■召霊鍵の記憶 黒の頁■
紺藤 碧
【3132】【レイリア・ハモンド】【魔石錬師】
 アクラはあおぞら荘のホールで、豪華な辞典並に分厚い装丁が施された本をゆっくりと閉じた。
 様々な物語が記されたコールの本。
 この本に記載された物語は、霧散したコールの心と夢を繋ぎ合わせる力になる。
「色々な感情を吸収して、キミはキミを取り戻すんだ」
 一度閉じた本をアクラはまたゆっくりと開く。
 そこは、真っ黒に塗りつぶされ、何が書かれているのかさっぱり分からない。けれど、その黒は闇のような深いものではなく、様々な色が重なり合い黒へと変化したもの。
 そう、この黒は思いの集合だ。
 アクラはゆっくりと黒に手を伸ばすと、徐々に本の中へと入り込んでいった。

(そう危険はないと思うんだけど)
 トンっと上下のない空間に靴音を響かせ降り立つ。その音に気が着いたのか、銀髪の少年が振り返った。
「きみはだあれ?」
「翠なの…?」
「ぼくをみどりとよぶきみはだあれ?」
 アクラは大事そうに鞄を抱えた12歳ほどの少年に近づき、膝を折る。
「ボクはアクラ。お兄さんのお友達」
 アクラが自分の名前を告げ、少年に微笑みかければ、少年は嬉しそうにぱぁっと顔を輝かせ、何かを期待するような瞳でアクラを見つめる。
「おともだち、あそんでよ」
 少年は抱えていた鞄を開く。
「…っ!?」
 アクラの身に圧し掛かった脱力感。これは、翠の力じゃない!
 少年はそんなアクラを見やり、詰らなさそうに眉根を寄せて踵を返し、たったと走り去っていく。
「待っ!!」
 立ち上がろうにも足に力が入らず、アクラはその場に転がる。
「騙された……っ!」
 小さくなっていく背を見つめ、悔しそうに口元を釣り上げ舌打ちする。
 翠の姿をしているが、あれは幼い頃の――コールだ。


召霊鍵の記憶 5P









【春俟ちのイースターカクタス】






 吐いた息が白く濁る。
 年中、凍てつく冬に閉ざされた国――イースターカクタス。
 国の魔術師コールは、かつて封印されたと伝わる『春の種』を探し、そして洞窟の奥に封じられたそれを見つけた。
「これを持ち帰れば、我が国は―――」
 コールの顔に微かな笑みが浮かぶ。
 傍らでは使い魔の梟が喜びに羽を震わせ、コールの上空を旋回する。
 その様を穏やかな眼差しで見つめながら、コールは種にそっと触れた。
 瞬間、足元から延びる光。
「――何!?」
 梟が鳴く。主の一大事に梟は羽ばたく。
「来るな!」
 主の叱責に梟は羽ばたきを止め、力ない鳴き声を上げる。
「私のことよりも……国へ、イースターカクタスへ急げ!!」
 種の在処を、そして、待ち受ける罠を、次に続く人々に告げるため。
 梟は鳴く。
 そして、飛んだ。










 見上げた空からは、雪がしとしとと降り注ぐ。
 国の学園に入学したものの、まだ魔力の扱いに慣れていない レイリア・ハモンドに、魔術によって雪かきをするという芸当は出来ない。だから、こうして自らの手でスコップを手に自宅の前の雪をかいているのだけれど。一人前とは行かなくても、早く魔術を修得してこの大変な雪かきから解放されたいものである。
「……何かしら?」
 見上げていた空に一点の曇り。
 黒い雪が急加速でその大きさを膨張させ、空から落ちてくる。
「雪じゃないわ!」
 レイリアは黒い塊が落ちてくる線上に手を伸ばし、ちょっと大きすぎる質量に顔をしかめながらも受け止めた。
「この子…梟?」
 見覚えはないけれど、この時期、この場所で梟が現れるのはおかしい。
 が、レイリアの学園の教授たちは、時期や季節など無視した動物たちを使い魔として連れていることを思い出し、この梟もそうなのではないかと、雪かきの手を止めて学園へと急いだ。







 梟の帰還に、教授たちがざわめきだし、レイリアは一人講堂でポツンと待たされることになってしまった。
「しけた顔してんなぁ」
「アッシュ先輩!」
 学園で上位の魔術師アッシュは、愛用の杖の柄で肩を数回叩きながら、縮こまっていたレイリアを見下ろす。
「聞いてませんか? 梟だけが帰ってきたことを」
 教授たちが言っていた。あの梟は、学園の教授の一人、コールの使い魔だと。そして、コールはアッシュの兄でもある。
「おい。タメでいいつってるだろ」
 びしっと杖を向けられ、レイリアは眼を瞬かせ、小さく「はい」と頷く。それに満足そうに笑い、アッシュは向けた杖を肩に戻し、教授連がつめている会議室の方へと視線を向けた。
 暫くして、会議室の扉は開け放たれ、一人の教授がレイリアの元へ梟を連れて歩いてきた。
「梟はあなたの元へ舞い降りました。これも一つの導き。あなたはこれから、この梟に付き、コールを、そして春をこの国にもたらして下さい」
「え?」
 余りに突然で、とても大切なことをいわれた気がして、レイリアは問い返し、その後、言葉の意味を理解して唇が震えた。
「だって、わ…私、この学園には入学したばかりで――」
 まだ満足に魔術だって使えないのに。
「分かりました」
 教授はうろたえるレイリアから、偶然その場に居合わせていただけのアッシュに視線を向け、同行するよう告げる。
 一瞬驚きに瞳を大きくしたアッシュだったが、そうなることは予想していたように、二つ返事で頷いた。







 この国で、雪道の移動には、トナカイのそりが一番早い。
 梟の嘴が起用に手綱をくわえ、そりを操っている。使い魔ともなると、そんなのこともできるのかとついつい感心してしまう。
 どこへ向かっているのだろう。降る雪はどんどん激しくなり、吹雪となってそりに襲い掛かる。
 レイリアは、奥歯をぐっと噛みしめ、ファーのついたコートの、フードのはしを押さえて耐えた。
 そりが跳ぶ。
 降り立った白い大地。
 頬を叩いていた雪の気配が消え、視界が一気に開けた。
「雪が……」
 レイリアはばっと振り返る。吹雪はそりが辿ってきた軌跡の向こう側でだけ吹いている。
 もしかして、イースターカクタスが冬で閉ざされているのは、この雪のせいなのでは?
 そりが向かう先、見えてくるのは、地面から突き上げる、幾重にも重なった巨大な氷の槍のような山に出来た、人為的な洞窟。
 洞窟の中までそりで乗り付けるわけにはいかず、レイリアとアッシュは徒歩を余儀なくされ、持てるだけの荷物を持って歩き始めた。
 どれほど歩いただろうか、入り口からの光がなくなり、アッシュの杖の先に灯る光だけを頼りに、先へと進んでいく。
「見て!」
「おいっ」
 進む先のほうに見える光。アッシュの静止の声を振り切って、レイリアは走り出す。
 降り注ぐ光は、雲を割り、たどり着いた太陽の光。
 その光に照らされた氷の柱。
 その中央が光りを吸収するかのように一際輝き、柱を円形にくり抜いていた。
 レイリアの隣を併走するかのように飛んでいた梟が、柱の周りで何かを訴えるように旋回を始める。
「もしかして……」
 その梟の動きを見て、レイリアはそっと光る中央に手を伸ばす。そこにあったのは、2cmほどの小さな種。
「アッシュ! これが『春の種』だわ!!」
 柱からそっと手を引き懐に引き寄せた種。淡い暖かさを持ったそれは、レイリアを春の風で包み込む。
「コールさんはどうしたのかしら…?」
 梟は、『春の種』を見つけたコールが、それを手に取ろうとし、危機に陥ったことを伝えるため、イースターカクタスに戻ってきたはずだ。それなのに、どうして?
 アッシュは梟の動きを見遣る。
 梟は種がはまっていた柱を追い越し、洞窟の奥へと飛んでいった。
「追いかけるぞ!」
「ええ!」
 洞窟だと思っていたけれど、先へ進むにつれ、洞窟ではなく何かの建物の中のような景色に変わっていく。
 開けた視界。氷のホール。
 そのホールの先には、一人の女性。彼女はまるで愛しい者に向けるかのような眼差しで、巨大な氷の柱に手を這わせていた。そして、その柱の中には―――
「コールさん!!」
 思わず名を呼んでしまったレイリアの声に反応し、氷の化身のような女性がゆっくりと振り返る。
「誰ぞ?」
 女性はレイリアを見遣り、眼を細めると、すぐさま興味をなくしたかのように視線をコールに戻す。
「ふん。そのような種などくれてやるわ」
 が、その女性の言葉に、アッシュは怒りに瞳を鋭くし、杖を構え叫ぶ。
「兄貴を帰しやがれ!!」
 構えた杖の先から発せられた魔方陣が女性に向かって飛んでいく。だが、かっと瞳を輝かせた女性から発せられた氷によって、その魔方陣は霧散させられてしまった。
「腐っても氷の女王ってか……」
「…あの人は、女王様……?」
 血色は悪くても、レイリアの瞳には、彼女がただの恋する女性にしか見えない。
「こやつは妾のものじゃ…。渡さぬぞ!!」
 ごおっと女王の周りに冷たい波動が流れていく。
 レイリアとアッシュを力ずくで追い出そうとしているのだ。
「待って、女王様! 女王様は本当にこれでいいの?」
「何?」
「だって、私だったら、好きな人と一緒に笑いたい。でも、今のままじゃ、女王様はやっぱり一人のままだわ」
 逃がさないように心も身体も氷に閉じ込めて、これじゃいつまで経っても女王の孤独は晴れない。
 レイリアはゆっくりと女王に向かって歩き出す。
「近寄るな!」
「レイリア!」
 アッシュが叫び、女王は狼狽してツララを落とすが、それはレイリアには当たらない。
「女王様はどうして『春の種』を隠したんですか?」
 その懐にしまいこんだ種の風は今もレイリアを包んでいる。
 女王はぎこちなく首を振って少しずつ後退するが、その背にはコールを飲み込んだ氷の柱が。
 レイリアはそっと女王に手を伸ばす。
「もしかして『春の種』って――…」







 洞窟のように見えていた氷の城から伸びる光り。
 光は帯のように伸びて、国中に行き渡っていく。
 光の帯が触れた大地からは雪が解け、緑が芽吹き、忘れていた開花を追うように、花々が咲き乱れる。
 そして、城のように生えていた氷は、砕け散る硝子のように弾け、その欠片は薄紅の花びらとなって散った。







 花びらの大地で目覚めるコール。
 感激に瞳を震わせる使い魔の梟を差し置いて、その懐に飛び込んだのはアッシュだ。
 レイリアは一瞬呆然とその様を見つめていたが、何だか凄く嬉しくて、くすっと微笑む。
 氷の女王はもう居ない。
 暖かい心を取り戻した女王は、『春』になって消えてしまった。けれど、女王はちゃんとここに居る。
「笑顔って素敵でしょう?」
 それが、好きな人のものならば、尚更。
 レイリアは見上げる。
 満開に咲く、桜の大樹を―――































 レイリアはかくっと折れた膝に力を入れて、転びそうになるのをこらえる。
 はっとして辺りを見回してみても、いつものエルザードだ。
「……え?」
 さっきまでの、あのリアルは何?
 アッシュがいて、あのコールと呼ばれていた人が居て。
 レイリアは首を傾げたが、傾く太陽に気が着くと、夕飯の買い物の途中だったことを思い出し、急いで家路に着いた。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3132】
レイリア・ハモンド(12歳・女性)
魔石錬師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 召霊鍵の記憶にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 プレイング内での初期場面設定と、後から向かう場面に整合性がなかったので、初期場面設定を基準にお話を構成しました。
 世界という設定は、物語の基板上大きな矛盾を抱えてしまうので、国とさせていただきました。学園は…思い付きです。
 それではまた、レイリア様に出会えることを祈って……


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