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■第2夜 理事長館への訪問■

石田空
【6408】【月代・慎】【退魔師・タレント】
「全く……、理事長、この現在の学園の状況を本気で放置されるおつもりですか?」
「そうねえ……」

 理事長館。
 学園の中に存在するその館には豪奢な調度品が並べられていた。
 創設時から、学園の生徒達とよりコミュニケーションを円滑に取れるようにと、代々の理事長は学園内に存在するこの館で生活をし、学園を見守っているのだ。そのせいか、この館には色んな生徒達が自由に行き来している様子が伺える。
 現理事長、聖栞はにこにこ笑いながら、生徒会長、青桐幹人の話を聞いていた。
 栞は美しい。彼女は実年齢を全く感じさせない若々しさと、若かりし頃バレエ界のエトワールとして華々しく活躍してつけた自信、そして社交界で通用する知性と気品を身につけていた。故に、彼女がこうして椅子に座っているだけで様になるのである。

「反省室は現在稼動不可能なほど生徒が収容されています。通常の学園生活を送るのが困難なほどです」
「まあ、そんなに?」
「怪盗は学園の大事な物を盗み続けています。なのに警察に話す事もせず、学園で解決する指揮も出さず……ここは貴方の学園なのでしょう?」
「………」

 栞は目を伏せた。
 睫毛は長く、その睫毛で影が差す。
 そして次の瞬間、彼女はにっこりと笑って席を立った。

「分かったわ」
「……理事長、ようやく怪盗討伐についての指揮を……」
「生徒達と話し合いをしましょう」
「……はあ?」

 栞の突拍子もない言い方に、青桐は思わず目を点にした。

「夜に学園に来た子達と話し合い。うん。それがいいわ。私が直接皆と面接をします」
「貴方は……学園に何人生徒がいると思っているのですか!? それにそれが本当に根本的な解決に……」
「なるかもしれないわよ?」

 栞はにこりと笑う。
 たおやかな笑いではなく、理知的な微笑みである。

「想いは力。想いは形。想いは魂」
「……何ですかいきなり」
「この学園の精神よ。どの子達にも皆その子達の人生が存在するの。だから一様に反省室に入れるだけが教育ではないでしょう?」
「それはそうですが……」
「だから、怪盗を見に行った動機を聞きたいの。それに」
「はい?」
「……案外その中に怪盗が存在するかもしれないわねえ」
「は? 理事長、今何と?」
「学園に掲示します。面接会を開催すると。生徒達にその事を知らせるのも貴方のお仕事でしょう?」
「……了解しました」

 青桐は釈然としない面持ちで栞に一例をすると理事長館を後にした。

「さて……」

 栞は青桐が去っていったのを窓から確認してから、アルバムを1冊取り出した。
 そのアルバムには名前がなく、学園の景色がまばらに撮られていた。

「この中に、あの子達を助けられる子は、存在するかしら……?」

 写真は何枚も何枚も存在した。
 13時の時計塔。その周りに集まった、生徒達の写真である。
第2夜 理事長館への訪問

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 午後3時30分。
 月代慎はのんびりとカメラを首に提げて歩いていた。
 上級生は今頃最後の授業中だろうか。通り過ぎる人の数が少ない。初等部は既に授業が終わり、放課後である。
 最近は写真部の活動も増えたので、こうして暇な時を見つけては学園内で写真を撮るようになった。
 慎はゆっくりと辺りを見回し、カメラで覗いてみて、よさそうなものには進んでシャッターを切った。普段ならレンズの中に誰かが混ざる事もあるのだが、今は初等部がまばらに歩いているばかりだ。故にレンズに人が混ざってシャッターチャンスを見失う事はなかった。
 しばらく歩いていて、慎は足を止めた。

「ここかあ……」

 人気のない噴水の前に立っていた。
 噴水の放水口の中央には丸い台座が不自然に存在する。
 かつてオデット像がここにあったと、前に小山連太から聞いた。
 前はここは恋愛成就のジンクスがあったとかで、カップルの憩いの場だったらしいのだが、オデット像がなくなってからはぱったりと人気が引いたとも聞いた。
 慎は注意深く台座を見上げ、カメラを向けてレンズを絞った。
 前に新聞に映っていたオデット像の大きさを思い出し、これ位だろうかと思って、オデット像の顔があったであろう場所で、パチリ。とシャッターを切った。

「今は亡きオデット、ここに眠る。なーんてね」

 慎はにこっと笑ってカメラを下ろし、ぶらんと提げた。
 ここが怪盗の第一の犯行なんだよなあ。慎はそう思いながら噴水のあちこちを見る。
 噴水の周りは、憩いの場だった名残なのか、ベンチがあちこちに並び、鉢植えの花が咲いている。鉢植えの花は人がいなくなった後も園芸部が世話しているせいか、生き生きと花を開いている。
 前に怪盗が祓った思念は「怠けたい」思念だった。多分だけど。
 ここで祓われた思念って何だったんだろう。今慎は何の思念も感じない。当然だ。第一の犯行、オデット像の奪取は1ヶ月前の話だ。さすがに怪盗が祓ってそれだけ経過しているのなら、もう思念のかけらも残っていないだろう。

「それにしてもなあ……」

 慎は首を傾げた。
 慎の家は代々退魔を営む家系であり、慎自身もその家系の素質を充分に受け継いでいる。なのに、慎自身もこの間までその思念の事に全く気付かなかったのだ。
 何でだろう。
 考えてみたが、情報が少な過ぎてよく分からなかった。
 ふと時計を見たら、もうそろそろ上級生の授業も終わる頃で、同時に慎が理事長に面接に行く時間だ。
 あ、そうだ。
 連太先輩いたら何かネタをくれるかもしれない。
 そう決めると、慎はいそいそと新聞部の方まで足を伸ばす事とした。

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 午後4時5分。
 慎が新聞部の部室に入ると、既に連太が手を真っ黒にして原稿を書いていた。

「あー、連太先輩こんにちはー」
「あれ、慎。今日は仕事じゃなく?」
「今日は理事長の面接」
「あー。あれかー。うーん。理事長何で俺が怪盗の取材に行ったの知ってたんだろう……」
「そう言えば何でだろうね?」

 慎は連太が原稿書きつつ微妙に落ち込んでいるのを見て気付いた。
 この学園内の生徒で、怪盗を見に行った生徒限定で面接と言うのも、変な話だった。

「俺、それ理事長に鎌かけてみようかな」
「えー、理事長にそれを言うのか?」
「だってさ、面白そうじゃない」
「うーん……。あの人がそれに乗ってくれるとは思わないけど。まあ、慎が訊いてみたいなら訊いてみたら?」
「あ、先輩。他に訊いた方がいい事ってある?」
「んー……特には。あっ、あった」
「何?」

 連太は汚れた手をタオルで拭き、鞄からがさがさと取材メモを出してきた。

「これ。これ訊いて欲しいんだ。俺だったら多分警戒されて何も答えてくれないだろうけど、慎なら訊けるかも」
「何? 2番目に盗まれたものって食堂の鍋だったの?」
「うん。オデット像を盗むのはまだ分かる。でもその次が鍋。次写真。どうも、共通点が分からないんだよなー。理事長だったらもしかしたら共通点に心当たりがあるんじゃないかって」
「共通点ねえ……」

 慎は盗まれた鍋に関するメモを斜め読みした。
 これも思念になって怪盗に祓われたのかな。
 そう思った。

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 午後4時20分。
 旧校舎からしばらく歩いた先の中庭に、理事長館は存在する。
 慎は理事長館の門をくぐり、扉の前に立った。

「こんにちはー。面接に来ましたー」

 そう言って扉を開こうとした時だった。
 中から開いた。

「おっ?」
「あっ、ごめんねっ」

 開いた扉から小柄な女の子が中から出てきた。

「ううん。君も面接?」
「ううん、栞さ……理事長の所にお茶に来たら、今日は面接だからまた今度って」
「へえー」

 まあ、理事長館に遊びに来る生徒は多い。
 しかしこの子、華奢だなあ。バレエ科の子かな。あそこ食事制限あるって聞いたけど。

「君ちゃんと食べてる? ものすごーく痩せてるけど」
「うん。すごーく食べてるよ。私バレエ科の練習でずっと踊ってるからすぐお腹空くし。でもあんまり食べちゃ駄目って。太ると舞台に上げてもらえないから」
「へー。大変なんだね」
「あっ、もう面接時間だよね? 私、もう行くから」
「ねえ、君の名前は? 俺は月代慎。初等部5年の」
「月代君? 私は楠木えりか。中等部1年」
「そっか、えりかちゃんか」

 年上だったんだ。
 小柄なせいで気付かなかった。
 慎は内心そう思いながらも、笑顔でにこっと笑った。えりかもにこっと笑い返す。

「それじゃあね」
「うん。じゃあね」

 そのまま手を振って別れる。
 別れたと同時に、奥から理事長、聖栞が面接していた生徒と出てきて、そのまま見送って行った。
 生徒が帰って行ったのを見てから、振り返った。

「こんにちは月代君。お待たせしたかしら?」
「いいえ全然。俺もさっき来た所です」
「そう? ならよかった。じゃあ奥で話を聞くわね」
「はーい、よろしくお願いしまーす」

 栞は頷くと、慎を連れて奥の応接室へと誘った。
 応接室はソファーに応接テーブルが並び、隅にガス台とポット各種が置いてあった。
 慎がぽんっとソファーに座って思わず沈み込むと、栞はカップに何かを注いで持ってきた。
 この匂いは……ココアか。

「テレビの仕事も忙しいのにごめんなさいね。呼び出して。でも決まりだから」
「そうなんですか?」
「一応私も理事長だから。夜中に歩いてた子達がいたら話を聞かないといけないでしょう?」
「うーん。それが不思議だなあと思ったんです」
「不思議?」
「はい。うちの学園ってたくさん人いるじゃないですか。行ってない人とかもいるのに、何で行っている人だけ集めて面接できたのかなあって」
「そうねえ……何となく。かしら?」
「えー、本当にそれだけですかー?」

 慎は少し肩をすくめながら、カップを両手で取った。
 栞が微笑む。

「例えば見えないものが見えるのと同じ、ようなものかしら?」
「すごいなあ。先生は霊能力者ですか?」
「うーん、どっちかと言うと、魔女と言った方がいいかしら。魔女と言っても別に呪いもかけないし占いもできないけど」
「ふーん。ですか」

 驚いたなあ。
 慎は内心汗をかいた。
 俺、霊感ある事言った覚えはないけどなあ。
 そう訝しがりつつも、連太と話した事を思い出した。

「あっ、そうだ。質問1つだけいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「先生は、今まで怪盗が盗んだものの共通点って何だと思いますか?」
「寝た子を起こすって知ってる?」
「えっ?」

 質問を質問で返すのは反則じゃん。

「人がたくさんいたら、想いは形になる。逆も同じ。形が滅んでも、想いが形を繋ぎ止める。でも、時々あるのよね。自分が既に形じゃないって気付いちゃう事が」
「えっ?」

 思念の事?
 もし思念が眠っていたのなら、確かに慎でも気が付かない。オデット像も、いつからあるのかは知らないけど結構古いものだったはず。壊れてもおかしくないのに、皆が見続けていたうちに自分がオデット像と「認識」していたからオデット像のままだった。

 あれ? でも……。

「ねえ、先生。これって誰かが起こさないと駄目だよね。誰が起こしたんだろう?」
「んー……」

 栞は上を向いた。
 上を向いた先には天井がある。確か外から見た感じ理事長館は2階建てだけど。

「またその事に関してはお話しましょう?」
「えっ?」

 慎が戸惑っている間に、栞はすっとテーブルに何かを置いた。
 鍵だ。

「さっきまでした話、ここでしかしちゃ駄目よ。他の人に言っては駄目」
「えっ? うん」
「話がしたくなったら、ここにいらっしゃい。これはここの鍵だから」
「ありがとう……」

 まあ、誰が聞いても眉唾ものの話だとは思うけど、言いふらす話でもないよなあ。
 慎は少し釈然としないまま、鍵を手に取った。

<第2夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6408/月代慎/男/11歳/退魔師・タレント】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
【NPC/楠木えりか/女/13歳/聖学園中等部バレエ科1年】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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月代慎様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第2夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は楠木えりか、聖栞とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。
また、アイテムを入手しましたのでアイテム欄をご確認下さいませ。

第3夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。