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■例えばこんな……■ |
紺藤 碧 |
【3132】【レイリア・ハモンド】【魔石錬師】 |
あなたの時を聞かせてもらえませんか?
どんな時の出来事でも構いません。
あなたのその出来事をここに記しておきたいのです。
どうか、あなたの時を……
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想いを込めて
レイリア・ハモンドは読んでいた本を閉じ、ふと顔を上げ、時計を見遣る。
そろそろ買い物の時間だと思ったのだが、まだ少し早かったようだ。
そのままもう少し読み進めようと落としかけた視線が、時計の下のカレンダーに止まる。
2月。
カレンダー会社の親切かお節介か、祝日以外のイベントのお知らせまでも印刷されている。
つい去年までは気にも留めなかった、たった28日しかない2月。
「買い物、行かなくちゃ」
レイリアは買い物籠を手に、家を出た。
夕飯の買い物を買い込みながら、ふと思い出す。
「そう。買い物の帰りに会ったのよね」
籠の中の真っ赤なリンゴ。微かに頬が熱い。
「…………」
落とした視線を戻した視界に容赦なく突き刺さる、イベントの看板とのぼり。
通り過ぎる人々は浮き足立ち、家を出る前は半信半疑だった意識が、確信に変わる。
「アッシュ…」
この世界に来て、大変な目に遇ってばかり。楽しい思い出、あるだろうか。辛いばかりじゃない。楽しいこともある。そんな思い出を持ち帰って欲しい。
レイリアはふっと微笑む。
「チョコレートブラウニーを作って渡そうかな…今、そういう季節みたいだし」
買い物が終わって帰路についていた踵を返す。
舞い戻った食料品店で、レイリアはいろいろと並ぶ材料をあれはどうか、これはどうかと検分する。
チョコの甘さはどれくらい?
ラッピングはどうしよう?
メッセージはいるかしら?
自然と顔がどんどん緩く優しくなっているのが分かる。
いつもの店で同じように食材を選んで買い物をしているのに、なぜだろう、材料を買うのにも胸が躍っている。
とっても不思議な気分だ。
レイリアと同じように、同じような材料を選んでいる知りもしない少女。傍目から見ても、とても楽しそうに微笑んでいる彼女は、幸せそうだ。きっと、今のレイリアも、彼女と同じように微笑んでいるに違いない。
それが自分自身凄く新鮮だった。
会計を済まし、ちょっとだけ周りと同じように浮き足立った歩みで家へと帰る。
寝かせることも考えれば、今から作っておいた方がいい。
レイリアは夕食の支度にかかる前に、ブラウニーを作ってしまう事にした。
生地をこねる手に、願いを込めて。
チョコレートに、想いを込めて。
美味しくなりますように。美味しいと、言ってくれますように。
ただ一生懸命に、美味しいものを食べてもらいたい。その一心があればいい。
お茶請けのお菓子なら作ったことがあるけれど、誰かのために、お菓子を作るのは初めて。
誰かに食べて貰いたいと思うだけで、同じレシピで作っているはずなのに、全く違うものを作っているような気がしてくる。
失敗はしたくない。
心があれば味なんてどうでもいいなんて嘘。相手に喜んでもらいたいなら、味も絶対に必要。
作り始めた今の時間と、あら熱を取ることも考えれば、持って行くのは明日になるだろう。
早く明日になれという気持ちと、ゆっくりと時間が過ぎて欲しい気持ちが混ざり合い、その夜、レイリアは上手く寝付けなかった。
翌朝、チョコレートブラウニーを箱につめ、赤いリボンをかけてラッピングを施す。
見た目はただの赤いリボンだけれど、何本も何種類もあったリボンから選び抜いた赤いリボン。結んだリボンの端にくるくると巻いたクセを着ける。
机の上にちょこんと置かれたような状態の、綺麗にラッピングされた箱。
「……服」
いつもと変わらないスカートにケープ。もう少しオシャレをした方がいいだろうか。
そんな事を考え始めた頭を自覚した瞬間、微かに震えた指先をそっと抱え込む。
「渡すわ。大丈夫」
レイリアはエプロンを脱ぎ、宝物のように大切にそっと箱を鞄に入れると、アッシュの元へと急いだ。
白山羊亭に足を踏み入れた瞬間、奥のテーブルで紅茶を飲みながら、エルザードで発行されているタウン誌に目を通している姿を見つけ、足がぴたっと止まってしまった。
なぜ今日はホールに出てきているんだ。そんな事を思ってしまう。
まさか自分が、この日の気持ちを知る時がくるなんて。
大丈夫。
もう何度目?
レイリアは数回深呼吸を繰り返して、震える指先を無視してゆっくりと一歩踏み出した。
「こんにちは、アッシュ」
声に気付き、顔を上げたアッシュは、ふわっと微笑み片手を上げる。
「よう」
「話があるのだけれど、いいかしら?」
「ここじゃダメか?」
全く何も気が着いていないアッシュに、少しだけむっとしてしまう。
女の子が渡すためにこんなにドキドキするなら、男の子は貰うためにドキドキしてくれたっていいじゃない。
「絶対ダメ」
レイリアは即答し、いつもの奥の客間へと向かう。
どうやらサックはいないようで、二人きりになれたことにほっと胸をなでおろした。
また微かに震えだした指先を握り締めて抑える。
「アッシュ」
「ん?」
振り返り、ぐっと力を込めて、見上げて。
「これ、貰って欲しいの」
鞄から取り出した、赤いリボンのプレゼントボックス。
「くれるって言うなら、貰うけど。ありがとう?」
全く意味を解していない素振りが、何故だか凄く心に突き刺さる。
未だ収まらない震えを抱え込んで抑えて、レイリアは不器用に微笑む。
「……聞いて、アッシュ。あなたはあの時、私の名前を呼んで、目覚めさせてくれたわ」
「あ! そのお礼ってやつか」
合点が言ったとばかりにレイリアの言葉を遮って、まるで豆電球でも灯したかのように宣言したアッシュに、流石のレイリアも眉根を寄せる。
「あのね、アッシュ。今日、バレンタインなのよ? 私、今凄く勇気出したんだから!」
半分涙目で叫ぶように訴えたレイリアの剣幕に、たじろぐアッシュ。
「……わ、悪ぃ」
「もう!」
ぽかぽかとアッシュをグーで叩いて。
「悪かったって!」
レイリアの手がゆっくりと止まる。
「…あなたに、遇えてよかった」
泣いちゃダメ。止めようとしても止まらない目尻の熱さを無意識に隠そうと、レイリアの顔が俯かれる。
「ありがとう………大好き」
そのまま小さく呟かれた言葉。
「へ?」
良く聞き取れず、アッシュは聞き返すが、現状いっぱいいっぱいのレイリアには届いていないのか、二度目はない。
「…いつかあなたが助けを必要とするときに、力になれるよう強くありたい」
思いのままに口からポロリと零してしまった言葉に、レイリアははっと瞳を大きくして、誤魔化すようにこほんとわざとらしくせきをする。
「お茶を淹れるわ」
簡素な室内の小さなテーブルに置かれているティーセット。
お湯は備え付けられていないため、厨房から貰う必要がありそうだ。
レイリアは振り返り、アッシュが手にしている箱のリボンを解き、蓋を開ける。
「このチョコを食べると元気が倍増するわよ」
ブラウニーが見えるようにレースペーパーを広げてから、アッシュを見上げる。
「お湯貰ってくるから、感想、聞かせてね?」
レイリアは急ぎ足で、白山羊亭のカウンターで注文された料理を捌いているマスターにお湯を貰い、零さないよう、落とさないようにしながら、部屋に戻った。
部屋では、チョコレートブラウニーを食べたらしい、アッシュが指先をなめている。
「甘めにしたんだけど、どうかな」
「大丈夫だったぞ」
何が?
疑問符に眼を点にしてしまったレイリアに気付かぬまま、アッシュはばつが悪そうに眼を泳がせる。
「んー…あの、さ、今更なんだけど、バレンタインって何?」
「え?」
茶葉を入れたティーポットにお湯を入れようとした手が、そのまま止まる。
くすっと思わず口から零れる笑い。
何だか一人恥ずかしがって、照れて、がんばった自分がバカみたい。でも、こうしてまた新しい勇気を出せたことは本当。
ありがとう。
レイリアは、不思議そうに首をかしげているアッシュにただ微笑んだ。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【3132】
レイリア・ハモンド(12歳・女性)
魔石錬師
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
例えばこんな……にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
ネタと時期的なものを考え、出来ればWDにも間に合えばよかったのですが、それでも少し遅くなってしまいました。
よくよく考えれば、VDも知らなかったので、まぁ…そんな落ちなわけですが。進展してると思いますよ。
それではまた、レイリア様に出会えることを祈って……
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