■クロノラビッツ - ひとつだけ -■
藤森イズノ |
【8273】【王林・慧魅璃】【学生】 |
買い物のため、外出していた。
ずっと欲しかったものを、ようやく手に入れることができて、上機嫌。
良い気分で帰宅した …… のに、自室に入って早々、その気分は害される。
まただ。カージュが、勝手に部屋に入って、くつろいでいた。不法侵入ってやつだ。
悲しいことに、この状況に慣れつつある現状。でもやっぱり、勝手に入られるのは不愉快。
まぁ、言ったところで、聞きやしないんだろうけど。一応、言ってみる。このやりとりも、何度目になることやら、なんて思いつつ。
「あのさ、いい加減に …… 」
ドサッ ――
文句を言い終えるより先に、景色が変わる。
背中に鈍い痛み。視界を埋めつくすのは、自室の天井。
そういえば、天井を眺めるだなんてこと滅多にないなぁ、なんて、そんな悠長なこと考えている場合じゃない。
「 ………… 」
やれやれ。いきなり、押し倒すだなんて、随分と手荒な真似をするもんだ。
呆れが大半を占める大きな溜息を吐きながら、ジッと見つめる。何のつもり? と、目で訴える。
すると、カージュは、泣きそうな表情を浮かべ、両腕を押さえる手に、ギュッと力をこめて呟いた。
「 …… 許してくれとか、なかったことにしてくれとは言わない。でも、後悔はしてる。罪悪感は、あるんだ」
何のことやら、さっぱり。意味がわからないから、反応に困る。何これ。何それ。どういうことなの。
手首に、じんわりと温かさを感じたのは、そうやって困惑していた最中のこと。
何だ? と思い見やれば、両の手首で、紅い炎が揺れていた。
押し倒された挙句、両腕を燃やされる …… だなんて、
普通なら、キレるところ。何するんだ止めろ、って抵抗すべき状況。怒りを露わにして当然の状況。
でも、動けずにいた。だって、優しい。こんなにも優しく柔らかに揺れる炎、見たことがない。
両腕で揺れる優しい炎に、不覚にも見惚れてしまった数秒間。
朦朧とする意識下に、カージュの声が響いた。
「 …… だから、返す。ひとつだけ」
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クロノラビッツ - ひとつだけ -
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買い物のため、外出していた。
ずっと欲しかったものを、ようやく手に入れることができて、上機嫌。
良い気分で帰宅した …… のに、自室に入って早々、その気分は害される。
まただ。カージュが、勝手に部屋に入って、くつろいでいた。不法侵入ってやつだ。
悲しいことに、この状況に慣れつつある現状。でもやっぱり、勝手に入られるのは不愉快。
まぁ、言ったところで、聞きやしないんだろうけど。一応、言ってみる。このやりとりも、何度目になることやら、なんて思いつつ。
「あのさ、いい加減に …… 」
ドサッ ――
文句を言い終えるより先に、景色が変わる。
背中に鈍い痛み。視界を埋めつくすのは、自室の天井。
そういえば、天井を眺めるだなんてこと滅多にないなぁ、なんて、そんな悠長なこと考えている場合じゃない。
「 ………… 」
やれやれ。いきなり、押し倒すだなんて、随分と手荒な真似をするもんだ。
呆れが大半を占める大きな溜息を吐きながら、ジッと見つめる。何のつもり? と、目で訴える。
すると、カージュは、泣きそうな表情を浮かべ、両腕を押さえる手に、ギュッと力をこめて呟いた。
「 …… 許してくれとか、なかったことにしてくれとは言わない。でも、後悔はしてる。罪悪感は、あるんだ」
何のことやら、さっぱり。意味がわからないから、反応に困る。何これ。何それ。どういうことなの。
手首に、じんわりと温かさを感じたのは、そうやって困惑していた最中のこと。
何だ? と思い見やれば、両の手首で、紅い炎が揺れていた。
押し倒された挙句、両腕を燃やされる …… だなんて、
普通なら、キレるところ。何するんだ止めろ、って抵抗すべき状況。怒りを露わにして当然の状況。
でも、動けずにいた。だって、優しい。こんなにも優しく柔らかに揺れる炎、見たことがない。
両腕で揺れる優しい炎に、不覚にも見惚れてしまった数秒間。
朦朧とする意識下に、カージュの声が響いた。
「 …… だから、返す。ひとつだけ」
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ハッと我に返り、慧魅璃はすぐに気付く。
右肩から指の先まで、グルグルと巻きついているかのような赤い模様。
纏わりつく蛇を彷彿させるその模様は、かつて、誰かに奪われてしまった慧魅璃の宝物。
慧魅璃にとって、能力は友人そのもの。全ての能力が意思を持ち合わせているからこそ、慧魅璃は、能力を友人と呼ぶ。
「また …… 一緒にいられるんですね。ウロゥ」
右腕に戻った赤蛇の印を見つめながら、嬉しそうに微笑んだ慧魅璃。
カージュは、その笑顔を見るなり、すぐさま慧魅璃から離れて、拘束を解いた。
戻ったばかりの赤蛇の印。その中に存在している "穏やかなる悪魔" とは、まだ会話することができない。
だが、しばらく経てば、以前のように、いつでも好きなときに好きなだけ話せるようになるから心配いらない。
穏やかなる悪魔もまた、慧魅璃と話がしたいと、そう訴えるがごとく、印を発光させているが、焦りは禁物。
しばらく慧魅璃の身体を離れていたがゆえ、すぐに元通りというわけにはいかないのだ。
穏やかなる悪魔と、赤蛇の印。
離れ離れになって、どれほどの月日が経過したのか、もはや思い出せぬほど。
けれど、その印が、自分にとってどんな存在であったかは、はっきりと覚えている。
慧魅璃の精神を安定させるという使命を担い、片時も離れず、見守ってきた存在。
印状態にせよ、印が解かれて実体化した状態にせよ、ウロゥは、いつでも慧魅璃の傍にいた。
何か特異なチカラを持ち合わせているわけでもない。ただ、傍にいるだけで、慧魅璃の心が安らいだ。
能力というよりかは、存在。ウロゥは、存在そのものが、慧魅璃の糧となる、極めて稀な悪魔。
性格やら思考やらが近しいこともまた、慧魅璃を落ち着かせる要因のひとつだろう。
こんなことを言うと怒られかねないが、紅妃とは、まったく逆のタイプ。
穏やかで物静か。可憐な花を思わせる。ウロゥは、そんな存在。
それこそが "穏やかなる悪魔" と称される理由ではないかと思われる。
「あの、さ、慧魅璃」
愛おしそうに赤蛇の印を撫でる慧魅璃に、カージュが、意を決して声をかける。
話すことで、余計に嫌われてしまうかもしれない。もしかすると、こんな風に話すことすらできなくなるかもしれない。
そういう不安はあった。でも、言わずに帰ることだけは、したくなかった。
返すだけが目的じゃない。慧魅璃に、伝えねばならない。
能力を奪った犯人が、自分であること。その、まぎれもない事実を。
とはいえ、この状況からして、カージュが犯人であることは、聞かずとも明白である。
どんなお馬鹿さんでも把握できることだろう。普段からおっとりしている慧魅璃もまた、然り。
「ウロゥは、ずっと、どこにいたんですか?」
印を撫でながら、目を伏せて静かに尋ねた慧魅璃。
いつにもまして穏やかな声だからこそ、ずっしりと重く圧しかかる。
今更、嘘をついたところでどうにもならない。それに、決心してきたじゃないか。
今日は、ちゃんと伝えるんだって。お前の大切な友達を奪ったのはオレなんだって、そう、はっきりと。
「オレらの …… アジトにある鳥籠の中にいたよ。実体化した状態のときに …… 盗んだから」
怯えるような表情で、おそるおそる告げたカージュ。
だが、慧魅璃には、そんなカージュの怯えっぷりは見えない。目を、閉じているから。
「そうですか。わかりました」
ポツリと呟き、そこでようやく、ゆっくりと目を開く慧魅璃。
目を泳がせるカージュにクスリと笑うと、慧魅璃は、赤蛇の印に、キュッと爪を立てた。
覚えてる。忘れるはずもない。それは、印を解き、ウロゥを実体化させるときに必要とする動作だ。
まさか、と思った矢先。カージュは、目を丸くすることになる。
印から実体化し、慧魅璃の掌にちょこんと座る、ウロゥの姿を確認したからだ。
「 …… 早いな。戻るの。もうちょい時間かかると思ってたんだけど」
長らく持ち主から離れていた能力が元通りになるまで、最速でも一日半はかかる。
離れていた能力が強力なものであればあるほど、元に戻るまでに要する時間は長くなる。
赤蛇の印は、紅妃と同等なまでに強力な存在であるがゆえ、
もっと時間を要することになるだろうと思っていたからこそ、カージュは、肩を竦め、苦笑しながら言った。
そんなカージュを横目に、慧魅璃は、実体化させたウロゥの小さな頭を指先で優しく撫でて、小さく呟く。
「カージュ」
「 …… ん?」
「許すだとか、許さないだとか。それは、えみりさんの一存で決めるべきことではありません」
こうして、能力が返還されるまで、えみりさんは知らずにいました。
あなたがたが、犯人だったこと。何のために、この能力を奪ったのかは、今もわかりません。
でも、問い詰めることはしません。聞いたところで、何かが変わる気もしませんし。
「それに …… 聞いても、教えてくれないでしょう?」
右腕を押さえながら、少しばかり意地悪な笑みを含ませて言った慧魅璃。
そんな慧魅璃の姿に、カージュは、まいったな …… といった様子で苦笑を浮かべて、返す。
「うん。言わない」
「ふふ」
互いに見つめ合うこと、数秒。
やがて、カージュが照れくさそうにパッと目を逸らして、窓を開ける。
話したいことは、山ほどある。能力を奪った事実だけじゃなく、その理由も明かしたい。
でも、言わない。これ以上、勝手な真似をしてしまうと、叱られるどころの騒ぎじゃなくなってしまうから。
自分勝手だな、と、そう思う。でも、言わない。自分自身を護るために、今日は帰る。
物足りない感じはあるものの、じゃあな、と言って窓の縁に飛び乗るカージュの表情は、明るかった。
開け放った窓から、いつもどおり、鳥のように、ふわりと舞って、夜風と消える。
慧魅璃は、窓から身を乗り出して、カージュが消える様をジッと見つめ、小さな声で呟いた。
「ウロゥを返してくれて …… ありがとうございます」
その言葉が、カージュに届いたのか否かは、わからない。
でも、例え届いていたとしても、カージュは、その感謝を突っぱねることだろう。
ありがとうなんて、言われる資格、オレにはないよ。ごめんなって、何度言っても足りないくらいなんだから、と。
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The cast of this story
8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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