■クロノラビッツ - 時の舞踏会 -■
藤森イズノ |
【8295】【七海・乃愛】【学生】 |
梨乃に借りていた本を返しに時狭間へ。
その帰路、元の世界へ戻ろうと時の門に向かう最中、マスターに会った。
この広い時狭間で、偶然会うなんて珍しいですよねと言うと、
マスターは 「偶然ではない」 と、にっこり微笑んだ。
とある用件を伝えるため、待っていたらしい。
受け取ったカードは、舞踏会の招待状。
開催は明日の夜。まぁ、会場はここ、時狭間なので、実際は、昼も夜も関係ないが。
マスターは "時の舞踏会" と称して、不定期に、このイベントを催しているとのこと。
お客様として招かれるのは、あらゆる世界・空間で暮らしているマスターの知人ら、総勢三十名。
海斗を始め、時狭間で暮らしている者は、舞踏会の最中、彼等を "もてなす役目" を担うことになるらしい。
つまり、いくつかの段階を経て関係者になった自分にも、その知らせが届いたということだ。
(う〜ん、どうしようかな)
マスターに聞かされた説明を思い返しながら、
渡されたカードに視線を落とし、元の世界へ戻る。
どうやら、明日は "正装" してこなければならないらしい。
まぁ、正装の定義は曖昧で、自分がそう思う服装であれば良いらしいけど。
マスターの知人が集まるというならば、さすがに、すっとんきょうな服装では来れない。
それから、もうひとつ。舞踏会に招かれた "お客さん" に対して、もてなす立場である自分達は、
必ず、一人につきひとつの出し物(プログラム)を披露し、彼等を楽しませねばならないらしい。
しかも "氷 および 雪を使った出し物" じゃないと駄目という制限つき。
氷や雪は、マスターが事前に用意してくれるそうだが …… う〜ん。
服装と出し物。どうしようかなぁ …… 。
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クロノラビッツ - 時の舞踏会 -
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梨乃に借りていた本を返しに時狭間へ。
その帰路、元の世界へ戻ろうと時の門に向かう最中、マスターに会った。
この広い時狭間で、偶然会うなんて珍しいですよねと言うと、
マスターは 「偶然ではない」 と、にっこり微笑んだ。
とある用件を伝えるため、待っていたらしい。
受け取ったカードは、舞踏会の招待状。
開催は明日の夜。まぁ、会場はここ、時狭間なので、実際は、昼も夜も関係ないが。
マスターは "時の舞踏会" と称して、不定期に、このイベントを催しているとのこと。
お客様として招かれるのは、あらゆる世界・空間で暮らしているマスターの知人ら、総勢三十名。
海斗を始め、時狭間で暮らしている者は、舞踏会の最中、彼等を "もてなす役目" を担うことになるらしい。
つまり、いくつかの段階を経て関係者になった自分にも、その知らせが届いたということだ。
(う〜ん、どうしようかな)
マスターに聞かされた説明を思い返しながら、
渡されたカードに視線を落とし、元の世界へ戻る。
どうやら、明日は "正装" してこなければならないらしい。
まぁ、正装の定義は曖昧で、自分がそう思う服装であれば良いらしいけど。
マスターの知人が集まるというならば、さすがに、すっとんきょうな服装では来れない。
それから、もうひとつ。舞踏会に招かれた "お客さん" に対して、もてなす立場である自分達は、
必ず、一人につきひとつの出し物(プログラム)を披露し、彼等を楽しませねばならないらしい。
しかも "氷 および 雪を使った出し物" じゃないと駄目という制限つき。
氷や雪は、マスターが事前に用意してくれるそうだが …… う〜ん。
服装と出し物。どうしようかなぁ …… 。
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時の舞踏会、開催日当日。
居住区からさほど離れていない位置にあるパーティ用スペースに大勢の人。
時狭間は特別な場所。関係者でない限り、普段は決して訪れることができない。
だから、不思議な感じがした。乃愛と露希は、会場の隅にあるソファに並んで座り、にこにこと微笑む。
時狭間という特異な場所に、こんなにも多くの人が集結する光景を見るのが初めてな二人は、自然と心が躍る。
イベントとかお祭りとか、大勢の人が集まり、全員で何かを成すという、そういう賑やかな場所を、乃愛と露希は好む。
一人、部屋でゆっくり読書に耽ったりお昼寝したりするのも好きだけど、やっぱり、こういうイベントはウキウキする。
会場を訪れる人は、みな、マスターの知人。あらゆる世界から訪れるそのお客さんたちは、実に個性的だ。
「ね、お姉ちゃん。あの人、どっかで見たことな〜い?」
「う〜ん …… そう言われると、そんな気もしてくるのですよ」
「あっ、お姉ちゃん。見て見て! あの人が連れてる猫、可愛いね〜!」
「随分と大きな猫さんなのですよ」
会場に訪れているお客さんたちを見ながら、キャッキャと楽しそうにはしゃぐ露希。
そんな露希の隣で、乃愛は、桃色のジュースを口に運びながら、笑顔で相槌を打っている。
本日の二人の服装は、揃って黒いスーツ。チェス駒のクイーンとナイトが小さく刺繍されたそれを、二人は纏っている。
髪型も、今日は同じ。長く綺麗な髪を一つに纏めて編んでいる。すぐに解けてしまいそうなくらい緩い三つ編みがまた、おしゃれ。
この服装は、彼等が "正装" だと認識しているものであり、学校行事のときなど、大事な催し物のとき、彼等は、いつもこの服を纏う。
だからというわけでもなさそうではあるが、今日の乃愛と露希は、やたらと姿勢が良い。
有事のときに纏う服だからこそ、気持ちがぴしっとしているのだろう。
「乃愛、露希」
会場の隅っこで待機していた二人に歩み寄り、笑顔で声をかけたのは、マスター。
いつもと同じ漆黒のローブで何の変わり映えもしないかのように思えるマスターだが、今日は持っている杖の形状が異なる。
傍にいる紫色の猫、シャトウも、今日は蝶ネクタイのような首輪を着けており、とっても可愛らしい。
「準備は良いかね」
にこりと微笑み、二人に確認するマスター。
乃愛と露希は顔を見合わせ、揃ってコクリと頷き、席を立つ。
お客様をもてなす、とっておきの御奉仕。時の契約者に課せられた本日の大仕事。
乃愛と露希が、会場の中央に移動すると、それまで談笑していたお客さんたちが一斉に二人へ視線を送る。
他の仲間、海斗や梨乃が行った出し物は、どれも美しく、それでいてワクワクする、とっても素敵な出し物ばかりだった。
会場の隅から見ていたこともあり、お客さんたちが湧きたつ様、その全体を見渡すこともできた。
他の仲間が大成功を収めている以上、自分達もそうありたいと思うのは当然のこと。
「うまくいくかな〜」
会場の中央部には、マスターが用意した巨大な氷塊が置かれている。
露希は、その氷塊をペチペチと叩きながらポツリと、そんなことを呟いた。
「露希。始めましょう」
両手をそっと合わせ、目を閉じて言う乃愛。
その言葉を合図に、露希は、どこからか出現させた白いクラリネットで音楽を奏で始める。
寂しがりやのライオンさん。あなたは、どうして、孤独を好む?
余計なお世話さキリンさん。群れたところで何になる?
その掛け合いから始まる物語。
孤独こそが幸せだと唱えるライオンと、そんなの嘘だと異を唱えるキリン。
これは、乃愛と露希が幼い頃、二人で作った物語。故郷を失い、行くあてもなく彷徨っていた頃に出来た物語。
露希がクラリネットで優しい音を奏でると、その音に導かれるようにして、氷塊が静かに割れていく。
割れ落ちる氷の破片は、地面に到達する寸前で動物の姿へと形を変え、ふわりと宙を舞う。
物語の主人公であるライオンとキリン。そして、森で暮らす他の動物達。
氷で生成されたキャストは、まるで、本当に生きているかのように、ふわりふわりと宙を舞いながら演じる。
露希が奏でる音楽、そして、踊る氷の動物達の動きに併せ、物語るのは乃愛の役目。
透き通った綺麗な声を音楽に乗せて語る乃愛は、聖母のごとく柔らかな笑みを浮かべていた。
ひとりぼっちが幸せだなんて、そんなのウソだ。それを幸せだと思っているのなら、僕らが教えてあげる。
あなたが間違っていること、本当の幸せ、そのありかたを、僕らが教えてあげる。
物語の中、おせっかいなキリンは、他の動物達を呼びよせて、ライオンに幸せの定義を説く。
プライドの高いライオンは、そっぽを向いて聞かぬフリ。いいから放っておいてくれと、キリンたちを突っぱねる。
その実は意地っ張りで、本当は、みんなと一緒に遊びたい。だから、ライオンは、そっぽを向きながらも、耳を塞ぐことはしなかった。
本当は、本当は嬉しくてたまらない。みんなが来てくれたこと、一緒に遊ぼうよと言ってくれたことが、嬉しくてたまらない。
ずっとずっと、遠くから見ていた。みんなが仲良く楽しそうにお話している光景を。
本当は、俺も仲間に入れてくれって、そう言いたくて仕方なかったんだ。
キリンたちは、ライオンの本当の気持ちを知っている。というか、バレバレだった。
いつもいつも、遠くからこっちを見ているライオンに、森の仲間達全員が気付いていたから。
本人は上手に隠れているつもりだったんだろうけれど、大きなライオンは大きなたてがみを隠し切れていなかった。
キリンたちは、待っていた。ライオンが、一緒に遊ぼう、仲間に入れてくれと、そう言ってくることを。
でも、いつまでたっても来ない。陰からこっそりと眺めるばかりで、寄ってこない。
キリンたちは、ふと気付いた。それならば、こっちが歩み寄れば良いじゃないか、と。
誰よりも寂しがりやで、誰よりも意地っ張りで、誰よりも恥ずかしがりやなライオンさん。
キリンさんたち、森の仲間は、そんなライオンさんに手を差し伸べた。
意地っ張りだから、なかなか、手を取ってはくれないけれど、もう知らない、だなんて絶対に言わない。
こっちを向いてくれるまで、素直になってくれるまで、ずっとずっと、傍にいる。
夜がきて朝になって、また夜になっても。ずっとずっと、傍にいる。だって僕らは、仲間だから。
素直になれないライオン、その頑なな心を解こうと手を差し伸べるキリンと森の仲間達。
どういう経緯で、乃愛と露希が、この物語を作ったのか、その真相は不明だが、
おそらく、これは、当時の二人の心にあった不安が形になったものなのではないかと思われる。
失ったものが多すぎて、どこへ行けばいいのか、何をすればいいのか、何ひとつわからない状況だったからこそ、
乃愛と露希は、無意識のうちに求め望んでしまっていたのだろう。誰かが手を差し伸べてくれやしないかと。
事実、二人のその望みは、この物語が完成した三日後に叶い、現実となったわけだが。
氷と音楽による、心温まる物語。
露希が演奏を終え、乃愛が閉じていた目をスッと開く。
それとほぼ同時に、会場にいたお客様たちから、二人へ盛大な拍手が贈られた。
お客様たちは、みな、大満足といった様子で拍手しているが、中には、涙を零している人もいる。
乃愛と露希は、揃ってペコリとお辞儀をし、仲良く手を繋いで、再び会場隅のソファへと戻って行った。
その最中、すれちがいざま。マスターが優しく微笑んで、乃愛と露希の頭を、そっと撫でやる。
言葉こそなかったものの、その優しい撫で方には "ありがとう" の気持ちが溢れていた。
これにて、契約者全員の出し物が終了。
結果としてトリを飾ることになった乃愛と露希だったが、大成功の形で幕を閉じる。
二人が作り上げた雰囲気によって、会場は、更に盛り上がりをみせ、より一層、賑やかになった。
「うまくいったね、お姉ちゃん!」
「一安心なのですよ」
会場の隅、再びソファに並んで座り、フゥと一息つく乃愛と露希。
そんな二人のもと、パチパチと拍手しながら歩み寄ってくるのは、海斗と梨乃。
お疲れ様と労う海斗と梨乃に、乃愛と露希は、揃ってニコリと可愛らしい笑顔を返す。
梨乃いわく、海斗は、ポカーンとしたマヌケな顔で、乃愛と露希の演目に釘付けになっていたらしいが、
終盤に差し掛かった頃には、うっすらと目に涙を浮かべていたりもしたそうだ。
泣いてねーよ! と海斗は否定するも、あまりにもムキになって否定するものだから、逆効果。
乃愛と露希は、海斗と梨乃のそんな遣り取りを見やりつつ、クスクス笑っていた。
実は、途中から感情がこもりすぎちゃって、ちょっとまずいかなと思っていた。
あの物語を作った、当時のことを思い出してしまって、ものすごく切ない気持ちになったんだ。
お客さんたちを楽しませることを目的としていたはずなのに、いつのまにか、自分達に気持ちを向けてた。
あの頃、孤独と不安に苛まれていた、あの頃の自分達を慰めるかのような、そんな気持ちになっちゃってた。
でも、それが逆に功を奏した …… のかな? まぁ、何にせよ、心に届いたようで何より。
少し複雑な気持ちは残るけど、成功したのは事実。マスターにも褒められた(撫でられた)し、結果オーライ。
そんなことを考えながらクスクス笑い、露希は、空になった乃愛のグラスにジュースを注いでやりながら言った。
「でもね〜、ロンね〜、ほんとは、海斗みたいに、炎の魔法を使って氷の形状を変えるっていうのをやりたかったんだ〜」
「ん? やれば良かったじゃん」
「できないのですよ。アンも露希も、ちょっと、最近、何かがおかしいのですよ」
「そういえば、露希くんも乃愛ちゃんも、最近、魔法を使わないよね?」
海斗と同じ、炎の魔法を扱えるものの、どうもうまくいかないらしい露希。
昨晩、乃愛と露希は、出し物を考えながら、このあたりについても、遅くまで長々と話し込んでいた。
氷の魔法を扱える乃愛が、氷を操る役目ではなく語り手に徹したのも、これが関与している。
露希だけじゃなく、乃愛もまた、いつもは難なく扱える氷の魔法が、どうもうまく発動しないのだ。
だからこそ、二人は、役割を分担して、今日のイベントに臨んだ。
本当は一人ずつ、魔法を使ったとっておきの出し物で魅せたかったのだが、できなかったのだ。
どうしてなのか、その理由はわからないが、近頃、乃愛と露希は、上手く魔法を扱うことができない。
それぞれが得意としているメインの能力だというのに、どうしてこんな事象が起きているのか。
不可解なその疑問を残したまま、今日という日を迎えたからこそ、乃愛と露希は、珍しく緊張していたのだ。
じゃなければ、うまくいくかなぁ、なんてことを、実は自信家な露希がポツリと呟くはずがない。
「よし、んじゃ、俺が色々指導してやんよ」
「ちょっと、海斗。あんた、自分が人に物を教えるの、どれだけ苦手かわかってる?」
「う〜ん。そうだねぇ、リーちゃんに教えてもらったほうがいい気がする〜」
「同感なのですよ。今回ばかりはフォローできないのですよ、海斗」
「くあっ! お前ら、失敬だぞ!」
あらゆる世界から時狭間へと招かれやってきた大勢のお客様。
本来は決して交わることのない、異なる世界に流れる、異なる世界の時間。
漆黒の時狭間、その彼方まで響く笑い声。巡る、巡る、あらゆるクロノ。
ちょっとばかし不可解な疑問、不可解な事象を残しつつ、
時の舞踏会は、その夜、遅くまで続いたのだった。
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The cast of this story
8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生
NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / 藤二 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / 千華 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / マスター / ??歳 / クロノ・グランデ(時の神)
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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