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■罪の意識■

藤森イズノ
【8388】【聖夜・伊歩】【星術師】
 異界の片隅。
 その喫茶店は、確かに存在していた。
 Crimers CAFE クライマーズ・カフェ
 パッと見た感じは、ごく普通の店。どこにでもある、ちょっとレトロな喫茶店。
 ただひとつだけ、ひとつだけ、この店の異質な点を挙げるとするならば、
 罪人が集う店だということ ――

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 従業員(アルバイト)募集
 雇用条件: とびっきりの 「罪人」 であること
 希望者は本書持参の上、来店して下さい / 委細面談にて
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 絶えず飛び交う笑い声。深夜にも関わらず、ほぼ満席。
 賑わうカフェの奥、その罪人は、道端で拾ったチラシを手に姿勢を正す。
 やや緊張した面持ちの罪人に対し、テーブルに頬杖をついた状態で微笑みかけるのは、
 このカフェのオーナー、カイト。
 若すぎるオーナーの実態に、罪人は、まだ少し戸惑いを覚えているようだ。まぁ、無理もない。
 カイトは、そんな罪人の反応や動揺を楽しむかのように笑いながら、説明を続ける。
 Crimers CAFE クライマーズ・カフェ という、この店の本質。存在意義。
 決して上手とは言えない説明だったが、罪人は、何とか自分なりに理解した様子。
 さて。ひととおりの説明を終えた後は、質問攻めだ。
 普段は何をしているのか、どこに住んでいるのか、など、カイトは、罪人に、あらゆる質問を飛ばす。
 それに対し、罪人は、素直に返答していった。嘘や偽り、誤魔化しは、一切なかったと思う。
「そっか。わかった。それじゃあ、最後の質問」
 その言葉を発した瞬間、カイトの表情が、少しばかり強張った。
 僅かだったが、すぐさまその変化に気付いたのだろう。罪人も、崩れかけていた姿勢を立て直す。
 面談の仕上げ。これを聞かないことには、どうすることもできない。
 カイトは、罪人の目をジッと見つめ、その質問を飛ばす。
「聞かせてくれ。どんな罪を犯したのか」

 罪の意識。
 決して消えることのない、罪悪感。
 道端で拾ったチラシをギュッと握りしめ、俯く罪人。
 扉の向こう、ホールから聞こえてくる笑い声を背に、異質な懺悔。
 私(俺)が犯した罪、それは ――
 Crimers CAFE - 罪の意識 -

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 異界の片隅。
 その喫茶店は、確かに存在していた。
 Crimers CAFE クライマーズ・カフェ
 パッと見た感じは、ごく普通の店。どこにでもある、ちょっとレトロな喫茶店。
 ただひとつだけ、ひとつだけ、この店の異質な点を挙げるとするならば、
 罪人が集う店だということ ――

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 従業員(アルバイト)募集
 雇用条件: とびっきりの 「罪人」 であること
 希望者は本書持参の上、来店して下さい / 委細面談にて
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 絶えず飛び交う笑い声。深夜にも関わらず、ほぼ満席。
 賑わうカフェの奥、その罪人は、道端で拾ったチラシを手に姿勢を正す。
 やや緊張した面持ちの罪人に対し、テーブルに頬杖をついた状態で微笑みかけるのは、
 このカフェのオーナー、カイト。
 若すぎるオーナーの実態に、罪人は、まだ少し戸惑いを覚えているようだ。まぁ、無理もない。
 カイトは、そんな罪人の反応や動揺を楽しむかのように笑いながら、説明を続ける。
 Crimers CAFE クライマーズ・カフェ という、この店の本質。存在意義。
 決して上手とは言えない説明だったが、罪人は、何とか自分なりに理解した様子。
 さて。ひととおりの説明を終えた後は、質問攻めだ。
 普段は何をしているのか、どこに住んでいるのか、など、カイトは、罪人に、あらゆる質問を飛ばす。
 それに対し、罪人は、素直に返答していった。嘘や偽り、誤魔化しは、一切なかったと思う。
「そっか。わかった。それじゃあ、最後の質問」
 その言葉を発した瞬間、カイトの表情が、少しばかり強張った。
 僅かだったが、すぐさまその変化に気付いたのだろう。罪人も、崩れかけていた姿勢を立て直す。
 面談の仕上げ。これを聞かないことには、どうすることもできない。
 カイトは、罪人の目をジッと見つめ、その質問を飛ばす。
「聞かせてくれ。どんな罪を犯したのか」

 罪の意識。
 決して消えることのない、罪悪感。
 道端で拾ったチラシをギュッと握りしめ、俯く罪人。
 扉の向こう、ホールから聞こえてくる笑い声を背に、異質な懺悔。
 私が犯した罪、それは ――

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 しばし続いた沈黙。
 伊歩という罪人が、自らの罪を吐きだしたのは、沈黙の開始から五分ほどが経過したときのこと。
 その間、カフェのオーナーであるカイトは、急かすことなく、ただジッと待っていた。
 伊歩という罪人が、自らの口と言葉で、その罪悪感を吐きだすときを。
「罪 …… な。妾の場合は ―― 」

 幼い頃から、そういう体質だった。
 どうしてだろう、なぜだろうと疑問に思うことはなかった。
 それが当然で、普通だと思っていたから。
 "見える" 体質。
 私は、この目で、精霊の存在を視認できる。
 星の精霊。人間はもちろんのこと、植物や機械など、生ける者・動くもの・魂が宿るもの、全てに等しく宿る存在。
 精霊たちは、守護する者(物)の傍にいて、片時も、その場を離れない。
 食事をしているときも、眠っているときも、泣いているときも、笑っているときも。
 いつだって、精霊たちは傍にいる。だが、守護されているほうは、精霊の存在を確認できない。
 だから、感謝することもない。
 精霊たちに救われたとて、感謝しない。
 まぁ、見えぬのだから、感謝のしようがないといえばそれまでだ。
 だが、私には見える。見えぬはずの精霊たちの姿が、はっきりと見える。
 精霊たちは、普段、雄弁に語ることも、意思表示を露わにすることもしない。
 だが、守護する者の身に危険が迫っているとき、逆に、幸福のときが迫っているとき、
 そんな時ばかりは、必死に伝えようとする。伝わらぬことを知ってなお、彼等は伝えようと奮起する。
 伝え方は精霊によって様々だ。偶然を装って知らせる者もいれば、もっとダイレクトに伝えようとする者もいる。
 そんな精霊の姿を視認できる私は、余計なお世話と知りながらも、ときおり、精霊たちの手助けをしてきた。
 精霊たちが守護する者、いわば、主人へごく自然に接触し、精霊たちのかわりにメッセージを伝えてきた。
 予言者? 預言者? ふふ …… そうだな、そう呼ばれることもあるよ。
 少し高飛車に、自慢に聞こえるかもしれないが、そうして、私という存在を崇める者もいる。
 様々な異世界に赴く術を持ち合わせているものでな。あらゆる文化に触れるんだ。
 その中に、的確な予言を告げる私を、神のように崇める世界もあるという、それだけの話。
 でも、実際は …… そんな大それたものじゃない。神だなんて、そんな大それたものじゃない。
 むしろ逆さ。私という存在は、悪魔に近しい。
 今もなお、精霊たちと共に、彼らのメッセージを伝えながら生きている私だが、
 その生き方は、慈善でもなければ慈悲の心によるものでもない。
 胸につかえ、いまだに拭えぬ罪の意識を、誤魔化そうとしているだけ。
 罪悪感。
 言葉で説明するなら、この感情には、そういった言葉が当てはまるのだろうと思う。
 私は過去 …… 人を見殺したことがある。
 幼い頃の話だが、当時から私は、精霊という存在を視認できた。
 だが、その事実を口にすることはなかった。出来なかったのだ。怖くて。
 当時、私は孤立していた。無理もない話だ。突然、一人で話し始めるような奇妙な子供だったからな。
 だが、何も独り言をブツブツ呟いていたわけではない。きちんと、相手がいた。話し相手がいた。
 そう。精霊たちだ。だが、彼らを視認出来る者など、そういない。
 つまり、何の前触れもなく、独り言を言い始める、語り始める、頭のおかしな子。
 他人の目に、私は、そういった存在として映る。孤立して当然だ。
 自分自身が孤立していることくらい、幼くとも理解できた。
 寂しくなかった、つらくなかったといえばウソになる。だが、精霊たちを視認できるのは紛れもない事実。
 精霊たちは確かにそこにいて、いつも優しく語りかけてくれる。
 他人との距離を縮めるため、精霊たちの存在を自ら否定するような真似、私には出来なかった。
 だから、私は、それを受け入れた。孤立というものを受け入れた。
 精霊たちさえ傍にいれば、何も怖くない。いつしか、そう言い聞かせて。
 私が、許されぬ罪を犯したのは、そんな日々の最中だ。
 私を執拗に迫害する、一人の少年がいて。
 その少年は、事あるごとに、私という存在を否定した。
 互いに幼いゆえ、迫害といっても、子供じみた意地悪にすぎなかったが、
 それでも、当時の私にとって、少年の意地悪は、否定は、かなりキツくこたえるものだった。
 そんなある日、私は、少年の身に迫る "危機" を知る。
 少年を守護していた精霊は、必死に伝えようとしていた。その危機を回避させるべく。
 私には、見えていた。必死に伝えようとする精霊の姿も、少年を、これからどんな悲劇が襲うのか、その内容も全て。
 それなのに。
 言えなかった。私は、伝えることができなかった。
 怖かったのだ。嘘つきと罵られ、更に迫害されるのではないかと。
 それが嫌で、嫌で。私は、耳をふさいだ。目を閉じた。見えない・聞こえないフリをした。
 後にも先にも、星の声に耳を傾けず、知らんぷりを決め込んだのは、それが最初で最後だ。
 結果として。私が怯えた結果として、少年は、この世から消えた。悲劇によって、その命を奪われた。
 少年を愛していた者、少年の死を受け入れられぬ者はみな、口々に言った。どうして、こんなことに …… と。
 あまりにも唐突すぎる。こんなにもあっさりと、容易く命が奪われるだなんて、あんまりだ …… と。
 その言葉が、また、私に追い打ちをかけた。
 だって、私からしてみれば、唐突でも何でもなかったのだから。
 精霊は、確かに伝えていたのだから。危機を回避しようと、メッセージを送っていたのだから。
 どうしてこんなことに。
 それはきっと、私のせいだ。
「 …… 伝えていれば、助けることができたかもしれないのだから」

 罪悪感。
 罪の意識。
 今もなお、消えずに在り続ける、その感情。
 自らの口と言葉で、その感情を吐き出した伊歩は、話し疲れて眠る子供のように、そこでゆっくりと目を閉じた。

 *

「ほい。じゃあ、これ、出勤するときは必ず持ってきて」
「 …… うむ」
「あとは、そうだな …… あぁ、制服か。えっとー? ちょっと待ってろ。ちょうど良いサイズあったかなー」
「 ………… 」
 ガサゴソと棚を漁り、制服を探すカイト。
 伊歩は、先に受け取ったカードをキュッと握りしめ、そんなカイトの後ろ姿を見つめていた。
 罪の意識。どんな罪を犯したのか聞かせてくれ。カイトに促されるまま、自らの罪を語った伊歩。
 話し終えてすぐ、カイトは、ニッと笑い、握手を求めてきた。
 痛い思いをさせてゴメン。お疲れさん、ありがとう。そんな言葉を添えて。
 カイトの口から、はっきりと明確に "採用" の言葉が飛び出したのは、伊歩がその握手に応じた瞬間のことだった。
 驚きや戸惑いはなかった。だって、そもそも、採用されれば良いなといった思いで店に足を運んだのだから。
 この店に興味を持ち、働きたいと思わなければ、面接を受けさせてほしいだなんて申し出たりしない。
 嬉しいというか、ありがたいというか。胸を占めるのは、そんな気持ち。
 ただひとつ、気がかりな点を挙げるとするならば、基準。
 採用を決めた、その基準が気になる。
 罪の重さが関与するのか、罪悪感そのものが関与するのか。わからなくて。
「あった。たぶん、これで大丈夫だろ」
「む …… あぁ、問題ないのう」
「よっしゃ。んじゃー、さっそくで悪ィんだけど、明日から出勤ヨロシク」
「明日か。随分と急じゃな」
「まーねー。人手不足で参ってんのー」
「そうか …… あい、わかった。それで、何時に来れば良いのじゃ?」
「あ、都合の良い時間でいーよ。出勤さえしてくれれば、何時でもいい」
「ほう …… それはまた随分と大雑把というか、融通の効く話じゃのう」
「あっはは。だろー? それがウチのウリだったりもするのだよ。ま、あんま気負わなくていーからさ」
 ケラケラと笑いながらデスクへと戻り、椅子にドカッと腰を下ろして、何やら書類を作成しはじめるカイト。
 しばし、その姿を眺めたのち、伊歩は、ポツリと小さな声で尋ねた。
「カイト」
「んー?」
「そなたから見て、妾はいくつに見える?」
「ん? なんで?」
「 …… んにゃ。ただ、聞いてみたかっただけじゃ」
 クスリと、それでいて、どこか切なげな笑みを浮かべて目を逸らす伊歩。
 伊歩は、そのまま、はぐらかすように、逃げるように、オーナールームを去り行こうとした。
 だが、声をかけられて。彼女は、ピタリと足を止める。
「伊歩」
「 …… む?」
 振り返ることはなく。背を向けたまま、声だけを返す。
 するとカイトは、デスクに頬杖をつき、目を伏せ淡い笑みを浮かべながら、こう言った。
「焦らなくても大丈夫。ゆっくりでいーんだ」
「 ………… 」
「過去も罪も、お前の全て。オレが、ぜんぶ受け止めてやるよ」
 心を、見透かされたかのような。胸の内を、覗きこまれたかのような。
 けれど、不思議と不快感はなくて。むしろ逆で。心が、温かみを増していくような。そんな感覚だった。
「 …… ありがとう」
 最後に一言、そう言い残し、伊歩はオーナールームを後にする。
 バタンと閉まると同時に、伊歩は、無意識のうちに、ズズズと扉に凭れた。
 今まで、誰にも話さなかった、話せなかった過去。罪の意識。
 話すべきではないのだと、いつしか、そう言い聞かせていたのかもしれない。
 ずっとこのまま、罪と共に。消えぬその意識を背負って生きていくしかないのだと。
 でも、本当は。本心は、そうじゃなくて。いつだって、苛まれていて。救われたくて、仕方なかった。
 道端で拾った一枚のチラシ。
 とびっきりの罪人を求む、不可思議なカフェ、クライマーズ・カフェ。
 偶然にしろ、必然にしろ、伊歩はこの日、自身の本音を知ったのだった。

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 The cast of this story
 8388 / 聖夜・伊歩 (せいや・いぶ) / 16歳 / 星術師
 NPC / カイト / 19歳 / クライマーズカフェ・オーナー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。