■クロノラビッツ - 仮契約 -■
藤森イズノ |
【8381】【ナナ・アンノウン】【黒猫学生・看板娘】 |
「ちょっと、いいですか?」
散歩中、声を掛けられた。
この丁寧な口調と柔らかな声には、聞き覚えがある。
振り返るとそこには、やっぱり浩太。 …… だけじゃなく、海斗と藤二もいた。
あれれ …… ? 何だかちょっと珍しい組み合わせだなぁ …… 。
なんて思いながら、ペコリと頭を下げて用件を聞いてみる。
まぁ、わざわざ、彼等から接触してきたということは、
それなりの用件なのだろうとは思ったけれど。
「え …… ?」
さすがに、目を丸くしてしまう。
彼等の用件。それが、あまりにも突飛なものだったから。
戦えと言うのだ。これから、時狭間のとある場所へ案内するから、
そこで、海斗と戦ってくれないかと言うのだ。
何で? どうして? 何の為に?
当然の疑問。もちろん、それらをすぐにぶつけた。
でも、彼等は答えてくれない。その疑問を解消してくれない。
「いーから、とっととやろーぜ」
ダルそうに欠伸しながら言った海斗。
やるだなんて、一言も言ってない。っていうか面倒なら、やらなきゃいいのに。
…… うん? 面倒くさそう …… ってことは、もしかして、海斗も、巻き添え食らった?
さほど長い付き合いってわけでもないけれど、好きな物事にしか興味を示さない、
海斗のそういう性格は、もう嫌になるくらい把握している。間違いない。
ということは、この用件は、つまり …… 。
「ごめんね、急に」
「じゃあ、移動しましょうか」
ニコリと微笑んで言った藤二と、懐から黒い鍵を取り出しながら言った浩太。
つまり、この用件は、この二人 …… 浩太と藤二の用件ということか。
いや、っていうか、ちょっと。だから、やるだなんて一言も …… 。
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クロノラビッツ - 仮契約 -
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「ちょっと、いいですか?」
散歩中、声を掛けられた。
この丁寧な口調と柔らかな声には、聞き覚えがある。
振り返るとそこには、やっぱり浩太。 …… だけじゃなく、海斗と藤二もいた。
あれれ …… ? 何だかちょっと珍しい組み合わせだなぁ …… 。
なんて思いながら、ペコリと頭を下げて用件を聞いてみる。
まぁ、わざわざ、彼等から接触してきたということは、
それなりの用件なのだろうとは思ったけれど。
「え …… ?」
さすがに、目を丸くしてしまう。
彼等の用件。それが、あまりにも突飛なものだったから。
戦えと言うのだ。これから、時狭間のとある場所へ案内するから、
そこで、海斗と戦ってくれないかと言うのだ。
何で? どうして? 何の為に?
当然の疑問。もちろん、それらをすぐにぶつけた。
でも、彼等は答えてくれない。その疑問を解消してくれない。
「いーから、とっととやろーぜ」
ダルそうに欠伸しながら言った海斗。
やるだなんて、一言も言ってない。っていうか面倒なら、やらなきゃいいのに。
…… うん? 面倒くさそう …… ってことは、もしかして、海斗も、巻き添え食らった?
さほど長い付き合いってわけでもないけれど、好きな物事にしか興味を示さない、
海斗のそういう性格は、もう嫌になるくらい把握している。間違いない。
ということは、この用件は、つまり …… 。
「ごめんね、急に」
「じゃあ、移動しましょうか」
ニコリと微笑んで言った藤二と、懐から黒い鍵を取り出しながら言った浩太。
つまり、この用件は、この二人 …… 浩太と藤二の用件ということか。
いや、っていうか、ちょっと。だから、やるだなんて一言も …… 。
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「んにゃ〜 …… こういうの苦手なんだケドな〜 ま、いっかぁ」
ふにゃらかとした笑みを浮かべつつ、トランクにかけていた鍵をカチャカチャと外し始めるナナ。
散歩の帰り道、捕まってそのまま要望に応じることになってしまい、時狭間へと連れてこられたナナは、
キョロキョロと辺りを見回しながら、トランクにかけた鍵を外していく。 ※無数の鍵がついているため全てを外すには時間がかかる
時狭間であることはわかるが、こんなところ、初めてきた。まるで闘技場かのような …… 何とも不思議な造りをした空間だ。
もしかすると、修行用のスペースとして存在してる場所なのカモ〜? などと考えつつ、マイペースなナナ。
既に準備を終え、ナナの支度が整うのを待っている海斗は、腕を組み、ぶすっとした表情を浮かべている。
「おっせぇ …… まだかよ、パパッとしろ、パパッと!」
我慢できなくなり、大声を上げて催促した海斗。
辺りの様子をボンヤリと窺っていた最中に突然大きな声で叱られてしまったものだから、ナナは、ビクッと肩を揺らした。
「えへへ。ごめ〜んね〜」
「ゴメンはいーから。さっさと支度しろ」
「えっとね〜 …… うん、準備できてるよ〜」
「 …… できてんのかよ」
ハァ、と溜息を吐き落とし、ガシガシと頭を掻く海斗。
どうにも、ナナのこのマイペースっぷりに、毎度のことながら翻弄されてしまう。
元々、海斗は、せっかちで何でもかんでもノリでガーッと済ませてしまうタイプだから、うまく噛み合わないというのもあるだろう。
「準備オッケーだってよー。もー始めていーのかー?」
少し離れた位置、並んで座る浩太と藤二に向かって叫び、確認する海斗。
浩太と藤二は 「いつでもどうぞ」 と言わんばかりにヒラヒラと手を振り、開始の許可を飛ばす。
「うし。んじゃ、やるか」
「は〜い」
何ともマッタリと …… 気の抜ける感じで開始された擬似バトル。
今回の擬似バトルにおいて、注目すべき点の一つに、海斗の扱う "武器" がある。
珍しく、今回、海斗は剣を持ち、それを用いてナナと戦う。とはいえ、普通の剣とは少し異なり、
海斗が扱う剣は、いわゆる魔法剣。刃は勿論のこと、柄までもが真っ赤な炎で覆われている。
そんなものを持って熱くないのか …… なんて、野暮な質問はナシ。
炎の力をその身に宿す海斗にとっては、この剣も、普通の剣と何ら変わりない。
普段、剣なんぞ扱っているところを見たことがないが …… なかなかの扱いっぷりだ。
ただ、巧いというよりかは、身体能力やらのセンスで扱っているだけという印象は受ける。
基礎からみっちりと剣技を習い学び会得したという感じは、一切ない。
それでも、軽い身のこなしにあいまった剣さばきは、見事なものである。
海斗の戦い方は少し変わっていて、接近したかと思いきやザァッと退き、遠距離から剣の切っ先をナナへ向ける、の繰り返し。
単調ではあるが安定しており、向けられた剣の切っ先からバボッと放たれる炎は、火炎放射器やらバズーカやらのそれを思わせる。
しばらく様子を窺ってみるものの、海斗のその戦い方・スタイルに変更はない。
まぁ、あくまでも擬似バトルだし。殺る気なんて、皆無なのだとは思うが。
同じことばかりを繰り返す最中、集中していれば、合間合間に生じるスキも容易く見つけることができる。
何だか、非常にわかりやすくスキを作ってみせてるような、攻撃してこいと挑発されているような気もしたが、
防戦一方だなんて、そんな戦い方じゃあ、何の面白味もない。
こんなことをさせる以上、海斗たちは、何らかの "データ" を欲しがっているんだとも思うし。
擬似バトル開始から五分、特に何を仕掛けるわけでもなく、海斗の様子を窺っていたナナも、ようやく攻めに入る。
ナナの動きに合わせて、フワリと宙を浮き、ついてくる白いトランク。
可愛らしいハートのステッカーでデコレートされたそのトランクから、ナナの "攻め" は飛び出す。
「ゴー」
ナナがそう言って海斗をピシッと指さすと同時に、トランクからポポポポンと飛び出す可愛らしいぬいぐるみ。
あらゆる模様・柄の布でツギハギに縫われた無数のぬいぐるみは、その全てが猫の姿をしており、武器を持っている。
まぁ、武器といってもプラスチック製のフォークやらスプーンやらナイフやらで、危険な印象は、まったく受けない。
ナナの合図によって召喚され、トランクから飛び出してきた、ツギハギ猫のぬいぐるみ集団。その名も "ねこねこ隊" ← ナナ命名
召喚された存在というだけあって、ねこねこ隊の一行は、召喚主であるナナの指示に従い、一斉にワーッと海斗に突進していく。
ものすごい数の猫のぬいぐるみが、自分に向かって突進してくるという状況。
和やかに思えるが、実際は、そうも言っていられない。
「何だそれ! ちょ、来んな! つか、数! パねぇ!」
数もさることながら、ねこねこ隊の攻撃力もあなどれない。
プラスチック製の食器が武器だなんてフザけているとしか思えないが、とんでもない。
ギャーギャー喚きながら退避する海斗は、ねこねこ隊の猛襲を炎剣で受け止めたり、炎の魔法壁で相殺したりと大忙しだ。
だが、いつまでも逃げているわけにもいかない。というより、海斗は防戦というものを、そもそも嫌う傾向にある。
擬似とはいえ、勝負は勝負。バトルは、攻めたモン勝ち。攻め通して勝たねばキモチ良くない。
そんな理由から、ピタリと立ち止まり、ブツブツと小さな声で何かを呟く海斗。
海斗の雰囲気が変わったことに警戒し、ねこねこ隊の一行も、一時、ピタリと動きを止めた。
それから五秒後。あっというまに立場が入れかわり、海斗が追う立場、ねこねこ隊が追われる立場へと変わる。
呪文を呟いて剣に灯る炎の威力をグンと上げた海斗は、もはや剣の原型を留めない炎の塊を手に、ねこねこ隊を追いかけ回す。
「うおらー!!!」
叫びながら、ねこねこ隊を追いかけ回す海斗は、何ともイキイキとした表情だ。
さすがに、あんなに激しく炎に燃え盛られては、退却せざるをえない。
抜群の機動力こそあれど、ぬいぐるみであることに変わりはないのだから、あっというまに燃え焦がされてしまう。
ねこねこ隊を追いかけまわしつつ、ひらいてしまったナナとの距離を縮めていく海斗。
どんどん近く、迫ってくる海斗に、ナナは、うっすらと笑みを浮かべた。
やっぱり、この程度じゃあ、海斗に "まいった" なんて言わせることはできないか〜。
なんてことを考えつつ、自身の右肩に、左手でそっと触れるナナ。
海斗は、もうすぐそこまで迫ってきている。躊躇っている暇なんて、ありはしない。
ウン、と決意の頷きを見せると同時に、ガバッと、驚きの変貌を遂げるナナの右腕。
肩から指先まで、右腕が、丸ごと "黒い爪" に変化したのだ。
「うぅ〜 …… やっぱこれ、痛いんだよね〜。何回やっても慣れないよ〜 …… 」
右腕の変化には、どうやらかなりの痛みを伴うらしく、ナナは眉間にシワを寄せ、苦悶の表情を浮かべている。
ナナの右腕が変化する頃には、海斗に追われ逃走していた、ねこねこ隊の一行も、トランクの中へと撤収。
「 …… 変形か。イイな」
至近距離で、炎剣を構えながら呟いた海斗。
海斗の発言に、ナナは眉を寄せ、苦笑を浮かべたまま返す。
「便利だけど、痛いからオススメはしないよ〜 …… 」
「いや、まぁ、ススめられたとこで、オレ真似できねーけどな」
ヘラヘラ笑いながらも、海斗は、確認している。
右腕の変貌とほぼ同時に、ナナの目の下に刻まれている 【Z】 の文字も 【W】 に変化したことを。
文字というか、数字が変わったことに何か意味はあるのか。間違いなく、右腕の変貌が関与しているのだろうけれど、
詳しいことはわからない。し、何なんだそれ? とも訊かない。海斗は、何となく察していたのかもしれない。
訊くべきことではない。少なくとも、今はまだ、と。そんな風に。
「さて。そろそろ、いーか?」
それまでの、おちゃらけた雰囲気から一変。海斗の表情が、キリリとしたものに変わる。
その変化っぷり、普段とのギャップに苦笑を返したものの、ナナは、コクリと頷いて "伝え" る。
今、二人が行っているのは、擬似バトル。決して、能力披露大会なんかじゃない。
さぁ、おしゃべりは、ここまで。準備が整ったなら、いざ ――
それまで、防御に重点を置いていたナナだが、右腕を丸ごと黒い爪に変えてから、その戦い方は真逆になった。
攻め、攻め、攻めの猛襲。防御が必要な場合であろうともお構いなし。守る暇があるなら攻撃する。そんなスタイル。
海斗は海斗で、そんなナナのスタイルに触発(挑発?)され、こっちも攻めの一手。
本気で戦り合っているわけではないのだけれど、海斗は、高揚を抑えられずにいた。
ワクワクするとか、楽しいとか、そのあたりで留めておくべきだったのに。
気持ちの高揚、つまり興奮状態に陥った海斗は、あらゆる面で荒さが目立つようになる。
しかも、荒っぽくなっていることに気付けないものだから、傷を負えば負うほど、余計に興奮してしまう。
その結果、必要以上のダメージを負ってしまい …… 敗北。
決して、能力は低くない、というより、海斗の戦闘能力やセンスは、かなりのものだ。
でも、興奮して我を忘れてしまうと、せっかくの能力もセンスも、生かしきれなくなってしまう。
なかなか面白い、飽きない勝負をしていたのにも関わらず、あっけなく勝敗が決してしまった原因を挙げるならば、そんなところだろう。
「うに〜 …… カラダ痛いよ〜 …… そもそも、ナナは、ただの人形使いなのに、こんなのって〜 …… 」
へにゃりと座り込み、ポソポソと文句を言うナナ。
ナナのすぐ傍には、腹を抱えるようにして蹲る海斗の姿。
決め手は、みぞおちに喰らった一撃。激痛を伴う痛みなら、のた打ち回れもするが、
厄介なことに、そういう痛みは伴わない。内臓だけ器用にほじくり出されて持っていかれているような、何とも不気味で不快な感覚。
今まで体感したことのないその感覚に、海斗は眉を寄せ、苦悶の表情を浮かべている。言葉以上に、その感覚は気味が悪い。
ナナは、ナナで、無傷というわけでもない。攻めの一手で防御なんぞほとんどしていなかったものだから、あちこち傷だらけ。
だからこその、治療。ナナは、ブツブツ文句を言いながら(誰に対して言っているのかはわからないが)、
トランクから、うさぎのぬいぐるみ集団 "うさうさ隊" を召喚し、治療させている。 ← 無論 この隊名もナナ命名
まさか、自分だけ治療するだなんて、そんな酷い真似はしない。
ちゃんと、海斗の傷も治療してあげる。まぁ、治療するのは、ナナではなく、うさうさ隊の一行だが。
「 …… 終わりましたね。どうですか? 藤二さん」
勝敗が決し、二分後。
それまで、ただジッとナナと海斗の擬似バトルを見物していた浩太が、口を開く。
どうですか、と尋ねられた藤二は、クイと眼鏡を押し上げ、少しばかり自慢気な返答。
「開始三分の時点で、ほぼ完成」
「ふふ。さすがですね」
「まァね」
浩太に褒められ、苦笑しながら肩を竦める藤二。
そんなことないよ、と否定せず、さも当然かのように肯定する藤二の横顔は、自信に充ち溢れていた。
「じゃあ …… 行きましょうか」
「だな」
揃って立ち上がり、ナナと海斗に歩み寄る浩太と藤二。
時狭間にて、およそ三十分間 執り行われた、擬似バトルという名の調査は、
我を忘れて暴走してしまった海斗が、あっけなく敗北するという形で幕を閉じた。
*
何故、こんなことをさせたのか。
退屈だったから応じはしたが、まだ、理由を聞かせてもらっていない。
特に意味はない、とか、そうやってはぐらかすのはナシ。知ってるんだから。
海斗はまぁ、置いておいて、浩太と藤二は、無意味な要求なんて絶対にしてこないってこと。
確かに暇だったけれど、意味があるんだと、そう思ったから応じたというところもあるし。
「聞かせてくれるよね〜?」
傷の治療を終え、一段落したところで "理由" を尋ねたナナ。
いつもの調子でポヤ〜ンとしてはいるが、尋ねるナナの目は、至って真剣だ。
「先に説明するべきだったとは思います。ごめんなさい」
「まァ、事後報告じゃなきゃ説得力に欠けちまうっつう、こっちの事情もあってねェ」
そう言って微笑み、藤二と浩太は、ナナに一枚の書類を差し出した。
思わず受け取ってしまったが。何だろう。何て書いてあるのか、さっぱりわからない。変な文字だ。
かろうじて読めるのは、書類の一番下に赤いペンで殴り書かれた英数字だけ。Mst.col 3852447 と書かれている。
ナナは、すぐさま、尋ねた。これは、何なの? 何かを示す数値なの? と。
浩太は、その数字こそが、今回、海斗との疑似バトルを御願いした何よりの理由だと言った。
何でも、この数字は、ここ、時狭間に充満している "クロノミスト" という成分に、ナナの能力値を乗算したものらしく、
全ての数値が、規定値を大幅に上回っているのだそうだ。だから何? それがどうした? って話になるが、
浩太たちは、そもそも、自らの意思で、ナナに今回の疑似バトルを御願いしたわけではない。
疑似バトル、もっと言えば、この数値の調査を浩太たちに頼んだ、実際の依頼主は、時の神。マスターである。
また、マスターは、数値が規定値を超えていた場合、大事な話をしたいから、
ナナを、すぐに自分のところへ連れてきてくれとも言っていた。
「ほぇ〜? 大事な話〜?」
「えぇ。仮契約の話、になるかと思います」
根本的なところから話すと、
時狭間は、あらゆる世界・そこに流れる時間が交錯している場所だ。
時の神や時の契約者以外の存在、つまり "ヒト" は、この空間で平常を保つことが難しい。
異なる世界に、同時に存在しているような状態になるわけだから、頭がおかしくなってしまうのだ。
遠い国へ旅行に行った際、出発国との時差で頭や身体が思うように働かなくなる、あの状態のようなもの。
それが、時狭間にいる間、ずっと持続するわけだから、ヒトがこの空間に留まるのは、色んな意味で危険。
だが、ナナは常に平常。いつ来ても、どれだけ滞在しても、身体の不調を訴えたことは一度もない。
もしかすると、ヒトでありながら、時狭間で暮らす者同様に "リデル" が体内に備わっているのかもしれない。
あぁ、リデルというのは、時の神、および時の契約者が体内に備えている臓器のひとつ。
場所的には …… ヒトでいうなら、心臓がある辺りに、心臓の代わりとして、その臓器がある。
だが、このリデルという臓器は、心臓としての働きよりも、
時間の交錯に接触しても平然としていられる "抵抗力" を司っている役割のほうが大きい。
当然、異なる世界・空間に流れる時間に一度に触れることなんてない "人間" には、この臓器は存在しない。
先程、浩太が見せた書類に書かれていた数値が "規定値を上回る" ことは、
時間に対する抵抗力が高いということを意味する。つまり、リデルが体内に備わっている証にもなる。
ヒトの体内にリデルが備わっているだなんて、聞いたことがない。
でも、もしも、もしも、万が一。
ナナの体内に、その可能性があるとするならば、
前例はなくとも、頼んでみる価値はあるのではないか …… と、マスターは考えた。
時間に対する抵抗力が高いという事実は、あらゆる世界・空間に赴くことができるという結論にも繋がる。
つまり、時狭間を経由して、あらゆる場所でヒトの記憶を蝕む時兎を退治することが可能だということ。
リデルを体内に備えていない者では、別世界へ赴くまでの移動中、
その時圧(時間の圧力)に耐えきれず、途中で絶命してしまうから。
要するに、
ヒトでありながら、正規なる時の契約者と同じ契約をマスターと締結し、
時兎を退治する権限と手段、その使命を担う資格が、ナナにはあるということ。
マスターが望む、真の目的とは、ナナとの "仮契約" だということだ。
だが、これはあくまでも、マスターの要望にすぎない。
ナナが、そんなのやりたくない! と言えば、それまでの話であって ――
「わかった〜。いいよ〜。やるよ〜。ちゃんとできるかわかんないけど、頑張る〜」
ナナは、悩む素振りもなく、即座に要求を受け入れた。頑張りますという意思まで添えて。
いや、まぁ、引き受けてくれるというのなら、承諾してくれるというのなら、実にありがたい話ではある。
でも、本当に良いのだろうか。頼む側が、こんなこと言うのも少しおかしい気はするが、不安やら迷いやらはないのだろうか。
こうして実際、ナナは自由に出入りしているし、実在こそしているものの、時狭間は、非常に曖昧な空間だ。怪しいといえば怪しい。
それに、仮とはいえ、契約は契約。一度、締結してしまえば、そう容易く解除することはできない。
「大丈夫 …… ですか? 契約の締結が済んだ後の取り消しは非常に困難ですが」
苦笑を浮かべつつ、確認をとってみる浩太。
それは、遠回しに、軽い気持ちで請け負うべきではないという警告も含んでいる。
だが、浩太が再確認したところで、ナナの決意は揺るがなかった。
いつものあの笑顔、ふにゃんとした可愛らしい笑顔で、ナナは言った。
大丈夫だと、任せてくれと、精一杯頑張りますと。ピシッと、敬礼なんぞも添えながら。
「 …… わかりました。ありがとうございます。それじゃあ、マスターのところへ行きましょうか」
ニコリと微笑み返し、書類の入ったファイルを脇に抱え、テクテクと歩き出す浩太。
そんな浩太の後を追い、海斗も、バタバタと歩いて行く。
どうやら "負けた" ことがよっぽど悔しいらしく、海斗は、浩太にブツブツと愚痴っている。
まぁ、何をどう愚痴ったところで、負け犬の遠吠えにしかならないのだが。
並んで歩く浩太と海斗の背中を見やりつつ、自分も、と後を追い歩き出すナナ。
ナナは、この時、確かな喜びを胸に抱いていた。うまく説明することはできそうにもないが、
その喜びや嬉しさの理由をナナの代わりに説明するなれば、ようやく、仲間に入れた。という感じが近しいだろうか。
「ナナちゃん」
嬉しそうに、軽い足取りで歩くナナに、藤二が声をかけた。
ナナが、はい〜? と振り返ると、藤二は、煙草に火をつけながら、ナナに、とあるものを差し出す。
「ほぇ …… これって〜 …… 」
「先に渡しとくよ。ま、レプリカだけどな」
ナナが、藤二から受け取ったもの。それは、銃。不思議な形をした銃。
海斗たちが持ち歩いている、あの銃だ。確か名前は …… 魂銃タスラム、とか言ったっけ。
藤二の言うとおり、本物というわけではなく、本物に似せてつくったもの(レプリカ)ではあるようだが、
性能やら何やらは、本物のそれと大差なし。擬似バトルの最中、藤二が作ったタスラムレプリカは、
ナナが持つに相応しい、可愛らしいピンクの彩色と、やや丸みを帯びたデザインになっており、
小さなナナの手指に、すんなり馴染むよう、細部まで細かく作られている。
絶対に、ヒトに向けて発砲しないこと。必要とされるとき以外は使わないこと。
銃の取り扱いにおいて重要な点を説明する藤二。ナナは、うんうんと頷きながら、その説明を熱心に聞いていた。
自分のために作ってくれた。自分専用の武器。仲間の証? そんなことを思うと、余計に嬉しくなってしまう。
だが、そうしてナナが浮かれる最中、突如、シュッと …… 銃が忽然と消える。
さっきまで、この手に持っていたのに。そこにあったのに。
盗られた、なんて、そんな言い方すると、ちょっと人聞きは悪いけれど、そんな感じ。
まぁ、正確に言うなれば、タスラムレプリカは、盗られたわけでも消えたわけでもなく、取り込まれただけ。
ナナの右腕。擬似バトルの最中、黒く大きな爪に変貌していたあの右腕の中。
その中に潜む存在 "シャドウ" によって。
「うにゃ〜! もぉ〜! シャドウのばか〜! もっとちゃんとよく見ておきたかったのにぃ〜!」
プゥと頬を膨らませて文句を言うナナだったが、その表情は、笑顔に満ちていた。
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The cast of this story
8381 / ナナ・アンノウン / 15歳 / 黒猫学生・看板娘
NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / 藤二 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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