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■クロノラビッツ - ひとつだけ -■

藤森イズノ
【8381】【ナナ・アンノウン】【黒猫学生・看板娘】
 買い物のため、外出していた。
 ずっと欲しかったものを、ようやく手に入れることができて、上機嫌。
 良い気分で帰宅した …… のに、自室に入って早々、その気分は害される。
 まただ。カージュが、勝手に部屋に入って、くつろいでいた。不法侵入ってやつだ。
 悲しいことに、この状況に慣れつつある現状。でもやっぱり、勝手に入られるのは不愉快。
 まぁ、言ったところで、聞きやしないんだろうけど。一応、言ってみる。このやりとりも、何度目になることやら、なんて思いつつ。
「あのさ、いい加減に …… 」
 ドサッ ――
 文句を言い終えるより先に、景色が変わる。
 背中に鈍い痛み。視界を埋めつくすのは、自室の天井。
 そういえば、天井を眺めるだなんてこと滅多にないなぁ、なんて、そんな悠長なこと考えている場合じゃない。
「 ………… 」
 やれやれ。いきなり、押し倒すだなんて、随分と手荒な真似をするもんだ。
 呆れが大半を占める大きな溜息を吐きながら、ジッと見つめる。何のつもり? と、目で訴える。
 すると、カージュは、泣きそうな表情を浮かべ、両腕を押さえる手に、ギュッと力をこめて呟いた。
「 …… 許してくれとか、なかったことにしてくれとは言わない。でも、後悔はしてる。罪悪感は、あるんだ」
 何のことやら、さっぱり。意味がわからないから、反応に困る。何これ。何それ。どういうことなの。
 手首に、じんわりと温かさを感じたのは、そうやって困惑していた最中のこと。
 何だ? と思い見やれば、両の手首で、紅い炎が揺れていた。
 押し倒された挙句、両腕を燃やされる …… だなんて、
 普通なら、キレるところ。何するんだ止めろ、って抵抗すべき状況。怒りを露わにして当然の状況。
 でも、動けずにいた。だって、優しい。こんなにも優しく柔らかに揺れる炎、見たことがない。
 両腕で揺れる優しい炎に、不覚にも見惚れてしまった数秒間。
 朦朧とする意識下に、カージュの声が響いた。
「 …… だから、返す。ひとつだけ」
 クロノラビッツ - ひとつだけ -

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 買い物のため、外出していた。
 ずっと欲しかったものを、ようやく手に入れることができて、上機嫌。
 良い気分で帰宅した …… のに、自室に入って早々、その気分は害される。
 まただ。カージュが、勝手に部屋に入って、くつろいでいた。不法侵入ってやつだ。
 悲しいことに、この状況に慣れつつある現状。でもやっぱり、勝手に入られるのは不愉快。
 まぁ、言ったところで、聞きやしないんだろうけど。一応、言ってみる。このやりとりも、何度目になることやら、なんて思いつつ。
「いい加減に …… 」
 ドサッ ――
 文句を言い終えるより先に、景色が変わる。
 背中に鈍い痛み。視界を埋めつくすのは、自室の天井。
 そういえば、天井を眺めるだなんてこと滅多にないなぁ、なんて、そんな悠長なこと考えている場合じゃない。
「 ………… 」
 やれやれ。いきなり、押し倒すだなんて、随分と手荒な真似をするもんだ。
 呆れが大半を占める大きな溜息を吐きながら、ジッと見つめる。何のつもり? と、目で訴える。
 すると、カージュは、泣きそうな表情を浮かべ、両腕を押さえる手に、ギュッと力をこめて呟いた。
「 …… 許してくれとか、なかったことにしてくれとは言わない。でも、後悔はしてる。罪悪感は、あるんだ」
 何のことやら、さっぱり。意味がわからないから、反応に困る。何これ。何それ。どういうことなの。
 手首に、じんわりと温かさを感じたのは、そうやって困惑していた最中のこと。
 何だ? と思い見やれば、両の手首で、紅い炎が揺れていた。
 押し倒された挙句、両腕を燃やされる …… だなんて、
 普通なら、キレるところ。何するんだ止めろ、って抵抗すべき状況。怒りを露わにして当然の状況。
 でも、動けずにいた。だって、優しい。こんなにも優しく柔らかに揺れる炎、見たことがない。
 両腕で揺れる優しい炎に、不覚にも見惚れてしまった数秒間。
 朦朧とする意識下に、カージュの声が響いた。
「 …… だから、返す。ひとつだけ」

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 表裏一体。
 闇と光は密接な関係にあり、如何なる手段を用いても、その関係を絶つことはできない。
 闇がなければ光は成り立たぬし、光がなければ闇も成り立たぬ。その関係性は、月と太陽のそれによく似ている。
 ナナが持ち合わせている能力のひとつ。その身に宿る潜在能力とも言える "存在"
 シャドウというその存在は、いついかなる時もナナと行動を共にし、決してナナから離れない影のような存在。
 影、すなわち、闇。先に述べたとおり、闇には光が不可欠だ。
 つまり、シャドウと対を成す、光なる存在というものが実在する。
 いや、正確に言うなれば、実在していたというべきか。
 いつの頃か、いつの話か、ナナ自身もよく覚えてはいないのだが、
 光なる存在、シャドウと対をなす、シャインという存在が、かつてナナの中にいた。
 シャインは、光。シャドウによる痛みや苦痛を和らげるために存在する光。
 ナナという存在が、闇をその身に受け入れている以上、痛みや苦痛、その全てを取り払うことは、絶対にできない。
 闇をその身に宿し、生きる決意をしたからこそ、シャインはナナを護るため、ナナと共に在った。
 シャドウによって、身体の一部を武器と化す際、ナナがその痛みに激しく顔を歪めていたのは、
 シャインという存在が消えたがゆえ、その痛みが和らぐことなくダイレクトに衝撃となって全身に走っていたからだ。
 また、以前、ナナが得意としていた治癒術の精度が落ちてしまっていたことも、シャインという存在の消失が原因である。
 つまり、シャドウとシャイン、闇と光、対をなすふたつの存在が揃ってこそ、ナナは、その能力を如何なく発揮することが可能になるということ。
 言うなれば、シャインという不可欠な存在を欠いていた期間は、ナナという存在自体が "不完全" だったということになる。

「シャドウを盗ってたら …… 大変だったね。暴れに暴れるタイプだし」
 やれやれと肩を竦めながら、ゆっくり身体を起こすナナ。
 確かに、シャドウという能力を奪うことのほうが、格段に難しい。
 だが、困難な分、見返りも大きい。どうせ盗るなら、シャインじゃなくシャドウを盗れば良かったのに。
 苦笑しながら言うナナに、カージュは、ガシガシと頭を掻きながら小さな声で、こう呟く。
「そっちは無理だったんだよ。情けねーことに …… 」
 聞こえたけれど。情けなく思っているのならば、と聞こえなかったフリをして顔を背けるナナ。
 身体を起こしたナナの左手には、ぼんやりと白く淡い光が灯っている。
 忘れるはずもない。この優しく温かな感覚。
 愛情いっぱいに、撫でられているかのような、この感覚こそが、シャイン。
 まだ、戻ってきたばかりだから、すぐに以前のようにとはいかないけれど、急く必要はない。
 ゆっくりと、また戻っていけばいい。また、一緒に生きていければいい。
 どうして、この能力を盗ったのか。
 そして、また、どうしてこうも唐突に返してくれたのか。
 不明確な点こそ多いものの、ナナは、そのあたりを尋ねようとはしなかった。
 聞いたところで、理解できないような気がしたのかもしれない。
 盗った理由を聞いたところで、盗られた事実がある以上、疑心は晴れないし、
 返してくれた理由を聞いたところで、盗られた事実がある以上、全てを水に流すことも出来ない。
 ただ、ひとつ。盗られた記憶が曖昧だからか、言うほど、ナナは腹を立てているわけでもなかった。
 返してくれたなら、戻ってきたなら、それで良い。そんな風に思うところが強い。だから、
「ごめんな」
 そうやって、カージュが何度も繰り返し謝ってきたところで困るばかり。
 どんな言葉を返せば良いのか、どんな感情をぶつければ良いのか、ナナはわからずにいる。
「謝られてもね …… ナナは覚えてないし …… 」
 他人事のように、素っ気ない言葉を返してしまうのも必然と言えば必然。
 だが、そんな、特に深い意味はなくとも "素っ気ない" という態度が、カージュの罪悪感を増幅させてしまうのも確かだ。
 謝られても困る。というナナの発言を、今さら何なの? という意味合いに捉えてしまっているカージュは、
 ごめんという謝罪のリピートこそなくなったものの、今度は俯き黙り、一人で考え込んでしまっている。
 そんなカージュを見て、ナナは、ハァと小さな溜息をひとつ落とすと、
「ナナは何も覚えてないけど …… あなたが、姐姐たちに深く恨まれてることくらいは、わかるよ」
 あなただけじゃなく、あなたの仲間。他のクロノハッカーさん達もなんだけど。
 恨まれてるんだなって、そう把握する一番の理由はね、アール姐の呪印。
 あなた達、全員、身体のどこかに、アール姐の呪印を刻まれてるんでしょう?
 アール姐の呪印は、恨みが強ければ強いほど、その発光度合いが増していくから …… 。
 多分、このままだと、それ、そのうち激しく痛みだすんじゃないかなとも思う。
 アール姐が、どうして、あなた達に、そこまで強力な呪印を刻んだのかとか、
 そもそも、どうして姐姐が、あなた達を深く恨んでいるのかさえもナナはわからないけれど。
 その呪印、不愉快だって言うんなら、消してあげようか?
 って言っても、ナナ、解除の仕方なんてわからないんだけど。
 あなたは、ナナにこうして、大切なものを返してくれたし。
 盗られたっていうのも、ナナは覚えてないから …… お返しくらいは、したいよ。
 だから、頑張ってみる。勝手にこんなことしたら、姐姐に怒られちゃうかもしれないけどね。
 そうやって、誰かに恨まれてる証を何度も何度も目にすると、何となく寂しい気持ちになっちゃうし。
「どうやって解くんだろ …… 」
 首を傾げ、カージュの左鎖骨のあたりに浮かぶ呪印を見つめるナナ。
 すると、カージュは、衣服で呪印を隠し、苦笑を浮かべながらこう言った。
「 …… いいんだ。これは。あって当然のモンだし」
 また、意味深なことを言ったけれど。
 ナナは、深く詮索することなく 「そう。それなら別にそのままで良いね」 と、素っ気ない言葉を返した。
 衣服、襟のあたりをギュッと掴むカージュの表情には、もっと深く詮索してくれだとか、訊いてくれないのかとか、そんな願望が見え隠れ。
 別に、意図して意味深な発言をしているわけではないのだが、素っ気ない反応ばかり返されると切ないところがあるのだろう。
 しばしの沈黙。
 カージュが、密かに詮索を待つ最中。
 ナナは、ゆっくりと立ち上がり、衣服についた埃をパンパンと叩き落としながら、アドバイス。
「ねぇ」
「あ。ん、何だ …… ?」
「早く帰ったほうがいいよ」
「え?」
「姐姐たちが出てきちゃうかもしれないから。あのね、姐姐たち、最近すごく機嫌が悪いの」
「 …… あぁ、そうなんだ」
「だから、問答無用で消されちゃうかも。 …… まぁ、どうでもいいけどね」
「 ………… 」
 完全に無関心。
 あさっての方向を見やりながら、素っ気なく警告したナナ。
 そんなナナを見上げていたカージュは、ジワジワとこみあげ、やがて理解に至る "感情" に、苦笑を浮かべた。
 心のどこかで、期待していたのかもしれない。完全に忘れたわけじゃない。きっと次第に思い出してくれるはずだ。
 こうやって、何度も会っていれば、話していれば、いつか必ず思い出してくれる。また、あの日に戻れる、と。
 それが、淡い期待であったこと。どんなに時を重ねても、叶わぬ望みであること。
 ナナの、素っ気ない態度に、そう実感させられたカージュは、俯いたまま、自分の汚れた靴を見つめながら呟いた。
「戻れねーんだな。もう」
 戻るとか、戻らないとか。何を言っているのかサッパリわからなかったけれど。
 ナナは、無意識のうちに、頷いていた。カージュの問いに答えるかのように。

 どうでもいい。
 ポツリと、何の気なしに放ったそれこそが、ナナの本心。
 どうして、誰も知らないようなことを知っているんだろうとか、
 意味深なことばかりするんだろうとか、何でなのかなと考えてみたことはある。
 けれど、それは一時的なものであって、今はもう、まったくと言っていいほど、気に留めていない。
 考えたところで、何ひとつわからないから、考えるのが面倒になったという節もあるだろうか。
 どうせもいい、すなわち、無関心。
 そろそろ晩ごはんの時間だからと、何事もなかったかのように去っていくナナの背中を見つめるカージュ。
 今さらだ。もう、遅いんだ。盗ったものを返したところで、犯した罪が消えるはずもない。
 ごめんな、と何度謝ったところで、許してもらえるはずもない。
 歩み寄れば歩み寄るほど、遠のいていくばかり。
「嫌われたほうが、ずっとマシだ …… 」
 そう呟き、キュッと下唇を噛むカージュの肩は、小さく震えていた。
 ひとつだけ。本当に返すべきものが、目に見えぬ "時間" というものであること、
 今さら躍起になろうとも、一度断ち切れた "信頼" という絆が修復されることはないという、厳しくも当然の理を知って。

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 The cast of this story
 8381 / ナナ・アンノウン / 15歳 / 黒猫学生・看板娘
 NPC / カージュ / ??歳 / クロノハッカー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。