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■クロノラビッツ - 背に束縛 -■

藤森イズノ
【8273】【王林・慧魅璃】【学生】
 町へ買い物に出かけた、その帰り道での出来事。
 今回もまた、どこからともなく現れたクロノハッカー・カージュ。
 何なんだろう。本当に、この人は。突然、ぬっと現われるのは止めてもらいたい。びっくりするから。
 っていうか、何でいるの。もしかして、後を尾行てた? それって立派な犯罪行為なんですけど。
 やれやれと肩を竦め、溜息を吐き落としながら、スタスタと足早に先を急ぐ。
 どうせまた、今回も、しょうもない理由で訪ねてきたに違いない。
 暇だから相手してよとか、お腹すいたから何か食わせてとか、そんな感じだろう。
 と思っていたから、ケンケン文句を言いながら後をついてくるカージュを無視し続けて歩いた。
 でも、数秒後。無視するわけにはいかない、無視なんてできない、そんな状況へと追いやられてしまう。
(ん?)
 ピタリと足音が止んだ。
 諦めたのか。珍しいこともあるもんだな、なんて思いつつ、おもむろに振り返ってみる。
 すると、すぐ傍、至近距離にカージュが立っていて。思わず、びくっと肩を揺らしてしまう。
 カージュが、耳元で囁いたのは、肩を揺らしてしまった、その瞬間のことだった。
「背中の傷。まだ残ってるかどうか、確かめさせて欲しいんだけど」
 カージュは、そう囁いた。いつもと違う、優しく柔らかな声で。
 その言葉、声が頭に届き、認識した瞬間、背筋にツツーッと嫌な感覚が走る。
 背中の傷。確かに、それは在る。蜘蛛のような形をした奇妙な傷痕。
 いつどこで付いたのか、誰に付けられたのか、まったく思い出せない不可解な傷。
 どうして、それをカージュが知っているのだろう。自分ですら、気付いたのは、ごく最近だというのに。
「見ていい?」
 クスクス笑いながら、背中に触れようとしてくるカージュ。
 そこでハッと我に返る。すぐさま退いてキッと睨みつければ、カージュは、目を細めて苦笑い。
 威圧してみるものの、心はそれと裏腹に、ひどく揺らいでいた。
「来ないで」
「何だよー。物騒だなぁ」
 咄嗟に武器を構えてしまったのは、不可解な、その動揺を払おうとしたからなのかもしれない。
 クロノラビッツ - 背に束縛 -

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 町へ買い物に出かけた、その帰り道での出来事。
 今回もまた、どこからともなく現れたクロノハッカー・カージュ。
 何なんだろう。本当に、この人は。突然、ぬっと現われるのは止めてもらいたい。びっくりするから。
 っていうか、何でいるの。もしかして、後を尾行てた? それって立派な犯罪行為なんですけど。
 やれやれと肩を竦め、溜息を吐き落としながら、スタスタと足早に先を急ぐ。
 どうせまた、今回も、しょうもない理由で訪ねてきたに違いない。
 暇だから相手してよとか、お腹すいたから何か食わせてとか、そんな感じだろう。
 と思っていたから、ケンケン文句を言いながら後をついてくるカージュを無視し続けて歩いた。
 でも、数秒後。無視するわけにはいかない、無視なんてできない、そんな状況へと追いやられてしまう。
(ん?)
 ピタリと足音が止んだ。
 諦めたのか。珍しいこともあるもんだな、なんて思いつつ、おもむろに振り返ってみる。
 すると、すぐ傍、至近距離にカージュが立っていて。思わず、びくっと肩を揺らしてしまう。
 カージュが、耳元で囁いたのは、肩を揺らしてしまった、その瞬間のことだった。
「背中の傷。まだ残ってるかどうか、確かめさせて欲しいんだけど」
 カージュは、そう囁いた。いつもと違う、優しく柔らかな声で。
 その言葉、声が頭に届き、認識した瞬間、背筋にツツーッと嫌な感覚が走る。
 背中の傷。確かに、それは在る。蜘蛛のような形をした奇妙な傷痕。
 いつどこで付いたのか、誰に付けられたのか、まったく思い出せない不可解な傷。
 どうして、それをカージュが知っているのだろう。自分ですら、気付いたのは、ごく最近だというのに。
「見ていい?」
 クスクス笑いながら、背中に触れようとしてくるカージュ。
 そこでハッと我に返る。すぐさま退いてキッと睨みつければ、カージュは、目を細めて苦笑い。
 威圧してみるものの、心はそれと裏腹に、ひどく揺らいでいた。
「来ないで」
「何だよー。物騒だなぁ」
 咄嗟に武器を構えてしまったのは、不可解な、その動揺を払おうとしたからなのかもしれない。

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 慧魅璃の背には、その不可解な蜘蛛の形をした傷の他、もうひとつ、大きな傷がある。
 左肩のあたりから腰まで、斜めにばっさりと入っているその傷は、刃によって付けられた刀傷。
 蜘蛛の形をした傷が浮かびあがり、それに気付いたのはごく最近のことだが、この刀傷は、ずっと昔から確認している。
 みるみる青ざめていく慧魅璃の顔。その異変の要因は、カージュの発言に乗じるかのようにして頭をよぎった "過去" にある。
 今も残る刀傷。この傷、その罪を背に負うことになった、近しくも遠い過去。
 慧魅璃の動揺は、その過去彷彿によるところが大きい。
「来ないで。来ないで、来ないで …… !」
 慧魅璃は、ただ、ひたすらに拒み続けるばかりだ。
 カージュは、一歩も動いていない。僅かにもそれ以上距離を縮めようとはしていないのに、来るなと繰り返す。
 今、慧魅璃の目に映っているのは、カージュではなく、過去だ。決して忘れることのできない過去。
 あの日と同じ。来ないでと繰り返し、震えることしかできなかった、あの日と同じ感覚。
 もはや、慧魅璃は、カージュを認識することができない。
 目の前にいる人物が、カージュという人物であることを認識できない。
 サタと呼ばれる大鎌を出現させて構え、来るなと繰り返しながら威嚇しているのが、その証拠。
 焦点の定まらぬ目。泳ぐを通り越し、上下左右に揺れ踊る慧魅璃の目は、まるで生き物のようで、気味が悪い。
「いいね、その目。懐かしい」
 不敵な笑みを浮かべて、ポツリと呟いたカージュ。
 まるで、時間が戻ったみたいだ。あの日に戻った、戻れたような、そんな気がする。
 慧魅璃、お前は、あの日も、今と同じ目をしてた。触れようとする俺に対し、その眼差しで威嚇を続けた。
 あの頃の俺は、ただ、お前の全てを奪えやしないかと欲張るばかりで、お前の動揺を理解しきれずにいた。
 来るなと繰り返し、その大きな鎌を構えて怯えるお前、その恐怖の対象を、あの頃の俺は、俺自身だと思ってた。
 俺が怖いんだ。慧魅璃は、俺を恐れているんだ。そう、思ってた。
 でも、違うんだよな。あの頃も、そして今も、お前が怯えている理由は、他にあるんだ。
 俺じゃない。お前の目には、もう、俺は映ってないんだろ? 俺じゃなく、他の奴が映っているんだろ?
 あの頃は、気付けなかったけれど。今は違うよ。今は、全部わかってる。知ろうと努力したんだ。
 お前がいなくなってから、お前のことを知ろうとするだなんて、馬鹿げていたけれど、
 それでも、知りたかった。後悔とかじゃなく、ただ純粋に、お前のことを。
「慧魅璃」
 名前を呼び、すっと腕を伸ばすカージュ。
 だが、その手は、慧魅璃の頬に触れる寸前で、パンと弾かれてしまう。
 慧魅璃の身体を護るように、その全身を覆う黒い霧。接触を阻む、拒絶なる闇の結界。
 あらゆる負の感情に満ちた闇に触れたことで、カージュの指先は、ほんの一瞬で黒く焦げた。
 指先を焦がしたその痛みに眉を寄せつつも、カージュは、諦めることなく、再び腕を伸ばす。
 伸びてくるその手が、カージュのものであることを認識できぬがゆえ、錯乱に錯乱が重さり、意識が遠のく慧魅璃。
 表現しようのない、その恐怖に、慧魅璃は無意識のうちにボロボロと涙を零した。
 誰の目から見ても異常なその様、その動揺に、黙っていられるはずもない。
「いい加減にしろ。慧魅璃が壊れる」
 冷たく言い放ったのは、紅妃。
 定時外に表へ出ると、慧魅璃の身体に必要以上の負担がかかってしまうことは知り得ているが、もう、限界。
 近付くなと、手を出すなと、何度も警告した。よくもまぁ、こうも懲りずに現れるものだな。
 怒りを通り越し、もはや不憫にすら思えてくるが、同情の余地はない。
 薄々、勘づいているはずだ。どんなに馬鹿で愚かな貴様でも、理解できるはずだ。
 認めることができないのか、それとも、認めたくないだけなのか、そこはわからんし、わかりたくもないが、
 これ以上、貴様の好き勝手にさせるわけにはいかぬがゆえ、ここで、はっきりさせておいてやる。
 慧魅璃の中に、貴様はいない。
 ザッ ――
「っ …… !」
 躊躇うことなく、グッと踏みこみ、勢いよくサタで薙ぎ払った紅妃。
 サタは、他の武器よりも殺傷能力が高く、更に厄介な呪効を発揮する魔鎌。
 ばっさりと腹を抉られたカージュは、その場に、ズシャッと倒れ込んでしまう。
 傷付いた部位から、全身に巡る痺れ。煮えたぎるマグマの中へ放り込まれたかのような感覚。
 痛いとか熱いとか、そういう感覚に、のたうち回ることすらできない。
 原型なんぞ皆無。あっという間に溶けて、マグマの一部と化してしまうのだから。
 実際は、マグマの中へ放り込まれたわけではないが、事実として、カージュの意識は、もうない。
 やられた、と思った次の瞬間、既に意識は遥か彼方。
 このまま放っておけば、カージュは、死ぬ。
「苦しむ間もなく滅することができるだなんて、これほど幸せな最期もないな」
 クッと嘲笑を浮かべ、サタを消しながらスタスタと歩き、その場を立ち去る紅妃。
 どうせ、他の仲間、他のクロノハッカーが助けに来るだろうから、事実として、こいつが死に至ることはない。
 だが、じゅうぶんすぎるほどの苦痛を与えてやることは叶う。
 意識のずっと奥、愚かな自分を客観的に見据えて、苦しむがいい。
 ひとりよがり、利己的な愛情に酔いしれてばかりいる、無様な自分に絶望しろ。
 最後にもう一度だけ、言い残していってやる。物分かりの悪い貴様に。
 慧魅璃は、貴様のことなんぞ、覚えていない。

 何が望みか。

 そう問われたならば、即座に答える。
 慧魅璃の記憶、その一部になって生かされたいのだと。
 わかってるんだよ。慧魅璃の中から、俺という存在が消えていることくらい。
 だって、そうしたのは、俺自身。俺達自身なんだから。でも、叶わなかった。
 どんなに望んでも、求めても、悔やむと知りつつ殺めてまでしても、手に入らなかった。
 賢くなった、利口になれたつもりでいた。望めど手に入らないものもあるのだと、そう悟った。
 間違いだったんだと、自分は過ちを犯してしまったんだと、そう思えていたのに。
 忘れることはできなくても、思い出に昇華させることは出来たかもしれないのに。
 それなのに、どうして。どうして、戻ってきたんだ、慧魅璃。
 どうして、ここに、時狭間という場所に戻ってきてしまったんだ、慧魅璃。
 そのままずっと、消えていれば。戻ってこなければ、お前を苦しめることもなかったのに。
 お前のせいだよ。お前が、また、戻ってきたから。俺達の目に、その姿を映してしまったから。
 強欲になるばかり。過去の過ちを顧みるより、お前を手に入れようとする、その欲に火がついた。
 あの頃よりも、もっと、ずっと強い願望。抑えようのない、私利私欲。
 駄々をこねるガキみたいに、欲しい、欲しいと強請ることが許されるなら、
 気味が悪いほど、お前に依存することが許されるのなら、俺達は、喜んで、この魂を売る。
 悪魔にでも、死神にでも、喜んで差し出すから。受け入れてくれよ、慧魅璃。
 俺の、俺達の望みは、ひとつ。お前の笑顔がみたい。それだけなんだよ、慧魅璃。
 でも、俺達は不器用だから。自分勝手な奴らだから、上手にできない。
 笑ってほしいのに、お前を笑わせることができない。
 苦しめたり、泣かせたり。
 そんなのばかり、得意なんだ。俺達は。

 混濁する意識の中、カージュがそんなことを考えていた時、
 紅妃は、立ち止まり引き返してしまいそうになる衝動を必死に抑えていた。
 引き返そうとするのは、ずっと奥深くにある、眠っているはずの慧魅璃の意識。
 お人よしにも程がある。忘れるなかれ、貴女は悪魔嬢。捨て置け、捨て置け、そんな愚者。
 怒りと苛立ち。紅妃は勿論のこと、腕輪の中から現在の状況を確認している他の悪魔たちも、皆同じ。
 本人がその場に居合わせぬ時ほど熱を帯びる争奪戦は、愛されている、その証。

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 The cast of this story
 8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
 NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。