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■クロノラビッツ - Stand by -■

藤森イズノ
【8381】【ナナ・アンノウン】【黒猫学生・看板娘】
「誰?」

 尋ねながら、浩太は、指を鳴らした。
 パチンという音と共に、ぼんやりと淡い橙色の明かりが灯る。
 突然部屋が明るくなったことに驚いたのか、侵入者は動揺を隠せない様子。
 申し訳なさそうに振り返る侵入者に、浩太は、クスクス笑った。

「あぁ、あなたでしたか」

 何してるんですか、こんなところで。
 ここは、僕達 …… 時の契約者のみ、立ち入りが許可されているフロアですよ。
 棚に並んでいるのは、全て時兎に関する文献。どれも貴重な資料です。
 まさか、これらを盗みにきた、だなんてことはないですよね?
 …… あ、すみません。そんな顔しないで。冗談です。
 わかってますよ。あなたは、そんなことしない。
 つまり、あなたがここにいるのは、偶然。
 仕方ないですよね。ここ、広いですし。

「紅茶でもいかがです?」

 他に、お尋ねしたいことも、いくつかありますし。
 少しだけで構いませんので、僕と時間を共有して頂けませんか。
 え? 契約者じゃないのに、ここにいていいのかって?
 あぁ …… 大丈夫ですよ。お気になさらず。
 もう、許可は下りてますから。
 クロノラビッツ - Stand by - 

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「誰?」
 尋ねながら、浩太は、指を鳴らした。
 パチンという音と共に、ぼんやりと淡い橙色の明かりが灯る。
 突然部屋が明るくなったことに驚いたのか、侵入者は動揺を隠せない様子。
 申し訳なさそうに振り返る侵入者に、浩太は、クスクス笑った。
「あぁ、あなたでしたか」
 何してるんですか、こんなところで。
 ここは、僕達 …… 時の契約者のみ、立ち入りが許可されているフロアですよ。
 棚に並んでいるのは、全て時兎に関する文献。どれも貴重な資料です。
 まさか、これらを盗みにきた、だなんてことはないですよね?
 …… あ、すみません。そんな顔しないで。冗談です。
 わかってますよ。あなたは、そんなことしない。
 つまり、あなたがここにいるのは、偶然。
 仕方ないですよね。ここ、広いですし。
「紅茶でもいかがです?」
 他に、お尋ねしたいことも、いくつかありますし。
 少しだけで構いませんので、僕と時間を共有して頂けませんか。
 え? 契約者じゃないのに、ここにいていいのかって?
 あぁ …… 大丈夫ですよ。お気になさらず。
 もう、許可は下りてますから。

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「ふにゃ〜 …… あぁ、そっか〜 …… ここ、時狭間ぁ?」
「ふふ。そうですよ。ぐっすり眠ってましたね」
「ん〜 …… 最近、寝不足なの〜」
 ゴシゴシと目元を擦りながら身体を起こすナナ。
 どうやら昼寝をしていたところ、寝ぼけて時狭間へと転移してしまったらしい。
 紅茶の支度をする浩太をしばらく見つめた後、ナナは、ぼんやりと辺りを見回す。
 図書室のような場所だ。ズラリと並ぶ本棚に、隙間なくビッシリと詰められたあらゆる書物。
 時狭間という空間に出入りするようになって、およそ一週間が経過したが、まだまだ知らないことは多い。
 こんな場所もあるのか。読書を好むナナは、資料室を見回しながら嬉しそうに淡く笑んだ。
 もしかすると入り浸ることになるかも、なんてことを考えながら。
「ふわ〜 …… いい匂いだね〜」
「オレンジペコです。お好きですか?」
「うん〜。ナナね、お紅茶なら、何でも好きだよ〜」
「ふふ。それは良かった。クッキーもありますから、お好きなだけどうぞ」
「わ〜い。ありがと〜。いっただきまぁ〜す」
 山のように積まれたクッキーを手に取り、次々と口へ運んでいくナナ。
 甘いお菓子を好むナナにとって、クッキーはごちそうだ。紅茶もセットとなると、食欲は更に倍増する。
 だが、あまりにも次々と口に放るものだから、ちょっとムセてしまったりなんかもして。
「そんなに慌てなくても大丈夫。クッキーは逃げませんよ」
 浩太は、そう言いながらナナの背中をトントン叩き、クスクスと笑っていた。
 浩太という人物を、こんなに間近で見たのは今日が初めて。そう言われてみれば、二人きりで話すのも今日が初めてだ。
 ナナの中で、浩太は "落ち着いている人" というイメージ。梨乃も落ち着いているが、彼女とは少し違う。
 何というか、こう …… 大人っぽい印象を受けるような、そんな感じ。ナナは、自分が落ち着きのないタイプであることを自覚しているがゆえ、
 そんな自分に制御をかけてくれたり、あれこれと世話を焼いてくれるタイプの人を非常に好む。
 他人に頼るわけではないが、そういうタイプの人のほうが接しやすく、甘えやすいのだ。
「何か、浩太もイイ匂いがする〜」
 コホコホと咳をしながら、ニコリと笑顔を浮かべて言ったナナ。
 浩太は、屈託のないナナの笑顔につられるかのように微笑み返す。
「そうですか? …… 自分ではわかりませんけど」
「何かね〜 何ていうのかなぁ〜 …… バニラみたいな匂いがするよ。美味しそうな匂いだよ」
「えっ? あははっ。 あ〜 …… お香の匂いですね、多分。お気に入りのやつがあって、毎日焚いてるんです」
「ふぅ〜ん。そうなんだ〜。海斗は、果物みたいな匂いがするよね。林檎? みたいな匂い〜」
「そうなんですか? いや、どうだろう。匂いなんて、気にしたことないなぁ、僕は …… 」
「ナナね〜 イイ匂いが好きなんだ〜。お友達には "ヘンタイっぽい" とか言われちゃうんだけど」
「ふふ。いいんじゃないですか? 好みなんて人それぞれですし。あっ、紅茶のおかわり、いかがです?」
「あ。く〜ださいっ」
「はい、よろこんで」
 時狭間の資料室にて、他愛ない話で盛り上がるナナと浩太。
 普段、浩太は自らグイグイと出しゃばるタイプじゃなく、いつも一歩退いている感じ。
 だから、実際のところ、浩太という人物がどういう人なのか、ナナはよくわからずにいた。
 別に躍起になって知る必要なんてないのだろうけれど、これから長く付き合う仲間ならば、極力仲良くしたい。
 そう思っていたがゆえ、浩太と話すナナは、とても楽しそうだ。そんなナナと話す浩太もまた、ずっと笑顔を浮かべている。
 とある話題から、別の話題へ。絶妙なタイミングで変わる話題には、浩太の気配りの上手さがよく表れている。
 話題と話題の繋ぎ目、その僅かな隙間に、浩太はナナへ、とある質問を飛ばす。
「ナナさんは、普段、どんな生活を?」
「ん〜? 普通だよ〜?」
 学校行って〜、それから、体育以外の授業はちゃ〜んと受けて〜、生徒会の活動して〜、
 放課後は、そのまま真っ直ぐカフェに行ってアルバイト〜。アルバイトのない日は友達と遊びに行ったりもするけど〜。
 一応ね、ナナもね、学生さんだからさ、やっぱり、学校がメインになる感じなんだよね〜。活動拠点っていうの? そういう感じ。
「なるほど。えぇと …… すみません、体育っていうのは何のことですか?」
「ふにゃ? 体育は運動の授業だよ〜。走ったり飛んだり投げたり競ったりするの」
「へぇ …… 何だか楽しそうですけど。どうしてその授業だけ受けないんです?」
「ナナね〜 運動オンチだから、体育キライなの〜。他にも理由はあるんだけど〜 今はまだナイショ〜」
「あっ、そうなんですか。でも、平気なんですか? つまりはサボっちゃうってこと、ですよね?」
「だいじょぶだよ〜 ちゃんと許可もらってるから怒られたりはしないの〜」
 学校生活について、浩太からの質問に笑顔で答えていくナナ。
 体育および運動は "天敵" なのだという説明だけ、やたらと熱がこもっていた。
 確かに、ナナは …… こう言っちゃあ何だが、どんくさい。海斗や梨乃からも、そのあたりのことは浩太もよく聞かされている。
 何にもないところで転んだり、ちょっと走っただけでゼェハァと息を切らしたり、ナナは、とにかく運動が苦手だ。
 運動嫌いであることを始め、学校生活について説明してくれるナナは、ずっとニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
 そうやって楽しそうに話すものだから、興味が湧く。学校というものを知らず通ったこともない浩太にとって、
 現役学生であるナナの話は、実に興味深く面白い内容だったのだ。
「一気にお喋りしすぎて疲れた〜 お紅茶、おかわりく〜ださい」
 空になったカップを差し出し、可愛らしく催促するナナ。
 浩太は、笑顔でそれに応じながら、別の質問を飛ばしてみた。
「ナナさんは、彼氏さんとか …… いるんですか?」
「ふにゃ〜? カレシ〜? いないよ〜 多分ねぇ、この先もずっとできない気がする〜」
「えっ。どうしてです? そういうの興味ないとか、面倒だとかそんな感じですか?」
「にゃはは。随分グイグイくるね〜」
「あぁ、すみません …… 」
「ん〜 …… とねぇ」
 ナナね、初恋が "パーパ" なんだ〜。
 それ以降、他の男の人を好きになったことって、まだ一度もないの〜。
 パーパはね、すっごくカッコよくて〜 優しくて〜 頭も良くて〜 どこを取っても完璧なの。
 パーパ以上の人を見つけるのはシナンのワザだし〜 無理して探す気もないしね〜 …… 。
 友達には "あんたの場合、ハードルが高すぎるのよ" とか言われちゃうんだけど、やっぱり、パーパが一番なんだよね〜。
「すみません。パーパって言うのは …… もしかして、お父様のことですかね?」
「うん。そ〜だよ〜」
「ふふ。なるほど。よくわかりました。娘にそんなに愛されるなんて、お父様も幸せでしょうね」
「う〜ん …… そうなのかな〜? あんまりベタベタなのもどうかな〜と思うんだけどね〜」
「えっと。ナナさん、ご兄弟はおられます?」
「んにゃ? …… キョウダイね。 ん〜 …… いるよ。っていうか、いたよ。姐姐が六人」
「何度もすみません。えと、姐姐っていうのは、もしかして …… ?」
「うん〜 …… おね〜さんのことだよ。ナナ以外、みんないなくなっちゃったけどね」
 小さな声でポツリと呟いたナナ。
 それまで休みなくクッキーを頬張っていたのだが、その手も止まった。
 浩太は謝罪し、即座に話題を変える。聞いてはいけないことだったと、すぐに察したのだ。
 どうしていなくなってしまったのか、そもそも、いなくなったというのは、どういう意味合いなのか。
 聞きたいのは山々だが、寂しそうな表情を浮かべるナナに対し、詮索なんぞ出来るはずもない。
 ほんの少し一緒にお茶をしたくらいで、相手の全てを知ろうだなんて、浅はか且つ無礼。
 誰にだって、言いたくない・言えぬ秘密のひとつやふたつ、あるだろう。
 必要とあらば、ナナのほうから話してくれるはず。
 もしも、ナナが助けを乞うのなら、その時がきたらば、親身になって聞いてあげれば良い。
 話題を変え、ニコニコと話す浩太。ぼんやりしているナナも、さすがに、浩太のこの気配りには気付く。
 海斗や藤二なら、間違いなく詮索してきただろう。なになに? なんでなんで? と、ズカズカ踏みこんできただろうに。
 あぁ、そうか …… 。 きっと、浩太という人を "大人っぽい" と感じる理由は、こういうところにあるんだ。
 浩太の話に頷き、負けじと笑顔を返すナナは、そんな納得を胸に抱く。

 *

「長々とすみませんでした」
 ペコリと頭を下げ、謝罪した浩太。
 あまりにもお話が楽しくて、予定よりもずっと長くナナを拘束してしまった。
 そもそも、ぐっすりと昼寝していたところを起こしてしまった時点で失礼だったと、浩太は詫びる。
 だが、ナナは、笑顔で言った。謝らなくていいよ、謝るのはこっちだよ、資料室なんて貴重な場所に、
 無意識とはいえ、勝手に移転してスヤスヤ眠っていたナナも悪いんだし。それに、楽しかったし。謝る必要なんてないよ、と。
「ねぇ、浩太〜 また、お話しようね〜」
「えぇ、もちろん。是非、また色んなお話、聞かせて下さい」
 紅茶にクッキー、そして楽しい会話。どれも美味しく頂けましたと、そう最後に言い添えて時狭間を後にするナナ。
 何でも、明日からテスト期間に入るらしく、帰って勉強をせねばならないそうだ。俗に言う "一夜漬け" である。
 運動よりはずっとマシだけど、勉強もあんまり好きじゃないな〜などと苦笑しながら帰路につくナナ。
 浩太は、時の扉までナナを送り届け 「無理はしないでくださいね」 と、ナナの身体を気遣った。
 ゆっくりと開いていく時の扉。白む扉の向こうに飛び込めば、いつもの生活、いつもの世界。
 また、いつでも好きな時に好きなだけ来ることができるのに。何故か、ナナは時狭間を後にすることを躊躇ってしまう。
 どうしてだろう。よくわからないけれど、とてつもない不安が胸を占めた。もう二度と、ここに来れなくなるような、そんな危機感を覚えた。
 得体の知れぬ、その不安感に首を傾げて立ち止まり、白む扉の向こうをジッと見つめるナナ。
 そんなナナの背中に、浩太は告げた。
「また来てくださいね。いつだって歓迎しますから」
 その言葉が、不安を掻き消す。それまで抱いていた不可解な不安が、スッと消えた。
 ナナは、クルリと振り返り、いつもの可愛らしい笑顔を浩太に向け、ヒラヒラと手を振り光の中へ飛び込む。
 少し名残惜しそうに浩太を見やりながら 「またね」 と言ったナナ。浩太は、光の中へ消えていくナナを、ジッと見つめていた。
「焦らないで、ナナ。俺がゆっくり、思い出させてあげる …… 」
 小さな声で、そんな意味深なことを呟きながら。
 光に包まれ、ナナの姿が完全に見えなくなるまで、ずっと。

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 The cast of this story
 8381 / ナナ・アンノウン / 15歳 / 黒猫学生・看板娘
 NPC / 浩太? / 17歳? / クロノラビッツ?(時の契約者)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。