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■クロノラビッツ - 仮契約 -■

藤森イズノ
【8388】【聖夜・伊歩】【星術師】
「ちょっと、いいですか?」

 散歩中、声を掛けられた。
 この丁寧な口調と柔らかな声には、聞き覚えがある。
 振り返るとそこには、やっぱり浩太。 …… だけじゃなく、海斗と藤二もいた。
 あれれ …… ? 何だかちょっと珍しい組み合わせだなぁ …… 。
 なんて思いながら、ペコリと頭を下げて用件を聞いてみる。
 まぁ、わざわざ、彼等から接触してきたということは、
 それなりの用件なのだろうとは思ったけれど。

「え …… ?」

 さすがに、目を丸くしてしまう。
 彼等の用件。それが、あまりにも突飛なものだったから。
 戦えと言うのだ。これから、時狭間のとある場所へ案内するから、
 そこで、海斗と戦ってくれないかと言うのだ。
 何で? どうして? 何の為に?
 当然の疑問。もちろん、それらをすぐにぶつけた。
 でも、彼等は答えてくれない。その疑問を解消してくれない。

「いーから、とっととやろーぜ」

 ダルそうに欠伸しながら言った海斗。
 やるだなんて、一言も言ってない。っていうか面倒なら、やらなきゃいいのに。
 …… うん? 面倒くさそう …… ってことは、もしかして、海斗も、巻き添え食らった?
 さほど長い付き合いってわけでもないけれど、好きな物事にしか興味を示さない、
 海斗のそういう性格は、もう嫌になるくらい把握している。間違いない。
 ということは、この用件は、つまり …… 。

「ごめんね、急に」
「じゃあ、移動しましょうか」

 ニコリと微笑んで言った藤二と、懐から黒い鍵を取り出しながら言った浩太。
 つまり、この用件は、この二人 …… 浩太と藤二の用件ということか。
 いや、っていうか、ちょっと。だから、やるだなんて一言も …… 。
 クロノラビッツ - 仮契約 -

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「ちょっと、いいですか?」
 散歩中、声を掛けられた。
 この丁寧な口調と柔らかな声には、聞き覚えがある。
 振り返るとそこには、やっぱり浩太。 …… だけじゃなく、海斗と藤二もいた。
 あれれ …… ? 何だかちょっと珍しい組み合わせだなぁ …… 。
 なんて思いながら、ペコリと頭を下げて用件を聞いてみる。
 まぁ、わざわざ、彼等から接触してきたということは、
 それなりの用件なのだろうとは思ったけれど。
「む …… ?」
 さすがに、目を丸くしてしまう。
 彼等の用件。それが、あまりにも突飛なものだったから。
 戦えと言うのだ。これから、時狭間のとある場所へ案内するから、
 そこで、海斗と戦ってくれないかと言うのだ。
 何で? どうして? 何の為に?
 当然の疑問。もちろん、それらをすぐにぶつけた。
 でも、彼等は答えてくれない。その疑問を解消してくれない。
「いーから、とっととやろーぜ」
 ダルそうに欠伸しながら言った海斗。
 やるだなんて、一言も言ってない。っていうか面倒なら、やらなきゃいいのに。
 …… うん? 面倒くさそう …… ってことは、もしかして、海斗も、巻き添え食らった?
 さほど長い付き合いってわけでもないけれど、好きな物事にしか興味を示さない、
 海斗のそういう性格は、もう嫌になるくらい把握している。間違いない。
 ということは、この用件は、つまり …… 。
「ごめんね、急に」
「じゃあ、移動しましょうか」
 ニコリと微笑んで言った藤二と、懐から黒い鍵を取り出しながら言った浩太。
 つまり、この用件は、この二人 …… 浩太と藤二の用件ということか。
 いや、っていうか、ちょっと。だから、やるだなんて一言も …… 。

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 連れてこられたのは、時狭間の一角にある広場。なんにもない。ただっぴろいスペース。
 まぁ、戦うんなら、こういうところのほうが戦りやすいとは思うけども。
 着いて早々、二人並んで腰を下ろす藤二と浩太。
 海斗は、フーセンガムを、ぷぷ〜っと膨らませながら指先に炎を灯している。
 なるほど。藤二と浩太は、あくまでも観察なのか。実際に戦うのは、海斗一人ってことね。ふむふむ。
「お好きなタイミングでどうぞー」
 少し離れた場所から、浩太が促す。
 浩太のその促しに応じるかのように、どこからか白い剣を出現させた海斗。
 指先に灯していた炎をフッとふきつけると、純白の剣は、すぐさま赤々と燃える炎の剣と化す。
 なるほど。その剣を用いて戦るのか。海斗が剣を扱うだなんて、少し意外な気もするが。
「…… ふむ。それでは妾は、これでいかせていただこう」
 海斗の後を追うように、どこからか二本の剣を出現させた伊歩。
 いや、彼女が出現させたのは、剣というよりかは、刀に近い武器か。
 一本は普通のサイズ。もう一本は、一般的なそれよりも少しばかり短いサイズ。
 出現させた二本の刀を両手に携え、伊歩は、スッと身構えた。
 多分、何を言っても無駄。やりたくないって言っても聞きやしない。
 強引に連れてこられたとはいえ、ここまで来てしまった以上、付き合う他ない。
 特に何か大事な用があるわけでもなし、ヒマだから散歩していただけ、というのもあるし。
 浩太と藤二の思惑がハッキリしないのは、いささか不満ではあるが、まぁ、いい。やってやろうじゃないか。
「魔書は使わぬ」
 身構え、海斗を見据えながら落ち着いた声で伝えた伊歩。
 手加減してやろうと言われているような気がしたのだろう。海斗はムッとした表情を浮かべた。
 そんな海斗にクスクス笑いながら、伊歩は、先手を取る。
 ガキッ ――
 音もなく背後に回り、右手に持つ刀を振り下ろした伊歩。
 すぐさま反応し、その攻撃を炎の剣で塞いだ海斗は、苦笑しながら 「ヒキョーだ」 と言った。
「戦り合うからには本気なのじゃろう? 卑怯だなどと言われる筋合いはないのう」
 フフンと勝ち誇ったような表情で言うものだから、海斗もムキになる。
 まぁ、何というか。何だかんだで、海斗は実に扱いやすいタイプだ。
 ちょっと意地悪にからかってやれば、こうして、ムキーッと牙を剥いて飛びかかってくる。
 付き合いこそ短いものの、伊歩は、海斗という人物の取り扱い方法を見事に把握していると言えよう。

 伊歩の特徴、長所として真っ先に挙がるのは、その驚くべき身体能力だ。
 素早くも無音。忍を思わせる動き。どこでどのように会得したのか実に興味深い。
 加えて、刀の扱いもかなりのものだ。
 海斗も海斗で中々の腕前なのだが、彼の場合、独学色が濃すぎる。
 逆に、伊歩は基礎がしっかりしており、その都度、的確な立ち振る舞いで攻撃を繰り出す。
 まぁ、良い勝負ではある。いや、良い勝負だったというべきか。
「使わないって言ったじゃん!」
「む? 妾は書を使わぬと言っただけで、術を使わんとは言っておらんよ」
「何だそれ! ずっこい!」
 強引に催された疑似バトルにおいて、勝敗の天秤が傾き始めたのは、
 伊歩が、刀に補助魔術を乗せて戦いだした、その瞬間だった。
 魔書を用いらずとも、炎と大地の補助魔術だけは、自在に扱うことができる。
 確かに、戦闘開始前に言ったとおり、伊歩は魔書を使っていない。発言自体に偽りはない。
「ほれ。文句を言っている暇などないぞ?」
「んがー! ちょい、まっ …… ああああ、くっそー!」
 意地悪な笑みと口調で、けれども躊躇なく攻撃してくる伊歩。
 海斗は、そんな伊歩の態度に、いちいち過剰な反応をみせた。
 そうやってムキになればなるほど、余計に体力を消耗することになるのに。

 *

 炎属性、ひとつしか扱えぬ海斗と、
 炎と大地、ふたつの属性を扱える伊歩。
 しばらくは、非常に良い勝負が続いていたが、次第に伊歩が押し始める。
 やはり、ふたつの属性を扱えるという点で、伊歩のほうが戦闘能力が上回るのだろう。
 押され始めていると自覚してから、海斗は無駄な動きが多くなる一方で、余計に体力を消耗した。
 その結果、魔力が底をついてしまい、海斗は、その場に膝をついてしまう。
 はい、勝負あり。そこまで。
 魔力が枯渇し、満足に動けなくなった海斗は悔しそうにジタバタしたが、負けは負け。
「妾はまだまだ未熟じゃ。先代は全ての属性の星に認められていたからの」
 クスクス笑いながら "星乙女" を召喚し、海斗と自分、互いが負った傷・消耗した体力を治療する伊歩。
「んなー! 敵に情けをかけられるとはー! すげー屈辱!」
 悔しそうにむくれる海斗。
 とそこへ、それまで見物に徹していた浩太と藤二が歩み寄ってくる。
「お疲れ様でした」
「わざわざ、ありがとね、伊歩ちゃん」
 そう言って微笑み、藤二と浩太は、伊歩に一枚の書類を差し出した。
 思わず受け取ってしまったが。何だろう。何て書いてあるのか、さっぱりわからない。変な文字だ。
 かろうじて読めるのは、書類の一番下に赤いペンで殴り書かれた英数字だけ。Mst.col 685298 と書かれている。
 伊歩は、すぐさま、尋ねた。これは、何じゃ? 何を示す数値なのじゃ? と。 
 浩太は、その数字こそが、今回、海斗との疑似バトルを御願いした何よりの理由だと言った。
 何でも、この数字は、ここ、時狭間に充満している "クロノミスト" という成分に、伊歩の能力を乗算したものらしく、
 全ての数値が、規定値を大幅に上回っているのだそうだ。だから何? それがどうした? って話になるが、
 浩太たちは、そもそも、自らの意思で、伊歩に今回の疑似バトルを御願いしたわけではない。
 疑似バトル、もっと言えば、この数値の調査を浩太たちに頼んだ、実際の依頼主は、時の神。マスターである。
 また、マスターは、数値が規定値を超えていた場合、大事な話をしたいから、
 伊歩を、すぐに自分のところへ連れてきてくれとも言っていた。
「大事な話って、何かのう?」
「仮契約の話ですね」
 根本的なところから話すと、
 時狭間は、あらゆる世界・そこに流れる時間が交錯している場所だ。
 時の神や時の契約者以外の存在、つまり "ヒト" は、この空間で平常を保つことが難しい。
 異なる世界に、同時に存在しているような状態になるわけだから、頭がおかしくなってしまうのだ。
 遠い国へ旅行に行った際、出発国との時差で頭や身体が思うように働かなくなる、あの状態のようなもの。
 それが、時狭間にいる間、ずっと持続するわけだから、ヒトがこの空間に留まるのは、色んな意味で危険。
 だが、伊歩は常に平常。いつ来ても、どれだけ滞在しても、身体の不調を訴えたことは一度もない。
 もしかすると、ヒトでありながら、時狭間で暮らす存在同様に "リデル" が体内に備わっているのかもしれない。
 あぁ、リデルというのは、時の神、および時の契約者が体内に備えている臓器のひとつ。
 場所的には …… ヒトでいうなら、心臓がある辺りに、心臓の代わりとして、その臓器がある。
 だが、このリデルという臓器は、心臓としての働きよりも、
 時間の交錯に接触しても平然としていられる "抵抗力" を司っている役割のほうが大きい。
 当然、異なる世界・空間に流れる時間に一度に触れることなんてない "人間" には、この臓器は存在しない。
 先程、浩太が見せた書類に書かれていた数値が "規定値を上回る" ことは、
 時間に対する抵抗力が高いということを意味する。つまり、リデルが体内に備わっている証にもなる。
 ヒトの体内にリデルが備わっているだなんて、聞いたことがない。
 でも、もしも、もしも、万が一。
 伊歩の体内に、その可能性があるとするならば、
 前例はなくとも、頼んでみる価値はあるのではないか …… と、マスターは考えた。
 時間に対する抵抗力が高いという事実は、あらゆる世界・空間に赴くことができるという結論にも繋がる。
 つまり、時狭間を経由して、あらゆる場所でヒトの記憶を蝕む時兎を退治することが可能だということ。
 リデルを体内に備えていない者では、別世界へ赴くまでの移動中、
 その時圧(時間の圧力)に耐えきれず、途中で絶命してしまうから。

 要するに、
 ヒトでありながら、時の契約者と同じ契約をマスターと締結し、
 時兎を退治する権限と手段、その使命を担う資格が、伊歩にはあるということ。
 マスターが望む、真の目的とは、伊歩との "仮契約" だということだ。
 だが、これはあくまでも、マスターの要望にすぎない。
 伊歩が、そんなのやりたくないと言えば、それまでの話で ――
「わかった。構わぬぞ」
 lって、あれ? あっさりと受諾した …… 。
 てっきり、ちょっと考えさせて下さいとか言われるもんだと思っていた浩太は、思わず訊き返してしまう。
 だが、何度きかれても伊歩の応えは変わらない。そもそも、こういう不思議な空間に出入りできるようになった以上、
 ただフラリと遊びにくるだけではもったいないというか、物足りないと思っていたところもあるし、
 必要とされれば、その期待に応えたくなるってもんだ。ヒトって、そういうもん。
「よし。終わったの。えぇと? それで、妾はどうすれば良いのじゃ? マスターのところへ行けば良いのか?」
 治療してくれたことに感謝を述べ、星乙女を精霊界に戻しながら尋ねた伊歩。
 何ともあっさりとした快諾にポカンと呆けていた浩太は、そこでハッと我に返り、
 うんうんと頷いて、マスターのところまで案内しますと言った。
 だが、伊歩はそれを断る。
 マスターがどこにいるかはもう知っているし、一人で赴くことだってできる。
 自分が一人で行くから、浩太たちはここに残って、話をしていれば良い。
 得た情報をもとに、色々と話したいこともあるだろうし。
 おそらく、その情報をきちんと纏めるようにだとか、そういった指示も受けているだろうから。
 伊歩が発した言葉、その予測は的中していた。
 一人で大丈夫だと言うなら、無理についていく必要もない。
 結局、浩太たちはその場に留まり、疑似バトルで得た伊歩の情報を整理することに専念することにする。
「うむ。それでは、行ってくる」
「あ、はい」
「迷子にならないようにね」
「伊歩! 次は負けねーからな!」
「ふふ。いつでも受けて立つぞ」
 明日から、正式な仲間になる。
 六人目のクロノラビッツとなる、新しい仲間。
 その背中を見送る海斗、藤二、浩太の三人の表情には、嬉しさと期待が溢れていた。
 海斗達は知らない。この契約が、あんなに悲しい出来事を引き起こすことになるだなんて。
 伊歩も知らない。自分の価値も、自分の過去も、自分の運命も。
 まさか、自分の奪い合いが始まるだなんて、微塵にも。

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 The cast of this story
 8388 / 聖夜・伊歩 (せいや・いぶ) / 16歳 / 星術師
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 浩太 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
 NPC / 藤二 / 24歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。