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■クロノラビッツ - 使命と宿敵 -■

藤森イズノ
【8300】【七海・露希】【旅人・学生】
 また、突然部屋にやってきた。
 いつものことだから、もう慣れたけれど。
 その日の訪問は、珍しく真っ当な方法。窓からではなく、きちんと扉から訪ねてきたのだ。
 違和感を覚えたのは、窓からの来訪に慣れすぎたせいだろうか。 …… いや、違う。
 いつもと明らかに雰囲気が違うのだ。ずっしりと重苦しい、威圧のような。
 そんな雰囲気を放たれては、こちらとしても警戒せざるをえない。
「用件は?」
 部屋には入れない。いや、正確に言うなれば、入れることができない。
 そんなに禍々しい雰囲気を纏ったまま、よくもまぁ、ここへ来れたものだ。
 警戒してくれと言っているようなもの。何が目的なんだ。いつも以上に目的が読めない。
 僅かに空いた扉の隙間。俯いたまま、ピクリとも動かない、クロノハッカー・カージュ。
 あと十秒だけ待つ。それでもし返事がなければ、見なかったことにして、扉を閉めよう。
 そう思った矢先のことだ。それまで微動だにしなかったカージュが、すっと顔を上げた。
「 …… え?」
 言葉を失ってしまうとは、まさにこのこと。
 今度は逆に、こっちが硬直してしまう。そりゃあ、誰だって驚くでしょう。
 だって、泣いてる。カージュが、ボロボロと涙を零すんだから。
 涙を見てしまったことで、それまでの警戒は薄れ、動揺へと変わった。
 罠かもしれない。そういう作戦かもしれない。そう思うところはあったけれど、
 次にカージュが放った一言で、その疑いすらも、どこかへと消え去ってしまう。
「記憶を喰われてる」
 カージュは、震えた声で、そう言った。
 そう言って、自分の胸元を、ぎゅっと押さえた。
 そこで、ようやく気付く。あぁ、そうか。どうして、気付かなかったんだろう。
 カージュの胸元。そこには、確かに。時兎が、ぴったりと張り付いていたのだ。
 時兎を消滅させることができるのは、契約者のみ。自分ではどうすることもできないから、
 カージュは、ここへ来たのだろう。時兎を視認できるのに退治することができないだなんて、
 まるで、海斗たちに初めて会った、あの頃の自分を見ているようだ。
 そんなことを考えていると、カージュが、また俯いて。小さな声で、こう呟く。
「どうする?」
 どうする。それは、決断を迫る言葉。
 その言葉に対し、即座に抱いた想いは "ずるい" というもどかしさ。
 泣いてるくせに。震えてるくせに。怖くて仕方ないくせに。
 あなたは、言わないんだね。助けてくれとは、言わないんだね。
 時の秩序を乱す罪深き存在、クロノハッカー。宿敵とも言えるその存在を救うか否か。
 決断をこっちに委ねるだなんて、ずるい。心底、ずるい人だと、そう思った。
 クロノラビッツ - 使命と宿敵 -

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 また、突然部屋にやってきた。
 いつものことだから、もう慣れたけれど。
 その日の訪問は、珍しく真っ当な方法。窓からではなく、きちんと扉から訪ねてきたのだ。
 違和感を覚えたのは、窓からの来訪に慣れすぎたせいだろうか。 …… いや、違う。
 いつもと明らかに雰囲気が違うのだ。ずっしりと重苦しい、威圧のような。
 そんな雰囲気を放たれては、こちらとしても警戒せざるをえない。
「用件は?」
 部屋には入れない。いや、正確に言うなれば、入れることができない。
 そんなに禍々しい雰囲気を纏ったまま、よくもまぁ、ここへ来れたものだ。
 警戒してくれと言っているようなもの。何が目的なんだ。いつも以上に目的が読めない。
 僅かに空いた扉の隙間。俯いたまま、ピクリとも動かない、クロノハッカー・カージュ。
 あと十秒だけ待つ。それでもし返事がなければ、見なかったことにして、扉を閉めよう。
 そう思った矢先のことだ。それまで微動だにしなかったカージュが、すっと顔を上げた。
「 …… え?」
 言葉を失ってしまうとは、まさにこのこと。
 今度は逆に、こっちが硬直してしまう。そりゃあ、誰だって驚くでしょう。
 だって、泣いてる。カージュが、ボロボロと涙を零すんだから。
 涙を見てしまったことで、それまでの警戒は薄れ、動揺へと変わった。
 罠かもしれない。そういう作戦かもしれない。そう思うところはあったけれど、
 次にカージュが放った一言で、その疑いすらも、どこかへと消え去ってしまう。
「記憶を喰われてる」
 カージュは、震えた声で、そう言った。
 そう言って、自分の胸元を、ぎゅっと押さえた。
 そこで、ようやく気付く。あぁ、そうか。どうして、気付かなかったんだろう。
 カージュの胸元。そこには、確かに。時兎が、ぴったりと張り付いていたのだ。
 時兎を消滅させることができるのは、契約者のみ。自分ではどうすることもできないから、
 カージュは、ここへ来たのだろう。時兎を視認できるのに退治することができないだなんて、
 まるで、海斗たちに初めて会った、あの頃の自分を見ているようだ。
 そんなことを考えていると、カージュが、また俯いて。小さな声で、こう呟く。
「どうする?」
 どうする。それは、決断を迫る言葉。
 その言葉に対し、即座に抱いた想いは "ずるい" というもどかしさ。
 泣いてるくせに。震えてるくせに。怖くて仕方ないくせに。
 あなたは、言わないんだね。助けてくれとは、言わないんだね。
 時の秩序を乱す罪深き存在、クロノハッカー。宿敵とも言えるその存在を救うか否か。
 決断をこっちに委ねるだなんて、ずるい。心底、ずるい人だと、そう思った。

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 どのくらい、沈黙が続いただろうか。
 ポロポロと涙を零すカージュと、それをじっと見つめている乃愛。
 いつまでも部外者が廊下にいては、後で先輩や先生に叱られてしまうからと、乃愛は、ひとまずカージュを部屋に入れた。
 だが、本当に入室させただけであって、それ以上の進展はない。ただ、じっと、カージュを見つめているだけ。
 今夜は紅い月が出ている。こんな夜は、不思議と心と身体のバランスが少しばかり崩れてしまう。
 自然と露わになる狼の耳と尻尾。けれど、興奮状態というわけでもない。ただ少し、少しだけ、均衡が保てないだけ。
 クロノハッカーであるカージュが訪ねてきたことについて、多少の警戒はしているものの、襲いかかるような真似はしない。
 それに、こうして目の前で泣かれては、そんな気も失せる。
 らしくないといえばそれまで。
 でも、どこか、戸惑いのようなものが、心のどこかにあった。
 カージュだからというわけではなく、ただ単に、乃愛は、人の涙を見るのが苦手なだけ。
 どうしてなのかわからないけれど、つられて泣きそうになってしまうから。
「お姉ちゃん? どしたの …… ?」
「!」
 背後から声をかけられ、ハッと我に返る。
 振り返ればそこには、眠たそうな顔で、ごしごしと目をこする露希の姿。
 どうやら、自室のベッドで眠っていたところ、異変を感じ取り目を覚ましてしまったようだ。
 乃愛は、目をこする露希に歩み寄り、優しく頭を撫でた。起こしてごめんね、と言いながら。
 そんな乃愛の優しさに、ふにゃりと可愛らしく笑う露希だったが、その後すぐに、しかめっ面を浮かべる。
 ここにいるはずのない人物。いてはいけない人物。すぐにでも追い出したい人物、カージュがそこにいたからだ。
 カージュの姿を確認するやいなや、即座にバチッと目を覚ました露希は、大きく目を見開き、ワザとらしく、こう言った。
「あっれれぇ〜? こんな遅くに、何の用〜?」
 露希は、すぐに気付いた。カージュの胸元でうごめく時兎。併せて、どういう状況であるかということも。
 全てを察した上で意地悪に振る舞う一番の理由は、不愉快・怒り、そういう感情にある。
 露希は、乃愛から全て聞かされているので、カージュが普段、窓から部屋に入ってくることを知っている。
 自分が留守にしているとき、乃愛が一人で部屋にいるときばかりを狙っているかのようで、ひとつ、不愉快。
 そして、一ヵ月ほど前、乃愛がカージュに "噛まれた" ことを思い出して、またひとつ、不愉快。
 カージュが、乃愛に想いを寄せているであろうことは、普段の行動から丸わかりだ。
 だからこそ、露希は、カージュを嫌う。
 大丈夫だと、今すぐ危害を加えてきたりはしないと、乃愛はいつもそう言うけれど、露希は、納得できずにいた。
 自分がいない時ばかりを狙って部屋に来ては乃愛に近づく、カージュの、そういうやり方が気に入らない。
 まぁ、今日に限っては、乃愛一人じゃなく、露希も部屋にいる状態なのだが、それがまた、露希を不愉快にさせている。
 だって、つまり、これは、焦っているってことだから。
 時兎に寄生されて、どうしようもなくなって、助けを求めてきたってことだから。
 助けてもらえるなら、それでいい。露希の目に、今のカージュは、そのように映っている。
 露希の意地悪な質問に対し、カージュは、何も答えない。ただ、俯いて涙するばかり。
 普段は、こっちの都合なんてお構いなしで、好き勝手やるくせに、こんなときだけしおらしくするんだ?
 言えばいいのに。いつもみたく傲慢に、困ってるんだ、助けてくれよって、そう言えばいいのに。
 っていうか、何で泣いてるの? その涙の意味は? 怖いの? 寂しいの? 悔しいの? それとも?
 ちゃんと言ってくれなきゃ、わかんないんだよ? 泣いてるだけじゃ、なんにも伝わらないんだからさぁ。
 そうして肩を竦めて苦笑しながら言い、不快感をあらわにする露希に、乃愛は、うっすらと笑みを浮かべた。
「露希。どうしますか」
「ん〜? そうだなぁ〜 …… 」
 時兎が、カージュに寄生してどのくらいの時間が経過したのかはわからないが、早急に始末せねばならないのは確か。
 でも、はたして、救って良いものなのか。確かに寄生されているが、カージュは、クロノハッカー。いわば、敵だ。
 クロノハッカーが時兎に寄生された場合についてのことなんて、まったく聞かされていないけれど、
 時の秩序を護る契約者として、その安寧を害する天敵を救って良いものなのか。
 でも、時兎の厄介さは知り得ているから、このまま放っておくのも気が引ける。
 露希が起きてくるまで、乃愛は、じっとカージュを見つめながら、そんなことを考え悩んでいた。
 その決断が出ず、且つ未だに答えを見いだせずいるからこそ、乃愛は露希に、その決断を託したのだった。
 はたして、露希は、どんな決断を下すのか。
 露希もまた、乃愛と同じように、狼の耳と尻尾が露わになっている。
 興奮こそしていないものの、カージュの遠回しなやり方に苛立ちを覚えているのは確か。
 もしかすると、プツンと切れて襲いかかってしまい、そのまま、カージュを殺ってしまうかもしれない。
 乃愛は、そうなったときのことを考え、いつでも動けるよう身構えていた。さすがに、学生寮内での断末魔はマズイから、と。
 だが、決断を託して数秒後、露希は、悩む素振りも躊躇する様子もなく、あっさりと時兎を消してしまう。
 自らの意思で獣化した太い腕で、カージュの記憶を貪っていた時兎を、一瞬で引き裂いてしまったのだ。
 苛々するのは事実。でも、それとこれとは話が別。
 君のことが嫌いなので、助けません。だなんて、さすがにそこまで非情にはなれない。
 もしも今宵、夜空に浮かぶ月が三日月でなく満月だったら …… 意思とは裏腹に非情になっていたかもしれないけれど。
 それに、何も応えずただ泣いているだけ、そんなカージュの相手をすることに、露希は嫌悪感を抱いていた。
 ダラダラと長く話し込むことは出来る。良い機会だと言わんばかりに、あれこれ尋問したりも出来ただろう。
 でも、露希はそれを避けた。
 なぜなら、満月も何も関係なしに、カッとなってしまいそうな気がしたから。
 今ここで本能のままに自分が暴れてしまっては、何より誰より乃愛に迷惑をかけてしまう。
 そう思った露希は、さっさと要望を叶えてやり、カージュをこの場から追い出してしまおうと思ったのだ。
 露希によって引き裂かれ、音もなく煙となって消えていく時兎。
 時兎が消えたこと、自分が救われたことを理解したカージュは、お礼を述べようとした。
 だが、
 バタン ――
 ガチャッ ――
 カージュがありがとうを言うより先に、露希が扉を強引に閉めた。おまけに鍵までかけた。
 お礼を言う間もなく、文字通り閉めだされてしまったカージュ。
 だが、カージュは、敢えて何も言わず、言い返すことなく、ただ静かにその場を去る。
 そのとき、ようやく、カージュは気付いた。どうする? だなんて、相手に決断を委ねるなんて。
 記憶を失う恐怖に苛まれ、涙を零し、絶句するだなんて。なんて、自分らしくない真似をしてしまったんだろうか、と。

 *

「失うことが怖くて泣いちゃうくらい大事な記憶とか、あの人達にもあるんだね〜」
 クスクス笑いながら、ぐぐっと身体を伸ばし、テクテクと自分の部屋へ戻って行く露希。
 まるで、何事もなかったかのように、大きな欠伸をしながら歩いて行く露希に、乃愛はポツリと呟いた。
「 …… 私、まだ銃を使ったことがないんですけど」
 露希が、カージュを救うという決断を下した場合の考慮。
 藤二に貰ったものの、いまだに使用していない魂銃のレプリカを、乃愛は、ここで使おうと思っていた。
 いつでも使えるよう、常日頃から準備だけはしているのに。露希が、あっさりと引き裂いてしまったものだから、出番なし。
 いつも、こんな感じで使うタイミングを逃してしまう。いったい、いつになったら、この銃を使うことができるのか。
 せっかく貰ったのに、これじゃあ持ち腐れだと嘆く乃愛。そんな乃愛に、露希はケラケラ笑った。
「仕方ないよ。僕、めっちゃくちゃ機嫌悪かったし♪ っていうか、偉かったでしょ?」
 確かに、獣化した腕で、露希が "時兎だけ" を消したことは、褒めてあげるべきだとは思う。
 極度の動揺により、無防備だったカージュ。露希がその気になれば、片腕だけで亡き者にできてしまったはず。
 まぁ …… カージュの要望も叶ったことだし、結果的に何事もなく済んだだけでも良しとするか。
「お姉ちゃん、一緒に寝ようよ〜」
 ベッドにコロンと寝転がり、手足をバタバタさせながらおねだりする露希。
 乃愛は、ふぅとひとつ息を吐き落とすと、優しい笑顔を浮かべて、露希のおねだりに応じてあげた。
 露希は寝相が悪いから、ちょっと嫌なんだけどね、などと少し意地悪なことを言いつつ歩み寄る乃愛。
 と、そこで、何を思ったのか、突然、ガバッと露希が起き上がる。
「ん、どうしたです?」
 キョトンとした表情で首を傾げる乃愛。
 露希は、にんまり笑ってスッと腕を伸ばし、指先で乃愛の耳に触れた。
 カージュに噛まれた痕。うっすらとではあるものの、未だに残っているその傷を、露希は爪で引っ掻いた。
 手加減こそしているものの、その引っ掻きは、ピリッとした痛みを伴う。
 引っ掻かれた箇所に、じわりと血が滲む感覚を覚えた乃愛は、やれやれと肩を竦めて言った。
「痛いのですよ」
「へへへ〜。上書き〜」

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 The cast of this story
 8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
 8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生
 NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。