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■クロノラビッツ - クロノ・ショック -■

藤森イズノ
【8273】【王林・慧魅璃】【学生】
「神様に祈る時間を」
「十秒、やるよ」

 険しい表情で言った梨乃の海斗。
 いつもの優しい二人は、そこにいない。
 突如、時狭間に響き渡った、不気味な鐘の音。
 いつも聞こえてくる美しい音色とは異なるその音が、二人に変化を及ぼした。
 その確証はないけれど、明らかに、二人は不気味な鐘の音が響いた後、おかしくなった。
 さっきまで、楽しくお喋りしていたのに。くだらない話をしながら、笑っていたのに。
 どうして、こんなことになっちゃうの。どうしても、戦らなきゃならないの?
 ねぇ、どうしたの。二人とも。そんな怖い顔しないでよ。
 ねぇ、聞こえてる? 声、ちゃんと、届いてる?

 何度も何度も、そうやって声をかける。
 海斗と梨乃は応じてくれない。何も答えてくれない。
 どうすればいいのか。何が起きたのか。状況を飲み込めずにいるのは確か。
 でも …… あぁ …… 悲しきかな、本能よ。いつの間にか、武器を構えていた。
 仲間の攻撃だとて、すぐさま身構えてしまう。今ばかりは、その本能が憎い。
 避けられぬ戦いであることを、心よりも身体が先に理解するなんて。
 クロノラビッツ - クロノ・ショック -

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「神様に祈る時間を」
「十秒、やるよ」
 険しい表情で言った梨乃の海斗。
 いつもの優しい二人は、そこにいない。
 突如、時狭間に響き渡った、不気味な鐘の音。
 いつも聞こえてくる美しい音色とは異なるその音が、二人に変化を及ぼした。
 その確証はないけれど、明らかに、二人は不気味な鐘の音が響いた後、おかしくなった。
 さっきまで、楽しくお喋りしていたのに。くだらない話をしながら、笑っていたのに。
 どうして、こんなことになっちゃうの。どうしても、戦らなきゃならないの?
 ねぇ、どうしたの。二人とも。そんな怖い顔しないでよ。
 ねぇ、聞こえてる? 声、ちゃんと、届いてる?
 何度も何度も、そうやって声をかける。
 海斗と梨乃は応じてくれない。何も答えてくれない。
 どうすればいいのか。何が起きたのか。状況を飲み込めずにいるのは確か。
 でも …… あぁ …… 悲しきかな、本能よ。いつの間にか、武器を構えていた。
 仲間の攻撃だとて、すぐさま身構えてしまう。今ばかりは、その本能が憎い。
 避けられぬ戦いであることを、心よりも身体が先に理解するなんて。

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 仲間と戦うだなんて、正直、気が進まない。
 というか、むしろ、すごく重苦しくて嫌な気持ちになる。
 あの日を、思い出してしまうから …… なのかもしれない。
「あの人達の性格の悪さは異常ですね。今更ですけれど …… 」
 ポツリと呟き、嘲笑うかのような、それでいて少し儚げでもある苦笑を浮かべた慧魅璃。
 犯人なんて、もうとっくにわかってる。わかりきっている。クロノハッカー。連中以外考えられない。
 仲間同士で戦わせるだなんて、本当、悪趣味な人達。こんなことして、何になるっていうんだろう。
 慧魅璃は、肩を竦めながら、武器である "フェー" を構えた。フェーもまた、呪具のひとつ。
 銃によく似た性能をもつフェーは、本体よりも、装填する弾が呪具の要素を多く含む。
 海斗も梨乃も、クロノハッカーによっておかしくなっているが、この狂乱は、彼等の意思とは無関係。
 例え、操られていようとも、向こうが全力で攻めてこようとも、慧魅璃には、そういう血気に対応する気は皆無。
 ここでムキになって、本気で同士打ちなんて始めようものなら、それこそ、連中の思うつぼ。
 おそらく、クロノハッカーの連中は、海斗と梨乃を、間接的に始末しようとしているのだろう。
 自分でやればいいのに、わざわざ、慧魅璃にそれをやらせようとするだなんて、本当、どうしようもない。
「怪我を覚悟で接近、まずは、懐に入り込んで …… 」
 狂乱した海斗と梨乃の攻撃を避けながら、ブツブツと呟く慧魅璃。
 呟きながらも、慧魅璃は、フェーに "催眠" の効果を持つ弾を素早く装填した。
 傷つける気はない。というか、何がなんでも、仲間を傷つけるような真似だけは、もうしたくない。
 ならば、眠らせるしかない。動きを封じるだけでは不十分だろうから。
「あ、却下ですか …… わかりました」
 またもやブツブツと呟く慧魅璃。
 決して、これは、独り言ではない。
 慧魅璃は、会話しているのだ。自分の中にいる、もう一人の自分と。
 そう、つまり、慧魅璃は、紅妃と意識の奥で会話をしているということ。
 どちらかが表に出ているとき、もう一方の自分とは意思疎通が図れぬというデメリットがあったが、
 近頃、慧魅璃は、こうして、もう一方の意思・意識と頭の中で会話ができるようになった。
 慧魅璃と紅妃、両方のバランスがどちらかに偏ることなく均衡を保てつつある証拠と言える。
 無闇に突っ込むな、怪我なんてさせてたまるか! と、頭の中で紅妃に叱られてしまった慧魅璃。
「えぇと、それじゃあ …… 」
 海斗と梨乃が交互に放つ炎の魔法と氷の魔法を、
 漆黒の闇を霧状に変化させ、それを風車のように回転させることで弾き飛ばしながら考える慧魅璃。
 躊躇なく、次々と魔法やら攻撃やらを仕掛けてくる仲間の姿に、些かの困惑があったのだろう。
 慧魅璃は、意識の奥で紅妃に指摘され、そこで、ようやく気付く。
 何のためにフェーを召喚したんだ。そいつは、遠距離専用の武器だろうが。
「そうでした」
 気付いた、いや、気付かされたことに苦笑し、ザッと後退する慧魅璃。
 フェーによる銃撃の成功率が最も高い距離から、標的の胸元に狙いを定めて。
 だが、殺すわけじゃないにしろ、仲間を撃つということに変わりはないからか、少し、躊躇う。
 どうした、そうして躊躇っている間にも、海斗と梨乃は、魔法を放ちながら間合いを詰めてくるぞ。
 そうだ。躊躇している余裕なんてありはしない。手加減なんてしようものなら、あっさり掻き消されてしまう。
 何よりも、誰よりも、今、苦しんでいるのは、操られている海斗と梨乃なんだから。救えるのは、自分だけなんだから。
 そうして、自分自身を奮い立たせることで、躊躇いが、ようやく、何処かへと消え失せる。
「おやすみなさい。二人とも」
 優しい声で囁くように呟き、引き金を引けば。
 銃口から放たれた弾が、海斗と梨乃の胸元を的確に貫く。
 貫通して、およそ三秒後、奪われる身体の自由と意識。痛みのない、無痛の衝撃。
 慧魅璃に向かって駆けていた海斗と梨乃は、滑り込むように、ズサァッと倒れ込んでしまった。
 睡眠というよりかは、強制的に気絶させるような感じになるため、海斗も梨乃も、開眼状態で沈黙。
 壊れた玩具とか、そこらに投げ捨てられた人形のような、その様を憐れに思った慧魅璃は、
 いそいそと海斗と梨乃の傍に駆け寄り、そっと二人の目を閉じさせた。
(ちょっと、やっぱり …… 無理がありましたね)
 だが、二人の目を閉じさせてすぐ、慧魅璃の身体にも異変が起こる。
 慧魅璃までもが、その場にベシャリと座り込んでしまい、そのまま、深い眠りへと落ちてしまったのだ。
 操られていたとはいえ、海斗と梨乃が二人揃って攻めてくるという状況は、脅威のそれ。
 手加減なんてする由もなく、慧魅璃は、ほぼ全ての魔力を注ぎ込んで発砲した。
 だからこそ二人を深い眠りに落とすことが出来たのだが、その反動も大きい。
 結果として、倒れて眠る海斗と梨乃に重なるように、慧魅璃もまた、眠りに誘われてしまったというわけだ。

 魔力の枯渇による睡眠は、少し厄介だ。
 ある程度、魔力が回復すればフッと目を覚ますのだが、それまでに要する時間が長い。
 加えて、フェーによる銃撃で眠りに落ちた海斗と梨乃が目を覚ますまでの時間も同様に長い。
 つまり、このまま放っておけば、三人は、この暗く肌寒い時狭間の一角で眠り続けてしまうということ。
 睡眠状態ほど無防備なものはない。もしも、この場にクロノハッカーが現れようものならば、
 三人まとめて連れ去られてしまうだろう。それだけは、避けねばならない。
 見た目以上に深刻なこの状況。そこを救うのは、もう一人の慧魅璃。
 規定の時間外だからと少し迷ったが、このまま、三人を放っておくわけにはいかないからと、
 紅妃は、魔界にいる他の仲間たちと相談した上で、慧魅璃の身体を借りて外に出た。
「抱えて行くのは、少し難があるな」
 ふむ、と顎に手をあて頷き、指先でクルリと宙に円を描いた紅妃。
 すると、その場に伏せていた慧魅璃・海斗・梨乃の身体が、ふわりと浮かぶ。
 なるべく衝撃を与えぬように、闇の魔法で包んだ状態で、海斗と梨乃を居住区まで運ぼうというわけだ。
 ひとまず、居住区に戻り、他の仲間たちと、マスターに伝えておいたほうが良いだろう。
 慧魅璃と違い、紅妃は、人に説明するという行為を苦手としているが、自分がやるしかない。
 海斗たちが目を覚ましてからでも良いだろうけれど、こういう情報は、なるべく早めに伝えるべきだ。
 さぁて、どうしたものかな。どうやって説明しようか。どう説明すれば、わかりやすいだろうか。
 海斗と梨乃を魔法で運びながら歩き、神妙な面持ちで考える紅妃。
 だが、その途中、紅妃は、何かを思い出したかのようにピタリと足を止める。
 何事かと思いきや …… 紅妃は、どこからか、二輪の花を出現させた。
 そして、出現させたその花を、先程まで慧魅璃達が倒れていた場所に向け、放り投げる。
 交差する形でボタッと地面に落ちた二輪の花。紅妃は、クッと口元に笑みを浮かべて言い捨てた。
「憎たらしい貴様らに、手向けの花を」
 それは、魔界にしか咲かない花。
 彼岸花に似た白い花 "エミリー" その花言葉は、包みこむような愛。
 桜に似た黒い花 "ジャク" その花言葉は、自分勝手な愛。
 慧魅璃と紅妃、双方の想いを象徴するかのような意味合いを持つ二輪の花。
 特に意識したわけでもなく、その二輪の花が交差した状態で落ちたことが、ひどく滑稽に思えた。
 対照的な想いが交差したところで、その愛情が満たされるわけでもない。永遠に叶わぬ恋とでも言おうか。
 何をどうしても、無駄。どう足掻いても、貴様らの欲求・願望が叶い満ち足りることはないのだよ。絶対に。
 クスクス笑いながら、海斗達を連れ、時狭間の彼方へと消えていく紅妃の心は、皮肉に満ちていた。

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 The cast of this story
 8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。