■クロノラビッツ - 欲望と黒の穴 -■
藤森イズノ |
【8300】【七海・露希】【旅人・学生】 |
黒の穴(クロノアナ)
時狭間に点在している穴。
時の歪みとも呼ばれ、踏み込んだ瞬間、奥へと引きずり込まれる。
何の前触れもなく、突如、足元に出現するため、注意が必要である。
穴の奥は漆黒の闇が広がるばかりで、自力での脱出は不可能。
外側から歪みを押し広げてもらわない限り、出られない。
また、
時の契約者が黒の穴に落ちた場合、
時狭間全域のバランスが崩れてしまう他、
時の契約者そのものの精神も侵され、闇に支配されかねない。
闇の支配とは即ち 『欲望』 の充満と発散を意味する。
*
困ったなぁ。真っ暗 …… 。
何にも見えないし、何にも聞こえない。
静かで落ち着くけど、やっぱりちょっと不安。
このまま出られないってことはないだろうけど。
まぁ、一人じゃないのが、せめてもの救い …… かな。
( …… あれ? )
チラリと見やり、異変に気付く。
一緒に黒の穴に落ちてしまった、優しくも不運な時の契約者。
ついさっきまで普通に喋っていたのに。今は、黙り込んで膝を抱えている。
しかも、両手が、ぼんやりと光っているような。見間違い …… じゃなさそうだ。
どうしたんだろう。何で光ってるんだろう。その疑問を素直にぶつける為、四つん這いで近付く。
何となく、嫌な予感はしていた。そして、嫌な予感ってのは、決まって当たるものだ。
( …… えっ? )
いつもと雰囲気が違う。
恐ろしい魔物のような目付き。
ゆっくりと顔を上げる時の契約者。
その横顔に 『恐怖』 を覚えずにはいられなかった。
*
ここは黒の、黒の穴。
あらゆる欲望が蔓延る時の歪み。
使命を担う契約者に、害をもたらす空間なり。
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クロノラビッツ - 欲望と黒の穴 -
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黒の穴(クロノアナ)
時狭間に点在している穴。
時の歪みとも呼ばれ、踏み込んだ瞬間、奥へと引きずり込まれる。
何の前触れもなく、突如、足元に出現するため、注意が必要である。
穴の奥は漆黒の闇が広がるばかりで、自力での脱出は不可能。
外側から歪みを押し広げてもらわない限り、出られない。
また、時の契約者が黒の穴に落ちた場合、時狭間全域のバランスが崩れてしまう他、
時の契約者そのものの精神も侵され、闇に支配されかねない。
闇の支配とは即ち 『欲望』 の充満と発散を意味する。
困ったなぁ。真っ暗 …… 。
何にも見えないし、何にも聞こえない。
静かで落ち着くけど、やっぱりちょっと不安。
このまま出られないってことはないだろうけど。
まぁ、一人じゃないのが、せめてもの救い …… かな。
ここは黒の、黒の穴。
あらゆる欲望が蔓延る時の歪み。
使命を担う契約者に、害をもたらす空間なり。
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「最近は赤月の日が多いから早めに帰ってきなさいって言われてたんだよね …… 」
ポツリと小さな声で呟いた露希。
悔やむ露希の耳とお尻には、狼耳と尻尾が出現している。要するに、人狼化している状態。
だが、月の赤い夜にのみ決まって起こるこの異変は、普段のそれとは大きく異なる点がある。
怒りなどで抑制が効かなくなり、本来の姿である人狼へと身体を変化させた場合、自我すらも薄れてしまうが、
赤い月によって一部が人狼化した場合、理性など、感情のほとんどがそのまま残る。つまり、危険性はゼロに等しい。
大きく異なる点とは、自らの意思で本来の姿を解放したか否かによって決定する "危険度" というわけだ。
理性の大半が残っている状態の露希は、一緒に黒の穴へと落下してしまった梨乃を気遣う。
気をつけてねって言われてたのに、つい、おしゃべりに夢中になっちゃって、気付くのが遅れてしまった。
でもまぁ、露希だけじゃなく、梨乃もおしゃべりすることに夢中で気付いていなかったから、どちらにも非がある。おあいこだ。
とはいえ、普段と異なる姿に変貌している自分に対し、嫌悪感のようなものがあるのも事実。
別に、ここで梨乃を襲ったりだとか、そんな気は一切ないし、その心配は皆無だけれど、
赤い月が出ている間は、ずっとこのまま。明らかに人外な姿だというのに理性がしっかり残っているという、
そのアンバランスな感覚を露希は苦手としている。だからこそ、そんな状態の自分を梨乃に見せたくないとも思う。
赤い月が出たとき、こういう風になるんだってことは、ずっと前に説明しているから、今更、梨乃が驚いたりすることはない。
だが、露希は、梨乃の様子が何やらおかしいことに、数分前から勘付いている。
「リーちゃん? 大丈夫?」
「 …… うん。平気」
返事こそするものの、ずーっと下を向いたまま。
様子のおかしい梨乃に首を傾げながら、露希は、あれこれと世話を焼いた。
寒くない? だとか、お腹すいてない? お菓子ならあるよ? だとか、何だかんだと声をかける。
でも、どんな言葉をかけても梨乃の反応は淡々としていて、どこか、冷たさのようなものも感じさせた。
具合が悪いのかなとも思ったが、どこかを痛めたわけでもなし、心配したところで "平気だよ" としか返ってこない。
何ともないならそれに越したことはないけれど、やっぱり、どこか妙だ。
露希は、おかしいなぁと思いつつ、梨乃の隣にゆっくりと腰を下ろした。
と、そこで、ハッと思い付く。
もしかして、怒ってる?
これから一緒にデート! って時に、ずどーんと穴なんかに落ちちゃったから?
そういえば、梨乃は、すごく楽しみにしていたみたい。ようやく時間の折り合いがつき、久々のデートだったものだから。
それなのに、こんなことになっちゃって …… そうだよ、そう考えれば辻褄が合う。逆の立場だったら、って思えば余計に。
様子のおかしい原因・理由が、それだと確信した露希は、申し訳なさそうな表情を浮かべ、チラリと梨乃を見やる。
一緒に落ちたんだし、どっちも不注意だったから、どちらか一方が悪いってこともないんだろうけれど、
こういうときは、男の子のほうが責任を負うべき。ごめんねって謝るべき。
ここで、自分も対抗するように不機嫌になってしまうと、余計にこんがらかって厄介なことになってしまうから。
いざというときは、男の子がしっかりと女の子の手を引き、ちゃんとエスコートしてあげなくてはならない。
そう、露希は、いつも、姉からそう聞かされていた。だから、謝ろうと試みる。ごめんねって。
でも、どういう風に切りだすべきか、そこがわからない。逆に、もっと不機嫌にさせてしまったりしないだろうか。
ごめんねとだけ言ったところで、何が? と返されてしまっては、何だかすご〜く惨めな気持ちになる。
ごめんねと言うからには、何に対しての、どういう謝罪なのかという点も添えなければ。
どうしよう …… と、俯いて考え込む露希。
そのときだった。梨乃が、そっと、露希の手に触れる。
必死に考えるがあまり心ここにあらずの状態だった露希は、少し大袈裟にビクッと肩を揺らした。
でも、ありがたい。向こうから、梨乃のほうから、タイミングというかキッカケみたいなものを作ってくれてる。
何だかんだで、いつもこんな感じ。 …… だから、不機嫌にさせちゃうのかもしれないなぁ。
なんてことを考えつつ、ニコリと笑って顔を上げる露希。
「リーちゃん、あのさ …… 」
違う、と。そうじゃないんだ、と。そう、露希が気付いたのは、顔を上げた直後のこと。
あのさ、とまで言いかけて、露希は、躊躇うことなく梨乃の手を振り払い、ザッと距離を置いた。
反射的に退避してしまったのは、梨乃が放つ "嫌な" 雰囲気。不機嫌だとかそういう問題じゃない。
梨乃の肌が、灰色に変色しつつある。口元には、うっすらと妖しい笑み。焦点の定まらぬ虚ろな目も然り。
何の前触れもなく唐突に出現するからこそ、黒の穴は恐ろしい。だから、時狭間にいる間は常に注意しておくこと。
マスターは、そう言っていた。露希が聞いたのは、そこまで。危ないから落ちないように気をつけるんだよ、ってことだけ。
実際、その穴に落ちてしまった場合どうなるのか、どうなってしまうのかまでは聞かされていなかった。
というより、わかったよ〜とすんなり理解してしまったがゆえに、聞きそびれてしまったという感じか。
「はいはい、なるほど。こういうことね〜 …… 」
指先に光の魔法を凝縮させながら苦笑して言う露希。
普段からは想像できない妖艶な雰囲気をこれでもか! ってほどに放つ梨乃の姿に、露希は納得した。
目に見える傷じゃなく、目には見えない傷。不可視の傷。おそらく、その患部は "心" だと思う。
理屈はわからないけれど、要は、精神的なダメージを受けてしまい、おかしくなってしまうということだろう。
わかったよ〜なんて、すぐに良い返事せず、何で? どうして危ないの? って、ちゃんと聞いておけば良かったなぁ。
そんな後悔を胸に抱きつつ、露希は、すぐさま対処に移る。
迎え撃つ? 応じる? いやいや、まさか。そんなこと出来るはずもない。
露希が選択した対処。それは、梨乃の意識を奪うという、手っ取り早く安全な手段だった。
指先に灯した光が十分に発光したら、そのまま、指で宙に十字を切る。
そうすると、指先に灯った白い光から、ふわりふわりと、光の蝶々が生まれる。
後は、その出現させた光の蝶を梨乃の身体を覆うかのように纏わせるだけで良い。
蝶の羽から落ちる光の粉による催眠効果は、どんな猛獣をも瞬時に熟睡させるほど強烈なものだから。
「あれ …… ? って、うわわわわ …… !?」
余裕しゃくしゃくで対処にあたっていた露希が、突然、慌てだす。
いや、対処自体に問題は生じていない。光の蝶も問題なく出現したし、梨乃を眠らせることもできた。
じゃあ、何で。いったい、何に驚かされているのかというと …… 暴発である。
止まらないのだ。制御することができないのだ。
梨乃は既に眠っているし、もう、目的は果たしたから、すぐにでも引っ込めたいのに、それが出来ない。
露希の指先に灯った光は、留まるところを知らず、膨張していくばかり。それに併せて発光度合いも増すものだから、辺りは真っ白。
眩しすぎて目を開けていられないほどである。時狭間という空間が、これほどまで明るくなったことは、未だかつてない。
止めようとすればするほど暴走する魔力。露希は、いつしか、あたふたすることを止め、諦めた。
どうせ、いつかは消える。魔力が底をつけば、自然と消えるから、と。
*
スヤスヤと、気持ち良さそうに眠る梨乃。
そして、そのすぐ傍で、グッタリと寝そべっている露希。
結局、光の魔法の暴走は、露希の魔力がゼロになるまで続いた。
眩い光は、時狭間の居住区にすら届いてしまったけれど、そのお陰で助けを呼ぶことができた。
何だ、どうした、何事だ? と、露希のケータイに連絡を入れてきた藤二が、いま、ここに向かっている。
詳しい説明は後でするから、とりあえず迎えにきて〜とだけ伝え、露希は、バタリとその場に寝そべってしまい、そのままというわけだ。
気持ち良さそうに眠る梨乃からは、異変の類、その全てが除去された。肌の色も元通りになったし、雰囲気だって、いつもどおり。
多分、お酒に酔って暴れてしまったときのように、目覚めたらキョトンとするんだろうなぁ、なんにも覚えてないんだろうなぁ。
どうせ覚えていないのなら、あのまま応じておけば良かったかも? 何に、って …… そりゃあ、梨乃の誘惑に …… ?
(って言っても、どうすればいいのかわかんないんだけどね〜 …… )
にゃはは、と笑いながら、ゆっくり身体を起こし、そっと梨乃の頬に触れる露希。
梨乃の頬を撫でる左手、指先。光を灯していたその指先は、まだ熱を帯びていた。
どうしてなんだろう。どうして、最近、光の魔法ばかりが、こんな風に暴発してしまうんだろう。
逆に、炎の魔法は上手くいかなくて、威力が落ちていく一方なのに …… 何で、光の魔法だけ、こんな …… 。
藤二が迎えにくるまで、黒の穴の中。梨乃の頬を指先で撫でる露希は、違和感を覚えていた。
確かにそれは自分の指なのに、何故か、他人のモノのように思えて。
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The cast of this story
8300 / 七海・露希 / 17歳 / 旅人・学生
NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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