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■第1夜 時計塔にて舞い降りる怪盗■

石田空
【8058】【ヴァルツェ・シュヴァル】【表:貴族、裏:一族の主】
 聖学園生徒会室。
 学園の中で聖地とも墓地とも呼ばれ、生徒達からある事ない事様々な噂が漂う場所である。
 その奥にある生徒会長席。
 机の上には埃一つなく、書類も整理整頓され、全てファイルの中に片付けられていた。
 現在の生徒会長の性格と言う物がよく分かる光景である。

「何だこれは、ふざけるのも大概にしろ」
 普段は品行方正、真面目一徹、堅物眼鏡、などなどと呼ばれる青桐幹人生徒会長は、眉間に皺を寄せて唸り声を上げていた。
「会長、口が悪いですよ……」
 隣の副生徒会長席に座って書類を呼んでいる茜三波は困ったような顔をして彼を見た。
「……済まない、茜君」
「いえ」

 青桐が読んでいたのは、学園新聞であった。

『怪盗オディール予告状!! 今度のターゲットは時計塔か!?』

 ゴシック体ででかでかと書かれたトピックが、今日の学園新聞の1面記事であった。

「学園のゴシップがこんなに大々的に取り上げられるとは、学園の品性にも関わる由々しき問題だ」
「理事長には進言したんですか? 新聞部に自重するようにと……」
「学園長は「好きにさせなさい」の一言だ。理事長のお墨付きだと、新聞部は怪盗オディールの英雄気取り記事を止める気はないらしい。困ったものだ……」
「学園の外部への連絡は?」
「それはできない。学園に怪盗が出たなんて言ってみろ。マスコミや警察、探偵や魔術師、何でもかんでも土足で踏み込んでくるぞ。ただでさえ生徒が浮き足立っているのに、ますます生徒がお祭り騒ぎで授業や芸術活動に勤しむ事ができなくなる。学園内の騒動は学園内で解決するのが筋だろう」
「ますます困りましたね……」
「全くだ……」

 茜は青桐に紅茶を持ってくる。今日はストレートでも甘い味のするダージリンだ。
 茜の淹れた紅茶で喉を湿らせ、青桐は眉に皺を寄せた。

「……仕方がない。あまり典雅な方法ではないが」
「どうされるおつもりですか?」
「生徒会役員全員召集する。その上で自警団を編制し、怪盗を待ち伏せる」
「……そうですか」

 茜は心底悲しそうな顔をした。
 聖学園の生徒会役員は、クラスからの選挙制ではなく、学園の理事会から選ばれた面々である。
 品行方正、文武両道、その上で自警団を編制したら、きっと怪盗も無事では済まないだろう。
 茜は目を伏せた。いかに怪盗であり、学園の秩序を乱すと言われても、争い事は嫌いであった。

「そう悲しい顔をするな茜君。私も別に彼女を殺したりはしない。ただ速やかに理事会に引き渡すだけだ」
「……はい」

 茜の悲しそうな顔から目を逸らし、青桐は歩き出した。
 これから生徒会役員の編制作業があるのである。
第1夜 時計塔に舞い降りる怪盗

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 午後11時12分(本来ならば)。

「怪盗野郎……! 畜生! 一体どんな手品を使ったんだ……!」

 シュヴァル・ヴァルツェは毒付きながらも走っていた。
 卒業したのが初等部の頃で、あの頃と比べれば校舎も増え(校舎と言うには高過ぎる、塔とも言うべき校舎である)、どこをどう走れば今、屋根の上を跳んでいる怪盗に先回りができるのかが分からない。
 そして、その塔の中でも一際大きな塔、時計塔。
 その文字盤は、ありえない数字を浮き上がらせていた。
 本来、12のあるはずの位置に、13があるのである。そして、12は少しずつ右にずれ、時計盤は文字がギューギューに詰まっていると言う、ありえない文字盤になっていた。
 11時になった途端、夜にも関わらず鐘が鳴り響いたと思ったら、文字盤が狂ったのである。
 シュヴァルは「ちっ」と舌打ちしながら拳銃を怪盗に向けたが、塔が高過ぎて届かない。
 塔と塔を繋ぐ渡り廊下からなら何とか当たりそうだが、渡り廊下から渡り廊下に移動するのは、地面から地面を移動するよりも時間をロスするため、怪盗を見失う可能性が高い。
 ちっ、だからここのガキ共はアーチェリー部なんか駆り出した訳か。
 スピードは弾の方が速いが、射程距離なら弓矢の方が長い。
 次からは狙撃銃でも用意するか……などとシュヴァルが考えた所で……。
 塔の下から白いものが出てくるのが見えた。

「おっと」

 シュヴァルは慌てて避けた。
 塔の下から出てきた白いものは、今行われている大捕り物とは無縁そうな、白いロマンティックチュチュを纏った少女であった。頭には白バラを飾っている。
 闇夜でも白さで浮き上がった少女は、ひどく場違いなはずだが、不思議とこの場には合っていた。
 バレエ科の生徒か? こんな時間まで練習……んな訳ないか。

「何だ?」
「……大事なものって、これ?」

 ひどく甲高い声だった。
 見てくれは16・17に見えなくもないが、この甲高い声はまるで初等部の子供にも聴こえる。
 そして、シュヴァルは少女が持っていた物を見て、ぎょっとした。
 それは、彼のもっとも大事にしている人が自分にプレゼントするはずだった、銀のブレスレットだった。
 シュヴァルは銃を構える。
 白い少女は、興味のなさそうな顔でシュヴァルの顔を見ていた。
 少女は、森の匂いを纏っていた。

「貴様……怪盗野郎の手下か何かか!?」
「怪盗? ああ、あれ?」

 少女は少しだけ面白そうな顔をした。
 少女は、屋根の上を黒いクラシックチュチュを身に纏った少女が自警団から逃走をしているのを指差した。
 自警団はこちらとは反対側の道で怪盗を追いかけていた。

「違うわ。どっちかと言うと、あの子邪魔」
「邪魔……?」
「お兄さん、怪盗捕まえてくれる? そうしたら、この学園も平和になるわ」

 少女はくすくすと笑った。
 シュヴァルは、少しだけイラッとした顔で、少女に銃を向けた。
 何がイラッとしたのかは分からないが、イラッとさせた最大の要因は。
 少女の口調は頼むと言うよりも命令だった事である。

「断る。俺は自分が選んだ人間の言う事以外は聞かない」
「ふうん? そう」

 少女は、瞬時に何もかもがつまらなく見えるような顔に戻った。
 彼女は、まるでもう興味なくなったかのように、ブレスレットを無造作に落とした。

「! 貴様!!」

 銃声が響いた。
 もちろん、殺しはしない。
 狙ったのは足だ。
 が。
 弾は少女を貫通し、地面をえぐり抜いた。
 少女は、血一つ流さずそのまますたすたと歩いていく。

「分からないわね」
「……何がだ」
「それ、どんなに大事にしてても魂1人分の足しにもならないのに」
「……貴様、後生大事にしたいものなんてないのか?」
「ないわね。私は、私が一番大事。早く生きたいわ。そして自由に踊りたい」
「……意味が分からん」
「そう」

 少女は、今度こそ姿を消した。
 まるで闇に溶け込むように。

「……何だったんだ。今のは」

 シュヴァルは銃を下ろし、フォルダーにしまった。
 気のせいか、少女の纏っていた森の匂いが、身体をひどく冷えさせるのを感じていた。

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 午後2時45分。
 学園の生徒達が今頃授業中であろう。
 シュヴァルは学園の中央にある中庭に、凛然とたたずむ白亜の館にいた。
 理事長館である。

「貴方の在学とは随分変わりましたね?」
「そうですね……ええっと……?」
「現理事長の聖栞です。ヴァルツェさんは確か、当学園の初等部ご卒業でしたね。今回のご用件は?」
「はい」

 シュヴァルはにこりと笑う。
 作り笑いは、得意分野だった。

「学園では怪盗が活動していると伺いまして」
「まあ……どちらでそのような話を?」
「ええ、社交界で話題になっておりますよ。学園のオデット像が忽然と姿を消したと。そして理事長は頑なに警察沙汰にしたがらない……とも」
「あら……警察沙汰にしたくないのは当然ではありませんか? 私は生徒を信頼しております。警察は犯人と言う色眼鏡で、平気で生徒達の心を土足で踏みにじります。信頼はできません。外部犯と見込んで当方でも独自に調査はしております」
「ほう……では学園では怪盗なんて、いない、と?」

 シュヴァルはぱらり、と紙を取り出した。
 今日の学園新聞の号外であり、『怪盗オディール予告状!! 今度のターゲットは時計塔か!?』の見出しが躍っている。
 栞は、相変わらずにこやかな笑みを浮かべたままだった。

「そうは申しておりません。いる事にはいますが、想いを踏みにじられると言うのを見過ごす事ができないだけです」
「なるほど……、いや、先日私の大事な物が盗まれましてね」
「まあ?」
「犯人をしらみ潰しに探しても見つからず、途方に暮れた所でこの話を耳にしたと言う次第です」
「……分かりました。学園内での行動を許可致します」

 栞はさらさらと許可証を書き、学園証を押すと、鍵と一緒に手渡した。

「こちらの鍵は?」
「こちら理事長館の鍵です。何かありましたら、こちらの方へ来て下さったらと思います。何分、生徒達も滅多に外部の方と接する機会が行事以外だと少ないもので、捜査をするにしても口を開きにくいでしょうから」
「ありがとうございます」
「ただ、1つだけ条件をつけてよろしいでしょうか?」
「何なりと」
「……そちらの銃で、当学園の生徒、貴方の後輩達を傷付けるような真似はしないで下さいね。その場合はこちらにも考えがございます」
「了承致しました」

 シュヴァルはジャケット下のフォルダーをポンと叩いた。
 俺は、銃携帯だとこの女に言ったか?
 まあ、分かる人間には分かるはずだが。
 シュヴァルは腹の中でそう考えながら、理事長館を後にした。
 理事長館の外を出ると中庭であり、青々とした芝生がつやつやと光って気持ちよさそうである。
 しっかし、この学園も俺が卒業した時とは随分と様変わりしたな。
 シュヴァルはそう思いながら、中庭のベンチに座った。
 中庭を出れば、中庭を囲むように塔が建ち並んでいる。
 空が、ひどく狭く感じるのが残念だ。
 ベンチで座ってぼんやりとしていたら、生徒達がわらわらと塔から出てきた。
 ああ、休み時間か。ご苦労だな。
 生徒達の制服は自分の卒業した頃と変わっていない。
 そう考えていた所で、耳に入った。

「白おばけが出るんだってね、最近」
「嫌だよそれ。怪盗騒ぎに便乗して、最近変な噂が多すぎだよ」
「でもさあ、あんな重たいものを盗む怪盗がいる位だから、おばけの方がまだ可愛げがあるよ」

 重たいもの……オデット像か。
 確か美術科の先輩が作ったんだったな。社交界でもコレクター連中が欲しがってたな確か。
 怪盗野郎……面白い。
 面洗って待ってろ。蜂の巣にしてやるから。
 シュヴァルはふっと笑った。
 周りの女子生徒が、見惚れるような、微笑だった。

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 午後11時20分。
 シュヴァルは、白い少女が無造作に捨てていったブレスレットを拾った。

「う……」

 冷たさに顔をしかめた。
 何でこんなに冷えているんだ?
 冷たかった銀のブレスレットは、シュヴァルの体温で温められ、やがて冷気は取れた。
 昼間に生徒達がしていた噂話が頭をかすめる。

「白おばけ……まさかな」

 シュヴァルは苦虫を潰したような顔をした。
 猫と幽霊だけは相容れないと豪語しているシュヴァルにとってそれは、認める訳にはいかない存在だった。

<第1夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8058/ヴァルツェ・シュヴァル/男/28歳/表:貴族、裏:一族の主】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】

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■         ライター通信          ■
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シュヴァル・ヴァルツェ様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第1夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は聖栞とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。
また、アイテムを入手しましたのでアイテム欄をご確認下さいませ。
白い少女が幽霊か否かは後々出ますので、少女の正体を解き明かして下さったら幸いです。

第2夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。