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■第3夜 舞踏会の夜に■

石田空
【7851】【栗花落・飛頼】【大学生】
「今晩舞踏会だってねえ」
「そうねえ」
「またイースターエッグ公開されるのかしら?」
「されるんじゃない?」

 昼休み。
 雪下椿、喜田かすみ、楠木えりかのバレエ科仲良し三人組はおしゃべりをしていた。
 話題はもっぱら今晩行われる舞踏会の事である。

「いいよねえ。行ける人は」
「あらあら椿ちゃん踊りたい人いるの〜?」
「いっ、いる訳ないじゃない!!」
「あらあらあら。ならえりかちゃんは?」
「そんな、そんな人いないよ!?」
「そう言うかすみはどうなのよ〜?」
「あら〜? 私は普通に海棠先輩と踊りたいけど? まあ、無理だけどね」

 互いをくすぐり合いながらキャッキャと芝生を転がり回る。

「社交界に入れる人が条件だもんねえ。17歳以上で、ワルツをマスターしてて、マナー検定取得してる事」
「げええ……どれも私達持ってないじゃない……と言うか、それ高等部でもどれだけ行けるのよ?」
「でっ、でも、特例とかもあるって聞いたよ!?」
「うーん……私達だと無理かもねえ? あっ、椿ちゃんはあるいは行けるかもしれないけど♪」
「……何でもいいけど、何でアンタそんな事にイチイチ詳しいのよ?」
「乙女には108個の秘密があるのよ♪」
「それ、煩悩の数……」
「でも私達が17歳になっても、もうあんまり意味ないかもね?」
「何でよ?」

 ゴロゴロ芝生で転がっていたかすみが座り直す。
 寝転がったままそれを椿とえりかが見ていた。

「だってえ、新聞部も配ってたけど、怪盗オディールの予告状で、今晩来るって言ってたのよ〜? どう考えても次盗むのってあれよねえ?」
「イースターエッグ? うちのOBが作った宝石加工してる奴」
「あれそんなにすごいものなの?」
「もう〜、えりかちゃん無知! あれは代々学園の定期舞踏会に現れては皆に見つめられ、やがて舞踏会の雰囲気を吸収したイースターエッグは魔力を帯び、その魔力によってその前で踊ったカップルを必ず縁結びして永久の愛を誓わせるって言う、とーってもすごいものなのよ♪」
「ふーん……そんなすごいものだったんだあ」
「あれなくなったら学園の女子から暴動起こらない?」
「さあねえ。生徒会も今回は厳重に警護するみたいだから」

 三人はようやく芝生から起き上がり、パンパンと芝を叩き落とした。

「まあ私達はあんまり関係ないけどねえ」

 三人はそう言いながら帰っていった。
 予鈴が鳴ったのは、その直後である。
第3夜 舞踏会の夜に

 午後4時。
 栗花落飛頼はカラカラとカーに台座を積んで芸術ホールを歩いていた。
 本来ならこの時間は個人レッスンの時間なのだが、今日は定期舞踏会。レッスンは休みとなり、こうして舞踏会の準備をしている。

「台座、もう置いて大丈夫?」
「はい、お願いしまーす」
「うん」

 よいしょ、と台座を置いていく。
 ここは舞踏会で音楽科生徒達が演奏をする場所だ。あらかじめチョークで床にマーキングしてあるので、そこに合わせて置いていく。
 全部置き終わった後は、さすがにくたくたになった。
 ふう。一息ついて辺りを見回した。
 今日舞踏会の会場設営に参加しているのは、美化委員会や園芸部、生徒会であった。飛頼の場合は、園芸部の大半が女子のため、力仕事を進んで引き受けていた。
 美化委員が掃除を施しつるつる光っている床の上に赤いカーペットを敷き、園芸部員が、ダンスフロアや貴賓席に飾るフラワーアレンジメントを並べている。生徒会は合間をぬって次々と支持を飛ばしている。
 そういや。
 今日怪盗が現れるって言ってたけど。どうやってここに入るんだろう。
 まさかわざわざ目立つ格好で入り口から入ってくる訳ないだろうし。
 飛頼は少し首を傾げながら生徒会役員があれこれと打ち合わせをしているのを見ていたら、ガラスケースを持ってあれこれと言っているのが見えた。
 あれかな。今晩予告が来てたイースターエッグは。
 中には確かに綺麗な細工が施されたイースターエッグが見えた。
 もし僕が怪盗なら、目立たずイースターエッグが取れる場所に近付くけど、だとしたら、変装して中に入るかな。出るとしたら、どこだろう?
 ダンスフロアの中央に設置予定らしいガラスケースの辺りをぐるっと見回すと、天窓があるのを思い出した。前に見た時は屋根と屋根の間を跳んでたけど、まさかあそこから出る気なのかな……。

「先輩―、すみません鉢植え運ぶの手伝ってもらえますかー?」

 高等部の女子が呼んでいて、飛頼は我に返った。

「うん、分かった。温室に置いてあった奴だよね?」
「はいー」
「分かった、すぐやるから」

 まずは、仕事が終わってから考えよう。
 そう思って思考を停止した。
 そう言えば。
 僕ってまさか社交ダンスでも倒れたりしないよね?
 いつも音楽では倒れた事はないし、バレエのチュチュを見ない限りはふらつく事もないだろうし。

/*/

 午後9時12分。
 ワルツが流れる中、黒いタキシードに身を包んだ飛頼はのんびりと人波の中を歩いていた。途中で白いドレスの少女達とすれ違う。ああ、デビュタントか。そう思いながらダンスフロアの方を覗く。
 あれ?
 人がやけにざわざわしているのが気になった。

「海棠先輩が、踊ってるわ!」
「あの人普段定期舞踏会にも参加しないのにね。珍しい」
「素敵ね……でも踊ってる方桜華先輩じゃないわね?」
「あの人誰? どこの科の人かしら?」

 あれ? 桜華って、守宮さんの事だっけ。
 飛頼は首を傾げていると、その桜華がダンスフロアの近くのテーブルで紅茶を飲んでいるのが見えた。

「守宮さん」
「あら、先輩。こんばんは」
「こんばんは。今晩は幼馴染と来ているって聞いたけど」
「ええ……でも振られてしまいました。ほら」

 桜華が指差した方角は、気のせいか皆が見ている方角と一致した。
 飛頼もその方向を見てみると、気のせいかそこだけ時の流れ方が違うような1組の男女が踊っていた。
 クリーム色のマーメイドラインのドレスを纏った黒い髪の女性。
 一方男性の方を見た途端、ぐらり、と飛頼の視界がおかしくなった。
 女性をエスコートしているのは、薄紫のタキシードを着た男性だった。彼が、桜華の言っていた幼馴染だろうか。
 彼の事は知っている。
 でも、思い出せない。
 いや、思い出したくない……?
 壊れたレコードのように響く、白いロマンティックチュチュを着た少女の声が、白くなる瞼の裏に掠めた。
 中庭。白いチュチュ。甲高い笑い声。
 その近くには、今よりももっと幼い顔の、踊っている男性がいたような気がする。
 でも、確か同じ顔が……2人、いたような……。

「先輩? どうかしましたか? 気分、悪くなったんですか?」

 桜華の声で、はっと我に返った。
 飛頼は、びっしょりと汗を掻いていた。

「……ごめん。ちょっと風に当たってくる。人酔い、かな?」
「そう、ですか?」

 尚も心配そうな顔をする桜華に、「いいよ」と飛頼は笑った。
 まさか、彼女の幼馴染が僕の記憶喪失に関わっているような気がするなんて、言えないから。

「幼馴染と、一緒に踊れるといいね」
「……はい」

 その時の桜華は、心底嬉しそうな顔をしていた。
 飛頼は「頑張ってね」と言いながら、会場を後にした。

/*/

 午後9時25分。
 芸術ホールの裏側にあるベンチに飛頼は座った。
 夜風が頬に当たって気持ちいい。
 さっきまでの感じていたぼうっとするような眠気は夜風の冷たさに当たっている内に消えていった。
 人酔いだけだったらよかったんだけどね。守宮さんの幼馴染が、僕の記憶喪失に関わっている……ような気がするのが引っかかるけど。
 でも何でだろう。
 守宮さん、幼馴染に会うのは「久しぶり」って聞いたのに。下級生の子達はうちの学園の生徒だって言ってた。久しぶりってどう言う意味だったんだろう? 同じ学科じゃないなら確かに滅多に会わないって事はあるだろうけど久しぶりなんて言い方するかな。
 それに……。
 さっきの人と同じ顔が1人いたような気がする。でもそうだった場合、もう1人どこ行ったんだろう。
 えっと……海棠君、だったっけ。守宮さんが言っている久しぶりに会う幼馴染って、もしかしていなくなった方の海棠君って事でいいのかな?

 そう、とりとめもない事を考えている時だった。
 芸術ホールから漏れていた演奏と、明かりが突然消えた。

「えっ?」

 思わずびっくりして飛頼は立ち上がった。
 何やら騒がしい。
 そして次の瞬間、ガラスが割れる音と悲鳴が聞こえた。
 何かが飛び出していくのが見えた。

「あっ……」

 黒いチュチュを纏った顔を黒い仮面で覆った少女。
 飛頼の読み通り、天窓を割って、そのまま次の校舎の屋根へと跳んでいったようである。
 そのまま跳んでいく怪盗。
 あっちの方角なら……屋根がなくなる場所は図書館、かな。
 先回りしよう。多分自警団も追いかけているだろうけど、今日は来賓の人もいるから、大きな捕り物にはならないだろうし。飛頼はそのまま走り始めた。
 しばらく怪盗の影を追いかけて走ってみると、図書館の屋根の上から、何かが落ちてくるのが見えた。
 怪盗?

「あの……」

 黒い影は、ビクリッと背中を震わせて、こちらに振り返った。
 やっぱり。怪盗だ。

「誰?」
「えっと、こんばんは。初めまして? 大学部の栗花落飛頼です」
「こんばんは?」

 怪盗は少し首を傾げながら挨拶をしてきた。
 あれ?
 何かイメージが違う。もっと堂々としている人だと思ってたのに。
 まあいっか。

「すみません。捕まえたいとか、そんな事は考えていません。ただ、1つだけ聞きたい事があったんですが」
「……私で答えられる事なら」
「前にもあなたみたいにチュチュを着ている人が、いたような気がしたんです。僕はよく覚えていないんですが。ただ、その人は白いチュチュを着ていました。あなたは、何故黒いチュチュを着ているんですか?」
「………」

 仮面越しからじゃよく分からないが、気のせいか怪盗は目を大きく見開いたような顔をした。

「……その人はどんな人だったんですか?」
「よく覚えていません。ただ、黒いチュチュではなく、白いチュチュだったと思います。ロマンティックチュチュだったと思いますけれど」
「………」

 怪盗は、手を顎に当てて考え込んでいる。
 あれ?
 飛頼は変な事に気が付いた。
 あれだけ騒ぎがあったのに、怪盗は、何故かイースターエッグを持ってはいなかった。

「ごめんなさい。分かりません」
「いや、分からないならいいんですけれど。今日盗んだイースターエッグはどこに行ったんですか?」
「あの子達はいなくなりました」
「? いなくなった?」
「はい。……自警団が来ますね。もう行きます」
「あっ、気をつけて」
「ありがとう」

 そのまま怪盗は闇へと溶けるようにして消えた。
 変だなあ。
 僕の記憶喪失の原因と、怪盗の起こす事件は関係あるのかって思っていたけれど、ないのかな? でも……。
 彼女が起こした騒動がなければ、僕は自分が記憶喪失だって事も、気付かなかったんだけれど。
 今は自警団にとやかく言われない内にここを離れよう。
 飛頼は足早にこの場を後にした。
 ……今晩は情報量が多過ぎる。考えまとめないと。
 そう思いながら。

<第3夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7851/栗花落飛頼/男/19歳/大学生】
【NPC/守宮桜華/女/17歳/聖学園高等部バレエ科2年エトワール】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】

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■         ライター通信          ■
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栗花落飛頼様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第3夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は怪盗オディールとのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。怪盗オディールは普段コネクションが出来ても滅多に現れる事がないのですが、呼べばもしかしたら会いに来てくれるかもしれません。

第4夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。