■クロノラビッツ - 使命と宿敵 -■
藤森イズノ |
【8273】【王林・慧魅璃】【学生】 |
また、突然部屋にやってきた。
いつものことだから、もう慣れたけれど。
その日の訪問は、珍しく真っ当な方法。窓からではなく、きちんと扉から訪ねてきたのだ。
違和感を覚えたのは、窓からの来訪に慣れすぎたせいだろうか。 …… いや、違う。
いつもと明らかに雰囲気が違うのだ。ずっしりと重苦しい、威圧のような。
そんな雰囲気を放たれては、こちらとしても警戒せざるをえない。
「用件は?」
部屋には入れない。いや、正確に言うなれば、入れることができない。
そんなに禍々しい雰囲気を纏ったまま、よくもまぁ、ここへ来れたものだ。
警戒してくれと言っているようなもの。何が目的なんだ。いつも以上に目的が読めない。
僅かに空いた扉の隙間。俯いたまま、ピクリとも動かない、クロノハッカー・カージュ。
あと十秒だけ待つ。それでもし返事がなければ、見なかったことにして、扉を閉めよう。
そう思った矢先のことだ。それまで微動だにしなかったカージュが、すっと顔を上げた。
「 …… え?」
言葉を失ってしまうとは、まさにこのこと。
今度は逆に、こっちが硬直してしまう。そりゃあ、誰だって驚くでしょう。
だって、泣いてる。カージュが、ボロボロと涙を零すんだから。
涙を見てしまったことで、それまでの警戒は薄れ、動揺へと変わった。
罠かもしれない。そういう作戦かもしれない。そう思うところはあったけれど、
次にカージュが放った一言で、その疑いすらも、どこかへと消え去ってしまう。
「記憶を喰われてる」
カージュは、震えた声で、そう言った。
そう言って、自分の胸元を、ぎゅっと押さえた。
そこで、ようやく気付く。あぁ、そうか。どうして、気付かなかったんだろう。
カージュの胸元。そこには、確かに。時兎が、ぴったりと張り付いていたのだ。
時兎を消滅させることができるのは、契約者のみ。自分ではどうすることもできないから、
カージュは、ここへ来たのだろう。時兎を視認できるのに退治することができないだなんて、
まるで、海斗たちに初めて会った、あの頃の自分を見ているようだ。
そんなことを考えていると、カージュが、また俯いて。小さな声で、こう呟く。
「どうする?」
どうする。それは、決断を迫る言葉。
その言葉に対し、即座に抱いた想いは "ずるい" というもどかしさ。
泣いてるくせに。震えてるくせに。怖くて仕方ないくせに。
あなたは、言わないんだね。助けてくれとは、言わないんだね。
時の秩序を乱す罪深き存在、クロノハッカー。宿敵とも言えるその存在を救うか否か。
決断をこっちに委ねるだなんて、ずるい。心底、ずるい人だと、そう思った。
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クロノラビッツ - 使命と宿敵 -
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また、突然部屋にやってきた。
いつものことだから、もう慣れたけれど。
その日の訪問は、珍しく真っ当な方法。窓からではなく、きちんと扉から訪ねてきたのだ。
違和感を覚えたのは、窓からの来訪に慣れすぎたせいだろうか。 …… いや、違う。
いつもと明らかに雰囲気が違うのだ。ずっしりと重苦しい、威圧のような。
そんな雰囲気を放たれては、こちらとしても警戒せざるをえない。
「用件は?」
部屋には入れない。いや、正確に言うなれば、入れることができない。
そんなに禍々しい雰囲気を纏ったまま、よくもまぁ、ここへ来れたものだ。
警戒してくれと言っているようなもの。何が目的なんだ。いつも以上に目的が読めない。
僅かに空いた扉の隙間。俯いたまま、ピクリとも動かない、クロノハッカー・カージュ。
あと十秒だけ待つ。それでもし返事がなければ、見なかったことにして、扉を閉めよう。
そう思った矢先のことだ。それまで微動だにしなかったカージュが、すっと顔を上げた。
「 …… え?」
言葉を失ってしまうとは、まさにこのこと。
今度は逆に、こっちが硬直してしまう。そりゃあ、誰だって驚くでしょう。
だって、泣いてる。カージュが、ボロボロと涙を零すんだから。
涙を見てしまったことで、それまでの警戒は薄れ、動揺へと変わった。
罠かもしれない。そういう作戦かもしれない。そう思うところはあったけれど、
次にカージュが放った一言で、その疑いすらも、どこかへと消え去ってしまう。
「記憶を喰われてる」
カージュは、震えた声で、そう言った。
そう言って、自分の胸元を、ぎゅっと押さえた。
そこで、ようやく気付く。あぁ、そうか。どうして、気付かなかったんだろう。
カージュの胸元。そこには、確かに。時兎が、ぴったりと張り付いていたのだ。
時兎を消滅させることができるのは、契約者のみ。自分ではどうすることもできないから、
カージュは、ここへ来たのだろう。時兎を視認できるのに退治することができないだなんて、
まるで、海斗たちに初めて会った、あの頃の自分を見ているようだ。
そんなことを考えていると、カージュが、また俯いて。小さな声で、こう呟く。
「どうする?」
どうする。それは、決断を迫る言葉。
その言葉に対し、即座に抱いた想いは "ずるい" というもどかしさ。
泣いてるくせに。震えてるくせに。怖くて仕方ないくせに。
あなたは、言わないんだね。助けてくれとは、言わないんだね。
時の秩序を乱す罪深き存在、クロノハッカー。宿敵とも言えるその存在を救うか否か。
決断をこっちに委ねるだなんて、ずるい。心底、ずるい人だと、そう思った。
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どうするべきなのか。
決断を迫られ、慧魅璃は困惑していた。
あなたは敵なので、助けることはできません。だなんて、そんなのあんまりだ。
でも、契約者として、クロノハッカーを救って良いものなのか。みんなが傍にいれば助言を乞うのだけれど。
いつもは、何食わぬ顔で部屋に出入りし、特に何の意味もない話を一方的にしては、去っていくクセに。
カージュの涙もまた、慧魅璃の判断を鈍らせ、余計に困惑させてしまっている要因のひとつと言えるであろう。
涙ながら、直接 "助けてほしい" とは言わずも、慧魅璃をジッと見つめて返答を待つカージュ。
その目。その目に見つめられると、何が何だかわからなくなってしまう。
どうしてなのかはわからないのだけれど、ものすごく怖くなる。申し訳ないような、そんな気持ちになってしまう。
どうしたものかと沈黙を続けて、およそ五分。
ようやく気持ちが纏まりかけてきたというのに、そこで丁度、慧魅璃の身体に異変が起こる。
いや、異変と言っても決して悪い症状ではない。正確に言うなれば、それは "交代" というやつだ。
一日に何度か、慧魅璃の身体・心は、もうひとりの自分のものとなる。つまり、紅妃が表に出てくるのだ。
もうひとりの自分。内に眠る紅妃という存在が外に出ているとき、慧魅璃自身は、意識の奥で深い眠りにつく。
慧魅璃なのか、紅妃なのか、その判断は、両目の発色を見れば一目瞭然。
その名のとおり、紅妃の瞳は、炎 …… いや、滴り落ちる血液のような紅い色をしている。
慧魅璃から紅妃に変わったこと、カージュは、その変化にすぐさま気付いた。
そして、小さな声で呟く。口元をおさえ、ちょっぴり苦笑も浮かべながら。
「タイミング、悪いな …… 」
そうして呟くカージュを見て、紅妃は、しばらく沈黙すると、
腰元に手をやり、モデルさんのように綺麗な立ち方をしつつ、溜息混じりに呟き返した。
少しキツイ対応になるのは、相手がカージュだからということに他ならない。
「何の用だ?」
例えて言うなれば、彼女とお話していたところに、突然、彼女の親がやってきた感じ。
慧魅璃でありつつも慧魅璃ではない、紅妃状態の慧魅璃から、カージュは、ふいっと目を逸らす。
まるで、お前に用はないと。そう言うかのような、ちょいと生意気な態度。
紅妃は、肩を竦め、ふっと息を吐き落とした。
カージュの胸元で蠢いている時兎については、既に確認済み。
当然、紅妃は、どうするべきか、慧魅璃が悩んでいたことも知っている。
「ルーファ」
名前を呼び、パチンと指を弾く紅妃。
すると、腕輪から、これまた紅い両目をもつ青年が出現した。
綺麗な顔立ちこそしているものの、角や翼があることからわかるように、この青年も悪魔の一種だ。
グレムリンという悪魔に分類されるこの青年・ルーファは、黒い剣へと姿を変える能力を持っている。
武器と化し、慧魅璃を守る使命を担っているという点では、ほかの悪魔と何ら変わりない。
ルーファを呼びつけた紅妃は、目配せで合図を送り、彼を黒い剣へと変化させる。
時の秩序を乱す異端児も、この厄介な兎の前では無力か。
泣きながら助けを乞うなんて、らしくない真似。よっぽど焦っているようだな。
そんなに怖いか。記憶を失うことが。嫌なのか。慧魅璃との記憶・思い出の一切を失うことが。
「難儀なものだな」
ふっと笑い、黒い剣を構える紅妃。
重ね重ねになるが、いま現在、ここにいる慧魅璃は、慧魅璃ではなく紅妃だ。
慧魅璃であることに変わりはないが、慧魅璃本体とはまったく別の意思を持つ存在。
別人であるということに加え、紅妃をはじめ、魔界の住人・悪魔たちは、カージュを嫌っている。
カージュだけじゃなし、クロノハッカーという存在、その全員を悪魔たちは嫌っているのだが、
中でもカージュは特に嫌われている。その理由は、言わずもがな。最も慧魅璃に近しい危険人物だからである。
自分が、慧魅璃の従える悪魔たちに嫌われていることは、カージュも気付いている。というか、気付かないほうがおかしい。
だからこそ、カージュは身構えた。その黒い剣で、ひとおもいに殺ってしまうつもりなのだろうと、そう思ったから。
だが、実際の対応は。紅妃が、身構えるカージュにとった行動は、まったく別のものだった。
斬りつけたことに間違いはないのだが、斬りおとしたのは、時兎のみ。
マスターと契約を締結し、時の契約者の一人となった慧魅璃(悪魔たちも含む)には、時兎を消滅させる能力が備わっている。
どんな武器を用いても触れることすら叶わないはずなのに、あっさりと、剣で斬りおとせたことが、その何よりの証拠。
一刀両断され、引きはがされた時兎は、ぼそりと音を立てて床に落ちる。※そういう音が聞こえるのも契約者である証拠のひとつ
もぞもぞしながら、ゆっくりと煙となって消えていく時兎を、じっと見つめる紅妃。
予想に反する行動に、カージュは驚きを隠せない様子だ。
「勘違いするなよ。俺は …… 俺達は許した訳じゃねぇんだ。 …… ま、慧魅璃は許しているがな」
どうして助けてくれたのかと、カージュが尋ねるより先に、紅妃が忠告を飛ばす。
いなくなったわけじゃないけれど、事実として、いま現在、慧魅璃そのものはここにいない。
慧魅璃が何を考えているか、どんな体験を経たか、紅妃をはじめ、悪魔たちは全てを知りえているが、
逆の立場、慧魅璃は、紅妃が表に出ている間の記憶が一切ない。
何となく覚えている程度ならば、もしかするとあるかもしれないが、全てを鮮明に覚えているということはない。
つまり、闇に乗じるかのように、紅妃の判断から、この場でカージュを亡き者にすることは容易い。
気持ちの面で言うなれば、そうしたかったというのが本音だったりもする。
なぜならば、紅妃・悪魔たちは、覚えているから。
カージュ等、クロノハッカーが、過去に慧魅璃を一度殺めたという、その事実をはっきりと覚えているから。
すぐにでも消し去りたいほど憎いカージュを救ったのは、そういう怒りを、慧魅璃が相殺してくれたからである。
紅妃が表に出る前、交代の時間を迎えるほんの少し前、慧魅璃は、気持ちの整理をつけつつあった。
敵であることに変わりはないが、見捨てて良い理由にはならない。
慧魅璃はそう思い、カージュを救う決断を下そうとしていたのだ。
その想いを知っているからこそ、紅妃は、自制した。
自分たちの判断や怒りのみでカージュを殺めてしまっては、慧魅璃が悲しんでしまうだろうから、と。
ツバを吐きかけ、二度と来るなと追い出したい気持ちは山々だが、悪魔たちは、従者という立場にある。
主人である慧魅璃の意にそぐわぬ言動は、決してあってはならない。
少し意外かもしれないが、悪魔も、約束や契りを厳守する気持ちを持ち合わせているのだ。
まぁ、誰に対してもというわけではなく、彼らの場合は、慧魅璃との契り、慧魅璃が定めるルールのみではあるが。
ありがとうとか、助かったとか。
本来言うべき感謝の言葉すら、カージュは何ひとつ残さぬまま、逃げるようにその場を去った。
だが、そんなカージュの態度に、紅妃ら、悪魔たちが苛立ちを覚えることはない。
むしろ、早々に立ち去ってくれてありがたいと、そう思っている。
ありがとうだなんて言われたら、感謝なんぞされようものなら、逆上してしまいかねないから。
慧魅璃が悲しむとかそんなの関係なしに、悪魔本来の卑劣さや残虐さ、本能のままに、カージュを惨殺していたかもしれないから。
「連絡だけは、入れておいたほうが良いな」
カージュが立ち去った後、紅妃は、すぐさま扉を閉めて鍵をかけ、
スタスタと部屋の中へと戻ると、ベッドの上に置かれていた慧魅璃の携帯電話を手に取った。
クロノハッカーが一人、慧魅璃の部屋を訪ねてきた。もう既に立ち去りはしたが、警戒すべきであろうとだけ。
カージュが時兎に寄生されていた事実や、それを救ったことに関しては一切触れない。ただ、訪ねてきたとだけ。
本当は言いたいけれど、言うべきではないと思うから。慧魅璃も、こうしたであろうから。余計はことは言わない。
ピリリリリリリリ ――
プツッ ――
『あいよー。こちら、天下無敵の海斗様ー。ご注文をどーぞー』
「 …… 実に下らぬ茶番だ」
『んあっ? あっ。あー。慧魅璃じゃないほうの慧魅璃か』
「そうだ。連絡したいことがあってな。いま、少し時間を取れるか?」
『いーよー。暇だったしー。つかさ、お前さ、茶番とか言うなよ。ノリ悪いな、マジで』
「つい先ほどのことなのだが」
『うん。って、シカト? ねぇ、シカト?』
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The cast of this story
8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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