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■「あなたのお手伝い、させてください!」■

ともやいずみ
【0883】【来生・十四郎】【五流雑誌「週刊民衆」記者】
 トラブルメーカー。迷惑を振りまく疫病神。
 などなど。
 彼女はそんなイメージを持つサンタクロース。
 宅配便を仕事にしてはいるが、世間は不況。彼女はいつも貧乏で、おなかを空かせている。
 そんな彼女とあなたの一幕――。
「来生十四郎さんのお手伝い、させてください!」



<もしもし?>
 低い声に、受話器を取ったステラは一瞬で青ざめる。
 元気よく「は〜い、サンタ便ですぅ」などと出るんじゃなかった……!
(な、なんでしょうこの声の人。なんか悪そうなニオイがぷんぷんしますよ。
 ハッ! これがウワサの『オレオレ詐欺』……!)
 ガーンと勝手にショックを受けているステラはぷるぷると受話器を持つ手を震わせた。
「は、はぃ」
<ステラさんかい?>
 な、なぜに名前を知っているぅー!
 驚愕と恐怖にがたがた震えだすステラだったが、それでも堪えた。もしかしたらお客様の依頼かもしれない。我慢だ、わたし!
「は、はい。ど、どちらさまですかぁ?」
 声が上擦った! ガーン!
<あ〜、俺は来生十四郎ってんだ。この間は兄貴が世話になったな>
 あにき?
 ステラは眉をひそめ、その珍しい苗字にすぐ思い当たる。以前、依頼を受けた人の苗字だ。
 弟が居るとも言っていたので間違いはないだろう。だからここの連絡先もわかったのだ。
「来生さんの弟さんでしたかぁ。はじめましてぇ〜」
 にこやかな声で警戒心を解く。
 相手は小さく笑い、ぶっきらぼうに続けた。
<実は俺もちょっと頼みがあってさ、あんたに。良かったら手伝ってくれないか>
「わたしにですかぁ?」
<知り合いの洋菓子店にケーキを予約してあるんだ。
 料金は先に払ってあるから、俺の代わりに受け取って、家に運んで欲しいんだ>
「ええっ!?」
 あまりにも簡単な内容にステラの声がかたくなる。
 なんて簡単な!
(わ、わたしが配達業を営んでいることをご存知ない……?)
 そわそわしつつ、話に耳を傾けた。
<店長には俺が連絡して、ステラさんに渡してくれるように頼んでおくから>
「え、ええ〜っ?」
<店の名前と住所、あと俺の家の住所は……悪いがちょっとメモしてもらえるか>
「え? あ、は、はい。それくらいお安い御用です」
 配達業を営んでいるステラにとってはそれは造作もないことだ。
<いや、兄貴の誕生日にケーキを買って帰るって約束してたんだが、急な取材が入って帰れそうにないから、せめてケーキだけでもと思ってさ>
(はう! 弟さんの鑑ですぅ!)
 感激しながらメモに記した住所を見遣るステラ。
<幽霊に誕生日ってのも妙だが、覚えててやれる家族はもう俺一人なんでね>
 ゆうれい?
(? んん? なんのことでしょう?)
 頭の上に疑問符を複数浮かべているステラであった。十四郎の兄は幽霊なのだろうか? いやまさか。
<ステラさんへのお礼はその店のケーキで、ステラさんの一番好きなものをワンホールでどうだい?>
「わ、わわわワンホールぅぅぅ〜!?」
 驚きのあまり腰が抜けた。
 あわわと唸るステラは受話器を落とさないように必死だ。
 ワンホールって、あの誕生日にしかお目にかかれない……しかも誕生日でもお金に余裕がないと遭遇できない代物ではないか!
<代金は俺にツケておくように、店長に言っとくから。こんな頼みでも、引き受けてもらえるか?>
「も、ももももちろんっ!」
 興奮のあまり、鼻血が出そうになってしまう。乙女の夢……ケーキのワンホール買い(自分で買うのではないが)がすぐそこに!
 メモを強く握り締めて、ステラは頷いた。
「来生さんの依頼、確かに引き受けました!」



 電話を切った十四郎は、相手の声があまりに幼くて少々驚いていた。
(子供?)
 さっきは気にせずに依頼をしたのだが、間違いなくステラだということだし……。
 十四郎の兄が以前世話になったというステラという娘。一体どんな娘なのか気にはなっていたのだ。
 今回、彼女に依頼する出来事があったため、ちょうどいいと思って兄が持っていたチラシの電話番号にかけたのだ。
 不憫だと兄が嘆いていたのだが、何がどう不憫なのかわからない。
 不憫な少女・ステラとは、果たしてどのような娘なのか?



 指定された日時までに届けるのは、配達業を営むステラにとっては簡単ではあるが重要な仕事だ。
 地図で場所を確認し、上空から見えるであろう大きな建物を探す。
「ふーむ。お店はこのあたりですね」
 近くまで行けばわかるだろう。
 地図で確認を終えたステラは十四郎の依頼内容を思い出し、よだれが自然に垂れてしまって慌てた。
「ひぃ! い、意地汚いですぅ! シャレになりません!」
 いくら貧乏をしているとはいえ、これは仕事なのだ。きっちりとこなさなければならない。
 だが意識はご褒美であるケーキ・ワンホールに向かっている。
(だ、だってだって〜! 乙女の夢ですぅ! ああ、太るとか考えたらいけないですけどぉ)
 幸いなことと言えば、ステラの借りているアパートの部屋には体重計が存在していない。
(しかし、とってもお声が怖かった印象ですけど、どんな方なんでしょう?)
 依頼してきたことのある十四郎の兄を思い出し、想像をふくらませる。
 やっぱり似ているのだろうか? しかし妙なことも言っていた。
(ゆうれいとか……本当になんだったんでしょう?)
 気になってしょうがないのだが……仕事内容とは関係がないので、そこはいい。
「はあぁ〜! 考え事をしていないと、ケーキの夢をみそうで嫌ですぅ!」
 狭い部屋の中でバタバタと暴れるステラは、畳の上に寝転がった。
 あれこれと考えていなければ、ご褒美のことばかり考えてしまう。なんといっても「ワンホール」だ!



 ――当日、ステラはソリに乗って青空の下を飛んでいた。
(夕方にお届けの指定でしたけど、お時間までには行かないと)
 当たり前のことを考えているのは、すぐに欲望に負けそうになるからだ。
 ぶんぶんと頭を左右に振って、ステラはもわもわと浮かんでくるケーキの幻を追い払った。
(ああ、いやしい! いやしいですぅ! いくら最近甘いものがご無沙汰とはいえ……!)
 通りかかるケーキ屋の前では、目を細めてあえて視界に入れないようにしていたのに。
 ……ハッ。
 気づけばまたヨダレが……。
 ステラは涙をほろりと流す。
(貧乏ですけど、心だけは……心だけは……!)
 よし! と呟いて、ソリを旋回させて目的地へと急いだ。

 到着したステラは人目につかないところにソリをとめ、店の住所まで歩き始めた。
 ひょこりと裏通りの細道から出てきて、広い表通りを眺める。
「えっとぉ……確か」
 きょろきょろと周囲を見て、住所の書かれたものを探す。あ、見つけた。
「ふむふむ」
 勝手に納得して、地図を脳裏に思い浮かべる。そのまま足の向きを変えた。
 歩き始めて5分もしないうちに目的地に着いた。
 見つけ難い場所にある洋菓子店だが、店の名前を看板で確かめてステラは中に踏み入れた。
「ぎゃひっ!」
 最近見ていなかったため、甘い物の誘惑にステラは一瞬、本気で負けた。
 タルト、ショートケーキ、などなど……ガラスケース越しに見える様々な美しいケーキたちに撃沈されたステラは足に力を入れてカウンターへと急いだ。
「す、すみません、来生十四郎さんの代理でケーキの受け取りにきたステラですぅ」
 恐る恐る、レジに立つ女性にそう声をかけると彼女は「聞いております」とにっこり笑ってくれた。
 ほっと安堵してステラはホールケーキが並ぶ棚へと視線を走らせる。
「……………………」
 無言になってしまうステラは、あれこれ目移りしているのがわかるくらいに視線を彷徨わせていた。
(うう……! どれも美味しそう!)
 だがここはやはり、ワンホールなので彩り豊かな季節のフルーツケーキ、だ!
 たくさんの果物がのっているケーキを選び、ステラはその値段に「うっ」と小さく唸った。
(今さらですけど……本当にいいんでしょうか?)
 どきまぎしてしまうのは、小心者ゆえだ。
 通販では「お得ですぅ!」とか思ってしまう値段でも、まともな思考の時にみれば「高い」とはっきり言えるものだ。
「……はぁー」
 店員に聞こえないように、長く細い息を吐き出し、ステラは首を緩く振る。
 あれは報酬なのだ。だから、きちんとケーキを届けよう。
 店員が奥から十四郎の注文したケーキを持ってくる。その姿を視界の端に見て、ステラは思考を切り替えた。
 口元に、小さな笑みが浮かぶ。



 取材を終えて帰宅したアパートの部屋に、見慣れないポケットティッシュがたくさんあった。
「なんだこれ」
 誰もいないので、尋ねた声に答える者もおらず、十四郎は不思議になるしかない。
 ポケットティッシュを一つ手に取り、そこにサンタのマークが入っているので「あれ?」と呟く。

 冷蔵庫の中を見れば、そこにはケーキの箱が入っていた。十四郎が頼んだ依頼は、無事に終わったようだ。
「へぇ〜」
 じゃあやっぱり、このポケットティッシュは……。
 携帯電話の履歴から、目的の番号を呼び出してかけてみると、すぐに可愛らしい声が出た。
<はい。こちらサンタ便ですぅ>
 特徴のある口調の声はやはり幼い。
「ステラさんかい? 来生十四郎なんだが」
<ああ! ご依頼ありがとうございました。報酬のケーキ、ちゃんといただきました。ありがとうございますぅ>
 楽しそうな声だったので、思わず十四郎の声もつられて明るくなった。
「そうかい。報酬は気に入ってくれたか」
<もちろん! とても美味しくいただきました! 久々の甘味ものだったので、ふふ>
 怪しく笑われ、疑問になる。久々、という言葉がやたらと強調されていたような気がするが……。
「それより、部屋にある……サンタのマークの入ったポケットティッシュなんだが……」
<それはお兄さんに差し上げたお誕生日プレゼントですぅ! わたしからもお祝いを贈らせていただきました。
 す、すみません……何を贈ろうか迷ったのですが、実用性を重視させていただきました>
 照れたような声音に十四郎は呆れてしまう。
「お祝いをくれたのかい? べつにいいのに」
<気になさらないでください。本当にささやかなものですが、来生十四郎さんの分もありますので使ってください〜>
 だからこんなに転がっているのか……。
 納得してしまう十四郎は、感謝の言葉を述べて通話を切る。ポケットティッシュを眺めて、小さく笑った。
「変わった子みたいだな……」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0883/来生・十四郎(きすぎ・としろう)/男/28/五流雑誌「週刊民衆」記者】

NPC
【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、初めまして来生十四郎様。ライターのともやいずみです。
 ケーキは無事にお届けできたようですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。