■クロノラビッツ - 使命と宿敵 -■ 藤森イズノ 【6408】【月代・慎】【退魔師・タレント】 　また、突然部屋にやってきた。 　いつものことだから、もう慣れたけれど。 　その日の訪問は、珍しく真っ当な方法。窓からではなく、きちんと扉から訪ねてきたのだ。 　違和感を覚えたのは、窓からの来訪に慣れすぎたせいだろうか。 …… いや、違う。 　いつもと明らかに雰囲気が違うのだ。ずっしりと重苦しい、威圧のような。 　そんな雰囲気を放たれては、こちらとしても警戒せざるをえない。 「用件は？」 　部屋には入れない。いや、正確に言うなれば、入れることができない。 　そんなに禍々しい雰囲気を纏ったまま、よくもまぁ、ここへ来れたものだ。 　警戒してくれと言っているようなもの。何が目的なんだ。いつも以上に目的が読めない。 　僅かに空いた扉の隙間。俯いたまま、ピクリとも動かない、クロノハッカー・カージュ。 　あと十秒だけ待つ。それでもし返事がなければ、見なかったことにして、扉を閉めよう。 　そう思った矢先のことだ。それまで微動だにしなかったカージュが、すっと顔を上げた。 「 …… え？」 　言葉を失ってしまうとは、まさにこのこと。 　今度は逆に、こっちが硬直してしまう。そりゃあ、誰だって驚くでしょう。 　だって、泣いてる。カージュが、ボロボロと涙を零すんだから。 　涙を見てしまったことで、それまでの警戒は薄れ、動揺へと変わった。 　罠かもしれない。そういう作戦かもしれない。そう思うところはあったけれど、 　次にカージュが放った一言で、その疑いすらも、どこかへと消え去ってしまう。 「記憶を喰われてる」 　カージュは、震えた声で、そう言った。 　そう言って、自分の胸元を、ぎゅっと押さえた。 　そこで、ようやく気付く。あぁ、そうか。どうして、気付かなかったんだろう。 　カージュの胸元。そこには、確かに。時兎が、ぴったりと張り付いていたのだ。 　時兎を消滅させることができるのは、契約者のみ。自分ではどうすることもできないから、 　カージュは、ここへ来たのだろう。時兎を視認できるのに退治することができないだなんて、 　まるで、海斗たちに初めて会った、あの頃の自分を見ているようだ。 　そんなことを考えていると、カージュが、また俯いて。小さな声で、こう呟く。 「どうする？」 　どうする。それは、決断を迫る言葉。 　その言葉に対し、即座に抱いた想いは "ずるい" というもどかしさ。 　泣いてるくせに。震えてるくせに。怖くて仕方ないくせに。 　あなたは、言わないんだね。助けてくれとは、言わないんだね。 　時の秩序を乱す罪深き存在、クロノハッカー。宿敵とも言えるその存在を救うか否か。 　決断をこっちに委ねるだなんて、ずるい。心底、ずるい人だと、そう思った。 　クロノラビッツ - 使命と宿敵 - 　----------------------------------------------------------------------------- 　また、突然部屋にやってきた。 　いつものことだから、もう慣れたけれど。 　その日の訪問は、珍しく真っ当な方法。窓からではなく、きちんと扉から訪ねてきたのだ。 　違和感を覚えたのは、窓からの来訪に慣れすぎたせいだろうか。 …… いや、違う。 　いつもと明らかに雰囲気が違うのだ。ずっしりと重苦しい、威圧のような。 　そんな雰囲気を放たれては、こちらとしても警戒せざるをえない。 「用件は？」 　部屋には入れない。いや、正確に言うなれば、入れることができない。 　そんなに禍々しい雰囲気を纏ったまま、よくもまぁ、ここへ来れたものだ。 　警戒してくれと言っているようなもの。何が目的なんだ。いつも以上に目的が読めない。 　僅かに空いた扉の隙間。俯いたまま、ピクリとも動かない、クロノハッカー・カージュ。 　あと十秒だけ待つ。それでもし返事がなければ、見なかったことにして、扉を閉めよう。 　そう思った矢先のことだ。それまで微動だにしなかったカージュが、すっと顔を上げた。 「 …… え？」 　言葉を失ってしまうとは、まさにこのこと。 　今度は逆に、こっちが硬直してしまう。そりゃあ、誰だって驚くでしょう。 　だって、泣いてる。カージュが、ボロボロと涙を零すんだから。 　涙を見てしまったことで、それまでの警戒は薄れ、動揺へと変わった。 　罠かもしれない。そういう作戦かもしれない。そう思うところはあったけれど、 　次にカージュが放った一言で、その疑いすらも、どこかへと消え去ってしまう。 「記憶を喰われてる」 　カージュは、震えた声で、そう言った。 　そう言って、自分の胸元を、ぎゅっと押さえた。 　そこで、ようやく気付く。あぁ、そうか。どうして、気付かなかったんだろう。 　カージュの胸元。そこには、確かに。時兎が、ぴったりと張り付いていたのだ。 　時兎を消滅させることができるのは、契約者のみ。自分ではどうすることもできないから、 　カージュは、ここへ来たのだろう。時兎を視認できるのに退治することができないだなんて、 　まるで、海斗たちに初めて会った、あの頃の自分を見ているようだ。 　そんなことを考えていると、カージュが、また俯いて。小さな声で、こう呟く。 「どうする？」 　どうする。それは、決断を迫る言葉。 　その言葉に対し、即座に抱いた想いは "ずるい" というもどかしさ。 　泣いてるくせに。震えてるくせに。怖くて仕方ないくせに。 　あなたは、言わないんだね。助けてくれとは、言わないんだね。 　時の秩序を乱す罪深き存在、クロノハッカー。宿敵とも言えるその存在を救うか否か。 　決断をこっちに委ねるだなんて、ずるい。心底、ずるい人だと、そう思った。 　----------------------------------------------------------------------------- 「ん〜。でもまぁ、とりあえず、偉いねって褒めてあげるよ」 　にこりと微笑み、カージュの頭を撫でた慎。 　子供をあやすかのようなその対応に、カージュは涙を零しながらも、むっとした表情をみせた。 　偉いっていうのは、窓からじゃなく、ちゃんと玄関から、扉からおじゃましますって入ってきたことについての称賛。 　近所の目もあるし、できれば窓から入ってくるのはやめて欲しいんだけど〜と、慎は何度もカージュに伝えていた。 　まぁ、今回、カージュがこうして正しく来訪してきたことは、そのお願いを聞き入れたというわけではなく、 　困惑しているがゆえ、思わず …… といった感じなのだろうとは思うが。 　むっとしている表情のカージュを見やり、慎は、クスクス笑いながら、そのまま、右手を下に下ろしていく。 　そして、胸元、寄生している時兎のところまで右手を下ろしたら、そこで一旦停止し、スッと目を閉じる。 　マスターとの契約により、時の契約者、その一人となった慎は、時兎を消滅させることが可能な能力を得ている。 　だが、こうして直接触れてみても、その感触がないことに変わりはない。 　見たところ、時兎がカージュに寄生して、およそ五時間程度といったところか。 　時兎が張り付いているところ、カージュの衣服は、ナイフか何かで裂かれたような痕が残っている。 　おそらく、何とかしようと、何とかできないだろうかと、カージュは、焦りながらも、あれこれと試したのではないかと思われる。 　まぁ、時兎を消滅させることができるのは契約者のみであり、権利を持たぬものがどれほど足掻いても無意味なのだが。 　困り果てた挙句、ここに来るなんて。何だかんだで信用されちゃってるってことなのかな。 　クスクス笑いながら、慎は、カージュに寄生した時兎を、その右手で切り取った。 　物質や概念を "消す" 能力。 　慎の身体に備わっているその能力は、時兎にも有効である。※契約済みであることが条件として含まれるが 　何の音もなく、ふっと消えた時兎。 　いとも容易く救われた、その状況に、カージュは目を丸くした。 　契約者にしか消せないということは、随分昔から知り得ていることだが、 　こんなにもあっさりと消す様を間近で見たのは初めてのこと。 　カージュは、慎の右手をじっと見つめ、小さな声で呟いた。 「 …… ほんとに、契約者になったんだな」 　わかっていたことだけれど、こうして目の前で時兎を処理されて、更にその事実を実感することになったカージュ。 　カージュは、慎の右手を見つめたまま、続けて尋ねようとした。どうして、救ってくれたのかと。 　だが、カージュがその質問を口にするより先に、慎が、ケラッと笑い、言う。 「それとこれとは話が別だからねぇ〜」 　クロノハッカーが、敵対している相手だということは承知している。 　時を弄ぶ愚者。必要以上に関わるなと、仲間達からも、耳にタコができるくらい聞かされている。 　事実として、急に部屋を訪ねてきたり、いきなり襲いかかってきたり、意味のわからない要求をしてきたりと、 　クロノハッカーは、不可解かつ不審な言動が目立つ。だが、それとこれとは話が別。 　マスターとの契約時、クロノハッカーについての話は、ほんの少ししか聞かされなかった。 　そういう厄介な連中がいるから気をつけるようにとか、もしものときは、躊躇なく相手を始末しろだとか。 　もしも、クロノハッカーに時兎が寄生した場合、それを救うことを禁ずるだなんて話は、聞かされていない。 　だから、何の問題もない。慎は、そう判断したがゆえ、躊躇うことなく時兎を消滅させた。 　責められる筋合いはない。もしも責められようものなら、はっきり言い返してやる。 　マスター、そんなこと言ってなかったじゃん、って。 　今更、契約内容を上書きするなんて、大人としてどうかと思うよ、って。 　つまり、慎は、これっぽっちも悩まなかったということ。 　カージュを、クロノハッカーを救うことにおいて、どうしようだなんて、これっぽっちも思わなかったということ。 　悩むことも躊躇うこともなかったのに、どうしてカージュを "ずるい" と思ったのかという点については ―― 　ピロリーン ―― 「あっ」 「うわっ。すごい綺麗に撮れた！」 　ケラケラ笑いながら、嬉しそうにはしゃぐ慎。 　そんな慎の手には、携帯電話が握られている。 　先程の音は、携帯電話のカメラ機能を使い、写真を撮ったときに発せられる音。 　要するに、慎は、カージュを写真に収めたのだ。カージュの泣き顔を、写真に収めたのだ。 「ちょ、お前、何やってんの」 「あっははは。保存しておかないとねぇ〜」 「消せ！　今すぐ消せ！　おい、聞いてんのか、慎っ」 　ずるいと思った、その一番の理由は、これ。この泣き顔。この涙。 　いつもは、海斗とおんなじように、な〜んにも考えてないって感じで自由奔放にふるまうくせに、 　こんなときだけ、こんなに脆い部分を見せてくるんだもん。作戦なんだろうけどね、ずるいと思うよ。 　女の子に限らず、男にとっても、涙ってのは強力な武器になるものだからねぇ。破壊力のそれは逸してるよ。 　ほんの少しだけ、普段はお目にかかれないカージュの涙というものに、翻弄されてしまったのも事実。 　笑ってはいたけれど、内心、慎は、すごく複雑な気持ちだった。 　どうしてなのか、それはわからないけれど、とてつもない罪悪感に苛まれたのだ。 　まるで、自分が泣かせてしまったかのような。そんな、ずっしりと重い罪悪感に駆られてしまったのだ。 　だからこその、仕返し。不可解な罪悪感を生んだ、その元凶を、こうして写真に収めて残しておく。 　そうだね、ある意味、記念のひとつ。翻弄記念。なんて、そんなの本当はいらないんだけど。 「ちょ、慎！　マジで。マジで勘弁して！」 「あんまり大きな声出さないでよ〜。近所迷惑だからさ〜」 　クスクス笑いながら、必死に携帯電話を奪おうとしてくるカージュをかわす慎。 　そんな、子供同士の喧嘩のような、悪戯のような遣り取りをする最中、慎は、またひとつ不思議な感覚を覚えた。 　気のせい …… ではないと思う。何だか、前にもこんなことがあったような。そんな気がする。 　ずっとずっと昔、気が遠くなるくらい昔。 　こうして、同じようにカージュをからかっていたような気がする。 　やめてよって、返してよって、必死に叫びながら追いかけてくるカージュの姿。 　そんなカージュに向けて、言った言葉があるような。何だっけ。何だっけ。何て言ったんだっけ。 　携帯電話を持ったまま逃げる慎は、笑いながらも、過去に言い放ったらしき言葉を思い出そうと必死だった。 　過去、本当に、今と同じシチュエーションを体感していたのかどうか、それはわからない。夢の中でのことかもしれないし。 　でも、やけに、引っかかる。確かに何か、カージュに対して言い放った言葉があると、そういう確信すらもあった。 　逃げながら考えること、三分間。 　せっかく泣きやんだのに、また泣きそうな顔をしつつ追いかけてくるカージュの顔を見て、慎は、ふと思い出す。 　そして、ようやく思い出せたその言葉を、確かめるかのように言い放った。 「 …… カージュは、ほんと、泣き虫だよね」 「うるさい！　いいから、それこっちによこせってば！」 　何ともいえぬ矛盾点。 　カージュの涙・泣き顔を初めて見たからこそ、写真に収めるという悪戯を仕掛けたのに。 　発した台詞は、その状況とかけ離れているではないか。今の台詞、今の言葉は、そうだ、まるで。 　カージュという人物が、本来、泣き虫であるというその本質を知り得ているかのような。 　いや、その本質を知っていなければ、言い放てない台詞なのでは ―― 　深夜二時。 　近所迷惑だというのに、どたばたと騒がしい部屋。 　慎は、言い放った言葉と、その彷彿、そして、明らかな矛盾点に、確かな違和感を覚えるのだった。 　----------------------------------------------------------------------------- 　The cast of this story 　６４０８ / 月代・慎 / １１歳 / 退魔師・タレント 　ＮＰＣ / カージュ / ？？歳 / クロノハッカー 　----------------------------------------------------------------------------- 　Thank you for playing. 　オーダー、ありがとうございました。