■クロノラビッツ - 約束の場所 -■
藤森イズノ |
【6408】【月代・慎】【退魔師・タレント】 |
何ていうか、もう慣れてきた。
こうやって、何の報せもなく、いきなり部屋に来るところとか。
悪びれる様子もなく、人の部屋でくつろぎ始めちゃうところとか。
「で、今日は何の用?」
やれやれと肩を竦めながらそう尋ねると、クロノハッカーは、はっとした表情を見せた。
あぁ、そうだ、今日は用があって来たんだった。とか何とか言いながら、歩み寄ってくる。
何をいまさら。知ってるんだから。あなたがこうして、部屋に来るのは用事があるときだけでしょう?
それも、面倒な …… こちらには、何のメリットもない、一方的な用件ばかり、だよね。
今日もきっと、そんな感じなんだろうなと思いながら、言葉を待っていた。
でも、今日は …… 何だか、いつもと様子が違うみたいだ。
「今日、これから、時間ある?」
ギュッと手を握って、ジッと目を見て、クロノハッカーは、そう言った。
ほら、おかしい。こっちの都合を考慮するだなんて、珍しいでしょ。っていうか初めてじゃない?
っていうか、何なの。そんな、まっすぐな目で見られると、正直、困るんですけど …… 。
「特に用事はないけど …… 」
いつもと違う雰囲気に戸惑いながらそう伝えると、クロノハッカーは、嬉しそうに笑って。
「良かった。じゃあ、二時間くらい、ちょうだい」
そう言った。
ちょうだいって、何を。もしかして、時間?
そうだとしたら、ちょっと気持ち悪いんだけど。だって、キザすぎない? その台詞。
なんてことを考えているうちに、手を引かれて、ぐいぐいと、どこかへ連れていかれてしまう。
ちょっと待って。何なの。どこに行くの。どこに連れて行く気なの。どうせ、ロクでもないところだろうけど。
手を引かれながら、そうして文句をぶつけると、クロノハッカーは、呟いた。
「約束の場所」
小さな声で、そう呟いた。
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クロノラビッツ - 約束の場所 -
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何ていうか、もう慣れてきた。
こうやって、何の報せもなく、いきなり部屋に来るところとか。
悪びれる様子もなく、人の部屋でくつろぎ始めちゃうところとか。
「で、今日は何の用?」
やれやれと肩を竦めながらそう尋ねると、クロノハッカーは、はっとした表情を見せた。
あぁ、そうだ、今日は用があって来たんだった。とか何とか言いながら、歩み寄ってくる。
何をいまさら。知ってるんだから。あなたがこうして、部屋に来るのは用事があるときだけでしょう?
それも、面倒な …… こちらには、何のメリットもない、一方的な用件ばかり、だよね。
今日もきっと、そんな感じなんだろうなと思いながら、言葉を待っていた。
でも、今日は …… 何だか、いつもと様子が違うみたいだ。
「今日、これから、時間ある?」
ギュッと手を握って、ジッと目を見て、クロノハッカーは、そう言った。
ほら、おかしい。こっちの都合を考慮するだなんて、珍しいでしょ。っていうか初めてじゃない?
っていうか、何なの。そんな、まっすぐな目で見られると、正直、困るんですけど …… 。
「特に用事はないけど …… 」
いつもと違う雰囲気に戸惑いながらそう伝えると、クロノハッカーは、嬉しそうに笑って。
「良かった。じゃあ、二時間くらい、ちょうだい」
そう言った。
ちょうだいって、何を。もしかして、時間?
そうだとしたら、ちょっと気持ち悪いんだけど。だって、キザすぎない? その台詞。
なんてことを考えているうちに、手を引かれて、ぐいぐいと、どこかへ連れていかれてしまう。
ちょっと待って。何なの。どこに行くの。どこに連れて行く気なの。どうせ、ロクでもないところだろうけど。
手を引かれながら、そうして文句をぶつけると、クロノハッカーは、呟いた。
「約束の場所」
小さな声で、そう呟いた。
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「ねぇ、ちょっと、待って、待ってってば、ねぇ、聞いてる?」
「うん。聞こえてる。けど、聞こえないフリをしてる」
「 …… (うわ、なにそれ)」
手を引き、強引に連れて行くカージュ。
慎は、自由奔放なカージュの言動に、呆れながらも笑っていた。
力任せに手を振りほどき、そのまま逃げだすことはできた。でも、その必要はなかった。
なぜなら、カージュの横顔に、優しさや温かさを感じたから。根拠なんてないけど、大丈夫だと、そう思った。
それにしても、どこへ連れて行く気だろう。もう、かれこれ三十分は、こうして歩いているけれど。
目的を明らかにしないカージュにもどかしさを覚えながら、慎は、キョロキョロと辺りの様子を伺った。
慎が普段生活しているアパートから、ずっとずっと南へ。脇目もふらず、カージュは、ひたすら南を目指した。
俺は男だからいいけど、これがもし女の子だったら、大問題になるよ。ほとんど誘拐だからね、これ。
なんてことを考えつつ、溜息混じりに連れられて行く慎。
カージュの足取りは軽い。近道なのか、路地裏に入ってみたり、使われていない雑居ビルを突き抜けてみたり。
迷いのないその足取りは、明確な目的地があるのだということを、嫌というほどに痛感させた。
そうして、カージュに連れられ、どこかへと赴く最中のこと。
慎は、ふと、気付く。
見覚えのある建物、見覚えのある道、見覚えのある、この雰囲気。
まさか、とは思いつつも。こんなところへ連れてこられては、思い出さないはずがない。
*
「おっ、来たな!」
「慎くんだー。こんにちはー」
「今日は、ちょっとだけ遅刻だね? ふふ」
にっこり笑いながら言った女の子。水色のワンピースがとてもよく似合う、花のような子だった。
幼き頃の慎にとって、その子の笑顔は、とても眩しくて。いつも、さりげなく、目を逸らして話していた。
「うん …… ごめん、ね」
大昔から、優秀の域を超え、もはや不気味とすら言えるまでの退魔士ばかりが生まれいずる照日宗家の一族。
自分が、どれほど立派な家柄に生まれたか。そのくらいのことは、幼き慎も知り得ていた。
だからこそ、一人で遊んだ。下賤な輩と付き合うなと、父に何度も言い聞かされていたから。
けれど、ときどき。こうして、慎は、こっそりと裏口から外に出ては、家の近所にある小さな公園に足を運んだ。
公園には、いつも、青いワンピースの可愛い女の子と、鼻に絆創膏を貼ったヤンチャな男の子と、眼鏡をかけた優しい男の子。
別に待ち合わせをしていたわけでもないのに、その子たちは、いつも、公園で慎を待っていてくれた。
とはいえ、父親や母親に、こんなところを見られては、きついせっかんを受けてしまう。
だから、慎は、いつもキョロキョロしていた。誰かに見られていないだろうか、見つからないだろうかと、怯えていた。
そんな風に、慎がオドオドしているものだから、お友達も気をつかう。だが、それに怯む子は、誰一人とていなかった。
家柄とか、しきたりとか、身分とか、そんなの、どうでもいい。関係ない。
その日、お友達は、怯える慎の姿を見かねて、少々強引に "儀式" を決行したのだった。
「うわ。すご、い …… 」
「油断してると転ぶからな、気をつけるんだぞ」
「ケンくん、ちょっと早いよ。もっとゆっくり歩いてよ〜」
「うるせぇ、いいから、黙ってついてこいっ」
「慎くん、大丈夫?」
「う、うん」
お友達に連れられて、慎がやってきた場所。
それは、長らく使われていない小さなビルの中だった。
おそらく、事務所か何かだったのだろう。大きなデスクや棚が、そのまま残っている。
縁のない雰囲気に、いつも以上にキョロキョロする慎。お友達は、そんな慎に微笑みかけた。
秘密基地へようこそ、と。
お友達は、このビルを秘密基地にして、いつも、いろんな会議をしているそうだ。
今朝見たアニメの話をしてみたり、今晩の夕食をお互いに予想してみたり、トレーニングと称して、鬼ごっこをしたり。
ここに連れてくるということは、すなわち、正式な仲間として慎を迎え入れるつもりだということ。
仲間以外に、この秘密基地を教えるだなんてこと、絶対にしない。
「リーダーはオレだからな。指示に従うんだぞ!」
「え〜。ケンくん、いつからリーダーになったのぉ?」
子供の遊び。秘密基地を持ち、正義の味方になったつもりで毎日を楽しむ、そんな生き方。
礼儀作法ばかり詳しくなる慎にとって、お友達のその自由奔放な生き方は、衝撃にも似た刺激を与えた。
自覚はなくとも、愛想笑いは、日々、その精度を上げて。いつしか、癖になった。けれど、この日。
この日、友達に向けた笑顔は、心からの。本当の、最高の笑顔だったと思う。
*
「なんで …… 君が、ここを知ってるの」
沈んでいく夕陽をじっと見つめながら、ポツリと小さな声で呟いた慎。
カージュは、クスクス笑いながら、慎の頭にポンと手を乗せ、その場に腰を下ろした。
約束の場所。誰にも言わない、僕達だけの秘密基地。何かあったら、困ったら、いつでもここに来ていいから。
仲間なんだから、助けあうのは当然だよ。だから、遠慮なんてしなくていい。ここにいる間は、何もかも忘れちゃえばいい。
嬉しいことがあったら、その喜びを少しずつ分け合おう。そうしたら、もっと、もっと楽しくなる。もっと、もっと、幸せになれる。
悲しいことがあったら、その涙を少しずつ分け合おう。そうすれば、涙なんてあっというまに枯れるから。すぐに笑顔が戻ってくるから。
さほど昔のことでもないのに。あれから、何十年も、何百年も経ったかのような。そんな気がしてる。
あの日、家を出る決意をした、あの日。
俺は、ここにきた。ただひとこと、行ってきますって。それだけを書き残したメモを置きにきたんだ。
メモは、デスクの上。どこかへ飛んでいってしまわぬようにと、外で拾ってきた、月の形によく似た白い石を上に乗せた。
当然だけど、もう、そのメモは、ない。あの綺麗な月の石も、なくなってる。
割れた窓ガラスからは、ピュウピュウと強い風。
飛んでいってしまったのかな。あんなに小さな石じゃ、やっぱり駄目だったのかな。
あの子たちは、見てくれただろうか。ちゃんと、届いただろうか。それとも、届く前に、どこかへ飛んでいってしまったんだろうか。
「慎」
ぼんやりと考え事をする慎の名前を、カージュが呼んだ。
うん? と振り返れば、カージュは、淡く微笑みながら、その目で促す。
カージュが促す、その先を見やれば、穴ぼこだらけの壁。慎は、その壁を見た瞬間、息を飲んだ。
ぐにゃぐにゃに歪んだ、汚い文字で。書かれていたのだ。ただ、ひとこと。
いってらっしゃい、と。
「これ …… えっ …… まさか、これ、みんな …… 」
壁に歩み寄り、記された文字に、そっと触れてみる。
すると、指先に白い粉がついた。慎は、すぐさま、キョロキョロと辺りを見回す。
もしかして、と思った、その予感は的中する。壁のすぐ傍、瓦礫に埋もれて、あの石が転がっていたのだ。
拾い上げたその石は、もはや、月の形を留めてはいなかった。欠けて、歪んで。なんて、いびつな月だろう。
無意識に、慎は、拾い上げたその石をぎゅっと強く握りしめた。同時に、じわっと熱くなる目頭。
目を閉じれば、まぶたの裏に、鮮明に浮かぶ。
ガリガリと、ガリガリと、石を削りながらメッセージを残す友達の背中。
「なん、で …… 連れてきたのさ」
俯いたまま言う慎。その肩は、確かに震えていた。
カージュは、すっと目を逸らし、見て見ぬふりをしながらポツリと返す。
「見せておくべきだと思ったから」
「 …… なに、それ。ははっ …… 」
約束の場所。誰にも言わない、僕達だけの秘密基地。何かあったら、困ったら、いつでもここに来ていいから。
仲間なんだから、助けあうのは当然だよ。だから、遠慮なんてしなくていい。ここにいる間は、何もかも忘れちゃえばいい。
嬉しいことがあったら、その喜びを少しずつ分け合おう。そうしたら、もっと、もっと楽しくなる。もっと、もっと、幸せになれる。
悲しいことがあったら、その涙を少しずつ分け合おう。そうすれば、涙なんてあっというまに枯れるから。すぐに笑顔が戻ってくるから。
家を飛び出してから、今日まで。一度も訪れなかった約束の場所。正直に言えば、怖かった。
みんなに軽蔑されたんじゃないかって。もう、仲間はずれにされたんじゃないかって。
でも、違うんだね。みんなは、見送ってくれたんだ。メッセージ、残しておいてくれたんだ。
みんな、元気なのかな。いま、どうしてるのかな。
気になるけれど。今はまだ、ただいまって言えないんだ。
いつか、その時がきたら。みんなが残してくれたこのメッセージの下に、またお返事を書くよ。
だから、待ってて。待っててね。もう少しだけ、待っててね。
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The cast of this story
6408 / 月代・慎 / 11歳 / 退魔師・タレント
NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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