コミュニティトップへ




■クロノラビッツ - 使命と宿敵 -■

藤森イズノ
【8372】【王林・大雅】【学生】
 また、突然部屋にやってきた。
 いつものことだから、もう慣れたけれど。
 その日の訪問は、珍しく真っ当な方法。窓からではなく、きちんと扉から訪ねてきたのだ。
 違和感を覚えたのは、窓からの来訪に慣れすぎたせいだろうか。 …… いや、違う。
 いつもと明らかに雰囲気が違うのだ。ずっしりと重苦しい、威圧のような。
 そんな雰囲気を放たれては、こちらとしても警戒せざるをえない。
「用件は?」
 部屋には入れない。いや、正確に言うなれば、入れることができない。
 そんなに禍々しい雰囲気を纏ったまま、よくもまぁ、ここへ来れたものだ。
 警戒してくれと言っているようなもの。何が目的なんだ。いつも以上に目的が読めない。
 僅かに空いた扉の隙間。俯いたまま、ピクリとも動かない、クロノハッカー・カージュ。
 あと十秒だけ待つ。それでもし返事がなければ、見なかったことにして、扉を閉めよう。
 そう思った矢先のことだ。それまで微動だにしなかったカージュが、すっと顔を上げた。
「 …… え?」
 言葉を失ってしまうとは、まさにこのこと。
 今度は逆に、こっちが硬直してしまう。そりゃあ、誰だって驚くでしょう。
 だって、泣いてる。カージュが、ボロボロと涙を零すんだから。
 涙を見てしまったことで、それまでの警戒は薄れ、動揺へと変わった。
 罠かもしれない。そういう作戦かもしれない。そう思うところはあったけれど、
 次にカージュが放った一言で、その疑いすらも、どこかへと消え去ってしまう。
「記憶を喰われてる」
 カージュは、震えた声で、そう言った。
 そう言って、自分の胸元を、ぎゅっと押さえた。
 そこで、ようやく気付く。あぁ、そうか。どうして、気付かなかったんだろう。
 カージュの胸元。そこには、確かに。時兎が、ぴったりと張り付いていたのだ。
 時兎を消滅させることができるのは、契約者のみ。自分ではどうすることもできないから、
 カージュは、ここへ来たのだろう。時兎を視認できるのに退治することができないだなんて、
 まるで、海斗たちに初めて会った、あの頃の自分を見ているようだ。
 そんなことを考えていると、カージュが、また俯いて。小さな声で、こう呟く。
「どうする?」
 どうする。それは、決断を迫る言葉。
 その言葉に対し、即座に抱いた想いは "ずるい" というもどかしさ。
 泣いてるくせに。震えてるくせに。怖くて仕方ないくせに。
 あなたは、言わないんだね。助けてくれとは、言わないんだね。
 時の秩序を乱す罪深き存在、クロノハッカー。宿敵とも言えるその存在を救うか否か。
 決断をこっちに委ねるだなんて、ずるい。心底、ずるい人だと、そう思った。
 クロノラビッツ - 使命と宿敵 -

 -----------------------------------------------------------------------------

 また、突然部屋にやってきた。
 いつものことだから、もう慣れたけれど。
 その日の訪問は、珍しく真っ当な方法。窓からではなく、きちんと扉から訪ねてきたのだ。
 違和感を覚えたのは、窓からの来訪に慣れすぎたせいだろうか。 …… いや、違う。
 いつもと明らかに雰囲気が違うのだ。ずっしりと重苦しい、威圧のような。
 そんな雰囲気を放たれては、こちらとしても警戒せざるをえない。
「用件は?」
 部屋には入れない。いや、正確に言うなれば、入れることができない。
 そんなに禍々しい雰囲気を纏ったまま、よくもまぁ、ここへ来れたものだ。
 警戒してくれと言っているようなもの。何が目的なんだ。いつも以上に目的が読めない。
 僅かに空いた扉の隙間。俯いたまま、ピクリとも動かない、クロノハッカー・カージュ。
 あと十秒だけ待つ。それでもし返事がなければ、見なかったことにして、扉を閉めよう。
 そう思った矢先のことだ。それまで微動だにしなかったカージュが、すっと顔を上げた。
「 …… え?」
 言葉を失ってしまうとは、まさにこのこと。
 今度は逆に、こっちが硬直してしまう。そりゃあ、誰だって驚くでしょう。
 だって、泣いてる。カージュが、ボロボロと涙を零すんだから。
 涙を見てしまったことで、それまでの警戒は薄れ、動揺へと変わった。
 罠かもしれない。そういう作戦かもしれない。そう思うところはあったけれど、
 次にカージュが放った一言で、その疑いすらも、どこかへと消え去ってしまう。
「記憶を喰われてる」
 カージュは、震えた声で、そう言った。
 そう言って、自分の胸元を、ぎゅっと押さえた。
 そこで、ようやく気付く。あぁ、そうか。どうして、気付かなかったんだろう。
 カージュの胸元。そこには、確かに。時兎が、ぴったりと張り付いていたのだ。
 時兎を消滅させることができるのは、契約者のみ。自分ではどうすることもできないから、
 カージュは、ここへ来たのだろう。時兎を視認できるのに退治することができないだなんて、
 まるで、海斗たちに初めて会った、あの頃の自分を見ているようだ。
 そんなことを考えていると、カージュが、また俯いて。小さな声で、こう呟く。
「どうする?」
 どうする。それは、決断を迫る言葉。
 その言葉に対し、即座に抱いた想いは "ずるい" というもどかしさ。
 泣いてるくせに。震えてるくせに。怖くて仕方ないくせに。
 あなたは、言わないんだね。助けてくれとは、言わないんだね。
 時の秩序を乱す罪深き存在、クロノハッカー。宿敵とも言えるその存在を救うか否か。
 決断をこっちに委ねるだなんて、ずるい。心底、ずるい人だと、そう思った。

 -----------------------------------------------------------------------------

 黙りこみ、俯いたままのカージュ。
 狐の面で顔半分を覆い隠している大雅は、そんなカージュをしばらく見つめる。
 普段は、そんな顔しないくせに。いつも自由気ままに、こっちの都合なんてお構いなしなくせに。
 そんなに怖いの? 記憶を失うことが。あなたたちにも、あるんだ? 大事な思い出とか経験とか、そういうの。
 他人には迷惑ばかりかけるくせに、自分の記憶は守りたい? 本当に困った人たちだね。自分勝手にも程があるよ。
 全てを知り得ているわけじゃないけど、あなたたちは、これまで、たくさんの人を困らせてきたんでしょ?
 マスター然り、海斗や梨乃、契約者も然り。彼等を困らせてきたんでしょ?
 それなら、自業自得だよ。
 どうせ、これからも困らせるんだろうし。
 助ける義理はない。寧ろ、いい気味だ。記憶でも何でも、奪われてしまえばいい。
 これまで繰り返してきた悪事を丸ごと忘れてしまうのは、何だか忍びない気がするけど、
 悪事の働き方さえ忘れるんなら、今後の心配をせずに済むだろうし。こっちとしては、好都合だ。
 大切にしてる記憶があるとか、失くしたくないんだとか、そんなこと、どうでもいい。知ったことか。
「 …… って、影虎たちなら、言うんだろうな」
 小さな声で呟き、口元にふっと笑みを浮かべた大雅。
 目の前にいるカージュを見つめているようで、その瞳は、どこか遠くを見据えていた。
 はっきりとは聞き取れなかったものの、大雅が何かを呟いたらしきことを把握したカージュは、
 目元をゴシゴシ擦りながら、ゆっくりと顔を上げて確かめる。
 声にして放ったわけじゃないけれど、首を傾げるその仕草から "何か言った?" と尋ねていることは明らかだ。
 大雅は、涙で濡れてしなっているカージュの前髪、その先端を見つめながら、
「何でもない。ひとりごとだよ」
 そう、静かに返しながら、懐から扇子を取り出す。
 肌身離さず、いつも持ち歩いているその扇子の名は "魔鎌"
 大雅の宝物であるその扇子には、風を操る妖が宿り、身を潜めている。
 取り出した扇子をバッと開き、構える大雅。
 カージュは、咄嗟にギュッと目を瞑った。
 やられる。と、思ったのだろう。
 抵抗するわけでも、身構えるわけでもなく、ただ目を閉じるだけのカージュの反応に、大雅は肩を竦めた。
 黙って、やられるだなんて。そんなにあっさりと、死を受け入れるだなんて。らしくないじゃないか。
 いつもみたく、笑ってよ。そんな顔しないでよ。なんか …… 調子、狂うからさ。
 そんなことを考えながら、扇子を軽く振る大雅。
 すると、扇子から鋭利な "風" が放たれる。
 風が胸元を貫通する感覚。カージュは、その確かな感覚に自らの死を悟った。
 俯いたまま、その場に膝をつき、自身の胸元をギュッと押さえるカージュ。
 初めから、わかっていたんだ。助けてもらうことなんて、できるわけがないって。
 散々、好き勝手やってきたくせに、こんなときだけ頼って、何とかしてくれだなんて、虫が良すぎるって。
 わかってた。わかってたから。だから、受け入れる。こう言うと負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど、本望だ。
 まだ、覚えてる。お前のことを覚えたままの状態で、お前に始末されるのなら、それはそれで ――
「 …… あ、れ?」
 膝をつき、自身の最後を綺麗に纏めようとしていた最中、カージュが目を丸くする。
 痛みがない。意識もある。そして …… 胸元でうごめいていた時兎が、忽然と姿を消している。
「な、なんで」
 驚いた様子で、大雅を見上げて言うカージュ。
 大雅は、閉じた扇子を口元にやり、少しばかり首を傾げて返す。
「別に。俺はやるべきことをやっただけだよ」
「オレは、お前らの敵だぞ? …… 情けをかけたつもりか?」
「何それ。助けて欲しくて泣いてたんじゃないの?」
「な、泣いてねーよ!」
「ふぅん …… 」
「 ………… 」
「敵だからって、そんな理由で放っておくほど、幻妖の帝は廃れてないさ」
 俯き口籠るカージュに対してなのか、それともひとりごとなのか。小さな声で呟いた大雅。
 例え、妖を束ねる存在であっても、優しさだけは忘れてはならぬ。毎日毎晩、言い聞かされた教え。
 正々堂々と、正式に成立した決闘の中で勝者と敗者が決定する、そんな状況なら咎めはしないが、
 そうではなく、不慮の事故や他者の手によって宿敵が負傷してしまったとき。
 ざまあみろ、だなんて低俗な想いを抱いてはならない。
 後々、面倒なことになったとしても、その場は救うべきだ。それが、宿敵としての定めだ。
 ただ、妖を束ねる者としての威厳を失わぬためにも、一言だけ、救った宿敵に言ってやれ。
 とびっきり恩着せがましく "これは貸しだ" と、な。
 脳裏を過ぎった祖父の言葉。
 事前ではなく、事後にそれを彷彿したこと。
 それは、今も教えを忠実に守り、教えに従って生きているという、何よりの証である。
 助けてもらったことが嬉しいのか、それとも、悔しいのか。
 カージュは、逃げるように扉をバンと開け放ち、去ってしまう。
 窓からじゃなく、扉から出入りするカージュに少し違和感を抱きつつ、大雅はクスリと笑って言い放った。
 何かを振り払うかのように全速力で駆けていくカージュの背中に、ポツリと一言。
「これは、貸しだよ」

 *

 周知のとおり、妖たちはクロノハッカーを嫌っている。
 風の妖である魔鎌もまた、クロノハッカーを嫌悪している存在。
 だが、仕える主の意思に抗うことだけは許されない。
 大雅が "助ける" と決意したのならば、それに従って動くしかない。
 とはいえ、心境は微妙。助ける義理も価値もない存在を救ってしまったという事実が、魔鎌の機嫌を損ねている。
 ひとりでにフワフワと浮く扇子は、納得いかないという、魔鎌の意思表示だ。
「ごめんね。ありがと」
 ニコリと微笑み、不愉快そうに揺れる扇子を宥め、スッと懐に戻す大雅。
 魔鎌は、融通のきく性格だから助かってる。文句言いながらも力を貸してくれるからね。
 まぁ、ほかの妖も、みんな、何だかんだで力を貸してくれるけど。中には、絶対に嫌だって拒むコもいるしさ。
「 ………… 」
 閉じた扉、去った後も、そこらを漂うカージュの香り。
 林檎のような、甘酸っぱい香り。その香りを部屋に閉じ込めるがごとく、大雅は、ガチャリと部屋の鍵を閉めた。
 絶対不変の掟。時兎を処罰できるのは、マスターと契約を締結した契約者のみ。
 クロノハッカーたちが、時兎を自分で処理できないのは、至極当然のこと。
 だからこそ、カージュは助けを乞うた。敵対者の前で涙を零すなんて醜態をさらしてまでも。
 ひとつ、気がかりな点がある。 もしも、今後、今回のように時兎に寄生されてしまった場合、
 その度に、クロノハッカーは、助けを乞うのだろうか。
 海斗や梨乃、他の契約者のところ、ましてやマスターのところへ助けを乞いに行くような真似、彼等は絶対にしない。
 つまり、大雅のところに。彼等は、間違いなく、大雅のもとへ助けを乞いにやってくる。
 時狭間において、時兎に寄生されることは極めて稀なことだから、多発することはないと思うが、
 助けるのか? その度に。彼等が、助けてくれと乞う度に、助けてやるのか?
 どうせ、ロクでもない記憶しかないであろう、彼等を?
「 …… 多発は勘弁してほしいかな」
 ゴロンとベッドに寝転がり、苦笑混じりに呟いた大雅。
 一度きりならまだしも、二度、三度と何度も救ってしまっては、立つ瀬がなくなりやしないか。
 敵だとか敵じゃないとか、そんなの関係なしに、困っている人を助けるのは人としての義務だと思ってる。
 でも、妖たちは、納得しない。何度もそんなことを繰り返していては、妖たちが暴動を起こしてしまいかねない。
 もしも、そうなったら …… 厄介だ。あらぶる妖たちを抑えることほど、霊力を費やすものはないから。
 多発を懸念する、そんな理由を胸に、大雅は、この日、いつもより深く心地良い眠りについたのだった。

 -----------------------------------------------------------------------------
 The cast of this story
 8372 / 王林・大雅 / 18歳 / 学生
 NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
 -----------------------------------------------------------------------------
 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。