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■クロノラビッツ - そういう存在 -■

藤森イズノ
【8372】【王林・大雅】【学生】
 自宅に届いた一通の封筒。
 差出人の名前はなく、中には黒いカードが一枚だけ。
 カードには、白いインクで、こう書かれていた。

 欲張りでゴメンね ――

 まったく意味がわからない。
 一方的に謝られても困るし、欲張られた覚えもないし。
 でも、カードの差出人が "誰" であるかということだけは把握できる。
 そもそも、こんな意味のわからないことをするのは、あの連中だけだろう。
 一体、何だっていうのか。いちいち付き合わされる、こっちの身にもなってもらいたい。
 なんてことを考えつつ、カードを机の上に乗せて、バスルームへ向かったのだが、

「 ………… 」

 一歩。踏み出したところで立ち止まってしまった。
 振り返るより先に、自然と大きな溜息が漏れる。あぁもう、何なの。
 っていうか、前もこんな感じじゃなかった? 何? 入浴時を狙ってるの?
 だとしたら、かなり悪趣味ですね。っていうか、もはや変態以外の何者でもないよね。

「 …… せめて、ドアから入ってくれば?」

 忠告しながら振り返る。
 振り返った先には、やはり "あの" 来訪者。
 来訪者は、窓の縁に座った状態でヒラヒラと手を振っている。
 元気にしてた? なんて、間の抜けたことを言いながら。
 クロノラビッツ - そういう存在 -

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 自宅に届いた一通の封筒。
 差出人の名前はなく、中には黒いカードが一枚だけ。
 カードには、白いインクで、こう書かれていた。

 欲張りでゴメンね ――

 まったく意味がわからない。
 一方的に謝られても困るし、欲張られた覚えもないし。
 でも、カードの差出人が "誰" であるかということだけは把握できる。
 そもそも、こんな意味のわからないことをするのは、あの連中だけだろう。
 一体、何だっていうのか。いちいち付き合わされる、こっちの身にもなってもらいたい。
 なんてことを考えつつ、カードを机の上に乗せて、バスルームへ向かったのだが、
「 ………… 」
 一歩。踏み出したところで立ち止まってしまった。
 振り返るより先に、自然と大きな溜息が漏れる。あぁもう、何なの。
 っていうか、前もこんな感じじゃなかった? 何? 入浴時を狙ってるの?
 だとしたら、かなり悪趣味ですね。っていうか、もはや変態以外の何者でもないよね。
「 …… せめて、ドアから入ってくれば?」
 忠告しながら振り返る。
 振り返った先には、やはり "あの" 来訪者。
 来訪者は、窓の縁に座った状態でヒラヒラと手を振っている。
 元気にしてた? なんて、間の抜けたことを言いながら。

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「靴、脱いでね」
 淡々と言い放ちながら、伏せ目でお茶をたてる大雅。
 梨乃に借りた小説を読みふけり、疲れたからと休憩しようと思った矢先に来訪するとは、タイミングの良いことで。
 まぁ、ちょうど準備していたところだったし、この状況で自分だけお茶を楽しむのは意地悪すぎるから、振る舞ってあげる。
「どうぞ」
 たてた抹茶をススッと滑らせる大雅。
 窓を閉め、言われたとおり靴を脱いでいたカージュは、苦笑を浮かべた。
 まさか、もてなしてくれるだなんて思わなかったから、ちょっとびっくり。嬉しい気持ちも、もちろんあるけど。
 でも、はたして、素直に "これはどうも" と、そのもてなしを受けて良いものなのか。
 敵対している人物に対して、美味しいお茶を振る舞うだなんてこと、するだろうか。
 嬉しいのに、勘繰ってしまう。カージュの苦笑は、そんなに自分自身を嘲笑するものだった。
「毒なんて入ってないよ。どうせやるなら、そんな姑息なやりかたじゃなく、もっと大胆な手段でやるし」
「 …… そっか。それもそうだな。んじゃ、もらうわ」
 クスクス笑いながら、胡坐をかいて座り、ゴクゴクと一気飲みするカージュ。
 その行儀の悪さに眉をひそめた大雅だが、この人に礼節を説くのはお門違いだと、見て見ぬふりをする。
「それで? 今日は何の用?」
 目を伏せ、しとやかに抹茶をすすりつつ尋ねた大雅。
 どうせ、あのカードを送り付けたのも君なんでしょう?
 欲張りでごめんね、ってやつ。どういう意味なのかわかんないけど、欲は身を滅ぼすよ。
 って、君たちに言ったところで無意味だとは思うけどさ。強欲に滅びた人を、俺は何度も見てきたから。
 良い機会だから、少し説いてあげようか? たった一人の傲慢者によって滅んだ大国の話にでもなぞらえて。
 まぁ、俺も、聞かされただけで、それが実話なのかは知らないんだけど。割と為になると思うよ?
「 …… いや。いい。かったるいし」
「うん。だろうね。言ってみただけ」
 みたらし団子をむしゃむしゃ頬張りつつ、サラリと拒否したカージュ。
 大雅もまた、フゥと息を吐き落として、淡々と言い返した。
 何とも不思議な光景。こんなにも冷めきったお茶会、あって良いものなのか。
 続く沈黙に、その場の空気がピンと張り詰めていく。
 その居心地の悪さから逃げるように、カージュが声を放つ。
「お前の宝物を奪いに来た、って言ったら …… どうする?」
「宝物? 君たちに、そんなのわかるの?」
「わかるよ」
「ふぅん」
 無関心といった様子で、ただ、淡々と返す大雅。
 カージュは、そんな大雅の反応に苦笑し、なら、証拠を見せようかと言って、指さした。
 カージュが示したのは、大雅の腰元、帯に刺さっている煙管と扇子だ。
 幼い頃、道端で急に声をかけてきた年齢不詳な男の人に貰ったもの。
 知らない人に物を貰っちゃいけません、ってキツく言い聞かされていたのに、大雅は受け取ってしまった。
 だがまぁ、別に、何か異変があるわけでもなし。見た目の美しさもあって、その二品は、すぐに大雅のお気に入りと化した。
 なんだ、ほんとに知ってたんだ? うん、確かに、この煙管と扇子は、俺の宝物だよ。
 でも、御名答だからって、はいどうぞって渡すわけにはいかないよ?
 肩を竦めて呆れる大雅に、カージュはクスクス笑うと、
「奪っちまえば、こっちのもんだろ」
 そう言って、腕を伸ばし、煙管と扇子を強引に奪おうとした。
 だが、拒絶される。カージュが触れようとした矢先、煙管と扇子が、バチッと雷光を放ったのだ。
 さほどの威力はないものの、指先から全身に電気が走れば、それなりに痛い。
「いってぇ …… 」
 パタパタと手首を揺らして笑うカージュ。
 そうして、何ともいえぬ笑みを浮かべるカージュに対し、大雅は、言い聞かせた。
「あっははは! 相変わらず煙麗と魔鎌に嫌われてるんやね。ま、当然っちゃ当然やけど」
「 …… うるせー」
 いつの間にか、影虎が表に出ている。
 だが、別に何も珍しいことじゃないから、カージュは驚かない。
 まぁ、欲を言うなれば、影虎じゃなく、大雅ともう少し話をしていたかったけれど。
 どうせ、長いこと話すことはできず、途中で邪魔が入るだろうと思っていたことだし。
「ははは。邪魔なんて言いまへんで。うちらには、うちらの役目があるんや」
「わかってるよ」
「い〜や。わかってへんね」
 まぁ、大雅は覚えてへんからアレやけども。覚えてへんからこそ、君たちを近付けるわけにはいかないっちゅうわけや。
 お話するだけで満足やって言うなら、なぁんも咎めはせんけど、君たちが、話すだけで満足するわけへんしね。
 ええ機会やから、ここで警告しとこか。あまりケッタイな真似はせんほうがええで〜?
 懲りんと、また私欲のために大雅を利用するようなら、俺たちも容赦せんよ。
「 ………… 」
 影虎の "警告" に黙りこんでしまったカージュ。
 肩身狭く苦笑するカージュを見つめ、影虎は、ドカッとソファに腰を下ろしてケラケラ笑う。
 意地悪だとか、悪戯だとか、そんなつもりで言ってるわけじゃない。今のは、本気の警告だ。
 普段どおり笑っているように見えて、今現在、影虎の瞳は深く暗く沈んでいる。あの目は、そういう意味を持つ。
 しばらく黙りこんだ後、カージュは、ハァと溜息を吐き落とすと、脱いだ靴を履き直して、静かに窓を開ける。
「あれぇ? 帰るんやろか?」
 ワザとらしく首を傾げ、クスクス笑いながら言った影虎。
 カージュは、窓の縁に足を乗せながら、小さな声で呟いた。
「お前のせいで台無しだ」
「あっはは! 尻尾を巻いて逃げるとは、まさにこのことやね」
「 …… うっせー」
 何のために来たのか。
 今日、カージュが大雅のもとを訪れた目的・理由について述べるなら。
 たった一言、簡潔に述べるならば、それはおそらく "証明" だ。
 カージュは、あちこちにその思惑を散りばめている。今日に限らず、いつだって。
 敵だから、だなんて言葉で片付けず、ちょっと思い返してみたり、考えてみたりすれば、すぐにわかる。
 一度も大雅のほうから招いたことなんてないのに、どうして、カージュは、大雅の自宅を、自室を知っているのか? とか。
 どうして、大雅が大切にしている宝物、煙管と扇子がそれにあたる事実を、知らぬはずなのに見事に言い当てたのか? とか。
 そもそも、少し異質な雰囲気や違和感はあるものの、影虎との会話が、妙に親しげではないか? とか。
 挙げれば挙げるほど、カージュと大雅の間に、不思議な繋がりが浮かんでくる。
 カージュの目的は、そこにあるのだ。
 知らないはずのことを知っている。大雅のことなら、何でも知ってる。
 だって、自分は "そういう存在" だから。
 カージュは、大雅に伝えようとしている。自分の存在そのものを。思い出してくれやしないだろうかと、そんな願いを馳せながら。

 うまく目的を果たせず、渋々ながら撤退していったカージュ。
 影虎は、先程までカージュが座っていた場所、使っていた湯呑をジッと見つめていた。
 思い出させたいのならば、もっと強引で効率的な手段、いくらでもあるだろうに。
 こんなにもわかりにくい、間接的で非効率な手段でばかり攻めてくるだなんて、らしくない。
 それに、お前のせいだ、と呟いたカージュの横顔は、憂いに満ちていた。そう、それは、つまり ――
「 …… 制限、か」
 クロノハッカーという存在。
 "罪" を犯す前、クロノハッカーと総称される前の彼等を知っているからこそ、大雅 …… いや、影虎はそんな予測を立てた。
 だが、何にせよ、自分たちのすべきことは変わらない。
 カージュたち、クロノハッカーを裏で操る黒幕が実際に存在しているというのならば、その黒幕をシメれば良いだけの話。
 まぁ、連中の目的が明確にならないうちは、あまり下手に動くのもアレだから、しばらくはこのまま様子を見よう。
 どうせ、ロクでもないことなんだから、今のうちにシメちまおうぜ! とか言う血気盛んな妖もいるだろうけど、
 良く言うでしょ。急がば回れ。急いては事をし損じる、ってね。
 悠長な考えと、いつもどおりの気さくな笑顔を浮かべ、影虎は、ひとり、そんなことを呟いたのだった。
「うわ、何やこれ、苦っ! …… 味覚の差が激しすぎるわ」

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 The cast of this story
 8372 / 王林・大雅 / 18歳 / 学生
 NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。