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■クロノラビッツ - 溜息の数だけ -■

藤森イズノ
【8295】【七海・乃愛】【学生】
 気が付けば、溜息を吐き落としている。
 いや、もともと溜息は無意識のうちに吐き落とすものかもしれないけれど。
 その回数が、尋常じゃないのだ。一日に何十回 …… 下手すりゃ何百回と …… 。

「だー! もー! 何なんだよ、お前。溜息多すぎ!」
「どうしたんです? 何かあったんですか?」
「悩み事なら、相談に乗るわよ」

 まぁ、こうなるのも当然だ。
 いい加減にしろよと海斗が怒るのも無理はない。
 だって、事あるごとに溜息、溜息、溜息の連続なんだもの。
 そりゃあ、どうしたの? って聞きたくもなる。他の誰かがこういう状態なら、
 間違いなく、自分も海斗たちと同じように、何かあったの? って聞くだろう。
 彼等が声を掛けてきたのは、何も今日が初めてということでもない。
 溜息が増えてから今日で、ちょうど一週間。
 その間、彼等は、何度もこうして声を掛けてくれた。
 まぁ、その度に「何でもない」とか言って、はぐらかしてきたんだけど。

 そろそろ、はぐらかすのも限界かと思う。
 溜息を吐き落とさなければ済む話なんだろうけど、それって無理難題。
 でも、相談したところで …… どうにもならないような気もする。
 他人・第三者からすれば、くだらない悩みかもしれない。
 でも、自分にとっては …… かなり深刻な悩み。
 時間が解決してくれるようなものでもなし。
 どうしたもんかなぁ、これ。
 クロノラビッツ - 溜息の数だけ -

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 気が付けば、溜息を吐き落としている。
 いや、もともと溜息は無意識のうちに吐き落とすものかもしれないけれど。
 その回数が、尋常じゃないのだ。何十回 …… 下手すりゃ何百回と …… 。
「だー! もー! 何なんだよ、お前。溜息多すぎ!」
「どうしたんです? 何かあったんですか?」
「悩み事なら、相談に乗るわよ」
 まぁ、こうなるのも当然だ。
 いい加減にしろよと海斗が怒るのも無理はない。
 だって、事あるごとに溜息、溜息、溜息の連続なんだもの。
 そりゃあ、どうしたの? って聞きたくもなる。他の誰かがこういう状態なら、
 間違いなく、自分も海斗たちと同じように、何かあったの? って聞くだろう。
 彼等が声を掛けてきたのは、何も今日が初めてということでもない。
 溜息が増えてから今日で、ちょうど一週間。
 その間、彼等は、何度もこうして声を掛けてくれた。
 まぁ、その度に「何でもない」とか言って、はぐらかしてきたんだけど。
 そろそろ、はぐらかすのも限界かと思う。
 溜息を吐き落とさなければ済む話なんだろうけど、それって無理難題。
 でも、相談したところで …… どうにもならないような気もする。
 他人・第三者からすれば、くだらない悩みかもしれない。
 でも、自分にとっては …… かなり深刻な悩み。
 時間が解決してくれるようなものでもなし。
 どうしたもんかなぁ、これ。

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「乃愛ちゃんが、こんなに不機嫌なのって珍しいわよねぇ」
 クスクス笑いながら、乃愛をギュッと抱きしめる千華。
 時狭間の居住区、リビングにて、海斗・千華・浩太の三名は、ご機嫌斜めな乃愛に手を焼いていた。
 当たり散らすような真似こそしないものの、溜息の数が尋常じゃない。
 それならばいっそのこと、自分勝手に当たり散らしてくれたほうがマシだったりもする。
 千華にギュッとされても、ムスッとした表情の乃愛。これは、相当キテるな …… と、海斗は、肩を竦めた。
「せめてさー。理由くらい教えてくんねー?」
 わけもわからず、すぐ傍で重い溜息ばかり吐き落とされると、気が滅入ってしまう。
 せっかく用意したおやつも紅茶も台無し。食べ物に心はないけれど、これじゃあ、さすがに可哀相だ。
 フルーツたっぷりのマフィンをひとつ手に取り、がぶっとかぶり付きながら苦笑する海斗。
 そのとき初めて、そこでようやく、乃愛は気付く。
 仲間達に、迷惑をかけていること、皆の表情まで沈み始めていることに。
「 …… ごめんなさい」
 俯き、小さな声で謝罪する乃愛。
 千華は、そんな乃愛の頭を撫でながら、優しい口調と声で尋ねた。
 何があったのか、どうしてそんなにイライラしているのか、差し支えなければ教えてくれない? と。
 千華だけじゃなく、海斗と浩太も、ジーッと乃愛を見つめている。聞かせてくれよ、と言わんばかりに。
 しばらく黙りこみ、頭の中を整理する乃愛。数分後、乃愛は、溜息の理由・原因について、少し気だるそうに語り出す。
「 …… そりゃあ、何週も出ていれば溜息もつきたくなりますよ。これ」
 目を細め、怪訝とした表情で言いながら、パーカーのフードをパサリと取り払った乃愛。
 いま現在、乃愛は "半人狼化" の状態にある。つまり、金色の狼耳と尻尾が出現してしまっている状態。
 耳も尻尾も目立つから、海斗たちは、乃愛を見た瞬間、彼女が半人狼化していることを把握した。
 でも、ワザとそうしているのだと思っていた。そのほうがラクなのかなとか、そんな風に思っていた。
 でも、どうやら違うらしい。乃愛の発言は、それを疎ましいと思う感情に満ちている。
 ということは? 乃愛が自分の意思でそうなってるわけじゃない、ということになる、のか?
 だとすれば、どうしてそんなことに? 海斗たちは、遠慮せず、ズケズケと質問していった。
「包帯が駄目になってしまったんですよ」
 ハァと溜息を吐き落とし、鞄からスルスルと包帯を取り出して仲間に見せる乃愛。
 いつもの包帯だ。いつも、乃愛が腕に巻いている包帯、なんだけど …… 。
「あれ? 真っ白だな」
「あら、本当。変ね。何か、模様みたいなの入ってなかったかしら?」
「ですよね。裏にびっしり入ってましたよ。どうして消えてるんですか?」
 仲間の質問に、乃愛は、少し寂しそうな表情を浮かべ、伏せ目がちに詳細を伝える。
 学校行事の一環である "戦闘" に赴いたところ、予想以上に敵が手強くて深手を負ってしまったこと。
 更に、その傷が両腕に集中したため、必然と包帯が血まみれになってしまったこと。
 戦闘を終え、寮に戻ってきてから、すぐに洗濯をしたものの、包帯の裏に入っていた "印" まで消えてしまったこと。
 その "印" が消えたことにより、獣化の制御が効かなくなってしまい、ご覧の有様だということ。
 制御が効かなくなり、今日で七日目。その間は、ずっとこんな調子で溜息ばかり吐き落としてしまう。
 包帯に入っていた "印" は、獣化を制御するだけじゃなく、精神を安定させる効果も持ち合わせていたため、
 乃愛は、この七日間、情緒不安定になってしまい、笑うことすらできなくなってしまっているそうだ。
 溜息の理由・原因を聞かされた海斗たちは、なるほど、そういうことだったのかと揃って頷いた。
「そーだったのか。つかさ、その "印" ってやつを、また入れてもらえば良いんじゃねーの?」
「それが出来ないから、参っているんです」
「できねーの? 何で?」
「印を入れることの出来る人が、里帰りをしているんですよ」
「サトガエル? 何だそれ? 蛙なのソイツ?」
「違うよ、海斗。里帰り。里帰りっていうのは、生まれ故郷に帰省することだよ。ね? 千華さん?」
「そうね。 …… でも、じゃあ、その人が戻ってくるまで、ずっとその姿で過ごさなきゃならないってことよね」
「そうなんです。いつ戻ってくるのか見当がつきませんから、苦痛なんです」
 乃愛が、普段、両腕に巻いている包帯に入っている "印" は、呪術の一種であり、誰しもが出来る芸当ではない。
 乃愛の正体など、全てを熟知している博識な学者にしか出来ないことなのである。
 そして、それに該当する人物は、今のところ、一人しかいない。
 探せば見つかるかもしれないが、長く世話になっている学者以外に任せるのは、抵抗がある。
 もしも不備なんぞあろうものなら、包帯を巻いていない状態よりも悲惨なことになってしまいかねないし。
 というわけで、どうすることもできない。ただ、その学者が戻ってくるのを待つしかないという現状。
 乃愛が通っている学校は、在学している生徒全員が異能者であり、また、様々な種族が存在している。
 だから、学校にいる間は良い。何の問題もない。耳と尻尾について疑問を抱く人なんて、一人もいないから。
 問題なのは、学校が終わった後。この姿で街へ出ようものなら、即座に大パニックになってしまう。
 以前、一度だけ、買い物を終えて寮へと戻る最中、うっかり、赤い月を肉眼で確認してしまい、
 今現在のように、耳と尻尾が出現してしまったことがあるのだが …… それはもう酷い目に遭った。
 写真を撮らせてくれだとか、それってオリジナルキャラ? とか、むさくるしい男たちが群がってきたのだ。
 まぁ、ちょうど、アニメ関係のイベントでごった返していた区域で "そうなって" しまったのも、パニックの要因だとは思うが。
 獣化の制御を失い、常に耳と尻尾が出現している状態になってから、乃愛は、一度も買い物やら散歩やら、外出をしていない。
 学校と寮を往復するだけ。そんな日々に疲れ切った乃愛は、その不満を発散できないものかと、ここ、時狭間に足を運んだ。
 時狭間は、いつでもどこからでも、念じれば赴くことができるから、どこぞの誰かに見られることもない。
 着いたら着いたで、騒ぎ立てるような人は一人もいないし、気を休めるには最適なところと言える。
 でも、乃愛は、今日まで我慢していた。本当は、すぐにでもここに来たかったのに、我慢した。
 時狭間という空間が特別な場所であることくらい、乃愛は、熟知している。
 だからこそ、来れなかった。そんな特別な場所を避難所のように使うことに抵抗があったからだ。
 海斗たちに会ったとき、不機嫌にしていると余計な心配をさせてしまうという遠慮もあった。
 まぁ、結局、すぐに見つかって、こうして居住区に連れて来られてしまったわけだが。
「自力での制御は昔から苦手なんですよ。でも、いい加減、出来るようにしないと駄目ですね …… 」
 フゥと息を吐き落とし、不甲斐ない自分に呆れるかのように嘲笑する乃愛。
 包帯があるから大丈夫だと安心しきっていた、そのしっぺ返しが、今の現状なのだと思う。
 弟のように上手く自力で制御できるようにならなければ、また、今回のようなことを繰り返してしまうかもしれない。
 イライラする気持ちと一緒に、不機嫌にさせる理由・要因を吐きだしたけれど、吐きだして、ようやく気付いた。
 自力で制御できない自分が悪いのに、他人のせいにしてる。こんなの、みっともないし、情けない。
 不満を口にすることで、自分の非に気付いた乃愛は、最後にひとつ、とびっきり大きな溜息を吐き落とすと、
「すみません。ご迷惑をおかけしました。私、そろそろ戻りますね」
 そう言い、ペコリと頭を下げ、逃げるようにその場を立ち去ろうとした。
 自分が悪いのに、勝手にブーたれていたという事実に対する気恥ずかしさもあったかもしれない。
 だが、あぁ、そう、じゃあ、気をつけて、またね! だなんて …… 海斗たちが言うはずもない。
 どうして不機嫌だったのか、その理由を聞かせてもらったからこそ、放っておけない。
「待って、乃愛ちゃん。紅茶、淹れなおすわ」
「このマフィンも、すごく美味しいですよ。食べなきゃ損ですよ」
「っつーわけで、もーちょい付き合え。乃愛」
 ケラッと笑って言う海斗、マフィンを差し出す浩太、紅茶を淹れながら微笑む千華。
 海斗たちは、あくまでも "自分たちが引きとめた" という体で事を進めていく。
 本音を言うなれば、好きなだけいれば良い。何なら、その学者が戻ってくるまで、居座ってても良い。
 すぐにでも戻りたい! と強く思うのであれば、時の扉を私用で使う許可をマスターに貰い、
 その学者の故郷とやらまで、連れていってあげても良い。何にせよ、遠慮なんてする必要まったくない。
 避難所なら避難所で、それもアリ。乃愛の気持ちが少しでも落ち着くなら、安らぐというなら、好きなだけどうぞ。
 といったところ。でも、ちょっと恩着せがましくなるような気がするから、海斗たちは、その本音を口にしない。
「ま、一人でいたいっつーなら、オレたち、自分の部屋に行くケド?」
 ちょっぴり意地悪してみる海斗。
 乃愛は、そんな海斗にクスクス笑い、再びストンとソファに腰を下ろした。
「いいえ。一緒にいてください。みなさんとお話していたいです」
 先程までの思い詰めた表情はどこへやら。いつもの可愛らしい笑顔を仲間に向ける乃愛。
 それまでの不満だとか苛立ちだとかが薄れ、笑顔を思い出した乃愛に対し、海斗たちは口を揃えて、こう返す。
「はい。よろこんで」

 ずっとそのままの姿でいても平気な、そんな世界だったら良かったのにねと思うところはあるけれど。
 嫌なこととか哀しいこととか、心が折れてしまいそうなときの拠り所みたいな感じで、いつでも訪ねてくればいい。
 何で来たんだよなんて、そんなこと言う奴はどこにもいないから。利用でも何でも構わないから。
 乃愛にとって、安らぐ場所であれば良いと、全員が、そう思っているんだから。
 それに、正直な話、嬉しかったりもする。
 助けてーってしがみつかれたみたいな感じがして、頼られてるような気がして。
 だから、好きなだけどうぞ。溜息の数だけ。

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 The cast of this story
 8295 / 七海・乃愛 / 17歳 / 学生
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 千華 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)

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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。