■クロノラビッツ - ワールド・ワイド -■
藤森イズノ |
【8273】【王林・慧魅璃】【学生】 |
それは、時兎の討伐を終え、時狭間へと戻ろうとした矢先のことだった。
英国を思わせる雰囲気が何とも美しい "カルベキア" という世界。
多くの人が行き交う大通りにて、予期せぬ展開。
「完璧 …… ! 完璧なのよ! どこを取ってもパーフェクトなのよ!」
「は、はぁ …… 」
突如、背後から勢いよく飛び付き、熱意のこもった声と口調でアツく語るこの女性。
いったい何事かと思いきや。話を聞いてみると、どうやら、この女性、とある "サヴァ" のマネージャーらしい。
一応、時兎の討伐で異国へ赴く際は、出発前に、その世界に関する基本的な情報を聞かされる為、把握している。
サヴァというのは、まぁ、わかりやすく言うなれば、タレントさん。要するに、ゲーノージンというやつだ。
で、何でまた、そのマネージャーさんが、こんなにも熱心に語っているのかと言うと …… 。
このマネージャーさんが担当しているサヴァが、急病で現場に来られなくなってしまったそうで。
困ったことに、そのサヴァに瓜二つらしく、代役として現場に出てくれないかと頼まれている。
代役って言ったって、結局は、まったくの別人なわけだし。
そんなことしちゃ、マネージャーとしての立場が危うくなるのでは、と諭してもみたのだが、
演技をしたり、フリートークをしたりする必要はなく、写真撮影のみだから大丈夫だと、このマネージャーさんは言う。
いやいや。大丈夫じゃないと思うんですけど。それに、写真って言ったってこれ、雑誌の表紙じゃないですか。
いくらソックリだからといっても、さすがにバレますって。マズいですって。
それに、何ですか、これ。こんな格好、したことないですよ。
着るだけならまだしも、写真として形に残るばかりか、撮られたそれが表紙になった雑誌がお店に並ぶんですよね?
「すみません。ムリです。そもそも、そういうの苦手なんで …… 」
「大丈夫! あなたなら絶対にこなせるわ! お願いっ! この仕事に穴をあけると、あのコの今後が危ういのよ!」
うわぁ、参ったなぁ、これ。全っ然、聞く気ないし。ムリだって言ってるのに、大丈夫の一点張りですか。どんだけ。
今日は忙しく、時兎の討伐をハシゴして、五件も片付けたから、物凄〜く疲れてるんだけど。
早く戻って、マスターに報告を済ませて、家に帰って、フッカフカのベッドで寝たいんだけど。
「お願いっ! 一生のお願いっ!」
いやいや。会ったばかりの人に、そんなこと言われても困るんですが。
退く気ゼロだよ、この人。さぁて、どうしたもんかなぁ …… 。
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クロノラビッツ - ワールド・ワイド -
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それは、時兎の討伐を終え、時狭間へと戻ろうとした矢先のことだった。
英国を思わせる雰囲気が何とも美しい "カルベキア" という世界。
多くの人が行き交う大通りにて、予期せぬ展開。
「完璧 …… ! 完璧なのよ! どこを取ってもパーフェクトなのよ!」
「は、はぁ …… 」
突如、背後から勢いよく飛び付き、熱意のこもった声と口調でアツく語るこの女性。
いったい何事かと思いきや。話を聞いてみると、どうやら、この女性、とある "サヴァ" のマネージャーらしい。
一応、時兎の討伐で異国へ赴く際は、出発前に、その世界に関する基本的な情報を聞かされる為、把握している。
サヴァというのは、まぁ、わかりやすく言うなれば、タレントさん。要するに、ゲーノージンというやつだ。
で、何でまた、そのマネージャーさんが、こんなにも熱心に語っているのかと言うと …… 。
このマネージャーさんが担当しているサヴァが、急病で現場に来られなくなってしまったそうで。
困ったことに、そのサヴァに瓜二つらしく、代役として現場に出てくれないかと頼まれている。
代役って言ったって、結局は、まったくの別人なわけだし。
そんなことしちゃ、マネージャーとしての立場が危うくなるのでは、と諭してもみたのだが、
演技をしたり、フリートークをしたりする必要はなく、写真撮影のみだから大丈夫だと、このマネージャーさんは言う。
いやいや。大丈夫じゃないと思うんですけど。それに、写真って言ったってこれ、雑誌の表紙じゃないですか。
いくらソックリだからといっても、さすがにバレますって。マズいですって。
それに、何ですか、これ。こんな格好、したことないですよ。
着るだけならまだしも、写真として形に残るばかりか、撮られたそれが表紙になった雑誌がお店に並ぶんですよね?
「すみません。ムリです。そもそも、そういうの苦手なんで …… 」
「大丈夫! あなたなら絶対にこなせるわ! お願いっ! この仕事に穴をあけると、あのコの今後が危ういのよ!」
うわぁ、参ったなぁ、これ。全っ然、聞く気ないし。ムリだって言ってるのに、大丈夫の一点張りですか。どんだけ。
今日は忙しく、時兎の討伐をハシゴして、五件も片付けたから、物凄〜く疲れてるんだけど。
早く戻って、マスターに報告を済ませて、家に帰って、フッカフカのベッドで寝たいんだけど。
「お願いっ! 一生のお願いっ!」
いやいや。会ったばかりの人に、そんなこと言われても困るんですが。
退く気ゼロだよ、この人。さぁて、どうしたもんかなぁ …… 。
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「 …… こんなに困ってるお嬢を見るの、久しぶり」
「いい度胸してるよなぁ、このオバサン」
代役をお願いされて困り果てている慧魅璃の傍で、あからさまに不満そうな表情を浮かべているレビィとルシィ。
「ちょっと? オバサンは聞き捨てならないわ。お姉さん、よ!」
どうやら、オバサンという発言にムッときたようだ。
マネージャーは、慧魅璃の説得を一旦止め、レビィとルシィに訂正を求めた。
レビィとルシィが苦笑しながら渋々謝罪すると、マネージャーはすぐにまた慧魅璃の説得を再開する。
やたらと熱のこもった説得・勧誘。さすがの慧魅璃も、その熱意に、やや圧され気味の様子。
とはいえ、その勧誘に応じるのもいかがなものか。
頭ごなしに拒否し続けるのもアレな気がしたがゆえ、モデルを担当する雑誌を見せてもらったのだが、
この雑誌、十代後半から二十代前半の女の子が愛読するファッション雑誌らしく、とにかくキラッキラしている。
服装にしても、髪型にしても、アクセサリーにしても、とにかく派手。なおかつ、露出も多い。
ページのあちこちに 『エロカワ☆小悪魔コーデ☆』 という文字が踊っているあたり、そういうスタンスの雑誌なのだろう。
慧魅璃が、モデルの代役に頭を悩ませている大きな理由は、この点にある。
普段、慧魅璃が好き好む服装は、しっとりとまとめたシックな和装か、お人形さんのようなガーリー・ロリータスタイル。
この雑誌に載っているような、あからさまな小悪魔系ファッションや、セクシー・ビビット系のファッションなんて、試したことすらない。
自分がこんな格好をするのか、と頭の中で想像してみた結果、アリエナイ、という結論に慧魅璃は至っているのだ。
「お願い! 数枚だけで良いのよ。なかなか体験できないことだし、良い経験にもなるはずだわ」
「 …… えぇと。ですから、私は …… 」
「ご褒美なら、何でも応じるから! もちろん、この仕事に生じるギャランティだって、全額アナタにお渡しするわよ!」
一向に退かないマネージャー。
まぁ、とにかく、仕事に穴を開けたくないのだという、マネージャー魂は伝わってくる。
参考に見せてもらった雑誌は、過去に発行されたものだが、
慧魅璃が代役を担うことになるかもしれないモデルさん、本物のモデルさんは、表紙にドカンと載っている。
いや、表紙だけじゃなく、至るところに写真がビッシリ。つまり、このモデルさんは、雑誌の要・中心的な存在なのだろう。
さすがに、そんなモデルさんが休むとなると、雑誌の売り上げにも影響が出る。
だからこそ、マネージャーは必死に勧誘しているのだろう。
気持ちがわかる分、どうしたものかと頭を悩ませる慧魅璃。
「ん …… ? ハッ! あ、あのっ、これっ …… !」
急に目を大きく見開き、興奮した様子でマネージャーに詰め寄った慧魅璃。
「これって、本物ですかっ? それとも、撮影用の道具ですか? それとも …… 」
まくしたてるように尋ねた慧魅璃。
そうして尋ねる慧魅璃の指先は、雑誌のとあるページに掲載されている写真 …… の隅に写る 『奇妙な生物』 を示していた。
「はーい、じゃ、目線だけこっちに頂戴ねー」
「あ、は、はい。こんな感じでしょうか」
「あぁ、いいねいいね」
路上スカウトから二時間半後。
慧魅璃は、普段なら絶対に着ない煌びやかな服とメイクを纏った状態で、撮影に臨んでいた。
あんなに渋っていた代役を、どうして引き受けたのか。その大きな要因は、とある交換条件にある。
何のメリットもなしに、慧魅璃が現在のような格好で人前に出るだなんて、ありえないことなのだから。
カシャリ、パシャリ、と何度も何度もきられるシャッター。
慣れない撮影現場の雰囲気に、慧魅璃の表情は、撮影開始からずっと強張ったままである。
だがしかし、そういう表情がまた、逆に可愛らしさを醸し出しているという点もあり、カメラマン的には問題なしの様子。
ちなみに、慧魅璃が、本来撮影されるはずだった人気モデルの代役としてここに来ていることを、現場のスタッフ、全員がそれを把握している。
スタッフ総員で隠蔽工作。というと聞こえは悪いが、それだけ、本来のモデルが重宝されている存在だということ。
(数枚で終わるって言ってたのにな …… )
長引く撮影の最中、慧魅璃は、そんな不満を抱きながら、本来のモデルの偉大さも実感していた。
撮影が長引けば長引くほど、慧魅璃の表情は、次第に柔らかく・自然なものへと変わっていく。
何においても 『慣れ』 や 『経験値』 といったステータスは、強靭な武器と化すものだ。
まぁ、中には、慣れや経験が 『怠惰』 という悪影響を及ぼしてしまうケースもあるだろうけれど。
「意外と似合うね」
「うん。ちょっと違和感はあるけど。これはこれでアリかな」
撮影現場の隅で、用意された椅子にお行儀よく座り、率直な感想を漏らすのはレビィとルシィ。
主人に、そんな 『らしくない』 格好をさせるわけにはいかない! と、協力に否定的だった二人も、
いざ、普段は決して着ないような小悪魔系の衣装に身を包んだ慧魅璃を見てからは、ちょっと態度が変わった。
おとなしくなったというか、むしろ、肯定的になったというか。
確かに、意外性はあるものの、似合っていないというわけではない。
いや、そもそも、代役を頼まれたのは、本来のモデルに雰囲気やら顔やらが似ているからという理由から。
本来のモデルは、普段からこのような服装をしており、なおかつ、この手のファッションで 『カリスマ』 的な存在。
そんなモデルに似ているとあらば、自然と、慧魅璃もそういう服装がイケるクチ、という結論にたどり着くのだ。
まぁ、似合ってこそいるものの、やはり、違和感のようなものは拭えないのだが …… 。
先に述べた交換条件のほか、慧魅璃は、もう一点。
やるからには徹底的に。代役なのでは? という疑惑が一切生じないくらい完璧にしてほしい、ともお願いしていた。
まぁ、スタッフ側も当然、読者に 『これは代役だ、偽物だ』 なんて思われるようなものを作り上げる気はなかったがゆえ、
慧魅璃のその意思は、当然のごとく通り、そしてまた、仰せのとおり、完璧な 『代役』 として、いま、現場に立っている。
慧魅璃の外見において、最も特徴的な部分は、紫色と金色、左右で異なる色を持つオッドアイにある。
当然、本来のモデルは、そのようなオッドアイの持ち主ではない。ごく普通の茶色い瞳。
だから、現在、慧魅璃の両目には、茶色のカラーコンタクトが入れられている。
フリンジの黒ミニスカートやら、ファーコートやら、ハイサイブーツやら、
服装もさることながら、瞳の色が普段と違うだけで、こうも雰囲気が一変するとは、ちょっと驚き。
まぁ、それだけ、慧魅璃のオッドアイが、強い個性を発していたということになるが。
「はい、じゃあ、これでラストね〜」
約一時間におよぶ慣れない撮影も、ようやく終了。
カメラマンの発言に、ホッとした様子の慧魅璃。
それまで何枚、何十枚と撮られたものの、その一瞬見せた、安堵の表情が一番ナチュラルで可愛らしかった。
その一瞬のタイミングを見逃さず、即座にシャッターを切ったカメラマンの腕は、さすが、と言わざるを得ないだろう。
*
「で …… 報酬に、コイツを貰ったのか」
テーブルに頬杖をつき、溜息混じりに言う海斗。
海斗の頭には、黒と紫のストライプ模様の奇妙な生物が乗っかっている。
「可愛いでしょ?」
嬉しそうに微笑んで手招きする慧魅璃。
海斗の頭の上で器用に丸くなっていた奇妙な生物は、その手招きに応じてピョンと飛び降り、慧魅璃の傍へ。
飛び降りる際、爪が頭皮に刺さったのだろう。海斗は、大袈裟に頭を擦りながら、ムスッとした表情を浮かべた。
この奇妙な生物 …… これこそが "デビリアン・キャット" と呼ばれる魔猫。
参考に、と見せられた雑誌に掲載されていた写真。その隅っこに写っていた、あの奇妙な生物と同一。
モデルの代役を引き受ける代わりにコレが欲しい、と慧魅璃が提示した、あの交換条件が晴れて成立した証である。
まぁ、あの写真は野外で撮られたものだったがゆえ、デビリアン・キャットの写り込みは意図するものではなかったそうだが、
隅っこのほうにこれまたうまいこと写り込んだため、逆に写真にシマりが出た。
また、その写真でモデルが着ていた服装が 『ハロウイン』 を彷彿させるようなものだったため、
デビリアン・キャットの巧い写り込みがモデルの可愛さや雰囲気を、引き立たせたということもあり、
偶然にも意図せぬ生物が写り込んでしまったその写真を、カメラマンの独断でそのまま掲載したとのこと。
デビリアン・キャットは、種族こそ悪魔に該当するものの、魔界には存在しない生物だ。
どこに行けば会えるのか、手に入るのかと、あらゆる文献を漁り調べていた慧魅璃にとって、
ずっと欲していたそれが、急にポンと目の前に現れた事実は、さぞ衝撃的だったことだろう。
にしても、この世界に生息している種だったとは。何だか運命的な巡り合わせを感じさせられてしまう。※慧魅璃的に
ちなみに、このデビリアン・キャットは野生のそれ。
そこらを走り回っていたところ、事前に慧魅璃の交換条件をマネージャーから聞かされて、
捕獲を担当していた撮影スタッフ(サブヘアメイク)の一人が、撮影終了と同時に連れて帰ってきたものだ。
誰かに飼われていたものではなく、野生のそれゆえに、やや凶暴性こそあるものの、危険性は皆無に等しい。
デビリアン・キャットは、基本的に 『水』 を主食としており、人間に襲いかかることはない。
外見こそ毒々しく、厄介そうに思えるが、実際は極めて無害な生物なのだ。
「 …… カワイイか? いや、カワイくねーだろ、それ」
ぶすっとした表情で、デビリアン・キャットに対する率直な感想を述べる海斗。
先ほどから、可愛いでしょ? と自慢気に言ってくる慧魅璃に対し、海斗はこんな感じで否定的な意見を返し続けている。
まぁ、可愛いか可愛くないかで言えば …… 一般的な見方(味方?)をするなれば、確かに可愛いとは言い難い。
可愛いというよりかは、むしろ気味が悪いというか。その風貌にしろ、色合いにしろ。色んな意味で毒々しいというか。
とはいえ、慧魅璃本人は心底、このデビリアン・キャットを可愛いと思っているようで。
「ふふ。おなかすいたのかな?」
まるで母親のように、優しく慈悲深い笑みを浮かべて撫でている。
まぁ、本人が嬉しいなら、満足ならばそれで良い。
ただ、他人に迷惑がかかるような世話や育て方だけはしないで頂きたい。
例えば? そうだな、例えば …… 。
ガリッ ――
「いっでぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
こんな風に、いきなり後ろから飛びついてくる行為とかは、マジで勘弁。
デビリアン・キャットは、ただ単にじゃれているだけなのだとは思うが、被害をこうむるほうは笑って済ませることができない。
その爪。自分に、鋭利な爪が備わっていることを自覚していただきたいものである。
「つか、ヤダ! オレ、そいつ嫌い! ゆっくり見れねーし! 部屋行ってゆっくり見る。ついてくんなよ!」
ブツクサ文句を言いながら、リビングを後にし、自室へと向かう海斗。
海斗の手には、慧魅璃がモデルの代役を見事に果たした証、可愛らしい写真。
撮影の記念に、と、帰り際、熱心に勧誘したあのマネージャーがプレゼントしてくれたもののようだ。
何だかんだで、モデルさんと化した慧魅璃の姿を拝見できることを、海斗は喜んでいる様子。
まぁ、内心を言うなれば、ちょっと複雑な気持ちは否めない、とは思う。
何ていうかな。こう …… それまでずっと近くにいた友達が、急に遠くへ行ってしまったような、そんな感覚?
「ギニャ、ギニャ」
「ふふ。大丈夫。海斗は優しい人だよ。嫌いだなんて嘘なんだから」
ちょっと変わった鳴き声で、申し訳なさそうに首を傾げたデビリアン・キャット。
慧魅璃は、そんなデビリアン・キャットを手元に呼びつけると、その頭を優しく撫でて微笑んだ。
「そうだ。名前 …… つけてあげなくちゃね。どんな名前がいいかな? ん〜 ………… 」
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The cast of this story
8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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