■クロノラビッツ - ジル・サーデ -■
藤森イズノ |
【8372】【王林・大雅】【学生】 |
どこまでも延々と続く漆黒の闇。
あらゆる世界のあらゆる時間が巡る場所。
時狭間に、カランと。杖の転がる音が響き渡ったのは、一時間ほど前のこと。
「藤二! 次は!? 次は、どーすりゃいーんだよ!?」
「うるせぇ。ちょっと待て。いま、調べてるだろうが」
「早くしろよ! 早くしねーと …… !」
「わかってるよ! いちいちデカい声出すな!」
「二人とも、落ち着いて。騒ぐと余計、容態に響くわ」
声を荒げる海斗と藤二の間に入り、取り乱す二人を冷静な発言で落ち着かせる千華。
梨乃と浩太は、緊迫した雰囲気に恐怖を覚えているのか、部屋の隅で、ただジッと蹲っている。
ただならぬ、この切迫した状況。時の契約者たちを戸惑わせているのは、マスターの身体に起きた異変。
いつも、定期的に鳴る鐘の音が聞こえなかったことに疑問を感じた彼等は、すぐさま監視塔に向かった。
監視塔は、マスターの部屋のようなもの。契約者といえど、許可なく中に入ることは許されない。
だが、この時ばかりは、その掟も無視せざるを得なかった。
時狭間に響く鐘の音は、時の神の所業。つまり、いつも、マスターが鐘を鳴らしている。
これまで一度も欠くことなく響いた鐘の音が、いつまでたっても聞こえてこない。
全員が、マスターの身に何か良くないことが起きたのではと、危惧していた。
案の定、その予感は的中し、彼等は衝撃の光景を目の当たりにする。
監視塔の内部、真っ白な空間、その中心に、マスターが倒れていたのだ。
顔面蒼白。更に、呼吸が止まった状態で。
死亡ではなく、昏睡状態。
呼吸こそ止まっているものの、マスターの身体が温かいことから、藤二は、現状をそう判断した。
過去に一度、資料室に保管されている書物で目にしたことがあったのだ。
ジル・サーデという病。体内に毒素ウイルスが入り込んでしまうことで仮死状態に陥る奇病。
その名のとおり、ジルサーデという国でしか発症しないはずの奇病だが、時狭間は、あらゆる世界に通ずる空間だ。
いつ、どこから、そのウイルスが流れ込んできてもおかしくない。ありえない・起こりえない事象ではないのだ。
一行は、ひとまずマスターを資料室へと運んだ。海斗と千華は、無意味だと知りつつも治癒魔法をかける。
その間、藤二は、資料室の本棚を漁り、ジル・サーデに関することが記されている資料を必死に探しているのだが、
資料室に保管されている書物の数は膨大だ。いつ読んだかも思い出せないので、手当たり次第に漁る他ない。
読書が趣味で、普段からこの資料室に何度も出入りしている梨乃ならば、
目的の書物を容易く見つけることができるだろうが、ご覧のとおり、梨乃は、パニック状態だ。
ぴくりとも動かないマスターを前に、恐怖に臆して震えることしかできずにいる。
「マ、マスター …… マスターが …… 」
「大丈夫。大丈夫だよ、梨乃ちゃん。落ち着いて」
そうして優しく声をかけるものの、動揺しているのは浩太とて同じ。
急がねばならないことは百も承知。だが、突然の事象に、誰もが臆してしまっている。
まさか、このまま …… だなんて、そんな縁起でもないことばかりが頭を過ぎってしまうのだ。
マスターは、道しるべ。主を失うこと、主の喪失ほど、契約者に恐怖を刻む事象はない。
救う手立てを見いだせぬまま。 あぁ、時間だけが、ただ、無情に過ぎていく。
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クロノラビッツ - ジル・サーデ -
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どこまでも延々と続く漆黒の闇。
あらゆる世界のあらゆる時間が巡る場所。
時狭間に、カランと。杖の転がる音が響き渡ったのは、一時間ほど前のこと。
「藤二! 次は!? 次は、どーすりゃいーんだよ!?」
「うるせぇ。ちょっと待て。いま、調べてるだろうが」
「早くしろよ! 早くしねーと …… !」
「わかってるよ! いちいちデカい声出すな!」
「二人とも、落ち着いて。騒ぐと余計、容態に響くわ」
声を荒げる海斗と藤二の間に入り、取り乱す二人を冷静な発言で落ち着かせる千華。
梨乃と浩太は、緊迫した雰囲気に恐怖を覚えているのか、部屋の隅で、ただジッと蹲っている。
ただならぬ、この切迫した状況。時の契約者たちを戸惑わせているのは、マスターの身体に起きた異変。
いつも、定期的に鳴る鐘の音が聞こえなかったことに疑問を感じた彼等は、すぐさま監視塔に向かった。
監視塔は、マスターの部屋のようなもの。契約者といえど、許可なく中に入ることは許されない。
だが、この時ばかりは、その掟も無視せざるを得なかった。
時狭間に響く鐘の音は、時の神の所業。つまり、いつも、マスターが鐘を鳴らしている。
これまで一度も欠くことなく響いた鐘の音が、いつまでたっても聞こえてこない。
全員が、マスターの身に何か良くないことが起きたのではと、危惧していた。
案の定、その予感は的中し、彼等は衝撃の光景を目の当たりにする。
監視塔の内部、真っ白な空間、その中心に、マスターが倒れていたのだ。
顔面蒼白。更に、呼吸が止まった状態で。
死亡ではなく、昏睡状態。
呼吸こそ止まっているものの、マスターの身体が温かいことから、藤二は、現状をそう判断した。
過去に一度、資料室に保管されている書物で目にしたことがあったのだ。
ジル・サーデという病。体内に毒素ウイルスが入り込んでしまうことで仮死状態に陥る奇病。
その名のとおり、ジルサーデという国でしか発症しないはずの奇病だが、時狭間は、あらゆる世界に通ずる空間だ。
いつ、どこから、そのウイルスが流れ込んできてもおかしくない。ありえない・起こりえない事象ではないのだ。
一行は、ひとまずマスターを資料室へと運んだ。海斗と千華は、無意味だと知りつつも治癒魔法をかける。
その間、藤二は、資料室の本棚を漁り、ジル・サーデに関することが記されている資料を必死に探しているのだが、
資料室に保管されている書物の数は膨大だ。いつ読んだかも思い出せないので、手当たり次第に漁る他ない。
読書が趣味で、普段からこの資料室に何度も出入りしている梨乃ならば、
目的の書物を容易く見つけることができるだろうが、ご覧のとおり、梨乃は、パニック状態だ。
ぴくりとも動かないマスターを前に、恐怖に臆して震えることしかできずにいる。
「マ、マスター …… マスターが …… 」
「大丈夫。大丈夫だよ、梨乃ちゃん。落ち着いて」
そうして優しく声をかけるものの、動揺しているのは浩太とて同じ。
急がねばならないことは百も承知。だが、突然の事象に、誰もが臆してしまっている。
まさか、このまま …… だなんて、そんな縁起でもないことばかりが頭を過ぎってしまうのだ。
マスターは、道しるべ。主を失うこと、主の喪失ほど、契約者に恐怖を刻む事象はない。
救う手立てを見いだせぬまま。 あぁ、時間だけが、ただ、無情に過ぎていく。
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時狭間、居住区。
いつもの調子でフラリと、特に何の用もなく、おしゃべりでもと思い、足を運んだ。
様子がおかしいことくらい、すぐにわかる。この、切迫した雰囲気の中で、どうしたの? なんて、問うほど間抜けじゃない。
居住区に着いて早々、顔面蒼白で横たわり、ピクリとも動かないマスターを見た大雅は、非常事態を悟る。
「大雅!」
「大雅くん …… 」
姿を見るなり、泣きつくように大雅に駆け寄る海斗と梨乃。
二人の動揺っぷりからも、事態がいかに深刻であるかがわかる。
どうしよう、どうすれば、なんて、本来、時狭間とは無縁な世界で生活する大雅にすがったところで困らせてしまうだけ。
そう、頭では理解っているものの、パニック状態にある海斗と梨乃は、揃って大雅の服を掴み、引っ張り、助けを乞う。
大雅は、そんな海斗と梨乃に淡い笑みを向けて宥めると、何も言わずスタスタと、横たわるマスターに歩み寄り、
「ジルサーデ …… 確かに厄介な病状ではあるね」
マスターの冷たい頬にそっと触れ、小さな声でそう呟いた。
「お前、知ってんのか? コレ」
驚き、目を丸くする海斗。
そりゃあ、何の説明もなしに、パッと見ただけで病名を言い当てたのだから当然である。
「実際に見るのは初めてだけど …… 知ってるよ」
ポツリと小さな声で呟き、いつも持ち歩いている黒く大きな鞄をゴソゴソと漁る大雅。
海斗たちがジッと見つめる中、大雅は、鞄の中から一冊の古びたノートを取り出した。
無言・無表情のまま、ノートをパラパラと捲り、記述されている事柄を目追いで確認していく大雅。
とあるページでピタリと手を止め、大雅は、ウンウンと頷きながら "何か" をブツブツと呟いた。
こうしている間にも、マスターの命は危機にさらされている。
早急に体内に入り込んだジルサーデを除去しなければ、マスターは、二度と目を覚まさない。
しばし手を止めていたものの、ハッと我に返り、資料の確認を再開する藤二。
だが、再開したところで、すぐに的確な処置方法が見つかるわけでもない。
バサバサとページを捲る藤二の手付き、険しい表情が、焦りと緊迫感を再来させた。
藤二と浩太は、揃って資料漁り。千華は、マスターの傍で無意味だと知りつつも治癒魔法をかける。
海斗と梨乃は、相変わらず大雅の傍ですがりつくような表情を浮かべるばかり。
それぞれ別々のことをしつつも、頭の中は "最悪の事態" そのイメージでいっぱいだった。
だが、その中で一人だけ。大雅だけは、落ち着き、いつもの調子で淡々と事を進めていた。
「 …… ありがと。おつかれさま」
ポツリと呟いた大雅。
その発言に疑問を抱き、海斗たちは一斉に大雅を見やる。
全員の視線が集中した、そのときのことだった。大雅の鞄から次々と …… 珍妙なモノが飛び出てくる。
少し紫がかった桜の一枝、不気味な色と形をした鱗のようなもの、そして、黒いカラスの羽根のようなものがバサバサと。
次から次へと、あらゆるものが飛び出してくる光景は、さながら手品のようで、海斗たちは、その間、ポカンと呆けてしまう。
そうして海斗たちが呆けている間、大雅は小さな声で、
「血だけは自分で何とかしなきゃね …… 」
そう言って、右手人差し指の爪を黒く鋭いものへと変形させ、その先端を左手首にあてがった。
何をするつもりなのか、これから何が起こるのか。大雅の所作からそれを察した浩太は、
慌てて読んでいた資料を放り投げ、梨乃に駆け寄って、ガバッと後ろから梨乃の両目を覆い隠す。
「な、何っ?」
突然のことに驚いた梨乃だが、浩太が 「見たいっていうなら離すけどオススメはしないな」 と苦笑して言うものだから、黙りこんでしまう。
浩太が梨乃の両目を覆い隠すと、ほぼ同時に、左手首に爪をサクリと突き刺した大雅。
ジワリと滲み、やがてポタポタと滴る真っ赤な血。
大雅は、故意に負傷させた左手首を用意しておいたガラス瓶の上へと持っていき、自身の血をガラス瓶の底から五ミリほどの位置まで注ぐ。
血液を必要分量、ガラス瓶に注ぎ終えると、すぐさま左手首を闇の霧で包み、瞬間治療。止血はおろか、傷口さえも綺麗さっぱり消える。
事が済み、もう大丈夫だということで、浩太は梨乃の両目を覆っていた手を離した。
何があったんだろう、と不安気な表情を浮かべる梨乃だが、大雅の持つガラス瓶に血液が入っているのを見て、何となく事態を把握。
「もうちょっと待ってね …… 」
そこらにドカッと腰を下ろし、黒い器に、さきほど鞄から飛び出してきた妖しいものを入れ、それを磨り潰し始める大雅。
弾力性があり、かつ多く水分を含む分厚い "魚の鱗" のようなものが器の中に "材料" として入っているものだから、
磨り潰すという過程の最中、グチャリ、グチャリ、と何とも気味の悪い音が響き渡る。
一心不乱に、けれども、いつもどおりの無表情で材料を磨り潰す大雅の背中を、しばしジッと見つめてしまう海斗たち。
不気味な音を響かせながら作業に没頭するその背中は、さながら、魔女のようだった。
ヒッヒッヒ、とか …… そういう感じで笑いながらやっていれば、まさにそのとおりだっただろう。 ※大雅は男だけど ……
「できた。あとは、これを …… 」
ウン、と頷き、さきほどガラス瓶に採取した自身の血液を器の中へ投入する大雅。
すると、あら不思議。磨り潰された材料が一瞬で液体化し、器の中は、真っ赤な液体でいっぱいになった。
完成したその液体は、仕上げに投入された大雅の血液よりも更に赤く、目が眩むほど鮮やかな赤。
「綺麗 …… 」
何の気なしに、ポロリと梨乃が発してしまった言葉。
大雅は、梨乃が零したその感想に苦笑しながら、完成した赤い液体をスポイトらしきもので吸い上げ、
試験管のような細長い容器に入れると、それを千華に手渡した。
「ジルサーデ用の特効薬だから …… 飲ませてあげて」
受け取った千華は、すぐさま、大雅の言うとおり、マスターに特効薬を飲ませる。
とはいえ、マスターは完全に気を失っているため、飲ませるというよりかは、無理やり口の中に注ぎこむという感じではあったが。
特効薬の投与。一行は、未だに残る不安と、それを上回る期待を胸に、しばらくジーッとマスターを見つめる。
蒼白だったマスターの顔色がスーッと元に戻っていったのは、一行が見つめ始めて十五秒ほどが経過したときのことだった。
顔色も戻り、呼吸も落ち着いたマスターだが、気を失っている状態に変わりはない。
だが、無理やり起こす必要は皆無で、自然に目が覚めるのを待てば良い。
特効薬というだけあって、その効能は絶大なものだった。
しかし …… 何でまた、大雅がその "特効薬" を知り得ていたのか。
資料室の隅にある大きなソファにマスターを寝かせ、藤二は、フゥと息を吐き落として言った。
「やれやれ。大雅が来なけりゃ、どうなってたことか。考えただけで恐ろしいな …… にしても、よく知ってたなァ。特効薬のことなんて」
普段から、マスターに頼まれて資料の整理作業を行っている藤二も、ジルサーデに効く特効薬があるだなんてことは知らなかった。
というより、処置のしようがないからこそ、ジルサーデは "奇病" とされているわけで。特効薬があるだなんて、驚きである。
一段落し、そこらに胡坐をかいて煙草に火をつける藤二。
大雅は、器に残ったジルサーデの特効薬を、新たに鞄から取り出した三本のガラス瓶へ慎重に移す作業を行っている。
何でも、この特効薬は、ジルサーデという奇病に効くばかりでなく、妖力を増幅・安定させる効能をも持つそうで。
大雅は、鞄という空間を通して必要材料を用意してくれた妖たちへのお礼に、と考えているようだ。
貴重な代物であるがゆえ、余ったから棄てる、だなんて勿体なくて出来ない。
プカァと煙を吐き出す藤二を横目に、作業の手は止めることなく、小さな声で呟く大雅。
「 …… ノートのおかげだよ」
大雅の言うノートとは、大雅が鞄から真っ先に取り出した、あの古びたノートのこと。
そのノートは、ジルサーデに関することが記述されているページが開かれたまま、大雅の傍に置かれている。
手に取り、間近でマジマジと確認したわけではないが、遠目に見ても、かなり古いものだということくらいはわかる。
「自分で纏めたものなのか? それ」
煙草の煙をくゆらせながら尋ねた藤二。
尋ねはしたものの、藤二は、何となくわかっていた。
そのノートが、どういうもので、どういう経緯で大雅の手に渡ったものであるかを。
「 …… ううん。じいちゃんの置き土産」
思ったとおりの返答に、藤二は淡く笑み、ただ一言 「そっか」 とだけ返す。
祖父が遺してくれたものだと呟いた大雅の声・横顔は、切なさに満ちていた。
その切ない声と横顔を目にして、もっと詳しく聞かせてくれだなんて、そんな非道い真似は出来ない。
藤二だけじゃなく、梨乃や千華、浩太もまた、そう悟って口をつぐんだ。
だが、海斗だけは …… どうにも、相手の心境を読み取ることができない性質のようで。
「うわ、何だこれ。ゆっくり捲んねーと、ボロボロっつか、バラッバラになるなー」
大雅の傍に置かれていた古びたノートを手に取り、勝手にパラパラと捲ってしまう始末。
丁重に扱わねば朽ちてしまうと自分で言いながらも、ページを捲る海斗の手付きは、些か乱暴だ。
ほんっとに、この子はもう …… 空気の読めない子ね。などと呆れながら、ポカッと海斗の後頭部を叩き、
「ごめんなさいね。大雅くん」
そう謝罪しながら、奪い返した古びたノートを大雅に返す千華。
「アタマ叩くのヤメロよな! アホになるだろ!」
「何言ってるのよ …… 海斗。あなた、元々、お馬鹿さんでしょ」
「あっ!? おい、浩太! 言ってやれ! そんなことないよって言ってやれ!」
「ごめん、海斗。それだけは、言えないよ。いくらキミの頼みでも。僕、嘘だけは言えないから」
一時の切迫感、緊張感はどこへやら。いつもの調子で騒がしい海斗と、それを適当にあしらう仲間たち。
いつもの賑やかな時狭間に戻ったことに確かな喜びを感じつつ、大雅は最後にポツリと、小さな声で呟いた。
「 …… いつまでも、じいちゃんに頼ってちゃいけないんだけどね」
その呟きを聞き逃さずにいたのは、大雅の傍で膝を抱えて座っていた梨乃だけ。
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The cast of this story
8372 / 王林・大雅 / 18歳 / 学生
NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / 梨乃 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / 藤二 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / 千華 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
NPC / マスター / ??歳 / クロノ・グランデ(時の神)
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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