■クロノラビッツ - 背に束縛 -■
藤森イズノ |
【8381】【ナナ・アンノウン】【黒猫学生・看板娘】 |
町へ買い物に出かけた、その帰り道での出来事。
今回もまた、どこからともなく現れたクロノハッカー・カージュ。
何なんだろう。本当に、この人は。突然、ぬっと現われるのは止めてもらいたい。びっくりするから。
っていうか、何でいるの。もしかして、後を尾行てた? それって立派な犯罪行為なんですけど。
やれやれと肩を竦め、溜息を吐き落としながら、スタスタと足早に先を急ぐ。
どうせまた、今回も、しょうもない理由で訪ねてきたに違いない。
暇だから相手してよとか、お腹すいたから何か食わせてとか、そんな感じだろう。
と思っていたから、ケンケン文句を言いながら後をついてくるカージュを無視し続けて歩いた。
でも、数秒後。無視するわけにはいかない、無視なんてできない、そんな状況へと追いやられてしまう。
(ん?)
ピタリと足音が止んだ。
諦めたのか。珍しいこともあるもんだな、なんて思いつつ、おもむろに振り返ってみる。
すると、すぐ傍、至近距離にカージュが立っていて。思わず、びくっと肩を揺らしてしまう。
カージュが、耳元で囁いたのは、肩を揺らしてしまった、その瞬間のことだった。
「背中の傷。まだ残ってるかどうか、確かめさせて欲しいんだけど」
カージュは、そう囁いた。いつもと違う、優しく柔らかな声で。
その言葉、声が頭に届き、認識した瞬間、背筋にツツーッと嫌な感覚が走る。
背中の傷。確かに、それは在る。蜘蛛のような形をした奇妙な傷痕。
いつどこで付いたのか、誰に付けられたのか、まったく思い出せない不可解な傷。
どうして、それをカージュが知っているのだろう。自分ですら、気付いたのは、ごく最近だというのに。
「見ていい?」
クスクス笑いながら、背中に触れようとしてくるカージュ。
そこでハッと我に返る。すぐさま退いてキッと睨みつければ、カージュは、目を細めて苦笑い。
威圧してみるものの、心はそれと裏腹に、ひどく揺らいでいた。
「来ないで」
「何だよー。物騒だなぁ」
咄嗟に武器を構えてしまったのは、不可解な、その動揺を払おうとしたからなのかもしれない。
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クロノラビッツ - 背に束縛 -
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町へ買い物に出かけた、その帰り道での出来事。
今回もまた、どこからともなく現れたクロノハッカー・カージュ。
何なんだろう。本当に、この人は。突然、ぬっと現われるのは止めてもらいたい。びっくりするから。
っていうか、何でいるの。もしかして、後を尾行てた? それって立派な犯罪行為なんですけど。
やれやれと肩を竦め、溜息を吐き落としながら、スタスタと足早に先を急ぐ。
どうせまた、今回も、しょうもない理由で訪ねてきたに違いない。
暇だから相手してよとか、お腹すいたから何か食わせてとか、そんな感じだろう。
と思っていたから、ケンケン文句を言いながら後をついてくるカージュを無視し続けて歩いた。
でも、数秒後。無視するわけにはいかない、無視なんてできない、そんな状況へと追いやられてしまう。
(ん?)
ピタリと足音が止んだ。
諦めたのか。珍しいこともあるもんだな、なんて思いつつ、おもむろに振り返ってみる。
すると、すぐ傍、至近距離にカージュが立っていて。思わず、びくっと肩を揺らしてしまう。
カージュが、耳元で囁いたのは、肩を揺らしてしまった、その瞬間のことだった。
「背中の傷。まだ残ってるかどうか、確かめさせて欲しいんだけど」
カージュは、そう囁いた。いつもと違う、優しく柔らかな声で。
その言葉、声が頭に届き、認識した瞬間、背筋にツツーッと嫌な感覚が走る。
背中の傷。確かに、それは在る。蜘蛛のような形をした奇妙な傷痕。
いつどこで付いたのか、誰に付けられたのか、まったく思い出せない不可解な傷。
どうして、それをカージュが知っているのだろう。自分ですら、気付いたのは、ごく最近だというのに。
「見ていい?」
クスクス笑いながら、背中に触れようとしてくるカージュ。
そこでハッと我に返る。すぐさま退いてキッと睨みつければ、カージュは、目を細めて苦笑い。
威圧してみるものの、心はそれと裏腹に、ひどく揺らいでいた。
「来ないで」
「何だよー。物騒だなぁ」
咄嗟に武器を構えてしまったのは、不可解な、その動揺を払おうとしたからなのかもしれない。
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来るなと制しても、歩み寄ってくるカージュ。
武器を構えてみせたところで、カージュは笑むことすら止めない。
馬鹿にされているような気がした。そんなことしたところで、どうにもならねーよ、って。
刃こそ向けるものの、本当に傷つけることなんてできない。できないくせに、って。
「ちょろっと確かめるだけ。すぐ終わるからさ」
クスクス笑いながら、背中に触れるカージュ。
ほんの僅か、カージュの指先が背中に触れたその瞬間のことだった。
ナナの身体が眩く光る。その光は持続することなく、すぐに治まりこそしたものの ――
「あぁ〜ん、やぁだ、やぁだ。嫌がる女の子に無理やり触るなんてぇ、サイッテぇ〜」
「 …… げ」
突如、おかしな喋り方になったナナ。
それが何を意味するか、知り得ているカージュは、あからさまに嫌な表情を浮かべた。
「ゲって何よぉ〜。失礼しちゃう〜。ほぉんと、カージュン達ってば、女心ってモノをわかってなさすぎぃ〜」
背中に触れていたカージュの手をパシンと払いながら、ケラッケラ笑うナナ。
頬の模様が 【Z】 から 【U】 に変わっている。そう、これはつまり …… 。
「お前に用はねーんだよ。帰れ」
「ちょぉっとぉ〜! そぉんな言い方しなくてもイイじゃなぁ〜い? ひっさしぶりに会ったのに、カージュンってば、ひっどぉ〜い」
「うっさい。つか、その呼び方止めろって言ってんだろ」
「なぁんでぇ〜? かぁわいいでしょぉ?」
「 …… マジでうっさい。つか、ジャマすんなや」
ムッとした表情を浮かべ、再びナナの背中に触れようとするカージュ。
だが、ナナは、ゲラゲラ笑いながら軽やかに飛び跳ね、その接触を拒む。
元気だとか天真爛漫だとか、そういうレベルじゃない。現在のナナは "イカれた" 子 そのものである。
笑い方ひとつを取っても、普段のナナとは、まるっきり別人。ゲラゲラ笑いながら飛び跳ねるその姿は、些か下品な印象すら与える。
何度避けられても、諦めることなく、背中に触れようと躍起になるカージュ。
掴めそうで、届かない。触れそうで、届かない。
普段のナナならば、ちょっと追いかけるだけで容易に捕まえることができるのに。
軽やかな動きに翻弄され、イライラしている様子のカージュ。
そんなカージュを見やりつつ、ナナは言う。
「確かめたいって、あれぇ? あのぉ〜、趣味の悪い呪印のことぉ〜?」
だったら、あたし様が教えて差し上げちゃうよぉ〜。
ちゃぁ〜んと、残ってるよぉ〜? ナナちゃんの背中に、今もク〜ッキリとねぇ〜ん。
ま、ナナちゃんもぉ? 気付いたのは、ごく最近のことみたいなんだけどぉ〜。あたし様達は、ず〜っと前から知ってるしぃ〜?
お風呂に入ってるときに気付いたみたいでぇ〜 何とかして消せないか〜って色々試してたみたいよぉ〜?
つまりぃ、ナナちゃんも、気味が悪いって思ってるわけぇ〜。
まぁねぇ、女の子だしぃ。背中に蜘蛛のタトゥなんて入れちゃあ、せっかくの綺麗な肌も台無しだしぃ〜?
「 …… オレは、直接見て確かめたいんだよ」
「ぎゃははん♪ やぁだ、カージュンってば、なぁんか、エッチぃ〜」
「あぁ、もう! マジでうぜー! つか、何なんだよ! 何でよりにもよって、お前が出てくんの?」
「んん〜っ? あたし様が、ちょぉ〜ど、ヒマだったからぁ〜。他の子はみんな色々と忙しいみたいでねぇ〜」
「つか、お前も忙しいだろ。サボってんじゃねーよ。帰れ。とっとと帰れ。オレは、ナナと話がしたい」
「そぉれは、できない相談ってもんよぉ、カージュン♪」
「もういい。いーから、お前、ちょっと黙れ」
「っていうか、呪印っていうんならぁ〜 …… あたし様が、カージュン達に付けてあげたヤツのほうが、断然カワイイと思うんだけどぉ〜?」
「 ………… 」
ピタリと動きを止め、立ち止まってしまうカージュ。
しばらく沈黙した後、カージュは、さりげなく自身の左鎖骨の辺りに触れ、苦笑を浮かべた。
ずっと昔、つけられた呪印。カージュの左鎖骨の辺りに、その呪印は、今もくっきりと残っている。
ナナの背中につけた呪印が今も消えずに残っているのと同じく、カージュが付けられた呪印も、消えずにそこに在る。
聖の象徴を冒涜するかのような逆さ十字に、妖しく絡みつく薔薇の花。
カージュの左鎖骨の辺りに今も残るその呪印は、かつて、ナナが …… いや、ナナの中にいる別人格が刻んだもの。
その別人格、というのが、今まさに、表に出ている、この人物。定められしナンバーで言うなれば、彼女は 【U】 正式名称は 【アール】
「んなことぁ、どーでもいい。とりあえず、ジャマすんな。アール」
「だぁからぁ …… 」
クスリと笑い、手指を躍らせるナナ。
すると、ナナの周りに、無数の黒いナイフがザァッと出現。
「無理な相談だってばぁん♪」
笑いながら告げ、ナナがトンと足を踏み鳴らすと、出現したナイフのうち、一本のみが物凄いスピードで飛び、カージュの頬を掠める。
パスンと切れた頬。時間差で、傷口から赤い血がツーッと垂れる。
カージュは傷口を親指で軽く撫で、赤く染まったその指先をペロリと舐めた。
「ったくよー …… ほんと、空気読めねーよな。お前らは …… 」
結局、こうなるのか。戦り合わねばならぬのか。
ヤレヤレと肩を竦めつつも身構えるカージュ。いざ、久方ぶりの手合わせ …… かと思いきや。
カージュは、ヘラッと笑い、構えを解くと 「やっぱやーめた」 と言って、懐からキャンディを取り出し、ポイと自身の口に放った。
戦り合ったところで、どうにかなるわけでもなし。久々の手合わせというのは魅力的だが、そんなことをするために来たわけでもなし。
実際に、目で見て確認できたわけではないが、今もあの "印" が、ナナの背中に在るというのなら、それで良し。
ただ単に、確かめたくなっただけ。不意に確かめたくなっただけ。
誰に命令されたわけでもなく、ただ単に、カージュ自身が確かめたいと思っただけ。
ここで戦り合えば、勝手な行動をとったことが仲間たちにバレてしまう。そうなると、色々と面倒臭い。
魅力的な手合わせをカージュが回避したのは、自身の立場や今後を護るため、というところが多くを占めていたであろう。
「あれぇ〜ん? 帰っちゃうのぉ? やんないのぉ?」
「お前が帰んねーなら、オレが帰ればいーだけのハナシ」
先程、口に放ったばかりのキャンディをガリガリと噛みながら、肩を竦めて去っていくカージュ。
せっかく、久々に遊べると思ったのに、と、ナナはちょっぴり物足りなさそうな表情を浮かべたが、
向こう(カージュ)に応戦する気がない以上、どんなに挑発したところで無意味。というわけで、出現させたナイフも撤収 …… ――
させるかと思いきや、ナナは、軽やかに足踏みをし、出現させたナイフを全て、カージュの背中に向けて放った。
サイレント・ステップ。音無き足踏みによる解放と発動。だが、避けられるはずのないその攻撃を、カージュは容易く避けた。
何故、避けられてしまったのか。その原因は "笑い声" にある。
黙ってステップを踏めば、カージュの背中一面にナイフを突き刺せたかもしれぬのに、ナナは、キャハッと笑ってしまった。
うっかり笑ってしまったのか、それとも、元々ちょっとした悪戯程度の行為でしかなかったのか、その辺りは、よくわからないが。
「じゃーな」
背を向けたまま、振り返ることなくそう言い放って去っていくカージュ。
そんなカージュの背中に、ナナは、うっすら含み笑いを浮かべながら警告を飛ばす。
「泣かせないでよぉ?」
可愛いナナちゃんの悲しい顔なんて、もぉ〜たくさんなのぉ。勘弁してほしいのよぉ〜。
やっぱ、ほらぁ、女の子は笑顔じゃなきゃダメダメ! でしょぉ? あたし様もぉ、出来うることならずっと笑顔でいたいしぃ〜。
だからぁ、これは警告なのぉ。カージュン達が、まぁ〜た、ナナちゃんのこと泣かすような真似するっていうんなら、容赦しないしぃ?
ひとぉ〜つ、勘違いしないでほしいんだけどぉ。ナナちゃんの背中には、確かに今もハッキリクックリとあの呪印が残ってるけどぉ〜。
だからって、ナナちゃんが、カージュン達のもの、ってわけじゃあ、ないのよぉん? そこんとこ、覚えておいてよねぇ?
まぁ〜あ? お前はオレのもんだ、とかぁ。そういう強引なオトコってのも悪くないんだけどぉ。
相手にその気がないのに、そうやって独占欲を露わにしちゃうのってぇ、すっごい痛々しいっていうかぁ〜?
ま、とりあえずぅ、カージュン達のことだから、なぁんか、またロクでもないこと考えてるんだとは思うのねぇ?
だから、警告♪
ナナちゃんのこと、悲しませるようなことしたらぁ、あたし様 …… まぁ〜た "壊れちゃう" よぉ?
「覚えておいてねぇん。 キャハハハハ☆」
ケラケラ笑いながら、そう警告を告げるナナ。
ふざけているかのように思えるが、警告を飛ばすナナの声には、何ともいえぬ威圧感があった。
後方から飛んでくる、無邪気ながらも鋭利な笑い声。薔薇の棘を思わせるその響きと感覚に、
「 …… 勘弁してほしーのは、こっちだっつの」
そう呟くカージュの横顔は、過去の彷彿からか、やたらと渋いものだった。
出来うることなら、忘れたい。思い出したくない。狂乱の道化師。
あんなに危うい夜は、こう懲り懲りだ。
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The cast of this story
8381 / ナナ・アンノウン / 15歳 / 黒猫学生・看板娘
NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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