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■クロノラビッツ - 背に束縛 -■

藤森イズノ
【8300】【七海・露希】【旅人・学生】
 町へ買い物に出かけた、その帰り道での出来事。
 今回もまた、どこからともなく現れたクロノハッカー・カージュ。
 何なんだろう。本当に、この人は。突然、ぬっと現われるのは止めてもらいたい。びっくりするから。
 っていうか、何でいるの。もしかして、後を尾行てた? それって立派な犯罪行為なんですけど。
 やれやれと肩を竦め、溜息を吐き落としながら、スタスタと足早に先を急ぐ。
 どうせまた、今回も、しょうもない理由で訪ねてきたに違いない。
 暇だから相手してよとか、お腹すいたから何か食わせてとか、そんな感じだろう。
 と思っていたから、ケンケン文句を言いながら後をついてくるカージュを無視し続けて歩いた。
 でも、数秒後。無視するわけにはいかない、無視なんてできない、そんな状況へと追いやられてしまう。
(ん?)
 ピタリと足音が止んだ。
 諦めたのか。珍しいこともあるもんだな、なんて思いつつ、おもむろに振り返ってみる。
 すると、すぐ傍、至近距離にカージュが立っていて。思わず、びくっと肩を揺らしてしまう。
 カージュが、耳元で囁いたのは、肩を揺らしてしまった、その瞬間のことだった。
「背中の傷。まだ残ってるかどうか、確かめさせて欲しいんだけど」
 カージュは、そう囁いた。いつもと違う、優しく柔らかな声で。
 その言葉、声が頭に届き、認識した瞬間、背筋にツツーッと嫌な感覚が走る。
 背中の傷。確かに、それは在る。蜘蛛のような形をした奇妙な傷痕。
 いつどこで付いたのか、誰に付けられたのか、まったく思い出せない不可解な傷。
 どうして、それをカージュが知っているのだろう。自分ですら、気付いたのは、ごく最近だというのに。
「見ていい?」
 クスクス笑いながら、背中に触れようとしてくるカージュ。
 そこでハッと我に返る。すぐさま退いてキッと睨みつければ、カージュは、目を細めて苦笑い。
 威圧してみるものの、心はそれと裏腹に、ひどく揺らいでいた。
「来ないで」
「何だよー。物騒だなぁ」
 咄嗟に武器を構えてしまったのは、不可解な、その動揺を払おうとしたからなのかもしれない。
 クロノラビッツ - 背に束縛 -

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 町へ買い物に出かけた、その帰り道での出来事。
 今回もまた、どこからともなく現れたクロノハッカー・カージュ。
 何なんだろう。本当に、この人は。突然、ぬっと現われるのは止めてもらいたい。びっくりするから。
 っていうか、何でいるの。もしかして、後を尾行てた? それって立派な犯罪行為なんですけど。
 やれやれと肩を竦め、溜息を吐き落としながら、スタスタと足早に先を急ぐ。
 どうせまた、今回も、しょうもない理由で訪ねてきたに違いない。
 暇だから相手してよとか、お腹すいたから何か食わせてとか、そんな感じだろう。
 と思っていたから、ケンケン文句を言いながら後をついてくるカージュを無視し続けて歩いた。
 でも、数秒後。無視するわけにはいかない、無視なんてできない、そんな状況へと追いやられてしまう。
(ん?)
 ピタリと足音が止んだ。
 諦めたのか。珍しいこともあるもんだな、なんて思いつつ、おもむろに振り返ってみる。
 すると、すぐ傍、至近距離にカージュが立っていて。思わず、びくっと肩を揺らしてしまう。
 カージュが、耳元で囁いたのは、肩を揺らしてしまった、その瞬間のことだった。
「背中の傷。まだ残ってるかどうか、確かめさせて欲しいんだけど」
 カージュは、そう囁いた。いつもと違う、優しく柔らかな声で。
 その言葉、声が頭に届き、認識した瞬間、背筋にツツーッと嫌な感覚が走る。
 背中の傷。確かに、それは在る。蜘蛛のような形をした奇妙な傷痕。
 いつどこで付いたのか、誰に付けられたのか、まったく思い出せない不可解な傷。
 どうして、それをカージュが知っているのだろう。自分ですら、気付いたのは、ごく最近だというのに。
「見ていい?」
 クスクス笑いながら、背中に触れようとしてくるカージュ。
 そこでハッと我に返る。すぐさま退いてキッと睨みつければ、カージュは、目を細めて苦笑い。
 威圧してみるものの、心はそれと裏腹に、ひどく揺らいでいた。
「来ないで」
「何だよー。物騒だなぁ」
 咄嗟に武器を構えてしまったのは、不可解な、その動揺を払おうとしたからなのかもしれない。

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 乃愛と露希の背中に今も残る傷。
 いつも身体に包帯を巻いている二人の身体には、他にも数え切れないほどの傷がある。
 だが、その中で唯一。背中にバッサリと、首のあたりから腰のあたりまで、まっすぐに残るその傷だけは不可解。
 他の傷は、何となくでも覚えている。いつ、どこで、誰につけられたものであるか。
 思い出すと嫌な気持ちになる傷が大半だから、自ら望んで彷彿することは滅多にないのだけれど。
 背中に残る、その不可解な傷について、思うところはあった。まったく思い出せないからこそ、余計に気になって。
 けれど、今日。今ここで、はっきりした。こうして、カージュが現れて、背中の傷を見たいと、確かめたいと言ったから。
 それはつまり、この傷をつけた犯人が、カージュであることを示しているのではないか。
 まぁ、犯人がカージュ本人じゃなくとも、この傷にクロノハッカーの連中が絡んでいることは、確かと言えよう。
「意図が見えませんね」
 カージュに対し、冷たい眼差しと冷たい口調を向けながら呟いたのは乃愛。
 クロノハッカーが、この傷に関与していることが判明しても、その目的は不明なままだ。
 傷が残っているかどうか、確かめたいと言うのも、また、奇怪だと思わせる要因のひとつ。
 まぁ、カージュは、こういう性格だから、大した意味もなく、ただこちらを困惑させるつもりで発しているだけかもしれないが。
 そうして、睨みつけるようにカージュを見やる乃愛の隣には、無邪気な笑みを浮かべる露希もいる。
「そんなの、聞けばいい話じゃん。直接」
 にっこりと微笑みつつも、両腕を獣の持つそれへと変化させた露希。
 胴体や顔などは平常なのに、両腕だけが獣と化しているその様は、まさしく異形。
 確かに、露希の言うとおり。見えぬ意図も目的も、直接、訊けば全てが解決するだろう。
 カージュが目の前に現れ、傷に関する意味深な言葉を発したのも、裏を返せば、訊いてくれと言っているようなものだし。
 だが、訊くと言っても、露希のその行動からは、尋ねるとかそういう気配は …… 。
「 …… 訊く気ゼロですよね。露希」
 苦笑を浮かべ、溜息を吐き落として言う乃愛。
 そんな乃愛に対し、露希は、さも当然かのように、ケロッと言い放つ。
「ん? だって〜。お姉ちゃんを傷つけたっていう罪は、弁解の余地なしだから〜」
「露希。あなたも同じように傷つけられているではありませんか」
「ロンはいいの。でも、お姉ちゃんを傷つけるのはダメ」
 自分は良いけど乃愛が傷付くのは嫌。
 そう即答する露希に、乃愛は、また、やれやれと肩を竦めた。
 乃愛だって露希と同じ。自分ならまだしも、露希が傷つけられるのは嫌だ。
 まぁ、二人とも些か自己犠牲を望む節はあるが、それは、互いに互いを大切に思い合っている何よりの証拠である。
「疲れたので、はやく帰って休みたいのですけれどね」
 クスリと笑いつつ、右腕の包帯のみをスルスルと解いていく乃愛。
 露希と同じように、包帯が取れ、露わになった乃愛の腕もまた、獣のそれと化す。
 露希と比べると、少し細くはあるが、それでも獣化したその腕は、じゅうぶんな迫力と異形を誇る。
 普段、異空間からあらゆる武器を換装し、それを用いて戦うことの多い乃愛が、自身を獣化させることは極めて稀だ。
 笑んではいるものの、憤怒の感情で満ちている露希に、少しばかり、あてられたというところもあるかもしれない。

 腕を獣化させたという時点で、既に明確になっていることだが、
 露希も乃愛も "言葉による質問" を飛ばすことや "言葉による回答" を求めるつもりはない。
 わからないこと、不明確な点を、直接、本人に訊き尋ねて解決するということに変わりはないが、それは、半ば "拷問" に近しい。
 つまり、二人が実行する "本人に訊く" という選択は、対象となる人物の身体に尋ねて、強制的に情報を吐かせるというやり方。
 乃愛もそれなりではあるが、怒りに満ちている露希に至っては、手加減する余裕なんて持ち合わせちゃいない。
 正面から露希、背後から乃愛。
 二人にはさみうちされる形となったカージュは、何とも言えぬ笑みを浮かべて身構える。
「そうそう。二人揃ってる時って、厄介さが増すんだよなぁ。お前らって」
 知ったことか。今更そんな後悔したところで手遅れだ。
 そう思うなら、それを知っているなら、それぞれ単独で動いているときを狙えば良かったじゃないか。
 見え隠れする矛盾。カージュは、厄介であることを知った上で、今日、この場に姿を見せたかのようにも思えた。
 まず先に攻撃をしかけたのは、乃愛。
 カージュの背後に回り、適度な距離を保ちつつ、獣化した腕で空中に魔飾を描いた。
 さかさまになった十字架のようなその模様は、乃愛が呟く詠唱により、すぐさま発動に至る。
 一部ではあるものの、本来の姿へ戻っているだけに、普段よりも魔力のそれは飛躍しているため、
 乃愛が放つ魔法は、速度も威力も普段のそれとは比べ物にならない。
 近頃、理由はわからないが、魔法の類がうまく扱えなくなっていることもあり、少し不安ではあったものの、
 例え暴発しても、すぐそばに露希がいるからと、乃愛は躊躇うことなく詠唱した。
 何かあっても露希がフォローしてくれるという、底知れぬ安心感が、そうさせたのだろう。
 いつもは氷の魔法をメインとして扱う乃愛だが、今日は少し趣向を変えて、闇の魔法。
 拷問するにあたり、綺麗な氷ではなく、あらゆる負を連想させる闇を、無意識にチョイスしたところもありそうだ。
 乃愛の身体を包むかのようにして出現する黒い霧。その黒い霧は、詠唱終了と同時に、闇の矢槍へと変化していく。
 そして、変化を終えたその矢槍は、乃愛が獣化した腕を踊らせることにより、標的へと真っすぐに飛んでいく。
「精度、高っ」
 ほんの僅か、数秒で詠唱から発動までをこなした乃愛を即座に称賛したカージュ。
 すごいすごいと拍手を贈りたいのは山々だが、そんなことをしていては、矢槍に貫かれ、あっけなく御臨終してしまう。
 カージュおよびクロノハッカーの連中は、その身体を構成している "とある成分" により、矢槍に貫かれたくらいで死に至ることはないが、
 それでも、これだけの数の矢槍が全身に突き刺さってしまえば、かなりの痛みを伴う。誰だって、痛いのは嫌だ。
 苦笑を浮かべながら、負けじと即座に炎の壁を出現させ、闇の矢槍を打ち消すカージュ。
 褒めるつもりなんぞないが、これまた速い。
 反応もさることながら、詠唱もなしにすぐさま炎の壁をつくって対処するとは。
 能力の発動速度や正確性に限っていえば、カージュは、その外見がうりふたつな海斗よりも格段に勝っていると言えよう。
「お姉ちゃん、ナ〜イス♪」
 ふっと一息ついたのも束の間。
 露希の無邪気な声が聞こえてきたのは、そのすぐ後のことだった。
 ハッとして振り返る間もなく、カージュは、肩に激しい痛みを覚えて眉を寄せる。
 初めから、打ち取る気なんぞ乃愛にはなかったのだ。つまり、油断させるための攻撃。
 躊躇うことなく、大量の魔力を消費してまで、闇の矢槍を放ったのは、隙を生じさせるために他ならない。
 ほんの僅かにでも隙が生じれば、後はもう、露希のターン。そこからは、露希の独壇場と化すのである。
 両腕を鎌のように振り、鋭い爪で引き裂いた露希。
 すぐさま反応し、身体を捩ったものの、避けるまでには至らず。
 カージュは、左肩から右のわき腹にかけて、抉り傷を負った。
 獣化した腕は、それだけで闇の属性を多く含むため、少しでも傷を負えば、そこから痛みは肥大していく。
 その痛みは、肉体的なそれよりかは、精神的な部分に負荷をかけるところが大きい。
 傷付いた箇所より、胸が痛い。心を抉られたかのような感覚に、カージュは、少しよろめいた。
 そこへ、追い打ちをかけるように、ガバッと飛びかかる露希。
 その様は、さながら、餌に齧り付く猛獣だった。
 ドサァッ ――
「いっ …… 」
 倒れたカージュの上に跨り、その喉元に鋭い爪をあてがう露希。
 その時、露希は、何だかつまらなさそうな表情を浮かべながら苦笑していた。
 確かに、カッとなって躊躇もなくこうやって追い詰めたけど、これじゃあ、つまんない。
 防戦じゃなく、反撃してくれないと、張り合いがない。露希の表情からは、そんな不満が感じ取れる。
「どした? 殺んねぇの?」
 死の淵に追いやられている状況にも関わらず、カージュは、そんなことを言う。
 そういう反応がまた、露希を冷めさせた。何だか、ムキになってる自分が酷く幼稚に思えた。
 これで、カージュもムキになってやり返してきたりすれば、もっともっと熱くなれるのに。
 ハァと大きな溜息を吐き落とし、露希は、乃愛を見やる。どうすればいいかな? と尋ねるように。
 殺られても文句ひとつ言えぬ状況で、この余裕。カージュの目的、意図が、ますますわからなくなる。
 見やられたところで、乃愛にもわからない。どうすればいいのか。カージュに限らず、クロノハッカーは面倒くさい。
 全員が全員、意図も目的も明らかにしないまま、こうやって姿を見せては、こちらをカッとさせるような真似ばかり。
 もしかして、反応を楽しんでいるだけなのだろうか。こちらの反応を。要は、愉快犯とか、そんな感じ?
 だとすれば、それはそれで、もっと面倒くさい人達として認識されるわけだけれど?
「 …… とりあえず、この傷をつけたのは、あなた達。その点は、間違いないですか」
 露希に拘束されている状態のカージュの顔を覗き込んで確認してみる乃愛。
 カージュは、言葉による返答こそしなかったものの、笑いながら、ただコクリとひとつ頷いた。
「では、次の質問です。この傷の意味は?」
 いつ、どこでつけられたのかという疑問については、もういい。
 そんなこと聞いたところで、何にもならない。だって、覚えていないんだから。
 例え、はっきりと説明されたところで、反応しようがない。へぇ、そうなんだ。くらいにしか思えない。
 ならば、重要なのは、その先。二人の背中に傷をつけた、クロノハッカーの意図・目的。
 そもそも、カージュは、それを伝えるために、今日、この場に姿を見せたのではないか。
 いや、正確にいうなれば、背中の傷について、こちらに何か不信感を抱かせるためというべきか。
「まだちょっと早いんだよな」
 苦笑を浮かべて返したカージュ。
 それが返答? 意味や意図について、返す言葉がそれ?
 つまり、まだ言えないと。そういうこと?
 なら、どうして来たんだ。乃愛と露希は、同じ思いを抱いた。
 だが、ムッとする気持ちを二人は抑える。ここでカッとなれば、それこそ向こうの意のまま。
 どういうことなんだよ! って熱くなれば熱くなるほど、こいつらは喜ぶ。ある意味、それが目的ともいえよう。
「露希」
「は〜い」
 乃愛に名前を呼ばれ、面白くなさそうにしつつも、カージュから離れて拘束を解いた露希。
 これ以上やっても無駄。何を訊いても尋ねても、カージュは、こちらが欲している情報を吐いてはくれない。
 苛々するし、この場で殺っちゃいたい気持ちは山々だけれど、そうしたところで、何かが解決するわけでもない。
 つい、カッとなり、翻弄されてしまった。一時とはいえ、それが事実であることに、乃愛も露希も、げんなりしていた。
 そろそろ、何か "きっかけ" が欲しい。
 こいつら、クロノハッカーを討つ必要があるのならば、その理由を明確にしたい。
 じゃないと、また今日のように苛々させられてしまうばかり。茶化されているような感覚は、とても不快だ。
 揃って溜息を吐き落とし、獣化した腕を元に戻した乃愛と露希。
 二人の呆れかえっているような様に、カージュは満足気に笑いながら身体を起こす。
 そして、また、ひとつ。大きな疑問と不信感を抱かせて、その場を去るのだ。
「これ。持ってて」
「はぁ〜? なにこれ〜?」
「 ………… 」
 カージュが、乃愛と露希に手渡したのは、小さな小瓶。
 チェーンのついたその小瓶の中には、白い灰のようなものが入っている。
 受け取りはしたものの、無言でいる乃愛。その沈黙は、いらないと拒否し、突き返したい気持ちの表れ。
 だが、それ(拒絶)をせずに無言を貫いたのは、拒否したところで、いいから持っててと押し返されるであろうことを悟ったから。
 おそらく、カージュの目的、今日に限っていえば、この小瓶を渡すことこそが目的だったのではないかと思われる。
 まぁ、その小瓶について深く詮索すれば、また別の意図が見え隠れするけれど、
 残念ながら、今は、それ以上のことを訊き出すことはできそうにない。
 面白くなさそうな表情を浮かべる乃愛と露希。
 そんな二人を見やり、カージュは、不敵な笑みと、これまた意味深な捨て台詞を吐いていく。
「失くした場合 "やりなおし" はできねぇからな。ちゃんと大事に持っとけよ。その日が来るまで」
 意味不明な言葉と代物を押し付け、ひとり勝手。満足気にその場を立ち去るカージュ。
 またね、と手を振り去っていくカージュの背中に、乃愛と露希は、じとーっとした嫌な視線を送っていた。

 気のせいだろうか。
 小瓶を渡し、それ以上のことを今はまだ話せないといったカージュが、苦しそうに見えたのは。
 何だか、カージュはカージュで何かを必死に抑えているような。我慢しているような。そんな気がした。
 もしかすると、カージュは、誰かに頼まれて、この小瓶を渡しにきただけなのかもしれない。
 つまり、今回の接触はカージュが自ら望んだものではなく …… 誰かに指示されたものだったり …… ?
 おそらく、カージュは、今日の接触を良く思っていない。意思とは裏腹な命令。誰が指示したのかは不明だが。
 そうじゃなきゃ、あんな顔できない。思い詰めたような、必死で笑んでいるような、あんな苦しそうな笑いかたなんて。
「意味わかんな〜い。とりあえず、帰ろうよ、お姉ちゃん」
「 …… そうですね」
 乃愛の服をツイツイ引っ張りながら言った露希。
 少し間を開け、笑顔を返した乃愛だったが、乃愛の心は、いまだに不信でいっぱいだった。
 二人で長々とショッピングを楽しんだ、その証ともいえる大量の荷物を抱え、自宅である寮へと戻って行く二人。
 気がかりなことはある。でも、疑問を抱いたところで、更に疑問は増えゆくばかり。
 無邪気な露希の表情を、自らの発言で曇らせるような真似だけは、絶対にしたくない。
 いまだに抱く不信感を、乃愛が口にせず心の内にしまいこみ、誤魔化すかのように笑顔を浮かべたのは、露希のため。
 この日から数えて三日後、乃愛は、ひとりで時狭間へと赴き、マスターとの面会を自ら望むことになる。
 クロノハッカーについて。彼等が犯した、今も犯しているという罪、あらゆる時間を弄ぶ "時弄" という重罪。
 彼らが問題視されるのは、はたして、本当にそれだけなのか? それとは別の何か、もっと大きな問題があるのではないか?
 不明確ながらも、クロノハッカーという罪人の背に "影" を見た乃愛は、マスターにそのあたりについて尋ねることとなる。
 だがまぁ、それはまた後日のお話。露希も知らない、乃愛だけが知ることになる、儚く切ない真実。
「お腹すいたね〜。今日の夕飯は何かなぁ〜」
「確か、今晩はカレーだと、先輩は言ってたのですよ」
「カレーかぁ! いいね〜。ロンね、先輩の作るカレー大好きなんだ〜!」
「アンも大好きなのです。でもちょっとだけ、辛いのが厄介ですけどね」
「だいじょうぶだよ。今度は少し甘くしてね! って、ロン、言っておいたから!」
「そうなのです? いつのまに、なのです?」
「へっへへへ〜」
 ポケットに放り込んだ小瓶が、ぼんやりと発光していることに、乃愛も露希も、この日はまだ、気付かずにいた。

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 The cast of this story
 8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
 8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生
 NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。