろうじて動くのは、指先くらいだ。加えて、いましがた、声すらも奪われた。
動けないし、助けを呼ぶこともできない。最悪って以外に、例えようのない状況。
「じゃ、そろそろ、死にます?」
背筋を、嫌な汗が伝った。
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・
・
・
( …… あなたは、何のために、僕を殺すんですか)
ポツリと、小さな声で。千早が呟いた。
わからないのだ。どうして、命を狙われるのか。
今日が初めてってわけでもない。これまでだって、何度かこんな目に遭ってきた。
でも、理由がわからない。どうして、狙われるのか、殺されなくちゃならないのか、そこがわからない。
クロノハッカーという存在については把握済み。海斗や梨乃が、教えてくれた。
厄介な連中だから、気をつけるんだぞ、って。警告してくれた。
でも、やっぱり、わからない。
結局、なんにもわからないんだ。
厄介な連中だから、気をつけろ。それだけ。それしか教えてもらってないんだよ。
海斗たちも、教えてくれない。僕は、知ってるんだ。海斗たちが、何かを隠していること。
あなたたち、クロノハッカーという存在が、ただ厄介なだけの連中じゃないってこと、知ってるんだ。
でも、教えてくれない。いつか、教えてくれるんじゃないかって、そう思っていたから、強引に訊く真似はしなかった。
でも、でも、いつまでたっても、わからないままなんだ。教えてくれないんだ。
ねぇ、こんなの、あんまりじゃない?
隠し事をされていることはわかってるのに、隠し事をされたまま、僕は、あなたに殺されるの?
仲間を疑ったまま? あなたのことも、なんにも知らないまま、このまま殺されてしまうの?
ねぇ、こんなの、あんまりだよ。せめて、せめて、教えてくれないかな。
殺すなら、殺されるなら、仕方ない。受け入れるから。
せめて、その前に、教えて。教えて …… くれないかな。
何も知らぬまま殺されるのは御免だ。
そう告げた千早に、ニコルは苦笑を浮かべた。
確かに、言っていることはもっともだ。何の心当たりもないのに殺されるなんて、理不尽。
そこらを歩いているときに、見ず知らずの通り魔に殺されてしまうような悲劇と同じ。
ニコルは、千早の前に屈み、その頬に触れながら、言った。
「いいよ。教えてあげる」
正直なところ、こっちも驚いてる。
てっきり、全て聞かされているものだと思っていたから。
でも、そうか、そうなんだ。千早くん、なんにも聞かされてないんだ?
ただ、僕達がクロノハッカーっていう "厄介な存在" だとしか聞かされてないんだ?
何ていうか。不憫だね。
確かに、このままじゃあんまりにも可哀相すぎるから、教えてあげるよ。
千早くんが知りたいと思ってること、あいつらが、千早くんに隠していること。
面倒だから、単刀直入に、結論だけ先に伝えておくよ。
あのね、千早くん。君はね、君っていう存在はね ――
「過去に、一度死んでるんだ」
君は覚えていないだろうけど、君は、過去にもこうして僕達に会ってるんだよ。
でもね、昔は、こんなに嫌な関係じゃなかった。もっと楽しく、笑いあえる関係だったよ。
僕達の関係に亀裂が入ってしまったのは、それから、ずっと、ずっと後のこと。
君が今、仲間だって言ってる連中、海斗たちが生まれてからのこと。
わかる? そうなんだよ。僕達のほうが、あいつらよりも先に生まれたんだ。
僕達があいつらに似てるんじゃなくて、あいつらが僕達に似てるんだよ。
素直に気持ちを述べるとするなれば、ただ、憎かった。
君を奪っていったあいつらも、僕達から離れていった君のことも。
だから、殺した。
なかったことにすればいいじゃんかって、誰かが囁いたんだ。
誰かのせいにする気はないけどね、ほんとうに、聴こえたんだよ。
そして、その声が、皮肉にも僕達を救ってくれたんだ。
君に会えなくなるのは悲しかったし、いざとなったら手が震えて、躊躇った。
でも、憎いって感情が、躊躇いを勝ったんだ。僕は、君を殺した。この手で、殺した。
ねぇ、でも、いま、君は生きているよね? こうして、向かい合っているよね?
おかしなはなし。いないはずの君が、ここにいるなんて。
誰が君を蘇らせたのかとか、どうして蘇ったのか、そんなことは、もうどうでもいいんだ。
僕達は、元に戻そうとしているだけなんだよ。誰かが勝手に弄った時間を、元に戻そうとしてるだけ。
だから、抗わないでよ。死にたくないなんて、言わないでよ。
君は、いないはずの存在なんだから。
優しくも儚い。そんな笑顔を浮かべながら、千早の首を両手で絞め始めたニコル。
とても小さな声で呟くから、はっきりとは聞き取れなかったが、ニコルは何度も同じ言葉を繰り返していた。
どうしてなの。なんで。なんで、生きてるの。戻ってきたの。また、苦しめるの。 と、そう繰り返していた。
偽りのないその弱々しい声に、千早は確かな躊躇いを覚えたが、
おとなしく殺されるような真似は、しなかった。
「!!」
「 …… 僕のことを知っているなら、予想できたはずだよ」
ニコルの左腕をギュッと掴んで言った千早。
どうして動けるの。どうして、話せるの。奪ったはずの身体の自由と声に、ニコルは、目を丸くした。
だが、すぐに気付く。そうだ。千早には、そういう能力があったじゃないか。
他の能力をかき消す、そんな能力を持つ右手があったじゃないか。
気付いてすぐ、ニコルは笑った。自嘲である。
どうして、気付かなかったのか。いや、違う。
どうして "忘れて" いたのか。
そんな自分の不甲斐なさと脆さに、ニコルは笑んだのだ。
千早は、右手でニコルの左腕を掴んでいる。
それはつまり、ニコルに "終わり" が近づいていることを意味する。
物質だけじゃない。千早の右手は、感情や意志までも、吸いこみ無に帰してしまうから。
もちろん、ニコルもそれを知っている。千早が、これから何をしようとしているのか、聞かずともわかる。
だからこそ、ニコルは笑った。精一杯の笑顔を浮かべた。そして、最後の悪あがきに ――
「ぜんぶは、あげない」
そう、告げた。
・
・
・
思い出したわけじゃない。
でも、千早の心に、記憶に、それは刻まれた。
確かに、笑っていた。ニコルたち、クロノハッカーと仲良く遣り取りする自分がいた。
でも、覚えていない。確かな事実なんだろうけれど、覚えていない。記憶はあるのに覚えていないなんて、おかしなはなしだけど。
全部、吸いこむことができていれば、この疑問も何もかも、すべてはっきりと解明されたんだと思う。
でも、できなかった。ニコルが、拒んだから。
千早が、その右手で奪い取ることができたのは、過去の記憶だけだった。
数ある記憶の中でも、ニコルが一番たいせつにしていた記憶。
千早と一緒にでかけたり、ごはんを食べたり、手を繋いで眠ったり。そんな記憶ばかり。
その記憶だけを渡した裏には、思い出してほしいという矛盾があったに違いない。
ただ憎んでいただけじゃないから。そこには、確かな愛情があったから。
異常とも言えるほど、まっすぐで歪んだ愛情があったから。
「 ………… 」
しばらくその場に立ちすくんだ後、千早は歩き出す。
海斗や梨乃に、今日、いま、さっき、ここで起きたことを言うつもりはない。
どういうことなのって問い詰めるのは簡単だ。でも、それじゃあ、何の解決にもならない。
ニコルが、すべてを奪われることを拒んだのは、きっと、知ってほしいと思っていたから。
誰かに尋ねて知るんじゃなく、自分の力で紐解いて真実に辿り着いて欲しいと思っていたに違いないから。
時狭間を歩く千早の表情は、どこか儚く、今にも消え入りそうなほど弱々しかった。
わからなくなったから。
何が真実なのか、誰が正しいのか、仲間って何なのか。
そして、自分自身のことも、存在意義も、何もかもが、わからなくなったから。
千早の右手によって、記憶を奪われたニコル。
死したわけではないが、生きているとも言えない状態。
なぜなら、たいせつな記憶を失ってしまったから。宝物を失くしてしまったから。
はからずとも、その記憶は、ニコルの自制を司っていた。思い留める、最後のつなぎ目。
ギリギリのところで、でも確かにピンと張っていたその糸が、切れた。
もう、留めるものは、抑えるものは、何もない。
目が覚めたら、ニコルはまた、牙を剥くだろう。
今度は、躊躇いなんてなしに、ただがむしゃらに、千早の命を狙ってくるだろう。
愛情なんて欠片もない。憎悪に満ちた目で、声で、奪いにくるだろう。
身も心も、時の狩人と化して。
・
・
・
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CAST:
7888 / 桂・千早 / 11歳 / 何でも屋
NPC / ニコル / ??歳 / クロノハッカー
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Thank you for playing.
オーダーありがとうございました。
2010.03.07 稀柳カイリ
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