■クロノラビッツ - 神に祈る時間を -■
藤森イズノ |
【8372】【王林・大雅】【学生】 |
梨乃が攫われた。
攫ったのは、当然、クロノハッカー。
どうやら、トライって奴が単独で犯行に及んだ模様。
奴は、東京という世界にある空き家に来いと記したカードを送りつけてきた。
空き家の在りかを示した地図と、ご丁寧なことに、捕らえた梨乃の写真も添えて。
写真の梨乃は、全身を鎖のようなもので拘束され、ひどく痛めつけられていた。
梨乃が本気を出せば、こんな鎖くらい、すぐに破壊できるはず。
そうしない、できない理由は、ふたつ考えられる。
ひとつは、鎖に何らかの仕掛けが施されていて、能力そのものが使えないのではないかという可能性。
もうひとつは、トライの何らかの発言によって、梨乃の感情が抑制されているのではないかという可能性。
例えば …… ありがちだけど、暴れれば仲間に危害が及ぶ。だからおとなしくしていろ、とか。
何にせよ、梨乃は、ああ見えてプライドが高く、負けず嫌いなところもある。
ただ黙って、おとなしく捕らえられているような、そんな女の子じゃない。
もう、明白だ。あいつが、梨乃を拘束しているんだ。あらゆる意味で。
理解すると同時に、駆け出していた。
もう、止められない。怒りの矛先は、ただ真っ直ぐに。
謝っても無駄。許さない。償わせてやる。後悔させてやる。
手加減? 何それ?
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クロノラビッツ - 神に祈る時間を -
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梨乃が攫われた。
攫ったのは、当然、クロノハッカー。
どうやら、トライって奴が単独で犯行に及んだ模様。
奴は、東京という世界にある空き家に来いと記したカードを送りつけてきた。
空き家の在りかを示した地図と、ご丁寧なことに、捕らえた梨乃の写真も添えて。
写真の梨乃は、全身を鎖のようなもので拘束され、ひどく痛めつけられていた。
梨乃が本気を出せば、こんな鎖くらい、すぐに破壊できるはず。
そうしない、できない理由は、ふたつ考えられる。
ひとつは、鎖に何らかの仕掛けが施されていて、能力そのものが使えないのではないかという可能性。
もうひとつは、トライの何らかの発言によって、梨乃の感情が抑制されているのではないかという可能性。
例えば …… ありがちだけど、暴れれば仲間に危害が及ぶ。だからおとなしくしていろ、とか。
何にせよ、梨乃は、ああ見えてプライドが高く、負けず嫌いなところもある。
ただ黙って、おとなしく捕らえられているような、そんな女の子じゃない。
もう、明白だ。あいつが、梨乃を拘束しているんだ。あらゆる意味で。
理解すると同時に、駆け出していた。
もう、止められない。怒りの矛先は、ただ真っ直ぐに。
謝っても無駄。許さない。償わせてやる。後悔させてやる。
手加減? 何それ?
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「本当に一人で来るとは。感心だな」
ククッと笑い、煙草に火をつけたクロノハッカー・トライ。
トライの足元には、気を失い倒れている梨乃の姿が確認できる。
指定された空き家に到着して早々、大雅はトライを睨みつけ、懐から扇子を取り出した。
冷たい、氷のような眼差し。普段と何ら変わらぬ無表情ながらも、溢れる怒りの気迫は凄まじい。
(いいね。その目)
交渉もクソもなく、攻撃の構えを見せる大雅に苦笑し、細く長い指を踊らせるトライ。
踊る指の先端に宿る風は、轟音を響かせながら、次第に大きくなり、朽ちかけの空き家をミシミシと軋ませた。
せっかくこうして会えたことだし、少し他愛ない雑談でもしないか。くだらない世間話でも楽しまないか。
トライは、当初、そう提案するつもりだった。だが、そんな余裕ありはしない。
殺気立つ大雅を目の前にしては、さすがに、余裕をぶっこいてなんぞいられない。
ゆっくり話ができないのは残念だ。でも、何も話すことが目的じゃなし。
そうやって、すぐさま牙を剥いてくれるのは、返って有難い展開だったりもする。
ニヤリと口元に妖しい笑みを浮かべ、煙草を咥えたまま、パチンと指を鳴らすトライ。
その音を合図に、暴れ蠢く風。待ってましたと言わんばかりに暴れ狂う突風。
大雅は、扇子をバッと開き、その突風を受け止めた。
手加減なんぞなく、多量の魔力を投じて放つトライの魔法は、とてつもない威力を誇る。
受け止めはしたものの、その風圧に圧され、ジリジリと不本意な後退をしてしまう大雅。
だが、どんなに凄まじい威力だろうと、それをも上回る。底知れぬ "怒り"
大雅の後退がピタリと止まったことから、瞬時に危険を察し、トライは自身の前に風の防壁を張った。
次の瞬間、バリッという音を響かせて、突風が消える。
雷鳴のようなその音は、強力な風と風が衝突したときにのみ発せられる "魔音" の一種だ。
消えた突風。その残り風が漂う中、揺れる、揺れる、ゆるやかに揺れる大雅の前髪。
「相殺か」
やるねぇ、と言った表情で肩を竦めて笑うトライ。
そんなトライに、大雅は不敵な笑みを浮かべて小さな声で呟く。
「残念、ハズレ。もう一段階上だよ」
その呟き、言葉の意味をトライが理解するのは、三秒後。
大雅の持つ扇子が、その背丈に迫る勢いでグンと巨大化を遂げたのだ。
相殺の上、もう一段階上とは、つまり "吸収" である。
大雅は、突風を相殺したのではなく、自身の持つ扇子に、その全てを吸収させたのだ。
とある神話で神の側近として仕えた孔雀を彷彿させる、大雅の扇子。
「謝っても無駄だよ」
大雅は、ゆら〜りと大きな扇子を揺らしながら、トライを睨みつけた。
謝る気なんて、更々ない。むしろ、この展開も好都合。願ったりかなったりだ。
だが …… これはさすがに、悠長に構えてばかりもいられない。苦笑しながら、トライは防壁の強度を上げた。
圧倒的な強度を誇る風の防壁 "風魔の陣" この防壁は、いまだかつて破られたことがない。
強力な魔法なだけに、リスクも大きく、また、安定させることが難しいため、必要以上の魔力を消費してしまう。
でも、こうでもしなければ、木端微塵だ。リスクは承知。後でどんな反動に苦しもうとも構わない。
今、この場を。大雅の放つ渾身の "怒り" さえ、何とかできれば、それで良い。
トライは、察していた。
大雅が、これから放つ攻撃が、一度限りであるということを。
これほどまでの魔圧を発する攻撃を、よもやまさか連発などできるはずもない。
可能性はゼロではないが、少なくとも "現時点の大雅では" それは不可能だ。
だから、その一撃を、それさえ凌ぐことができれば、後はどうにでもなる。
その確信を胸に、トライは徹した。リスクと引き換えに得た、絶対無二の盾を用いた防御に。
「二十三、か …… 」
ポツリと呟いた大雅。
何を示す数字なのか、理解できないトライは、防壁を維持しながら肩を竦めた。
だが、すぐに、その身をもって理解することになる。二十三。大雅が口にした、その数字の意味を。
「っ …… ぐっ …… !!!」
激しく歪む、トライの表情。
表情に表れたその歪みは、痛みによるものだ。
トライの右足に、突き刺さっている。それはもう、鋭利な風の刃が。
咥えていた煙草も、ボタリと床に落ちた。風圧によって、その灯も消えた。
「ふたつめ …… 」
クスリと笑い、指先で空中に小さな円を描く大雅。
すると、描いた円が煙となって消え、そのすぐ後に、風の刃が出現。
トライの左足を見据えて数秒。大雅が、フッと息を吹きかければ、風の刃は微塵のズレもなく、的確に突き刺さる。
「!! ぐっ …… のやろう …… 」
突き刺さった風の刃を引っこ抜きながら、眉間にシワを寄せるトライ。
当然、隙なんて与えない。大雅は、躊躇なく次々と風の刃を放っていった。
的確に、目的とする箇所へ刃を突き刺していく大雅。大雅が口にした "二十三" という数字は、梨乃が負った傷の数だ。
つまり、大雅は仕返しをしている。梨乃が負った傷と同じ数、同じ箇所へと刃を突き刺し、仕返ししている。
大雅本来の霊力に加え、トライが放った魔法を吸収した分までもが乗算された状態。
防壁すら意味を成さぬ、圧倒的な霊力。
次々と身体の各所に突き刺さる刃と、その痛みにより、やがて、トライは、防壁の安定を保つことすら難しくなる。
防壁がなければ、生身で刃を受けるも同然。苦し紛れに身体を風で覆ったところで、無意味。
反撃なんて、できるはずもない。そんな余裕、どこにもありはしない。
「ちっ …… 」
トライは、ただ耐えることしかできずにいた。
自分が放った強力な魔法が、逆に利用されているという事実もまた、屈辱的な要因のひとつだっただろう。
大雅の怒りが治まる頃には、巨大化した扇子もすっかり元通り。吸収した魔力を全て放出した証。
二十三の刃を全身に受けたトライは、その場に膝をつき、動かない。いや、動けない。
防壁を張ることに大量の魔力を消費したこともあって、意識を保つのも一苦労。
朦朧とする意識の縁、大雅が梨乃を抱きかかえる光景が映る。
だが、トライは、すぐ傍で行われているそれを、阻むことができなかった。
待ちやがれと言いながら腕こそ伸ばすものの、腕は、まるで見当違いの方向へ伸びる。
身体はおろか、精神の安定すらきかぬ屈辱的な状況。トライは、自分を嘲笑しながらも悪態をついた。
「何だ …… ここまでやっといて、逃げるのか?」
肩を揺らして自虐的に笑うトライ。
大雅は、そんなトライに肩を竦めながら闇のカーテンを出現させ、その中に身を隠す。
そして、指先で幻妖の扉を召喚するための紋章を描きながら、ポツリと一言、
「二度目はないよ」
そう冷たく言い放った。
警告を残し、幻妖の扉を介してその場から姿を消した大雅。
残されたトライは、僅かに残る魔力で傷を治療しながら、不敵に笑んだ。
正直、まいった。まさか、あそこまで覚醒しているとは思わなかった。
自分の霊力が暴発していたことに、大雅本人は気付いていないだろうけれど。
飛躍的な成長。あの頃とは比べ物にならない。霊力はもちろんのこと、それより伸びたのは心の成長。
まぁ、あれから何百年も経っているし、その間、大雅は大雅であらゆる経験を得てきたのだから当然といえば当然だが。
でも、経験だけじゃない。あの飛躍的な成長の根拠。それはおそらく "護ろう" とする、その気持ちだ。
柄でもない言い回しをするなれば、さしずめ …… 愛の力? って、マジで柄じゃねぇな。気持ちわりぃ。
治療を続けながら、トライは、ひとり、クックッと笑いながら、懐から携帯電話を取り出した。
誰に報告していたのか、それはわからないが、
「どうも。俺です。 …… えぇ、すいません。でも、嬉しい誤算ですよ。ボス」
ニヤリと笑むトライの表情からは "満足感" が溢れているかのように思えた。
*
トライに痛めつけられた梨乃は、まだ目を覚まさない。
大雅は、梨乃を抱きかかえながら、穏やかなる闇の風で、応急処置を続けた。
治癒魔法は専門外。だから、マスターのところへ連れていき、治療してもらうしかない。
いつも、俺が怪我をしたら梨乃が綺麗な水の魔法で治してくれるのに。俺は、治せない。
足早に、マスターが駐在している時の監視塔へ向かう大雅は、自分の無力さを悔いていた。
意識の奥、影虎や妖たちは、フォローしてくれる。大雅は何も悪くない。悪いのは、クロノハッカーの阿呆どもだ。
そもそも、闇属性は治療に特化した属性じゃないんだから、引け目を感じることなんてない。
寧ろ、お前は梨乃を救ったんだから、トライから奪い返してきたんだから、大したもんだ。
妖たちは、口々に大雅の功績を称えた。少し大袈裟すぎやしないかってくらい。
でも、大雅は、納得いかない様子で眉を寄せている。
何をそんなに拘っているのだろうかと、多くの妖は疑問を抱いたが、
一部の妖と、大雅の心までも共有している影虎だけは、その理由に気付く。
こういう時は、例え気付いても口にしないのが暗黙のルールだが …… 影虎は、その性格上、茶化さずにはいられなかったのだろう。
意識の奥、影虎の含み笑いと、余計な詮索が響き渡る。
『何や。惚れてたんかいな』 『まぁ、何となぁくそんな気はしてたんやけど』 『なかなかええ趣味しとるで』
まくしたてるように茶化す影虎。何だそういうことだったのか、と便乗して他の妖たちまで茶化す始末。
「うるさいな …… 俺が人を好きになっちゃいけないわけ?」
不満そうにポツリと呟いた大雅だが …… これはまた珍しい。
少しばかり俯く大雅の頬は、うっすらと赤らんでいた。
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The cast of this story
8372 / 王林・大雅 / 18歳 / 学生
NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / トライ / ??歳 / クロノハッカー
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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