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■クロノラビッツ - ひとつだけ -■

藤森イズノ
【8372】【王林・大雅】【学生】
 買い物のため、外出していた。
 ずっと欲しかったものを、ようやく手に入れることができて、上機嫌。
 良い気分で帰宅した …… のに、自室に入って早々、その気分は害される。
 まただ。カージュが、勝手に部屋に入って、くつろいでいた。不法侵入ってやつだ。
 悲しいことに、この状況に慣れつつある現状。でもやっぱり、勝手に入られるのは不愉快。
 まぁ、言ったところで、聞きやしないんだろうけど。一応、言ってみる。このやりとりも、何度目になることやら、なんて思いつつ。
「あのさ、いい加減に …… 」
 ドサッ ――
 文句を言い終えるより先に、景色が変わる。
 背中に鈍い痛み。視界を埋めつくすのは、自室の天井。
 そういえば、天井を眺めるだなんてこと滅多にないなぁ、なんて、そんな悠長なこと考えている場合じゃない。
「 ………… 」
 やれやれ。いきなり、押し倒すだなんて、随分と手荒な真似をするもんだ。
 呆れが大半を占める大きな溜息を吐きながら、ジッと見つめる。何のつもり? と、目で訴える。
 すると、カージュは、泣きそうな表情を浮かべ、両腕を押さえる手に、ギュッと力をこめて呟いた。
「 …… 許してくれとか、なかったことにしてくれとは言わない。でも、後悔はしてる。罪悪感は、あるんだ」
 何のことやら、さっぱり。意味がわからないから、反応に困る。何これ。何それ。どういうことなの。
 手首に、じんわりと温かさを感じたのは、そうやって困惑していた最中のこと。
 何だ? と思い見やれば、両の手首で、紅い炎が揺れていた。
 押し倒された挙句、両腕を燃やされる …… だなんて、
 普通なら、キレるところ。何するんだ止めろ、って抵抗すべき状況。怒りを露わにして当然の状況。
 でも、動けずにいた。だって、優しい。こんなにも優しく柔らかに揺れる炎、見たことがない。
 両腕で揺れる優しい炎に、不覚にも見惚れてしまった数秒間。
 朦朧とする意識下に、カージュの声が響いた。
「 …… だから、返す。ひとつだけ」
 クロノラビッツ - ひとつだけ -

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 買い物のため、外出していた。
 ずっと欲しかったものを、ようやく手に入れることができて、上機嫌。
 良い気分で帰宅した …… のに、自室に入って早々、その気分は害される。
 まただ。カージュが、勝手に部屋に入って、くつろいでいた。不法侵入ってやつだ。
 悲しいことに、この状況に慣れつつある現状。でもやっぱり、勝手に入られるのは不愉快。
 まぁ、言ったところで、聞きやしないんだろうけど。一応、言ってみる。このやりとりも、何度目になることやら、なんて思いつつ。
「あのさ、いい加減に …… 」
 ドサッ ――
 文句を言い終えるより先に、景色が変わる。
 背中に鈍い痛み。視界を埋めつくすのは、自室の天井。
 そういえば、天井を眺めるだなんてこと滅多にないなぁ、なんて、そんな悠長なこと考えている場合じゃない。
「 ………… 」
 やれやれ。いきなり、押し倒すだなんて、随分と手荒な真似をするもんだ。
 呆れが大半を占める大きな溜息を吐きながら、ジッと見つめる。何のつもり? と、目で訴える。
 すると、カージュは、泣きそうな表情を浮かべ、両腕を押さえる手に、ギュッと力をこめて呟いた。
「 …… 許してくれとか、なかったことにしてくれとは言わない。でも、後悔はしてる。罪悪感は、あるんだ」
 何のことやら、さっぱり。意味がわからないから、反応に困る。何これ。何それ。どういうことなの。
 手首に、じんわりと温かさを感じたのは、そうやって困惑していた最中のこと。
 何だ? と思い見やれば、両の手首で、紅い炎が揺れていた。
 押し倒された挙句、両腕を燃やされる …… だなんて、
 普通なら、キレるところ。何するんだ止めろ、って抵抗すべき状況。怒りを露わにして当然の状況。
 でも、動けずにいた。だって、優しい。こんなにも優しく柔らかに揺れる炎、見たことがない。
 両腕で揺れる優しい炎に、不覚にも見惚れてしまった数秒間。
 朦朧とする意識下に、カージュの声が響いた。
「 …… だから、返す。ひとつだけ」

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 両腕に灯っていた紅く優しい炎が消えると同時に、大雅の右腕に見慣れぬ模様が浮かび上がる。
 ふたつの頭を持つ、双頭鳥の印。
 腕に印として存在しているだけで、飛躍的に霊力が増加・安定する至極の印である。
 また、印を解くことで、双頭鳥を実体化させ、移動用の乗り物として活用したり、強靭な戦力として戦闘にあてがうことも可能。
 印状態にしろ、実体化状態にしろ、どちらにせよ、印が存在している状態が及ぼす霊力の増加は凄まじく、
 闇の力、その威力や精度が異常なまでに跳ね上がり、更に、幻影術すら扱えるようになる。
 妖世界では、この双頭鳥の印を持ち、なおかつそれを使いこなせる存在を "妖帝" と呼ぶ。
 その名のとおり、絶対無二の存在。言うなれば、王様のようなもの。
 そんな大層な印が、なぜ、大雅の腕に存在しているのかという疑問は残るが、
 そのあたりを語るとなると、長くなる上、大雅のトラウマそのものを露わにすることになるので、今回は割愛しよう。
「なんや …… 大雅の大切にしていたやつやないか。久しぶりに見たわ」
 右腕に戻った印を見つめ、他人事のように言った大雅 …… いや、影虎。
 タイミングが良いのか、悪いのか。印が戻ると同時に、影虎が表に出る定刻になったようだ。
「 …… お前、何なの。いっつもいっつも」
 図ったかのように表に出てきた影虎に対し、素直に不満を述べたカージュ。
 影虎は、腕をおさえるカージュの手を払いのけて起き上ると、ケラケラ笑って言い返す。
「それは、こっちの台詞や」
「どう考えても、今この状況で出てくるのはおかしいだろ! 空気読めよ!」
「あはははは。それ、よう言われるわ〜」
 いつもの調子で、一人勝手に楽しそうに笑う影虎。
 カージュは、ムスッとした表情を浮かべ、偉そうに和風なソファへ腰を下ろして、ふんぞり返る。
 せっかく、みんなの目を盗んで来たのに。
 後でバレたら、とんでもない目に遭うって知りながらも、ここへ来たのに。
 もう、どうなってもいいやって、そんくらいの覚悟を持って来たってのに、またコイツだ。
 ワザとなのか、そうじゃないのかまでは、さすがにわかんないけど、何にせよ、邪魔されたのは事実。
 話したかったのに。大雅と話したかったのに。全てを話してしまおうと、そう思っていたのに。このやろうめ。
 あからさまに不愉快そうに影虎を睨みつけ、唇を尖らせるカージュ。
 そんな目で睨まれちゃあ、何だか少し申し訳ない気持ちになってくる。
 でもまぁ、何にせよ、大雅と話をさせるわけにはいかなかっただろうけど。
 定刻じゃなければ、強引にでも表に出て、阻止したんだろうけど。
( …… その目は、嫌いやないけどな)
 自身を嘲笑するかのように苦笑し、右腕の印をジッと見つめる影虎。
 久しぶりに目にするその印は、影虎にあらゆる記憶を彷彿させた。
 良い記憶ばかりじゃなく、苦い記憶も多く思い返されたが、悪い気分ではない。
 こうして、印が戻ってきたことを知れば、大雅は大いに喜ぶことだろう。
 それこそ、あの日と同じ、屈託のないお日様のような笑顔を浮かべることだろう。
「 …… でもまぁ、大雅は、こいつを友達としか思ってないやろうな」
 残念そうに、惜しそうに、窓の外、夜空に浮かぶ月へと目線を移して呟いた影虎。
 妖帝の証とすら謳われる、至極の印が戻ったにせよ、大雅は、その価値を知らない。
 印があることで霊力が安定していることくらいは自覚できるようだが、使いこなすまでは至らない。
 実体化させた双頭鳥が、凄まじい能力を誇ることすら知らない大雅は、乗り物としてしか使わない。
 今現在は、どうかわからないけれど。少なくとも、過去、この印が盗まれる前は、まったく使いこなせていなかった。
 宝の持ち腐れ、と言うにふさわしい、実にもったいない状態だったのだ。
「だから、そのへんも話そうと思ってたのにさー」
 テーブルの上に置かれていた飲みかけのお茶を勝手に飲み、ブーたれるカージュ。
 影虎は、よっこらせとダルそうに胡坐をかきながら、いつもの笑顔で尋ねた。
「お? 何や。聞かせてもらおか」
 ニコニコ笑う、影虎のその笑顔が、カージュの機嫌を更に損ねる。
「お前に話しても意味がない」
 フイッと顔を背け、湯呑を少々乱暴にテーブルに置き戻して立ち上がるカージュ。
 例によって、今日もまた、カージュは窓から出て行くようだ。
 慣れた手つきで窓を開け、縁に足を掛けるカージュ。
 不愉快極まりないといった様子のその横顔に、影虎はクックッと笑いながら、
「あぁ、ちょい待ち」
 カージュを呼び止めた。
 ジトリとした眼差しを向け、振り返って 「何だよ」 と冷たい口調で言い放つカージュに、影虎は告げる。
「大雅から伝言や。 『ありがとう』 やて」
「 ………… 」
「律儀な子や、ほんま。盗られたもんを返してもらうのは当然のことやっちゅうに」
「 …… じゃあ、オレからも伝言、伝えといてくれよ。 『また来るから』 って」
「ははっ! そら、ケッタイな伝言やで。いっつも勝手に来とるやん」
「うるさい。いーから、伝えとけ!」
「さぁ〜? どうやろな?」
「 …… ばーか!」
 最後に一言、子供じみた台詞を吐き残して去っていくカージュ。
 影虎は、決して深追いすることなく、ただ、やれやれといった様子で肩を竦め、カージュを見送った。

 窓から出入りされると面倒な点のひとつに、後始末がある。
 窓を閉めて鍵をかけるだとか、窓の縁についた足跡を消すだとか。
 っていうか、そもそも、鍵かかってるのに、何ですんなりと入ってくるんだろう。
 まぁ、彼等からしてみれば、施錠を解くなんて造作ないことなんだろうから、考えるだけ時間の無駄か。
 カージュが去り、シンと静まり返る室内。別に寂しくなんてないけど、賑やかさに欠け、少し物足りない気もする。
 …… って、こんなこと言っちゃあ、他の妖たちに示しがつかないか。なんてことを考えながら、影虎は、指でなぞる。
 右腕に戻った、双頭鳥の印を。それはもう、愛おしそうに。
「さて、大雅に使い方を思い出させてやらんとな …… 」
 フゥと息を吐き落とし、影虎は、夜風で些か乱れた髪を整えて、ひとり、そう呟いた。

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 The cast of this story
 8372 / 王林・大雅 / 18歳 / 学生
 NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。