■第3夜 舞踏会の夜に■
石田空 |
【4788】【皇・茉夕良】【ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】 |
「今晩舞踏会だってねえ」
「そうねえ」
「またイースターエッグ公開されるのかしら?」
「されるんじゃない?」
昼休み。
雪下椿、喜田かすみ、楠木えりかのバレエ科仲良し三人組はおしゃべりをしていた。
話題はもっぱら今晩行われる舞踏会の事である。
「いいよねえ。行ける人は」
「あらあら椿ちゃん踊りたい人いるの〜?」
「いっ、いる訳ないじゃない!!」
「あらあらあら。ならえりかちゃんは?」
「そんな、そんな人いないよ!?」
「そう言うかすみはどうなのよ〜?」
「あら〜? 私は普通に海棠先輩と踊りたいけど? まあ、無理だけどね」
互いをくすぐり合いながらキャッキャと芝生を転がり回る。
「社交界に入れる人が条件だもんねえ。17歳以上で、ワルツをマスターしてて、マナー検定取得してる事」
「げええ……どれも私達持ってないじゃない……と言うか、それ高等部でもどれだけ行けるのよ?」
「でっ、でも、特例とかもあるって聞いたよ!?」
「うーん……私達だと無理かもねえ? あっ、椿ちゃんはあるいは行けるかもしれないけど♪」
「……何でもいいけど、何でアンタそんな事にイチイチ詳しいのよ?」
「乙女には108個の秘密があるのよ♪」
「それ、煩悩の数……」
「でも私達が17歳になっても、もうあんまり意味ないかもね?」
「何でよ?」
ゴロゴロ芝生で転がっていたかすみが座り直す。
寝転がったままそれを椿とえりかが見ていた。
「だってえ、新聞部も配ってたけど、怪盗オディールの予告状で、今晩来るって言ってたのよ〜? どう考えても次盗むのってあれよねえ?」
「イースターエッグ? うちのOBが作った宝石加工してる奴」
「あれそんなにすごいものなの?」
「もう〜、えりかちゃん無知! あれは代々学園の定期舞踏会に現れては皆に見つめられ、やがて舞踏会の雰囲気を吸収したイースターエッグは魔力を帯び、その魔力によってその前で踊ったカップルを必ず縁結びして永久の愛を誓わせるって言う、とーってもすごいものなのよ♪」
「ふーん……そんなすごいものだったんだあ」
「あれなくなったら学園の女子から暴動起こらない?」
「さあねえ。生徒会も今回は厳重に警護するみたいだから」
三人はようやく芝生から起き上がり、パンパンと芝を叩き落とした。
「まあ私達はあんまり関係ないけどねえ」
三人はそう言いながら帰っていった。
予鈴が鳴ったのは、その直後である。
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第3夜 舞踏会の夜に
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午後6時35分。
舞踏会が始まるまで既に3時間を切っている。
その中、音楽科生徒達は最後のリハーサルをしていた。
オーケストラの厚い音が響き渡る。その音を一身に浴びつつも、皇茉夕良はヴァイオリンを弾き鳴らしていた。手を動かし、旋律に身を委ねつつも、考え事をしていた。
1つは、先程読んだ出席簿。今回の全曲リストと参加者を照らし合わせたが、海棠秋也の名前はなかった。彼は、やっぱり今日は来ないのかしら? でも……。
もう1つは、自分の第6感である。
海棠は2人いる。普段ピアノを弾いている海棠に対しては全く反応しないのに、ピアノを弾いていない海棠に対しては、心臓が破裂しそうな位に激しく警告をする。
一体、何故そんなに彼が恐ろしいのか。
最後の旋律で、一斉に音が引いた。
「それでは、本番まで一時解散!!」
指揮者の号令と共に、生徒達はザワッと会場を後にした。
うん。とりあえず今はデビュタントの曲に集中しよう。それが終わったら……怖いけど、海棠さんを探してみよう。
多分、会うとしたら、怖い方の海棠さんだろうけど。
茉夕良はそう自分に言い聞かせると、ヴァイオリンを片付けた。
服、着替えてこないと。
そう思いながら。
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午後9時13分。
舞踏会の最初を飾るデビュタントのウィンナーワルツは、滞りなく終わった。
茉夕良はヴァイオリンを肩から下ろし、次の演奏者達へ交代する。
ふう。今はまだ、何も起こっていないのね。ダンスフロアの方をちらりと見ながら、控え室でヴァイオリンを片付ける。
今日の彼女は、玉虫色のシックなデザインのマーメイドドレスを纏い、髪をアップにまとめている。淡いピンク色やクリーム色が好まれる中、彼女の容姿は異彩を放っていた。
海棠さん、やっぱり今日のオケにはいないみたいだけど……来てるのかしら?
可能性がない訳ではない。
生徒会役員や学園内で活躍している人間には、舞踏会の招待状が配られ、それをあげたい人にはあげられるのだから。
前に海棠さんと一緒にいた人があげていたら、もしかすると……。
そう考えている時だった。
ふいに会場がざわついた。
「海棠先輩が、踊ってるわ!」
「あの人普段定期舞踏会にも参加しないのにね。珍しい」
「素敵ね……でも踊ってる方桜華先輩じゃないわね?」
「あの人誰? どこの科の人かしら?」
海棠さん? やっぱり……。
茉夕良は人波をすり抜けてダンスフロアに近付いていく。
そこには、先日会った女生徒(あれが「桜華先輩」だったのか)が見ている先には、確かに海棠が踊っていた。タキシードを着た彼がエスコートするのは、桜華ではなく、クリーム色のマーメイドラインのドレスを纏った黒い髪の女性であった。
……あら?
茉夕良はふと思い当たった。
「白鳥の湖」の一幕に、これと類似するシーンがあった事に。
舞踏会で誰の誘いにも乗らなかった王子が唯一選んだ女性。
それは、真実の愛を誓ったオデットと瓜二つの女性。
――オディールである。
茉夕良ははっと主賓席を見た。
聖栞がいない。
前に会った海棠が指摘したのは、栞と怪盗が共犯だと言う事。そして栞は肯定も否定もしなかった。
「かっ、かいど……!!」
海棠さん。
叫ぼうとした茉夕良の口元は、ハンカチで塞がれた。
思わず振り返った茉夕良の傍には、いつの間にやら桜華がいた。
「……お願い。邪魔しないで」
『えっ? あなたは確か海棠さんと一緒にいた……』
ふがふがとなって上手くしゃべれないが、茉夕良は桜華の顔を見る。
桜華は、ひどく複雑な顔をしていた。
「守宮桜華。お願い、邪魔はしないで……」
『えっ?』
邪魔って、怪盗の邪魔? それとも、海棠さんの邪魔?
そうこうしている間に、生徒会長がイースターエッグを持ってダンスフロアの中央に出てきた。
周りはイースターエッグに視線が釘付けで、こちらの方を見ている者がいない。
茉夕良は口を塞ぐ桜華の拘束を何とか解こうとするが、彼女は頑なに抱きついて離れてくれない。
まさか、海棠さんも、イースターエッグを狙っていると言うの……?
でも、確か理事長もまた怪盗と協力しているから……。
芸術ホールの照明が落とされたのは、その時だった。
真っ暗闇の中、ようやく桜華が離れたのが分かった。
辺りは突然暗くなり目が見えないためか、あちこちで困惑の声が聞こえる。
茉夕良は闇には強い。故に利く夜目であちらこちらと目を光らせた。
天井にクリーム色のドレスが飛ぶのが見えた。ああ、やっぱり。あれが怪盗だったのね……。
ひらり。と何かが舞うのが見えた。
それは、真っ黒なチュチュに身を包んだ、華奢な少女だった。
少女は、まるで舞台の一幕のような洗練された動きで、会長の持っていたイースターエッグを手に取った。
会長ははっとしたのか、素早くフェンシングの剣を突き出すが、それを少女は、ひらり。とかわした。
あれが、怪盗オディール……。
彼女の仕草は滑らかで、まるで舞台の上のプリマドンナそのものだった。
海棠さんは……?
ちらりと見た。
海棠は、怪盗を見ていた。
彼の目はいつも黒曜石のように鈍いにも関わらず、今日の彼の目は、ひどく鋭いように見えた。
怪盗は海棠の存在は気にしていないようだった。そのまま、ひらり。と天窓を割り、その場を後にした。
後は、飛び散ったガラス片に驚く悲鳴が聞こえるばかりだった。
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午後10時20分。
いつの間にやら戻ってきた栞のスピーチにより、慌しくなった会場も、一応の平穏は取り戻した。
茉夕良は何人かと踊っていた海棠が、ようやく空いたのを見て、意を決して声をかけた。
「海棠さん」
「……あ」
海棠は、どちらの海棠かは分からなかった。
茉夕良はひくり、と鼻をわずかに動かした。
前に会った海棠は、ローズマリーの匂いがした。その前に会った海棠は、もっと甘い匂いがしたような気がする。花の匂い、かしら……?
今の海棠からは、会場に元々花が飾られているせいか、色んな匂いが混じってよく分からなかった。
とにかく。
茉夕良は恐々と手を差し出した。
「1曲、お願いできますか?」
「………。ここは人が多い。テラスに出ていいか?」
「えっ?」
茉夕良はきょとん。としたが、茉夕良の差し出した手を、海棠は受け取り、そのままテラスへとエスコートしていった。
芸術ホールのテラスは、白いツタバラの咲き誇るアーチがあり、噴水があり、満天の星空があり、ダンスフロアで踊るのとはまた違った風情があった。
茉夕良は、悟られないように、海棠の手を手袋越しになぞる。
彼の手は、指が細くて長い。そして、音楽をしている人間とは思えないほど綺麗な手だった。
やっぱり……。
「俺の手がどうかした?」
「……いえ。綺麗な手ですね。……とてもピアノを弾いているとは思えないほど」
「……そう」
ダンスフロアからは、ワルツが流れてきた。
海棠はそっと茉夕良の手を取って、腰に手を当ててリズムを踏み始めた。
茉夕良もそれに合わせてゆっくりと踊り始める。
「1つ訊いてもよろしいですか?」
「何?」
「……ローズマリーはお好きですか?」
「……好きだよ」
「ローズマリーの花言葉は「復活」「私を忘れないで」。バレエでは「ジゼル」の登場人物、ウィリーの女王のミルタが持っていますよね。園芸部でローズマリーが大量に無断で刈られたと伺いました。海棠さんは、一体ローズマリーを使って、何をなさるおつもりなんですか?」
「……すごいね。そこまで知ってるんだ」
口調が変わった。
彼の口調は心なしか普段の海棠よりも柔らかい。
それと同時に、普段の彼よりもひどく冷たく聞こえる。
彼は、笑っていた。
普段の海棠と同じ顔にも関わらず、全く違う表情。
それは、まるで何かを嘲っているような、挑むような、欲しがるような子供の笑みだった。
『すごいわね。もうちょっとしたら、遊んであげてもいいわよ?』
突然、耳元で甲高い声が響いた。
茉夕良の肌が粟立った。
後ろを振り返るが、誰もいなかった。気のせいか、ローズマリーの芳香がしたような気がした。
一体、何……?
茉夕良は、かつて何度も何度も体験した、心臓を掴まれたような強い痛みを感じていた。
第6感が警告音を、彼女の身体が壊れんばかりの音量で発しているのだ。
茉夕良はダラダラと汗をかいた。
「……ごめんなさい。気分がすぐれませんので、また後日。お話しましょう」
「……そう」
一瞬今目の前にいる海棠は、心底つまらなそうな顔をした後、いつもの無表情な顔に戻った。
茉夕良は、ふらふらとした足取りで、テラスを後にした。
ローズマリーの残り香が、残っているような、まとわりついているような、嫌な感じがした。
<第3夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【4788/皇茉夕良/女/16歳/ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
【NPC/守宮桜華/女/17歳/聖学園高等部バレエ科2年エトワール】
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■ ライター通信 ■
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皇茉夕良様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第3夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は守宮桜華とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。
ちなみに声の主は、後日登場予定ですので、お楽しみにして下さいませ。
第4夜も公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。
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