■第4夜 双樹の王子■
石田空 |
【4788】【皇・茉夕良】【ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】 |
「秋也、いた」
守宮桜華が海棠秋也を見つけたのは、校舎から離れた噴水の近くだった。
以前には学園のシンボルだったオデット像が存在した場所だったのだが、それが無くなり、この場所に華がなくなった。
そのせいかこの周りには人が寄らなくなり、自然と海棠がこの場所を憩いの場とするようになったのである。人目がつかない場所は、この広い学園でも限られていたのだ。
ベンチに転がり、何をする訳でもなく、空を見ていた。
空は自由だ。雲が真っ青な空を流れる様が優雅である。
桜華は困ったような顔をして、海棠が寝そべるベンチの隣に座った。
「また、さぼっているの?」
「俺の勝手だ」
「それはそうだけど……」
「お前は? 今授業中」
「今日は自習だから」
「そう」
会話が続かない。
しかし二人の間ではそれはいつもの事だった。
別に気まずい空気が流れる訳でもなく、二人は空を見ていた。
「そう言えば」
「ん?」
「新聞部で貴方の記事を募集するとか、言ってたけど?」
「何それ」
「何それって……貴方が許可出したとかって……やっぱり貴方は許可出してないの?」
「………」
海棠は何も答えない。黙ったら全く口を訊かないのは、桜華もよく分かっていた。
桜華は少し肩をすくめると、この困った幼馴染の隣で空を眺めていた。
雲が空をなぞるように流れていた。
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『募集中
今度新聞部号外で、学園の双樹の王子、海棠秋也特集をします!
海棠秋也さん(高等部音楽科2年生)は成績優秀、ピアノでもコンクール大賞を数多く受賞している、まさしく双樹の王子にふさわしい方です。
今回は、特別許可を得て、彼の特集を組むに当たって、彼の新しい一面、意外な一面を募集しております。
彼に関する情報でしたら何でもOKです(しかし、捏造は却下します)。何か情報がありましたら、最寄の新聞部にお持ち下さい。
たくさんの情報、お待ちしております。
新聞部一同
追伸:謝礼として、怪盗オディールの新しい情報を提供します』
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第4夜 双樹の王子
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中庭を通りかかると、中等部の女の子達がキャッキャと話をしているのが耳に入る。
「海棠先輩の特集記事だって」
「怪盗にはあんまり興味ないけど、これで堂々と海棠先輩の所に行けるしね」
海棠さん、気の毒に……。
皇茉夕良は少しだけ眉をひそめて通り過ぎる女の子達を見ていた。
新聞部では許可を取ったとは言ってはいるが、どうも許可を取ったのは海棠秋也からではないらしい。
海棠織也。何故か学園内に時折秋也の名を語って行動している秋也の弟である。
彼が何をしたいのかはまだ知らない。少なくとも秋也の名を語っているのは、彼を学園から追放した理事長の目を欺きたいのだろうと言う所までは推測できるが。
少なくとも、その件に対して1番被害を受けているのは秋也であろうとは思う。
海棠さん、騒がしいのが苦手だから、理事長館にも人気がなくならないと帰れないみたいだしね……。
でも新聞部も、どうも2人の入れ替わりは知らないみたいだし、誰かが彼に対してネガティブキャンペーンを行わないとも限らないし。
せめてある程度事情を知っている私位は、彼に対してきちんとした情報を提供しないと。
そう思いながら、茉夕良は中庭を突っ切った。
そのまま校門を潜る。
多分学園内では目ぼしい情報は得られそうにないから。
そう思いながら向かった先はインターネットカフェであった。
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薄暗い個室のインターネットカフェが多い中、ここは風通りがよく、ほとんどカフェと変わらない作りになっている。テーブルに1台パソコンはあっても区切りは存在しないし、普通に店員さんを呼べば紅茶やコーヒーだけでなく、お菓子も頼める。もっとも、お菓子屑が飛ばないようにか、お菓子を頼む客も少ないが。
何でも聖学園に近いために、生徒達がここに長時間たむろしたりしないようにする配慮らしい。
今日は同じ制服の生徒達は見当たらず、カップルがウェブサイトの内容をあれこれコピーしている風景や、サラリーマンが何か必死にキーボードを叩く姿しか見受けられなかった。
やっぱりここは穴場だったわね。
そう思いながら、茉夕良はコーヒーを頼むと、インターネットブラウザを立ち上げ、検索を始めた。
【海棠秋也】
名前を打ち込むと、途端にぱっと検索結果が表示される。
すごい……。茉夕良はその検索結果に目を見張った。検索結果はざっと1000件を超えている。上位に出た結果のほとんどは、国内コンクールの中間発表である。
クリックしてそれぞれのページをめくってみる。
どれも強く彼の事を押しているのだが、何故かどの大会でも入賞していない。
……確か、どの大会かで審査員をしていた某楽団の人が音楽科の合同オケに来ていたけれど。
某楽団を検索してみると、その人の名前が出てきた。
ああ、指揮者の方だわ。ちょうど某楽団の日記があったので覗いてみると、海棠の参加していた大会の事が少し触れてあった。
『今回は久々に審査員と言う立場で音楽大会に参加した。若い才能の芽が伸びるのを見るものほど、嬉しいものはない。しかし、溢れる才能が何かに押し潰れていく現場にもたびたび目撃される。それが外からの援助で助けられるものならいいのだが、内から来るものでなら、こちらは助けてくれと言うのを待つ事しかできない。』
………。
茉夕良はメールフォームを探した。
『初めまして、聖学園の音楽科に所属している皇茉夕良と申します
いきなりのメール、失礼致します。
現在、訳あって前回大会の最終審査にまで残りました海棠秋也さんの音楽について調べております。
彼が趣味で弾いているチェロを聴いた事はあり、とても素晴らしいと思ったのですが、お恥ずかしながら、私は彼の大会での音楽を聴いた事がございません。
彼の音楽についての意見をいただけないでしょうか?』
できるだけ考えに考えた丁寧な言葉を並べて、メールを送信した。
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茉夕良が次の日、またインターネットカフェにてコーヒーを頼むと、自分のメールボックスを漁った。
確かに返事は来ていた。
『初めまして。○○楽団の●●です。
メール拝見しました。
海棠君ですか。よく覚えています。
少なくとも技術は、既に世界で活躍しているいずれのピアニストにも引けを取る事はないでしょう。
ただ、彼の音楽は感情に流されやすい所が気になりました。
もちろん、多感な時期ですから感情を爆発させてピアノに打ち込む事もあるでしょうが、彼の場合は逆に、感情を閉じ込めてしまうような所があり、音楽にのめり込めばのめり込むほど、音が狭くなっていく傾向が聞き取れました。機械的に弾けば確かに巧いのですが、音楽は感情を乗せないと心には響きませんから。
私は彼が趣味で弾いているチェロと言うものを耳にした事はありませんが、あそこには恐らく音楽に打ち込んで何かを忘れようとするような感情はなく、もっとも素直に弾いているようなものだと思います。その音を聴いた時に貴方が感じたものが、彼の音楽に乗せた感情だと思いますよ。
彼が今、何をしているのかは残念ながらあの大会以降彼とは縁がありませんから存じませんが、素直に打ち込めるものが現れる事を、私は切に祈っています。』
ふむ……。
茉夕良はメールボックスを閉じると、手先でキーボードをピアノのようにして適当に打ってみた。
彼は元々バレエをしていた。バレエをしているものは自身の身体が資本だから、身体を壊す事を恐れる。
彼はピアニストにしては手が綺麗で、手の荒れも指先の硬さだけに留めている。
彼が完全に実力を出し切れないのは、バレエへの未練のせいじゃないだろうか……?
そう考えをまとめ、カチカチとお礼の文面を作成し始めた。
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茉夕良が新聞部を覗く。
「あっ、こんにちはー」
「こんにちは」
新聞部員らしい、さっき通り過ぎていった子達とそんなに年齢の変わらない少年が顔を出した。
「初めまして、新聞部1年の小山連太です。確か、皇茉夕良さんでしたよね?」
「私を知っているの?」
「いやぁ、タレコミですかね。海棠先輩と最近仲いいって言う噂の」
誰かしらそんな事言ったの……海棠さんに迷惑かからないといいけど。
少し頭が痛いと思いつつ、茉夕良は口を開く。
「えっと、海棠さんの話をすればいいんですよね?」
「はい、海棠先輩の事です」
「……機械的な音楽って言えばいいのかしら? 海棠さんの音楽は」
指揮者の人の受け売りだけど。
そう思いながら、自分の思う事を話してみる。
「海棠さんは、本当は音楽とは別に好きな事があるけれど、それを続けられなくって、だから今は音楽をしているんじゃないかしら。確かに聴けばすごく綺麗なんだけれど、感情までは乗っていない。私はあの人の趣味のチェロを聴いた事はあるけれど、あの人のチェロは感情が乗っててすごく綺麗だったから」
「ピアノじゃなくってチェロの方がいいと?」
「いいえ、多分チェロが義務になってしまったら、海棠さん弾くのを止めてしまう気がするから……」
まさかバレエを辞めてしまった原因まで話す事はできないし……。
言葉がむずむずするような気がするのを抑えながら、連太の方を見た。
連太はさらさらと今茉夕良の語った事をメモに走り書きしているようだった。
「まあ、確かに海棠先輩は、色んな人に色々イメージ持たれて押し付けられている傾向はあるようですがねえ」
「小山君、海棠さん知ってるの?」
「まあちょっとだけですが。いい人だと思います」
それを聞いて少しだけ茉夕良は安心した。
少なくとも、他の新聞部員は知らないが彼は海棠を貶めるつもりはないらしい。
「ありがとうございます。音楽的な事は正直自分はよく分かりませんから、専門的な意見を聞けてよかったです」
「いえ……」
「ではお礼を出さなければいけませんね」
連太はガサガサと先程メモを取っていた手帳とは別に、分厚い手帳を取り出した。
「最近怪盗が現れてから、別の模倣犯が動いているのはご存知ですか?」
「いえ?」
「そうですか。いや、オディールは学園限定でしか確認できませんが、最近近辺で美術品を盗む怪盗が現れているんですよ」
そう言って手帳から挟んでいる写真を引っ張り出す。
それは、悪魔の格好をしている男だった。
ザワリ
見た瞬間、茉夕良は鳥肌が立った。
この感じ……まるで織也さんと会っている時の……。
「先輩? 大丈夫ですか? 顔、青いですが……」
「大丈夫……その、模倣犯って言うのは?」
「ああ、模倣犯って言うのは、出てきたのはオディールの後なんですよね。予告状を出して、仮装してって言う部分は共通していますし。名前が」
「どちらも悪魔……」
連太はきょとんとして茉夕良を見ていた。
バレエをしているものならば、この格好を見てすぐ分かる。
ロットバルト。姫君を白鳥に変えてしまった悪魔。そして、オディールを使役し、利用した……。
まさか……織也さん。何かする気なの……?
不安は、早鐘のように押し寄せた。
<第4夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【4788/皇茉夕良/女/16歳/ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】
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■ ライター通信 ■
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皇茉夕良様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第4夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は小山連太とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。
第5夜も公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。
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