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■クロノラビッツ - 使命と宿敵 -■

藤森イズノ
【8381】【ナナ・アンノウン】【黒猫学生・看板娘】
 また、突然部屋にやってきた。
 いつものことだから、もう慣れたけれど。
 その日の訪問は、珍しく真っ当な方法。窓からではなく、きちんと扉から訪ねてきたのだ。
 違和感を覚えたのは、窓からの来訪に慣れすぎたせいだろうか。 …… いや、違う。
 いつもと明らかに雰囲気が違うのだ。ずっしりと重苦しい、威圧のような。
 そんな雰囲気を放たれては、こちらとしても警戒せざるをえない。
「用件は?」
 部屋には入れない。いや、正確に言うなれば、入れることができない。
 そんなに禍々しい雰囲気を纏ったまま、よくもまぁ、ここへ来れたものだ。
 警戒してくれと言っているようなもの。何が目的なんだ。いつも以上に目的が読めない。
 僅かに空いた扉の隙間。俯いたまま、ピクリとも動かない、クロノハッカー・カージュ。
 あと十秒だけ待つ。それでもし返事がなければ、見なかったことにして、扉を閉めよう。
 そう思った矢先のことだ。それまで微動だにしなかったカージュが、すっと顔を上げた。
「 …… え?」
 言葉を失ってしまうとは、まさにこのこと。
 今度は逆に、こっちが硬直してしまう。そりゃあ、誰だって驚くでしょう。
 だって、泣いてる。カージュが、ボロボロと涙を零すんだから。
 涙を見てしまったことで、それまでの警戒は薄れ、動揺へと変わった。
 罠かもしれない。そういう作戦かもしれない。そう思うところはあったけれど、
 次にカージュが放った一言で、その疑いすらも、どこかへと消え去ってしまう。
「記憶を喰われてる」
 カージュは、震えた声で、そう言った。
 そう言って、自分の胸元を、ぎゅっと押さえた。
 そこで、ようやく気付く。あぁ、そうか。どうして、気付かなかったんだろう。
 カージュの胸元。そこには、確かに。時兎が、ぴったりと張り付いていたのだ。
 時兎を消滅させることができるのは、契約者のみ。自分ではどうすることもできないから、
 カージュは、ここへ来たのだろう。時兎を視認できるのに退治することができないだなんて、
 まるで、海斗たちに初めて会った、あの頃の自分を見ているようだ。
 そんなことを考えていると、カージュが、また俯いて。小さな声で、こう呟く。
「どうする?」
 どうする。それは、決断を迫る言葉。
 その言葉に対し、即座に抱いた想いは "ずるい" というもどかしさ。
 泣いてるくせに。震えてるくせに。怖くて仕方ないくせに。
 あなたは、言わないんだね。助けてくれとは、言わないんだね。
 時の秩序を乱す罪深き存在、クロノハッカー。宿敵とも言えるその存在を救うか否か。
 決断をこっちに委ねるだなんて、ずるい。心底、ずるい人だと、そう思った。
 クロノラビッツ - 使命と宿敵 -

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 また、突然部屋にやってきた。
 いつものことだから、もう慣れたけれど。
 その日の訪問は、珍しく真っ当な方法。窓からではなく、きちんと扉から訪ねてきたのだ。
 違和感を覚えたのは、窓からの来訪に慣れすぎたせいだろうか。 …… いや、違う。
 いつもと明らかに雰囲気が違うのだ。ずっしりと重苦しい、威圧のような。
 そんな雰囲気を放たれては、こちらとしても警戒せざるをえない。
「用件は?」
 部屋には入れない。いや、正確に言うなれば、入れることができない。
 そんなに禍々しい雰囲気を纏ったまま、よくもまぁ、ここへ来れたものだ。
 警戒してくれと言っているようなもの。何が目的なんだ。いつも以上に目的が読めない。
 僅かに空いた扉の隙間。俯いたまま、ピクリとも動かない、クロノハッカー・カージュ。
 あと十秒だけ待つ。それでもし返事がなければ、見なかったことにして、扉を閉めよう。
 そう思った矢先のことだ。それまで微動だにしなかったカージュが、すっと顔を上げた。
「 …… え?」
 言葉を失ってしまうとは、まさにこのこと。
 今度は逆に、こっちが硬直してしまう。そりゃあ、誰だって驚くでしょう。
 だって、泣いてる。カージュが、ボロボロと涙を零すんだから。
 涙を見てしまったことで、それまでの警戒は薄れ、動揺へと変わった。
 罠かもしれない。そういう作戦かもしれない。そう思うところはあったけれど、
 次にカージュが放った一言で、その疑いすらも、どこかへと消え去ってしまう。
「記憶を喰われてる」
 カージュは、震えた声で、そう言った。
 そう言って、自分の胸元を、ぎゅっと押さえた。
 そこで、ようやく気付く。あぁ、そうか。どうして、気付かなかったんだろう。
 カージュの胸元。そこには、確かに。時兎が、ぴったりと張り付いていたのだ。
 時兎を消滅させることができるのは、契約者のみ。自分ではどうすることもできないから、
 カージュは、ここへ来たのだろう。時兎を視認できるのに退治することができないだなんて、
 まるで、海斗たちに初めて会った、あの頃の自分を見ているようだ。
 そんなことを考えていると、カージュが、また俯いて。小さな声で、こう呟く。
「どうする?」
 どうする。それは、決断を迫る言葉。
 その言葉に対し、即座に抱いた想いは "ずるい" というもどかしさ。
 泣いてるくせに。震えてるくせに。怖くて仕方ないくせに。
 あなたは、言わないんだね。助けてくれとは、言わないんだね。
 時の秩序を乱す罪深き存在、クロノハッカー。宿敵とも言えるその存在を救うか否か。
 決断をこっちに委ねるだなんて、ずるい。心底、ずるい人だと、そう思った。

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「うさぎ …… 寄生して、結構経ってるね、それ」
 カージュの胸元でモゾモゾとうごく時兎を見やりながら言ったナナ。
 時兎の大きさ、もっと正確に言うなれば、腹の膨れ具合からして、寄生から二十時間ほどといったところか。
 時兎に寄生された場合、二十四時間以内に除去しなければ "手遅れ" になってしまう。
 そのくらい、ナナも知っている。仮とはいえ、ナナも時の契約者の一人なのだから、当然といえば当然だが。
 ナナが声をかけても、カージュは俯き泣くばかりで、何も言わない。
 男の人が、こんなに泣きじゃくる姿なんて、初めて見る。
 だからこそ、ナナは、ジーッと見つめていた。
「きみはどうしたいの? どうして欲しいの? なんでそんなにたくさん泣くの? ねぇ、なんで?」
 まくしたてるように質問したのもまた、興味本位によるものだっただろう。
 暗い、橙色の瞳でカージュを見つめるナナ。突き刺さるその視線に、カージュは、おそるおそる顔を上げた。
 バチッと交わる視線。泣きじゃくるカージュの顔は、涙でグチャグチャになっていて、普段の奔放さは欠片もない。
 僅かにも目を逸らさぬナナとは逆に、すぐさまパッと目を逸らし、また俯くカージュ。
 カージュは、俯いたまま、掠れた声で言った。
「怖いんだ」
 いつか、オレも寄生されるかもしれないって、そうは思ってた。
 でも、覚悟があったわけじゃない。全ての記憶を失うことに対する覚悟。オレだって怖いんだ。
 散々勝手なことばっかやって、別に何がどーなってもいいって、そんな風に見えるかもしれないけど。
 オレだって怖いし、嫌なんだよ。例え、胸張って言えるようなことじゃなくても、記憶や経験は、オレが生きた証だから。
 いっそのこと、忘れちまったほうが楽な記憶や経験もあるけど、それも含めて全部含めてオレなんだ。
 事もあろうに、お前のところへ助けを求めにくるなんて、とんでもないってことくらいわかってる。
 でも、怖いんだ。失いたくないんだ。どうしても。
「お前のことを忘れるのだけは …… 絶対にイヤだ」
 キュッと、ナナの左手を掴み呟いたカージュ。
 今にも消えてしまいそうなくらい弱々しいカージュを見つめ、ナナは思う。
「 ………… 」
 ナナのことだけ?
 ナナのことを忘れるのが、怖いの?
 他は? 他の記憶は要らないの? 他の記憶なら失っても構わないの?
 どうして、そんなにこだわるの? どうして、そんなに、ナナにばかりこだわるの?
 ナナは、覚えていないんだよ。きみのことなんて、知らない。覚えてないっていうか、知らない。
 だからね、そんなこと言われても困るの。きみがナナのことを想うのは勝手だけど、
 きみがナナを想う気持ちを、ナナに押し付けられても困っちゃうんだよ。
「なんて …… ちょっとイジワル言ってみた」
 クスクス笑いながら、右手を銃に変化させたナナ。
 ピンク色、丸みを帯びた愛らしいデザインのその銃は、仮契約のときに藤二から貰った魂銃タスラムのレプリカだ。
 シャドウによって体内に取り込まれた銃は、ナナの意思で、いつでもこうして好きなときに表に出すことができる。
 体内に取り込んだ武器を表に出すときは、身体の一部を強制的に変化させることになるため、痛みを伴う。
 ナナは、右手から全身に走る鈍い痛みに少し顔を歪めつつ、銃口をカージュの胸にあてた。
 カージュに掴まれている左手は、そのまま。振り払いはしない。
「実は使うの初めて …… でも大丈夫。きっと痛くないよ」
 ニコリと微笑み、発砲。
 ドッ ――
 銃口から放たれた白い光と風に、カージュの身体がグンと後ろに仰け反る。
 その拍子に、繋がれていた手も解けた。 同時に …… 時兎も、跡形もなく消えた。
 ギュッと踏ん張ったものの、踏ん張りきれず、そのまま後ろにドサッと倒れて尻餅をつくカージュ。
 軽くなった胸元に触れ、時兎が消えたことを確認したカージュは、尻餅をついたままナナを見上げた。
 言葉こそないものの、その眼差しには "どうして?" といった疑問がこもっている。
 マスターから、既に聞かされているはずだ。
 オレたち、クロノハッカーのこと。
 時狭間に害をなす存在を救ってしまって良いのか?
 助けてくれと頼んだくせにこんなことを言うのはおかしいけれど、契約者として、それは許される行為なのか?
 カージュが向ける眼差しと疑問。ナナは、右手を元に戻してパタパタと振りながら、こう返す。
「困ってる人を助けるのに理由なんていらないよ。でも、そうだね。どうしても理由を挙げろって言うんなら …… 」
「 ………… ?」
「ナナのエゴかもね」
 クスクスと、楽しそうに笑うナナ。
 確かに、理由なんてないのかもしれない。
 ただ、ナナという女の子は、気まぐれな存在。
 甘えてきたかと思えば、次の瞬間にはそっぽを向いている、猫のような存在。
 そんな彼女に、どうして助けてくれたんだとか、立場とか、そんなことを聞いても無駄。
 あぁ、そうか。そうだ。そうだよ。こういう子なんだ。ナナは、こういう子じゃないか。オレは何て馬鹿な質問をしたんだろう。
 自分の質問がいかにヤボなものであったかを理解したカージュは、袖でゴシゴシと目元を擦り、スッと立ち上がると、
「ありがとう」
 ただ一言、そう言い残して走り去った。
 一応、姿が見えなくなるまで、ナナはカージュの背中を見つめていたけれど、カージュが振り返ることは、なかった。

 RRRRR ――
 カージュの姿が見えなくなると同時に、ナナのケータイが鳴る。
 ポケットから取り出して確認してみれば、ディスプレイには 【海斗】 の文字と、彼のケータイ番号。
「助けてください、とは言えないのに、ありがとうは言えるんだね」
 ナナは、クスクス笑いながらそんなことを呟き、ピッと通話ボタンを押した。
「はい、もしもし〜?」 

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 The cast of this story
 8381 / ナナ・アンノウン / 15歳 / 黒猫学生・看板娘
 NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。