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■第2夜 理事長館への訪問■

石田空
【4788】【皇・茉夕良】【ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】
「全く……、理事長、この現在の学園の状況を本気で放置されるおつもりですか?」
「そうねえ……」

 理事長館。
 学園の中に存在するその館には豪奢な調度品が並べられていた。
 創設時から、学園の生徒達とよりコミュニケーションを円滑に取れるようにと、代々の理事長は学園内に存在するこの館で生活をし、学園を見守っているのだ。そのせいか、この館には色んな生徒達が自由に行き来している様子が伺える。
 現理事長、聖栞はにこにこ笑いながら、生徒会長、青桐幹人の話を聞いていた。
 栞は美しい。彼女は実年齢を全く感じさせない若々しさと、若かりし頃バレエ界のエトワールとして華々しく活躍してつけた自信、そして社交界で通用する知性と気品を身につけていた。故に、彼女がこうして椅子に座っているだけで様になるのである。

「反省室は現在稼動不可能なほど生徒が収容されています。通常の学園生活を送るのが困難なほどです」
「まあ、そんなに?」
「怪盗は学園の大事な物を盗み続けています。なのに警察に話す事もせず、学園で解決する指揮も出さず……ここは貴方の学園なのでしょう?」
「………」

 栞は目を伏せた。
 睫毛は長く、その睫毛で影が差す。
 そして次の瞬間、彼女はにっこりと笑って席を立った。

「分かったわ」
「……理事長、ようやく怪盗討伐についての指揮を……」
「生徒達と話し合いをしましょう」
「……はあ?」

 栞の突拍子もない言い方に、青桐は思わず目を点にした。

「夜に学園に来た子達と話し合い。うん。それがいいわ。私が直接皆と面接をします」
「貴方は……学園に何人生徒がいると思っているのですか!? それにそれが本当に根本的な解決に……」
「なるかもしれないわよ?」

 栞はにこりと笑う。
 たおやかな笑いではなく、理知的な微笑みである。

「想いは力。想いは形。想いは魂」
「……何ですかいきなり」
「この学園の精神よ。どの子達にも皆その子達の人生が存在するの。だから一様に反省室に入れるだけが教育ではないでしょう?」
「それはそうですが……」
「だから、怪盗を見に行った動機を聞きたいの。それに」
「はい?」
「……案外その中に怪盗が存在するかもしれないわねえ」
「は? 理事長、今何と?」
「学園に掲示します。面接会を開催すると。生徒達にその事を知らせるのも貴方のお仕事でしょう?」
「……了解しました」

 青桐は釈然としない面持ちで栞に一例をすると理事長館を後にした。

「さて……」

 栞は青桐が去っていったのを窓から確認してから、アルバムを1冊取り出した。
 そのアルバムには名前がなく、学園の景色がまばらに撮られていた。

「この中に、あの子達を助けられる子は、存在するかしら……?」

 写真は何枚も何枚も存在した。
 13時の時計塔。その周りに集まった、生徒達の写真である。
第2夜 理事長館への訪問

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午後4時。
皇茉夕良は体育館にいた。
聖学園の体育館は大きい。学園の生徒が多いので、体育館1つだけだと事足りず、今では巨大体育館を作り、それを区分けして第1体育室、第2体育室……と呼ぶようになったのだ。
茉夕良の現在いるのは、地下――と言っても完全に地面の下ではなく上は吹き抜けなのだが――のダンスフロアにいた。
普段バレエ科が練習に使っている部屋だが、今日は「久しぶりに踊りたいんですが練習に使ってよろしいでしょうか?」と教師に相談に行ったら、茉夕良の経歴を知っている教師は快くOKを出してくれた。今日はバレエ科もダンスフロアは使用しないらしい。
 久しぶりにレオタードに腕を通し、バレエシューズを履く。流石にブランクが開き過ぎているので、トゥーシューズを履くほども本格的な事はしないが。
 茉夕良はバーに捕まって入念に柔軟を始めた。バレエは普段使わない筋肉を使う。故に入念に柔軟を施して筋肉をほぐしておかないと、すぐに筋を違えてしまうのだ。

 アン・ドゥ・トロワ アン・ドゥ・トロワ

 足を組み替え、腕を伸ばし、背中をピン、と伸ばすと、ブランクが開いているとは言えど、段々と感覚を思い出してきた。
 そう言えば。
 持ってきたCDコンポのクラシック音楽に合わせて踊りながら、「白鳥の湖」の物語を思い出していた。クラシックバレエを踊るものなら、誰でも知っている物語である。
 主人公オデットが王子ジークフリートに恋をし、自分のかけられた呪いを解く伴侶に見い出す。彼女にかけられた呪いは、人でありながら昼間は白鳥として生きなければいけないと言うもの。彼女にかけられた呪いを解くのは、真実の愛を誓い合える伴侶を見つけ出す事だけ。
 その2人の邪魔をするのが、オデットである。オデットは王子の婚約者を決める舞踏会にオデットと瓜二つの姿で現れ、王子の心を奪い、まやかしの愛の誓いを行って永久にオデットの呪いが解けないようにするのである。
 絶望したオデットは死に、王子も後悔をして後追い自殺をする。そこで見い出された真実の愛により、悪魔の呪いは解け、オデットと一緒に呪いをかけられた人々の呪いが解ける。
 一般的にオディールはオデットに呪いをかけた悪魔の娘と言われているが、演出家やバレリーナによって物語は解釈を変えている。
 オディールはそもそも悪魔の見せたまやかしだったのでは、と言うものもあれば、オデットとオディールは同一人物で、王子の心を試すための芝居だったのでは、と言うものまである。そもそもオディールは突然物語に登場し、突然物語から退場する人物なので、彼女が何者なのかは最後まで分からない。
 ただどの解釈でも共通しているのは。
 オディールは王子の心を奪った。
 それだけである。

 身体全体を使って踊り、茉夕良は「ふう」と息を吐いてCDコンポを止めた。
 身体中から汗がほとばしる。
 やっぱり久々だと身体が辛いわね。柔軟して身体はきちんと温めていたんだけど。
 茉夕良は持って来ていたタオルで身体を拭いた。
 身体を拭きながら、ちらりと時計を見た。
 踊っていたら、いつの間にやら4時半を回っていた。
 もうそろそろ面接の時間……ね。
 また海棠君いるのかしら?
 どちらがいるのかは分からないけど。
 茉夕良はタオルを首にかけて、更衣室に急いでいった。

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 午後4時35分。
 茉夕良は理事長館に来ていた。
 チェロの物悲しいメロディーが聴こえる。
 また、ね……。
 茉夕良は時計を見た。もうちょっとだけなら、大丈夫かしら。
 面接時間より少し早い事を確認してから、茉夕良は理事長館の敷地の中庭に歩いていった。
 そこでは、また海棠がチェロを弾いていた。

「こんにちは」
「………」

 海棠は茉夕良を一瞥した後、そのままチェロを続けた。
 流れる曲は、また「白鳥」である。

「前に伺った時も、この曲を弾いていましたね」
「………」
「この曲に、何か思い入れでもありますか?」
「……が、好きだった曲だから」
「えっ?」

 はっきりとは聴こえなかった。
 気のせいか、さっきまで淀みなく流れていた旋律が、わずかだが乱れている気がする。
 大事な人が、好きだった曲……?

「もしかして……失礼があったらすみません。この曲は鎮魂歌ですか?」
「………」

 音が、大きく外れた。
 海棠はチェロを肩から下ろした。無表情だが、茉夕良にはひどく悲しげに見えた。

「……ごめんなさい。気に触るような事を、もしかして言ってしまいましたか?」
「……言ってもらえた方が、返って楽だ」
「えっ?」
「俺は、別に樹じゃない。全部聞こえている」
「………」

 もしかしてこの人。
 周りに「双樹の王子」とか言ってもてはやされているの、嫌なのかもしれない。
 樹。唐変木。ウドの大木。
 連想するものが皆、人扱いされていないから、嫌だったのかも。
 茉夕良はしばらく考えた後、口を開いた。

「「瀕死の白鳥」は、別に鎮魂歌ではないと思います」
「――?」

 海棠は茉夕良を見た。気のせいか、前見た時は何を言っているのか分からなかったが、黒曜石のような瞳が揺れているような気がする。

「「瀕死の白鳥」は、確かに白鳥が死ぬまでの踊りです。ですが、白鳥の中には、最後の最後まで懸命に生きようとした白鳥もいるはずです。悲しいって気持ちだけで、全てを片付けては、いないのですか?」
「………」

 海棠は、何も言わずに、チェロをケースに片付けた。
 そのまま、何も言わずに理事長館の中に入っていった。
 何か聴こえたような気がした。

「……ありがとう?」

 海棠が、そう言ったような気がした。

「あら、秋也が珍しく誰かと話していると思ったら、皇さんと?」
「あっ……こんにちは」
「こんにちは。随分早かったのね」

 海棠と入れ替わりで出て来たのは、聖栞理事長だった。先程まで他の生徒の面接をしていたのだろう。彼女からは紅茶の匂いがした。

「それじゃあ、奥で話をしましょうか」
「あ……はい」

 栞について、奥の応接室に入っていった。
 栞は何故か上機嫌なように感じるのは何故だろうか。

「それじゃあ、そこのソファーに座ってて。話をする子達には飲み物を出しているんだけど、何がいい?」
「えっと……コーヒーをお願いします」
「コーヒー、ね。ちょっと待ってね。水出しコーヒーを温めるから」

 応接室の隅に小さくある冷蔵庫を開けると、ポットの中にコーヒーが入っていた。
 栞はそれを別の空のポットに移し替え、ガス台に乗せて火をかけ始めた。
 栞がガス台に立つのを見ながら、茉夕良は意を決して口にした。

「失礼を承知で一つ質問をさせてください」
「はい。何かしら?」
「先日、時計塔を見に行きました。その時、時計盤から13の数字が現れましたね」
「そうらしいわねえ」
「……時計盤に、細工をしたのは。理事長ではありませんか?」
「できれば、根拠が欲しいわね」

 栞の顔を見た。
 特に怒っている様子もなく、むしろひどく機嫌がよさそうに笑っている事の方が気になった。

「……消去法です。時計塔にわざわざ細工ができるのは、学園の権力を持っている人じゃないとそもそも無理です。生徒会も考えましたが、生徒会はそもそも怪盗と対立しています。一方、理事会は一連の騒動を黙認しております。一応これらは犯罪に値するのに……」
「それで、理事会が怪盗と関与していると?」
「……少なくとも、私はそう思っています」
「………」

 栞はガス台からコーヒーを下ろし、カップに注ぎ始めた。ミルクポットと一緒にお盆に載せ、それを応接テーブルまで持ってきた。

「……貴方には、ものすごく感謝している」
「えっ?」

 何故感謝されるのかが分からず、茉夕良はきょとんとした。

「でも、まだ今は何も言えないの。ごめんなさいね」
「じゃあ……」

 栞は笑うばかりだった。
 肯定。の意味で合っているのだろうか。
 でも……。
 この人は、海棠さんともう1人の海棠さんの事を知っているのだろうか?

「あの……」
「貴方には、すごく感謝しているから忠告しておくわね」
「えっ?」
「秋也が音楽をしている時以外は近付いては駄目よ」
「……!」

 やっぱり。
 前に会った、手が綺麗な海棠を思い浮かべた。
 理事長は、2人の事を知っている。
 栞の顔を見た。
 彼女は優雅にコーヒーに口を付けるばかりだった。

<第2夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4788/皇茉夕良/女/16歳/ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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皇茉夕良様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第2夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は聖栞とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。

第3夜も公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。