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■【楼蘭】百花繚乱・詞華■ |
紺藤 碧 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
天には、世を支える四の柱があるという。
四極と呼ばれるその柱には、世に起きた数多の事象が刻まれゆく。
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【楼蘭】百花繚乱・詞華
庵まで戻った千獣は、桃が居ないか辺りを見回す。
瞬・嵩晃が話せるようならば彼でもいいのだが、前の時は話の途中で寝入ってしまったため、無理もさせられない。
薪を割っていた場所に行って見ても、桃の姿はなく、千獣は庵の周りをぐるりと歩いてみる。
「……瞬!」
庵の縁側のような場所に腰掛、景色を眺めていた瞬に、呼びかけるように思わず言葉が零れる。
「おや」
千獣に気が着いた瞬は、ゆるりとこちらを見遣る。その拍子に降ろしていた髪が頬にかかった。
「……大丈、夫…なの?」
「たまにはこうして外へ出ないとね」
もっと不健康になってしまいそうだと瞬は気弱に笑う。
「聞きたい事が、あるのだろう?」
そして、視線をまた空に戻しながら、瞬は千獣に問いかけた。
どうしてこの人はこんなにも何事をも見透かしたような言い方をするのだろう。
千獣は数歩、瞬に近づき、
「わたし…と、蓮…、邪仙に、会うこと、に、したの……」
「そうかい」
まるで最初からそうする事が分かっていたかのように、瞬の声音は穏やかだ。
「……それで、天上、への、行き方…教え、て…」
瞬の瞳が、千獣に向けられる。
「やはり、憎いかい?」
蓮の元たる核によって無差別に人を傷つけ、それなのに、それをも捨てた邪仙を。
千獣は首を振る。
「分から、ない……」
その言葉に、瞬は真意を確かめるように、じっと千獣を見つめた。
「あの、人、が……した、こと、言った、こと…分から、ない、から、知り、たい」
あの邪仙にであって、千獣の中に生まれたのは沢山の疑問ばかり。けれど、その疑問も、邪仙は嘲笑するばかりで、納得のいく答えをくれることは無かった。
もしかしたら、邪仙本人にとっては満足の行く答えを示していたのかもしれないが、それでもその内容は千獣にとって到底納得できるものではない。
瞬は小さく顎で空を示した。
「君は、仙人でも、天人でもないから、あの扉が見えないのだね」
それに習うように千獣も空を見るが、澄み渡る青が広がるばかりで、そんな物理的なものがあるようには見えない。
逆に言えば、その力があれば、扉が見えると言うこと。
「場所さえ分かれば、君でもくぐることはできるが……さて、どうしようか」
瞬は軽く眼を細め、千獣にしがみ付いている蓮を見遣る。
視線を感じた蓮は、尚更ぎゅっと千獣にしがみ付いた。
「仙人……なれ、ば……見える、の……?」
「簡単に言えば、そういうことになるだろう。けれど、君は仙人にはなれない」
それは魔法的なことに弱いせいだろうか。それとも、身の内に飼う獣のせいだろうか。
「君はもう、別の理に縛られているだろう?」
千獣はぎゅっと胸の前で手を握り締める。
やはり、獣のせいか。だが、それはもう仕方のないこと。それに、仙人になることは目的ではないのだから、悲観するようなことではない。
千獣は頭を切り替える。
「扉……は、いつか、閉まる?」
瞬は顎に手を当てて、うーんと考えるように眼を細めて答える。
「開けるつもりも無いものが開いてしまったからね。彼らがどうするか……それは、私にも分からないよ」
そもそも開いた扉を閉める方法をまだ覚えているだろうか。それは、たぶん、扉守の役目を負った人が受け継いでいるはず。そう信じるしかないが。
「……ただ、この責任は、取るべきだろう」
我が身で――
瞬は、言葉尻に告げるはずだった主語を飲み込む。
この言葉だけを聴いたならば、まるで、開けた責任を取るのは邪仙のようだ。
「扉……開いた、まま、で、瞬……影響、ある?」
もしこの世界に悪影響が及ぶのならば、ついでに閉める事が出来やしないかと千獣は思った。だが、瞬から返ってきたのは、余り危機感の無い返事。
「影響? 特には、何もないだろうね。少しだけ、この地上は過剰繁栄するかもしれないが」
その影響が見えてきたとしても、きっと月・凛華がどうにかするだろう。宰相たる彼女にだって、また見え始めた天上界に気が着いているだろうし。
「君が気に病むような事は、何も起こらない。それだけは確かだ」
「でも、閉め、なくて……いい、の…?」
悪影響は無いとしても、今まで閉まっていたということは、閉めなければいけないような何かが昔あったはずだ。
「それは、私の知るところではないよ」
蒼黎帝国の天上界は、言うなれば、神秘の叡智が詰まったような場所。野心を持つ人間には、涎が出るほど魅力的な都。
それに、彼一人のことを邪仙と呼んでいるが、その区分に当てはまる仙人はまだ存在する。危機なのは、地上よりも悠久を緩慢に過ごしてきた天上界かもしれない。
ふと、空を見つめる瞳に真摯な色をともした瞬に、千獣は首を傾げる。
「……瞬?」
その声にはっとしたのか、瞬は一度瞳を伏せると、開けながら淡い笑顔を浮かべる。
「心配を、かけてしまったかい?」
千獣はゆっくりと首を振った。
「……もし、天に、行って、扉……閉まった、ら……どう、したら、いい?」
今まで外界から切り離されていたのだから、其処に住む人々の結束のようなものはとても強いかもしれない。
人は往々にして自分と違うものを排斥したがる。
訪れた最初にその行動をされた場合は、目的を済ませれば直ぐに出て行くと言訳できるが、出られなくなってしまったら、どんな対応をされるか全く想像がつかない。
千獣は、もし痛いことになったとしても、蓮だけは護ろうと心に誓い、瞬の答えを待つ。
「その心配はいらないよ。“今の私”が、地上に居る限り、鍵がかかることはないだろう」
そこで言葉を一度止め、瞬は周りを安心させるような穏やかな顔で微笑んだ。
「だから、安心して行っておいで」
「……うん…ありが、とう」
普段気弱な笑顔しか見せない瞬がとても頼もしく見えて、千獣は大きく頷いた。
「ねえ、瞬……」
改めるような千獣の声音に、瞬は小首を傾げる。
「ごめん、なさい……」
「突然どうしたんだい?」
深々と頭を下げた千獣に、瞬は少しだけ驚いたような声音で問う。
「瞬、が、倒れた、の、私、の、せい……」
ぎゅっと千獣は服を握り締める。その様子に、蓮が心配そうに千獣を見上げた。
「私、が、あの町、で……」
「君のせいではない。私が、頼んだんだ」
千獣から視線を外し、強い口調で告げた瞬に、千獣は大きく首を振る。
「でも……!」
「そうだ」
瞬の声が今の状況に不釣合いに明るく響く。
「道案内役はあの子に頼もう」
「え?」
瞬は何故か面白いことを思いついたように、悪戯っ子の笑みを浮かべ、千獣を見遣る。
「……瞬!」
無理矢理話題を変えた瞬に、千獣は叫ぶ。
「楽しみにしておいで」
瞬は千獣の二の句を塞ぎ、にっこりと微笑んだ。
天の扉に進むため、幾分か歩を進めた先で、蓮はまるで今まで息を止めていたかのように、はぁっと大きく息を吐いた。
「……どうして、黙って、たの?」
尋ねた千獣に、蓮はその服の裾を強く握り締めて、眉根を寄せる。
「……嫌い?」
「嫌い、違う……怖いの」
言葉の意味が判らず、千獣は首を傾げる。
「蓮、あの人怖い。あの人に触ったら、蓮、“壊れる”」
「どう、して?」
「あの人、強い。蓮には、強すぎる、の」
小さくそれだけ告げて、蓮は千獣の服に顔を埋めて口を閉ざす。
もしかして、前着たときに、瞬が蓮に触れようとして止めたのは、そのせい?
蓮に難しいことを聞いても、上手く答えられないし、千獣も理解できるかどうか分からない。
「準備はできましたか?」
声をかけられ、千獣ははっとして振り返る。
其処に立っていたのは、瞬と同じ髪と瞳を持った青年。確か、瞬は彼のことを木綿と呼んでいた。現在の名前は悠・永嘉と言うらしいが。
「……よろしく、お願い、しま、す……」
千獣は深々と頭を下げる。
「兄上の頼み。仕方がありません。あなたを扉まで案内しましょう。ですが、それだけです」
直ぐにでも自分は瞬の下へ戻ると、悠は告げて千獣から視線を外した。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
百花繚乱・詞華にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
扉へはこれで問題なく進めます。ですが、悠はこれ以上の登場はしませんので、もし続きをご発注くださるようでしたら、扉についたところから始めてください。
それではまた、千獣様に出会えることを祈って……
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