■クロノラビッツ - ミュリア -■
藤森イズノ |
【8372】【王林・大雅】【学生】 |
ミュリアの神殿。
そう呼ばれている場所があるらしい。
時狭間の南、ずーっと南に歩いていけば辿り着けるそうだ。
よくわからないけれど、ミュリアって神様を祀っているところだとか。
そういう場所があるってことも知らなかったし、そんな神様の名前も初めて聞いた。
でも、この世界の神様って、マスター …… クロノグランデだけじゃなかったっけ?
うん、まぁ、いいや。えっと、とにかく? そこに行けばいいんだね?
「あの、何か用事とかあれば、全然、いいんですけど …… 」
申し訳なさそうに、ちょっとおろおろしながら梨乃が言う。
いや、いいよ。特に用事があるわけじゃないし。
それに、用事があったら、ここには来てないよ?
「あ、そ、それもそうですね …… 」
でしょ? うん、じゃあ、早速行こうか。その、ミュリアの神殿ってところ。
でも、なんでだろ。どうして急に、そんなところに一緒に来てくれなんて言うんだろ。
首を傾げながら、ちらりと見やれば、梨乃は、何だか落ち着かない様子でそわそわしていた。
ん? 何だ? 何か、梨乃、照れてる? 気のせい?
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クロノラビッツ - ミュリア -
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ミュリアの神殿。
そう呼ばれている場所があるらしい。
時狭間の南、ずーっと南に歩いていけば辿り着けるそうだ。
よくわからないけれど、ミュリアって神様を祀っているところだとか。
そういう場所があるってことも知らなかったし、そんな神様の名前も初めて聞いた。
でも、この世界の神様って、マスター …… クロノグランデだけじゃなかったっけ?
うん、まぁ、いいや。えっと、とにかく? そこに行けばいいんだね?
「あの、何か用事とかあるなら、全然、いいんだけど …… 」
申し訳なさそうに、ちょっとおろおろしながら梨乃が言う。
いや、いいよ。特に用事があるわけじゃないし。
それに、用事があったら、ここには来てないよ?
「あ、そ、それもそうだね …… 」
でしょ? うん、じゃあ、早速行こうか。その、ミュリアの神殿ってところ。
でも、なんでだろ。どうして急に、そんなところに一緒に来てくれなんて言うんだろ。
首を傾げながら、ちらりと見やれば、梨乃は、何だか落ち着かない様子でそわそわしていた。
ん? 何だ? 何か、梨乃、照れてる? 気のせい?
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少し前にね。お祭りがあったんだ。
学校祭っていう、年に一度しかない大きなイベント。
そのときばかりはね、普段はあんまり話をしないクラスメートとかとも不思議と仲良くなれたりするんだ。
えぇとね、学校祭ではね、それぞれのクラスが別々の出し物をやって、お客さんを楽しませるんだよ。
シンデレラって知ってる? うんうん、そうそう、映画とかにもなったやつ。ある意味、あれもサクセスストーリーだよね。
あ、ごめん。話が少し逸れた。えっとね。えぇと …… あ、そうそう。そのシンデレラの演劇をやったクラスがあったんだ。
シンデレラ役をやってた女の子はね、校外でも有名な子でね。いわゆる、お嬢様ってやつなんだけど。
ちょっと性格はアレなんだけど、見た目は綺麗な子だからさ。役自体はハマってる気がした。
でも、主役よりも、俺は王子役の奴に釘付けになったんだけどね。
あ、いや、変な意味じゃなくて。だってさ、すごい巨漢な男が王子様役をやってたんだよ?
そのクラスは、ネタっていうか …… 笑いを取る目的でその男をキャスティングしたみたいなんだけど。
シンデレラ役の子が、あからさまに嫌な顔したまま、幕が下りて行く様がすっごく面白くてね。我慢できなくて大笑いしちゃったんだ。
え? 俺? 俺んとこは …… えぇと、喫茶店。 うん、まぁ、普通の …… でもなかったなぁ、あれは。
俺んとこもさ、ちょっとネタが入ってたんだけど。コスプレ喫茶っていうのをね、やったんだ。
いや …… そういう、何かこう、いかがわしい感じのものじゃないよ。
魔女とか、吸血鬼とか …… そう、ハロウィンの仮装パーティみたいな感じ。
えっと …… そうだね。かなり繁盛したよ。忙しかったし …… え、俺? 俺は、その …… ミイラ男のコスプレをしたよ。
うん、まぁ、そこに落ち着くまでに一悶着あったんだけど。だってさ …… 男の俺にメイドさんの格好させるとか、おかしいでしょ。
お前ならイケる! とか言われてもさ、俺にはそっちの気なんてこれっぽっちもないんだから、全力で拒むよね。
まぁ、それでもなかなか諦めなかったもんだから、自慢のこの扇子で鉄槌を与えてやったけど。
「ふふ。楽しいお友達だね」
「 …… 悪ふざけの過ぎる奴も多いけどね」
扇子を懐に戻し、苦笑を浮かべながら返した大雅。
大雅の話を真剣に聞く梨乃は、ものすごく嬉しそうにニコニコと笑んでいる。
一緒に行きたいところがあるんだと、梨乃から、そういうお誘いを受けた大雅。
することがなく退屈だったがゆえに時狭間に足を運んだ大雅に、その誘いを断る理由なんてなかった。
時狭間に着いて早々、息を切らしながら駆け寄ってきた梨乃。
来るんじゃないかって思ったの。なんて言われちゃ、断れやしない。
何でも、ミュリアの神殿とかいう場所へ行きたいそうだが。何でそんなところに行きたがるんだろう?
誘いにこそ応じたものの、大雅はその疑問を拭い去れずにいた。場所もそうだが、どうして自分なんだろう?
どうして、その場所に "俺と" 行きたがるんだろう? 海斗とか浩太とか、他の奴じゃダメってことなのかなぁ …… ?
俺じゃなきゃ駄目なのかも。と思うと、不思議と嬉しい気持ちになる。自分が特別な存在かのような気がして。
でも、何も特別な意味なんぞないかもしれない。そうだとしたら、勝手に舞い上がるのは格好悪い。
だから、あんまり深く考えずに行くんだ。一緒に来てって言われたから、ついていくだけ。
( …… 何か言い訳っぽいな)
心の中で、自分自身にそんな突っ込みを入れつつも、梨乃と一緒にミュリアの神殿へと向かう大雅。
黙っていると、何だかあれこれと詮索してしまいそうな気がした。何で俺なの? とか、直球で訊いてしまいそうな気がした。
別に訊いてもいいんだけど、それでもし、別に深い意味はないの、とか返されたら …… 正直、ちょっと切ない。
だから、大雅は、話し続けた。普段は、そんなに饒舌にお話なんてしないくせに、切れ間なく、ずっと。
気まずくならないように、あれこれと話す大雅。梨乃は、大雅の話を真剣に聞いていた。
最中、二人揃って同じような不安やら期待やらを抱いていただなんて、知る由もなく。
*
漆黒の闇に純白の瓦礫。
時狭間のずっと南に存在するミュリアの神殿。
とはいえ、瓦礫が散乱するのみで、神殿の面影はない。
かつて、ここに、そういうものがあったんだろうなと推測することしかできない。
「 …… 何か、不思議な感じのする場所だね」
そこらに散乱する瓦礫に、そっと触れながら小さな声で呟いた大雅。
初めて訪れた場所。ミュリアの神殿というその場の神聖な雰囲気に、大雅は心を奪われていた。
神殿に着いてから、梨乃はずっと黙りこんでいて、ただ、じーっと、神殿の痕跡を見つめるばかり。
それで? 着いたけど …… この後、どうするの? どうすればいいの? 大雅は、そう尋ねたい気持ちを堪えた。
何でそんな急いて目的を聞きたがるのか、自分にもよくわからないけれど、焦っちゃダメだ。待つんだ。梨乃が話してくれるまで。
そう思い、言葉を待つものの、梨乃は沈黙を続けるばかり。一向に、その目的を話してくれる気配がない。
大雅は、もどかしさを覚えながらも、瓦礫に腰を下ろし、ただ、ひたすら待った。
時間というもの、正確なそれが存在しない時狭間。
物音ひとつしない静寂の中では、自身の呼吸や鼓動さえも煩わしく感じてしまう。
「あのね。大雅くん」
静寂を邪魔せぬようにと、無意識のうちに呼吸を控えていた大雅。
梨乃が声を発したことにより、ハッと我に返った大雅は、慌てて呼吸をし、応じた。
「 …… うん。なに?」
大雅が声を返すと、梨乃はそこでようやく振り返り、神殿の痕跡から、大雅へと、その視線を移す。
振り返った梨乃は、今にも泣きそうな顔をしていた。その表情を見た大雅は、咄嗟に立ち上がり、駆け寄ってしまう。
だが、梨乃のその表情は、切なさや寂しさによるものではなく、嬉しさがこみ上げ、溢れ出たものだった。
すぐ傍に駆け寄って来た大雅の目をじっと見つめ、梨乃は、嬉しそうに微笑みながら告げる。
「私、思い出したの」
初めて、大雅くんに会った日。
大雅くんに寄生した時兎を処理するために、海斗と一緒に大雅くんのところへ行った日。
あの日、大雅くんと目が合った瞬間、不思議な気持ちになったの。胸が、キュッと痛くなるような。
あれから、大雅くんは、何度も時狭間に足を運んで。私たちと交流を持つようになったでしょ?
そうしたらね、もっともっと、胸が苦しくなった。会う度に、話す度に、その痛みは増していくばかりで。
どういうことなんだろうって、何でこんなに苦しいんだろうって、ずっとずっと、私、考えていたの。
でも、どんなに考えてもわからなくて。苦しくなっていくばかりの毎日を、少し苦痛に思ってた。
でもね、でもね、思い出したの。やっと、思い出すことができたの。
ねぇ、大雅くん。
私達、ずっとずっと昔にも、ここに来たよね?
「一緒に、来たよね?」
目をそらさず、じっと大雅の目を見つめながら言った梨乃。
その言葉を聞くや否や、大雅は、咄嗟に梨乃をギュッと抱きしめた。
あぁ、そうだ。その言葉を。俺は、待っていたんだ。早く、早く告げてくれやしないかと、待っていたんだ。
もどかしいような、じれったいような、そんな気持ちの理由もそこにある。そこに、あったんだ。
「 …… うん。来たよ」
ずっとずっと昔。気が遠くなるくらい昔。
俺と梨乃は、確かにここに来たよ。一緒に来たよ。
その時は、まだ神殿も綺麗なまま残っていたね。女神ミュリア様の像も、残っていたね。
俺たちは、その像の前で誓ったんだ。確かめ合ったその気持ちを、ずっとずっと、忘れまいと。
そうだよ。俺なんだ。梨乃と一緒にここへ来たのは、海斗でも浩太でも藤二でもなく、俺だったんだ。
だから、梨乃が俺を誘うのは当然のことだったんだ。他の奴を誘うなんて、ありえないことだったんだ。
他の奴を誘おうものなら、俺 …… 狂ってたかもしれない。何でだよ、どういうことだよって、怒ったと思う。
あの時の約束は、誓いは、嘘だったのか? って、詰め寄ったよ。間違いなく。我を失ててでも。
「 …… そろそろ、戻る?」
「 …… うん」
しばし抱き合った後、大雅が小さく呟けば、梨乃もそれに小さな声で応じて頷く。
具体的に、いつの話なのか。正確な頃合いは、大雅にも梨乃にもわからない。
だが、この日。二人は、互いの想いを確かめ合い、そして、彷彿した。
大雅が、梨乃に対して抱いていた不思議な気持ち。梨乃が、大雅に対して抱いていた不思議な気持ち。
どういうことなのか、なぜ、こんな気持ちになるのか、わからないまま、どのくらいの時間が経過しただろう。
この日、二人は彷彿した。この日、二人はようやく "再会" を果たしたのだ。
永い永い、時を超えて。
だがしかし、二人が彷彿したのは、あくまでも、想い合っていた事実だけ。
そこに辿り着くまでの過程や、その仲を引き裂こうと目論み、強行によりその目論みを果たした "邪なる存在" については忘却したままである。
何故、二人は彷彿したのか。このタイミングで、互いに想い合っていたという事実のみ、その記憶だけを彷彿したのか。
その真相が明らかになるのは、まだ先の話のようだが、彷彿した記憶、その想いを、二人がまた失念することだけはなさそうだ。
手を繋ぎ、ミュリアの神殿を去っていく大雅と梨乃。二人の背中、揃う足並みは、あの頃とまったく同じなのだから。
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The cast of this story
8372 / 王林・大雅 / 18歳 / 学生
NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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