■ 不思議な雑貨屋「サティーシュ」の秘密■
里乃 アヤ
【3573】【フガク】【冒険者】
王都のメインストリートから少し外れると、アンティークながらもどこか洗練された小さなお店がある。そこが雑貨屋「サティーシュ」――今日もやってきたお客様に、不思議なものをお届けします。

 そこの店主は外見が二十代くらいの優しそうな女性だ。
彼女は入口そばの会計兼インフォメーションカウンターから優しく、そして来た人々を幸せにするような不思議な微笑で言葉を紡ぐ。
 「いらっしゃいませ、何かご入用のものがございますか?」


サティーシュの不思議な道具〜白き乙女の髪飾り〜


 *――――――*

 王都のメインストリートから外れた場所にある小さな雑貨屋がある。緑豊かな季節にはざわざわと茂る木々の間から木漏れ日をみることができる、古ぼけた看板にサティーシュと記された小さいけれど不思議な雑貨屋が――。

 *――――――*

 「……水は嫌いだわ」
 ぽつり、と肩まである波打つ髪の十歳に満たない少女は呟く。

――どうして?
 「だって水はわたしのお母さまを私から奪っていたのですもの」
――それでもあなたの癒す力は水の力よ?
 「だから、わたし…わたしが嫌いなの!」

 そこで夢は覚め―――

 *  *  *

――チャリン…。
 「ちわー、どうもお邪魔します」
 扉を開けて現れたのは銀髪の冒険者らしき青年――フガクだ。フガクは店内をきょろきょろと落ち着かなく見回す。
 「えっと…この店にはあるかなぁ…」
 フガクは並べられた商品を添えられた説明書を読みながら探していく。そう、彼はある道具を探しているのだ。ある方のための贈り物に――。
 その店――サティーシュの中央にはちょっとした小さな庭があり、天井の窓から不思議な太陽の光と月の光がその庭の白いテーブルと椅子を照らしている。そこの椅子に誰かが腕を覆って転寝しているのをフガクは見た。
 「―――っ」
 弾かれたように椅子で転寝をしていた人物は飛び起きる。苦しそうな汗をかいている。もしかしたら嫌な夢でもみていたのかもしれない。
 その人物はフガクに気づくと、笑顔をつくる。
 「あ、お客さま…いらしてたのね? いらっしゃいませ、雑貨屋サティーシュへようこそ。なにかご入用ですか?」
 それではこの人物がここの店主なのだろう――。フガクが一瞥する。銀色の背中まである波打つ髪に薄青のポンチョと青紫のロングチュニックを纏っている――よくみれば紫色の瞳だ。
 「あんたがここの店の人?」
 「えぇ」
 サティーシュの店主――アンジェリカはにっこりと笑う。



 「水の力が湧き出る道具?」
 アンジェリカはフガクが望まれている品物についてざっと聞いた後、最後に確認の意味で聞き返す。
 「えぇまぁそうなんですよー。ここならあるかなぁと思いまして」
 「……あなたが使うの?」
 じっとアンジェリカの目がフガクを貫く。フガクも愛想笑いを浮かべて応じる。
 「正確には、贈り物」
 「贈り物……」
 アンジェリカはフガクの言葉を反芻する。フガクはさらに続ける。
 「その人は水がないと生活できない方なんです。でも生活するうえで水がない場所なんて、世界中ざらにあるでしょう? 水しかない世界だけの空間ではなく、いろいろな世界を見せてあげたいなぁなんて思って。…なんかおかしいですか?」
 「いえいえ…とても必死に話すものですから…、その方はあなたにとって大切な方なんですね」
 「…そうかもね」
フガクは愛想笑いを浮かべる。



 「実はわたくし、水が嫌いなんですよね」
 にっこりした表情で言われて、フガクはその真意を図りかねて押し黙る。アンジェリカはその反応を汲み取りながら言葉を続ける。
 「水はわたくしの大好きな母を奪った力ですから。水…雨なんてこの世界に存在しなくてもよいとも思っていたこともあります。――見てください、あの晴れた空」
 アンジェリカは店から見える天窓を指差す。天窓から太陽がさんさんと輝いている。
 「この店には、雨が一生こないようにわたくしの手作りの《擬似太陽》で光が保たれています」
 フガクは物珍しそうに天窓を仰ぐ。アンジェリカは苦笑いを形作りながら話を続ける。
 「…でも世の中には水がないと生きられない方もいらっしゃるのですね――これを」
 すっとアンジェリカはその天窓の側の柱にかけられている小物を差し出す。
 「これは?」
 フガクは目を丸くして訊ねる。見たところ髪飾りのようだ。アンジェリカは《擬似太陽》を仰ぎながら目を細めて話をはじめる。
 「大昔、ある小さな村があったの――その村は七日間日照りが続いて、水のない村となり田畑が荒れ、そこの民ですら水を求めて血で血を洗うような争いが起きました。そんなときに、それを哀れんだ水の力をもつ巫女がその村を訪れ、その髪飾りを置いていきました」
 フガクはごくっと息を呑んだ。
 「髪飾りは水を呼び集める力があったのですよ――村人はこぞってその髪飾りの水の恩恵を浴びました。そして村に水は戻り、元通りの平和な村に」
 「水の巫女は?」
 フガクは髪飾りを置いて行ったという巫女が少し気になる。アンジェリカはよく気づきましたねという表情で頷く。
 「突然、姿を消しました――それは水のように泡のように」
 「消えた?」
 フガクは驚きの表情をつくる。髪飾りの持ち主の巫女は消えて、湧き水が助かってってことはもしかして――あるひとつの推測が彼の脳を掠める。
 「まさか、これ持ち主が水を使うごとにその持ち主の命を削りとるってことじゃあ……?」
 絶望的なフガクの問いに、アンジェリカは「おや?」という表情で小首を傾げる。
 「さぁ……? たぶん、そういう力ではないのかもしれませんね」
 「え? だって今さっき…」
 「そういう意味ではなく、巫女の願いだったのだと思いますよ」
 「…巫女の願い?」
 「わたくしは母親からこの髪飾りを預かったとき…その話を聞いたとき、巫女は水そのものだったか、あるいは自ら死を選んだ少女だったかもしれません。《それ》がたまたまその村の悲劇に同情して《巫女》としてその村を救う代わりに《巫女の願い》を聞いたのだと思いましたが…まぁ、あなたのような解釈もあるのですね。でも――たぶん命を削るなんてことはないと思いますよ」


 「…そうか…じゃあ、よかった」
 フガクは掌の中にあるものを凝視する。アンジェリカから手渡された品は――白い貝殻に見事な紫色の羽飾りが付いている髪飾りだ。
 「これが、その、水を湧き出すお守り?」
 「はい。お代は――これくらいでどうでしょう?」
 アンジェリカは古びた計算機を持ち出し、弾き出された数字をフガクへと見せる。
 「……そんなに安いのかい?」
 計算機の合計額を見て、フガクは思わず間の抜けた顔になる。
 「これは、いわくつきの品物ですから――使いこなせる方はおそらくごく少数でしょう。このお店を継いでからずっと売れ残っているので…そろそろ買い手を求めましたので」
 「そっか、ありがとう。じゃあ、はいお金」
 フガクは貨幣を雑貨屋の女主人へ手渡す。
 「はい、丁度ですね。ありがとうございました!」


 誰もいなくなったサティーシュの中で女主人はぽつりと呟く。
 「…それに、あの髪飾りが叶えるのは、持ち主の《願い》。持ち主が絶望の想いを胸にすれば着実に命を削るかもしれないわね。《願い》は希望と絶望、両方を天秤にかけるものだと――」
 彼女は顔を俯く。
 「村の平和と水の犠牲、母の死と娘の生還――が天秤にかけられたようにね…」
 サティーシュの中央に飾られた《擬似太陽》の隣では、サティーシュが建って以来ずっとそこに在り続けた白い貝殻の髪飾り。今、そこには太陽の光と日焼けされた跡だけが所在なく訪問者の視界に触れている。



                         ―終―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 PC / 3573 / フガク/ 男性 / 25歳(実年齢22歳)/ 冒険者】
【 NPC / 0736 / アンジェリカ・ランカスター / 女性 / 27歳 / 雑貨屋の女主人 】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、里乃アヤです。
 このたびは雑貨屋サティーシュにご来店ありがとうございます。
 『水が湧き出る髪飾りのようなもの』ということで不思議な道具をお買いになって頂きありがとうございます。作中にも書いておきましたが、この髪飾り、使うと命を削るものではありません。ただ幸福なこと引き換えに絶望的なものも表われるという道具です。その辺はご了承ください。
 フガクさまの口調などどこかおかしかったら申し訳ありません。それではまたのご来店お待ちしております。

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